親友は悪役令嬢2
「ダイナ様ダイナ様ダイナ様!!!」
「喧しいですわ! 呼びかけは一回でよろしくてよ!」
「聞いてください! お兄さんからお返事が来たんです!!」
胸に抱えていた手紙を両手で掲げ、喜びのあまり身体が弾む。ぴょんと一足飛びに距離を詰めた私に、ダイナ様が「淑やかではありませんわ!!」注意した。
「全く……。その様子ですと、杞憂は晴れましたのね?」
「はい! お騒がせしました!」
「本当ですわ」
呆れた面持ちで鼻を鳴らしたダイナ様が、華麗な仕草で扇子を広げる。レース仕立ての壁の向こうからじと目を向ける淑女が、嘆息とともに言葉を吐き出した。
「だらしない顔をしていますわ。もっとしゃんとなさい」
「むーりーでーすぅー。だってお兄さんからのお手紙ですよ~?」
「この前とは打って変わった態度だね?」
「ひゃぐッ!!」
ダイナ様の後ろからひょっこり現れたルカ様のお姿に、彼の婚約者である悪役令嬢様が、しゃっくりに似た声を上げる。
うふふー、淑やかでないですよぉ? ダイナ様~。
「どどどっどちらからお見えですか、ルカ様……!!」
「ダイナの姿が見えたから。ふたりとも今から食事? 一緒に向こうで食べようよ」
「えー。それでダイナ様といちゃつくおつもりなんでしょー? させませんよー?」
「アップルフィーユさんッ!!!!」
真っ赤な顔のダイナ様が、渾身の叱責を飛ばす。しかしご機嫌な私はへこたれない! ダイナ様が照れ屋さんなのは、親友の私がよく知ってますからね!
改めて自己紹介をしよう。私はレベッカ・アップルフィーユ。とある乙女ゲームに転生しちゃったヒロインちゃんだ。
そして彼女、金髪縦ロールのご令嬢、ダイナ様とは、彼女の婚約者である王子様のルカ様を取り合う関係…………になることはなく、こうして相談事に乗ってくださる良好な関係を築いている。
本来攻め落とさなければならない攻略対象を放って、悪役令嬢様とハッピー学園ライフを送っているのだが、これには事情がある。
私にはすきな人がいる。故郷に残してきた近所のお兄さんだ。優しくて穏やかで尚且つ綺麗な彼は、幼少の頃から私の恋心を奪っている。堪らなくお兄さんがすきだ。正直学園になんて来たくなかった。全寮制なんて私に対する喧嘩なんだって、実家で果てしなく荒れた。お兄さんに宥められるまで荒れた。もうこれは結婚するしか既成事実を生み出すしかないと判断したので、私はお兄さんにその場で結婚を申し込んだ。お兄さんに「卒業してからね」とやんわり丸め込まれたので、これは卒業式が私とお兄さんの結婚式なのだお兄さんの言質取ったぞよっしゃあああと自分を奮い立たせて首都に指輪を買いに来た。学園はついでだ。卒業証書さえもらえれば、私は晴れてお兄さんのお嫁さんになれる。私がんばる。
けれどもやっぱりお兄さんのいない世界はくすんで見えて、堪らなく切なくて苦しい。暴れ回る恋心を持て余していたそのとき、ダイナ様の指南に私の心は晴れた。
ダイナ様は私の救世主だ。さすがはヒロインをリンチしかけた悪役令嬢! 荒れ狂う恋心に共感いただけて、私は幸せです!
さて、件のお兄さんの手紙とは、最愛のお兄さんから届いた『会わせたい子がいる』と書かれた手紙のことだ。この一文に私の心は乱れに乱れ、危うくお兄さんの周りをうろついているであろうゴミ虫どもを抹殺するところだった。
この衝動を止めてくださったのもダイナ様で、私は彼女に、言葉では言い尽くせないほどの恩義を感じている。本当だ。
ダイナ様は悔しいことにルカ様にめろめろで、ルカ様もルカ様でダイナ様にちょっかいを出して愛で倒しているのだから、不本意ながらお二人のお幸せを願っている。だがなルカ様! ダイナ様の親友ポジションは譲りませんからね!!
ダイナ様は! 私の! 親友ですからね!!!
お昼ごはんを載せたトレイを運んで、ルカ様が取った席に腰を下ろす。
自称気遣いの出来るヒロインちゃんなので、ルカ様の正面にダイナ様が座れるよう、場所を定めた。びくりと一瞬足を止めたダイナ様が、ルカ様、私、手元のトレイと視線を動かす。染まった頬を俯けた彼女は、渋々と仕向けた席に座ってくれた。これには王子様もにっこりだ。ルカ様、褒めてくれてもいいんですよ!
