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11話 ひだまり亭

 冒険者という職業がある。

 別名、ハンターだ。

 その名前の通り、魔物を狩ることを専門にする人だ。


 冒険者は魔物を狩り……

 その素材を仲介業者であるハンターギルドに売り、その報酬で日々の糧を得ている。


 俺たちはその冒険者ギルドに行き、今までに倒した魔物の素材を売り払った。

 大量の魔物を倒したので、全部を持ち込むことはできなかったし……

 冒険者でない俺たちの場合、買い取りの値段が安くなってしまう。


 それでも、それなりの金額で売り払うことができて、金を作ることができた。

 その金を持ち、さっそく食堂へ向かうことにした。


 この一週間、自給自足のサバイバル生活だったから、きちんとした料理が恋しい。

 それに、強くなっても体を壊しては意味がないからな。


「さて、どこがいいかな?」


 フラウハイムは賑わっている街で、色々な店が並んでいた。

 食事処も数多くあり、なかなかに迷うところだ。


「ユウキくん、あそこにしない?」

「どれどれ」


 アリスが指さした店は……一見さんお断り、というような佇まいの豪華な店だった。


「却下だ」

「どうして?」

「あんな店に入れるか。有り金全部消えるぞ」

「やれやれ、甲斐性のないご主人さまだね。あいたっ」


 生意気な奴隷をデコピンしてやった。


「いらっしゃいませー、いらっしゃいませー!」


 ふと、明るく元気な声が聞こえてきた。


 見ると、通りで呼び込みをしている女の子がいた。

 まだ若い。

 15くらいだろうか?

 年相応のあどけない顔が魅力的だ。


「おいしいごはん、ふかふかのベッド。ひだまり亭はいかがですかー?」


 なんていうタイミングだろう。

 思わずアリスと顔を見合わせる。


「どう思う?」

「悪くないんじゃないかな? ああいう子がやっているのなら変なところという心配はないし、期待できると思うよ。あと、ユウキくんもかわいい女の子の手料理を食べられて幸せだよね?」

「棘のある言い方だな……まあ、俺も概ね同じ意見だ。タイミングの良さも、なにかの縁と考えるか」


 というわけで、俺たちは女の子に声をかけることにした。


「なあ、ちょっといいか?」

「は、はい! なんでしょうか!? もしかして、もしかするとお客さまですか!?」

「ああ、その通りだ。宿はわからないが、飯は食べたい。それでもいいか?」

「……」


 女の子がぽかーんとした。


「おい、どうした?」

「ユウキくん、まさかセクハラをしたんじゃあ……」

「してねえよ。今、そこで見ていただろうが」

「はっ!?」


 女の子の視線の焦点が元に戻る。

 顔をぶんぶんと横に振り……

 元気いっぱいの明るい笑顔を浮かべた。


「お客さんが来るなんて一ヶ月ぶりだから、うれしくてうれしくて、ついついぼーっとしてしまいました!」


 一ヶ月ぶり……?

 大丈夫なのだろうか、それは。

 今からでも変えた方がいいのかもしれないが、女の子のうれしそうな顔を見ていると、そう言い出すことはできない。


「あのあのっ、では、さっそく案内しますね!」




――――――――――




「へぇ」


 案内された宿はとても綺麗なところだった。

 隅々まで掃除が行き届いていて、埃なんてぜんぜん落ちていない。


 やや小さいものの、優しい雰囲気があり落ち着くことができる。

 荒くれ者が酒を豪快に飲む場所というわけではなくて、紳士たちがゆっくりと過ごす社交場のように見えた。


「どんなところかと思ったけど、すごくいい場所だね」


 アリスも同じ感想を抱いたらしく、キョロキョロと店内を見回していた。


 ちなみに、一階に受付。

 それと食事をするためのテーブルが並んでいる。

 二階が宿になっているのだろう。


「まあ、いい場所というのは同意するが、それで飯がうまいと確定したわけじゃないからな」

「ひねくれた感想だね」

「ほっとけ」


 軽いやりとりを交わしていると、女の子がとてとてと歩いてきた。


「ようこそ、ひだまり亭へ! 私はここの女将をやらせていただいている、エスト・フラウニルといいます」

「女将?」

「はい、女将ですよ」

「すまん。失礼だがいくつだ? 見たところ、15くらいに見えるが……」

「はい。15歳ですよ」


 ということは、天職を授けられる前に仕事を……?