「それで、レベッカ。お兄さんは手紙で何て?」
「ルカ様も気になっちゃいます~?」
「……まあ、あれだけ殺気立っていたからね」
ぴくり、肩を震わせたダイナ様がこちらを向く。おっと、真正面を見ないスタイルですか。ダイナ様は恥ずかしがり屋さんですね~!
でれでれ表情を崩し、制服のポケット越しに仕舞った手紙を撫でる。ダイナ様に見せたい気持ちもあるが、うっかり食べものの汚れがついてしまったら、私はこの食堂を別の色彩で染め上げてしまう自信がある。
からあげ丼をお箸でつつきながら、口頭で説明することにした。
「お兄さんからですね、『手紙の授業でもあったのかな? 良い先生だね』と褒めてもらいました!」
「…………お待ちなさい。あなたっ、まさかわたくしの文面を……!?」
「丸写しさせていただきました!」
「あー、その、僕が勧めたんだ」
「……ッ!!」
叱責のため開かれた唇が、ルカ様爆弾によって、金魚のように開閉される。ようやく赤味の引いていた頬が耳まで真っ赤に染まり、ダイナ様が撃沈した。ぷるぷる震えながら、涙目でサンドイッチを食べ出す。
こら、ルカ様! ダイナ様をいじめちゃだめでしょ!
「お返事に、ダイナ様は良い先生なんですよ~って、のろけちゃいました」
「うん、ダイナ可愛いからね」
「次! 結局『会わせたい子』とはどの子だったのですか!?」
これ以上は無理と言わんばかりに染まったダイナ様が、テーブルを叩く。文面を思い出し、堪らずでれでれと頬を押さえた。
「えへへー。実はお兄さんには妹がいまして、お姉さんと呼んでいるのですけど、その方が出産されたんです!」
「あ、あら。お目出度いことじゃありませんの」
「何だか意外だね。お姉さんご結婚されてるんだ」
肩透かしといった顔をする彼等に、益々表情がにやけてしまう。でれでれ、からあげをつつきながら話を続けた。
「お姉さんは流石お兄さんの妹さんともあり、とても綺麗な方なんです。どこの馬の骨とも知らぬ連中に狙われる日々は騒がしくて、私も毎日害虫駆除に勤しんでました」
「あ、うん。そんな気はしてた」
「その中に一匹骨のあるやつがいまして。まあ敬意を込めて豚野郎と呼びましょうか。私の警告を無視し、お姉さんに猛アピールを繰り返したんです」
「待って? 敬意を込めて? あれ、聞き間違いかな??」
ルカ様が頭痛に苦しんでいるような顔をする中、当時を思い返して苦い心地で白米を噛み潰す。ダイナ様が心持ち引いた目で私から距離を取っていた。
「なのであの野郎を締め上げまして。具体的には奴の腹を踏んづけて、顔面に落ちるよう、伸ばした手の先で前日に良く研いだ包丁をゆらゆらさせたんです。こう、人差し指と親指だけで持つ感じで。それで、『あなたはお姉さんを幸せにすると誓いますか?』と問い掛けたら、咽び泣きながら『誓います』と言質を得たので、まあ執行猶予みたいなものですかね。お姉さんを泣かせたその日が貴様の命日だぞと脅、んんっ、お話したんです」
「脅したんだ……」
「改めてあなたの過激さには鳥肌が立ちますわ」
「やーん! そんなに褒めないでくださいよぉ、ダイナ様~!」
「褒めていませんわ!!!」
今日もダイナ様の突っ込みが冴え渡ります! ありがとうございます!!
「まあ、半分豚野郎の血が混じっているかと思うとあの野郎を吊るし上げたくなるのですが、お姉さんの子どもなんて絶対可愛いに決まってるじゃないですかあ~! 断言出来ます!! 絶対可愛いんですぅ~!!」
「前半と後半で声のトーンが2オクターブくらい違う辺りに本気を感じるよ」
「……とりあえず、言葉遣いを淑女らしくなさい」
げんなりとしたお顔のダイナ様とルカ様が、食欲なさそうにお昼ごはんをつつく。だからお二人ともそんなに華奢なんですよ。若者はもっと沢山食べないと!