 なかなか珍しい。

 今の時代、女神さまに天職を授けられて、そこで初めて仕事をする人がほとんどだ。

 その前に仕事をするような人はなかなかいない。


「珍しいね」


 同じことを思ったらしく、アリスがそう言った。


「でも、その歳で宿を開くなんてすごいね。よっぽど強い想いがあるんだね」

「あっ、いえいえ。私がすごいなんていうことはなくて……このひだまり亭は、お父さんとお母さんがやっていて、私はそれを継いだだけですから」

「継いだ、ということは……もしかして……」

「はい。お父さんとお母さんは天国に」

「そっか……ごめんね、悪いことを聞いちゃった」

「いえいえ、気にしないでください。お父さんとお母さんの分まで、私は笑顔でがんばっていこうと決めましたから」


 そう言いながらも、エストの顔には隠しきれない悲しみが浮かんでいた。

 それでもなお、笑顔であろうとする。

 強い子だ。


「とりあえず、食事をしたいんだが……」

「はい、かしこまりました! こちら、メニューになります」


 エストからメニューを受け取り、目を通す。

 料理だけで30種類近くある。

 色々なジャンルが揃っていて、なかなかのものだ。


「これ、もしかして全部エストが作るのか?」

「そうですね、はい!」

「大丈夫なのか……?」


 思わず懸念してしまうが……


「大丈夫です! 安心してくださいっ」


 エストは笑顔を返してきた。


「私、小さいころからお父さんに料理をしこまれてきたので。これでも、けっこう自信はあるんですよ」

「そっか……まあ、とりあえず食べてみるか。アリス、決まったか?」

「それじゃあ、ここからここまで全部持ってきてね」

「おいこら」

「冗談だよ」

「あのな……」


 アリスの場合、本気に見えるからタチが悪い。


「私は野菜たっぷりスープとパンをちょうだい」

「俺はウルフのステーキとラビットの串焼き。それとパンを頼む」

「はい。野菜たっぷりスープとウルフのステーキとラビットの串焼き。それとパンがお一つずつですね? 少々おまちください!」


 元気に復唱をしてエストが奥の厨房に消えた。

 ほどなくして、ジュージューと肉などを焼く音が聞こえてきた。


「ユウキくん、どう思う?」

「なにがだ?」

「エストちゃんの作る料理の味だよ。エストちゃんのような子なら素敵な料理を作るというのが一般的なイメージだけど、あえてそこを外して、とんでもない料理を作るというオチが待っているかもしれないよ?」

「失礼なことを考えるな」

「ついつい、てへ」


 なにげない日常会話もするようになりわかったことだけど……

 アリスはけっこう失礼なヤツだった。


「でも、自分で言っておいてなんだけど、失敗というオチはないと思うから安心していいよ」

「どうして言い切れるんだ?」

「料理を練習した跡があったから」

「跡?」

「切り傷や小さな火傷の跡が手に見えたの。きっと、たくさんの練習を積み重ねてきたと思うんだ。そんなエストちゃんなら、とてもおいしい料理を作ってくれると思うな」

「細かいところをよく見ているな」

「鑑定士だから、色々と観察するのが癖になっているの」


 なるほど、と納得してしまう理由だった。


「おまたせしましたーっ!」


 エストが料理を手に戻ってきた。

 テーブルの上に注文した料理が並べられる。


「おぉ、これは……」

「すごくおいしそう」


 料理は芸術のように綺麗で、食欲をそそられる。

 さらに香ばしい匂いが漂い、二重に魅力を感じられた。


「自信作です! 温かいうちにどうぞっ」


 それならばと、俺とアリスはさっそく料理を口に運ぶ。

 アリスはスープを口に含み、俺は肉を噛む。

 瞬間、互いに目をカッと見開いた。


「こ、これは……!?」

「え? え? もしかして、お口に合いませんでしたか……?」

「逆だ。ものすごくうまいっ!」

「これは、はぐはぐ、食べる手が、もぐもぐ、止まらないね、ぱくぱく」


 アリスが夢中になって食べている。

 俺も夢中だ。


 この料理はただうまいだけじゃない。

 病みつきになりそうな絶妙な加減で、いつまでも食べていたいと思わせてくれる。

 それに、どこか温かい感じがするというか……

 家庭の味、という感じがした。

 孤児院の料理を思い出す。


 俺とアリスはあっという間に完食した。


「ふぅ……うまかった」

「ごちそうさま。とってもおいしかったよ」

「ありがとうございます!」


 エストがうれしそうに笑い、ペコリと頭を下げた。


「あっ、お水が空ですね。すぐに注ぎます」


 空のコップに気がついて、エストが水を注いでくれた。


「ありがとう。でも、私たちだけに構わなくてもいいんだよ?」

「ああ、そうだな。他の客……はいないか」


 店内にいるのは俺とアリス、そしてエストの三人だけだ。


「珍しいな」

「え?」

「これだけの料理が出てくる店なのに、こんなにガラガラなんて。時間も時間だから、満席でもおかしくないと思うんだが……」

「隠れた名店、というヤツなのかな?」

「えっと、それは……」


 いつも笑顔のエストが、初めて暗い顔になった。

 どうしたのだろう?

 問いかけようとした時、


「邪魔するぜぇ」


 粗暴な感じのする男が現れた。

『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、

評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。

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