どんぶりのごはんを掻き込んだら、ダイナ様から「お行儀!!」と机を叩かれた。渋々スプーンを使う。
「じゃあレベッカは、今期の休暇期間を故郷で過ごすんだ?」
「当然じゃないですか! やっっっっとお兄さんに会えるんですよ!? 拷問からの解放ですよ!?」
「現状に臆することなく、拷問と称する君を賞賛するよ」
ルカ様が苦笑いを浮かべる中、ぴくり、ダイナ様の肩が跳ねる。何やら言い淀む彼女に、ぴーんと私の第六感が閃いた。
「ダイナ様も、私の帰省にご一緒しませんか!?」
「はっ、な!? 何を言っていますの! 行きませんわ、そんなど田舎!!」
「え~っ、行きましょうよぉ、ダイナ様ー!」
染まった頬をつんと背けたダイナ様はこちらを向いてくれず、猫撫で声で説得する。オムライスをちびちび食べるルカ様が、にこにこと清らかな笑みを浮かべた。
「ダイナが行くなら、僕も行きたいなー」
「え、嫌です」
「即答されると、さすがに傷つくよ……?」
ルカ様が笑顔を引き攣らせているが、私にも言い分はある。誰もが放っておかないプリティヒロインちゃんフェイスを壮絶に顰めて、ごちそうさまでしたと手を合わせた。
「それでもしもルカ様がお兄さんにめろめろになったら、私本気で刺しますよ?」
「ストレートな言い方が率直にこわい。えー、じゃあダイナは?」
「ダイナ様は私の親友ですので!」
「だっ、誰と誰が、し、親友ですか! 言葉を慎みなさい!!」
「そんなに照れないでくださいよー、私まで照れちゃうじゃないですか!」
「今のどこに照れる要素があったの?」
再び頬を押さえて恥らう。ダイナ様の仰りたいことはわかります。こんな食堂という広間で、親友と公言されて照れちゃっているんですよね。すみません、今後は密やかに主張したいと思います!
「いや、レベッカの話を聞いてる上で、尚且つお兄さんに手を出す命知らずになった覚えはないよ?」
「だーめーでーすうー。私以外のライバルを増やしたくないのでー」
「自分がライバルって、哲学だね……!」
またしてもダイナ様がぴくりと反応し、気難しいお顔をされる。考え込むように顎に手を当てる彼女に、ルカ様が気付いた。
「ダイナは、僕が一緒に行くのは、いや?」
「まっまさか、そ、そのようなことはなく……!!」
「ことはなく?」
「ご、……ご一緒できること、を、……たのしみに……はっ!?」
唐突に私の腕を掴んだダイナ様が、瞬時に扇子を広げて目隠しを作る。私に顔を近付けた彼女が、小声の早口で耳打ちした。
「わ、わたくしっ、殿方との外出など、は、はじめてですわ……! こ、このような場合、どのようにするのが淑女らしいのでしょう!?」
「ダイナ様かわいすぎませんか?」
「アップルフィーユさん!?」
目頭を押さえて、天を仰ぐ。はーっ、真っ赤な顔であわあわしちゃってるダイナ様、レア過ぎません? 私、こうしてダイナ様から相談事を持ちかけてもらえる立ち位置を、誇りに思います!
「大丈夫ですよ、ダイナ様。ダイナ様の可愛さは、私が逐一報告させていただきますからね!」
「あなた、わたくしの話を聞いてまして?」
「ちなみに日程としては、終業式が終わり次第早馬に乗って故郷を目指すつもりです。なので、多分淑女云々言ってられない環境になると思います」
「もっとゆとりのある日程を組んでから、お誘いになって!?」
「お兄さんに一秒でも早く会いたい思いと、ダイナ様とご一緒したい思いが、我がまましてるんですぅ~!」
「!!!」
染まった頬を背け、私の手を振り払ったダイナ様が、トレイを手に持つ。簡素に「失礼いたします」呟いた彼女が立ち上がった。
「アップルフィーユさん。先ほども申し上げましたように、わたくしはその日程では動けませんわ。わたくしを誘いたいのでしたら、要検討のほど、出直してくださいませ」
金の縦ロールが反転する身体に合わせてふわりとなびき、ダイナ様がカツカツ踵を鳴らす。凛と伸びた背筋は、返却口にトレイを置いた瞬間、走り出した。
両手で顔を覆って走り去るダイナ様を見送り、思わず唖然としてしまう。取り残されたルカ様へ顔を向けると、ふふっ、整った顔が噴き出した。
「ダイナ、相当嬉しかったんだろうね」
「ええ、本当ですか?」
「うん。だから日程、変えてあげてね」
「えー……、じゃあルカ様、馬車出してくださいよお」
「……僕、一応王族だから、馬車すごく目立つよ?」
「それは嫌ですね」
ふむ、早馬はキャンセルか……。顎に手を添え唸る私を見て、ルカ様がにこにこ笑う。
な、何ですか。全世界が放っておかないキューティーマックスヒロインちゃんだからって、そんな目で見てもウインクくらいしかしませんからね! あなたにはダイナ様がいるでしょ! 不本意ですけど!!