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第七章 マイナデスの宴

【警告】


 この文章の中では、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』とカトリーヌ・アルレーの『わらの女』を扱っていますが、これらの作品がミステリーであるにも関わらずネタバレしているため、これから読んで楽しもうと思っている方は、そちらを読了後にお読みください。

「ふ~っ。やっと終わった~!」

 理英は嬉しそうにそう言うと、両手を挙げて大きく伸びをした。手を下した瞬間、着ていた赤いタンクトップの右肩紐がずれて、付けていたブラのストラップが露わになる。それに気づいた理英は、頬を染めながら向かいに座っている永渕に目を遣ったが、幸いこっちを見ていないようなので、おっといけないとばかりに素早く肩紐を直した。本当のことを言うと、永渕になら見られても別に構わないのだが、春先に妹の理香が永渕に、理英がまだブラジャーを付けていないことをバラしたため、最近になってやっと付けられるようになったことを、永渕に知られるのが恥ずかしかったのである。

 尤も理英の向かいに座って下を向いていたはずの永渕は、とっくにその事態に気が付いていた。だが、どういう反応をすれば良いのかが分からず、一度は顔を上げようとしていた動作を中止して、ノートから目を上げないまま、理英がブラのストラップを直すのを知らん顔して待っていたというのが真相である。夏の太陽の光を浴びて日に焼けたとはいえ、もともと理英は肌が雪の様に白いため、原色の服を着ると妙に艶めかしく感じられ、気になった永渕はチラチラと理英のことを盗み見していたのである。顔が赤くなってしまってはそのことを理英に気取られてしまうので、永渕は内心気が気ではなかったのだ。


 今日は8月13日、迎え盆の日である。既に陽は西に傾いていて、東の空は薄紫色に染まり、黄昏が間近いことが感じ取れる。時計の針はもう17:00を回っている。永渕の自宅裏を通っている国道199号線を走っている自動車のカーラジオから、荒井由実の『あの日にかえりたい』が流れて来た。家の外では海風が揺らす木々の枝にとまった蜩が鳴いている。街には、もう夕暮れ時特有の物悲しい雰囲気が漂っていた。

 「終わった~、じゃないでしょっ!僕の宿題を写しただけじゃない。そんなんじゃ、学力は身に付かないよ。」

 テーブルの向かいに座っていた永渕が、目も上げずに厳しい言葉を投げ掛けた。先日の臨海学校の帰りのバスの中で、永渕がもう夏休みの宿題を終えたと言うので、理英は宿題を写させてもらおうという魂胆で、連日永渕の自宅に押しかけて来ていたのだ。今日も昼から縁側のある6畳間にテーブルを出して貰って、2人で勉強をしている振りをして、永渕の済ませた宿題をせっせと写していたのだ。尤もその時発した科白は永渕の照れ隠しなのだが、理英はそれに気付かない様子だ。

「別に良いじゃない。こんなに早く夏休みの宿題が終わったことなんて、今まで無かったもの。これで後顧の憂い無く、残りの夏休みは全力で遊べるわ~っ。嬉し~い!」

 理英はそう叫ぶと再び両手を挙げて、指を組んだままの姿勢で後ろに倒れこんだ。同時にホットパンツから伸びた形の良い長い脚も投げ出した。倒れこんだ勢いで、理英のツインテールにした髪の毛が跳ね上がる。

「でも、ブチ君は何でこんなに早く宿題をやっちゃったの?」

 理英は寝転んだまま、ふと心に浮かんだ疑問を口にした。

「別に今年の夏休みだけじゃないよ。僕は毎年夏休みや冬休みが始まると、最初の3日くらいで宿題を終えることにしてるんだ。そうすれば、みんなの様に休みの終わりになって慌てる必要は無いからね。少なくとも、親に宿題を手伝ってもらったり、宿題が終わらないまま新学期を迎える羽目にはならないよ。」

「ふ~ん。でも小学生の頃は、『夏休みの友』っていう教材をやらされていたから、登校日の度に進度をチェックされてなかった?」

「そっ!だから小学校の頃は、よく担任の先生に叱られたよ。これは毎日少しづつやってこそ身に付くものなんだぞ、ってね。でも僕は、やらなければならないことを残しておくっていうのはできない性分なんだよ。それに先に宿題を済ませておけば、あとは自分にとって本当に必要な勉強ができるでしょ。」

 その科白を聞いた理英は、クックッと笑いながら感想を述べる。

「クソ真面目だなぁ~。」

「でもそのおかげで、君は今、楽ができてるんじゃない?まあ、長い目で見れば、そうじゃないかもしれないけどね・・・」

 そう言って永渕は語尾を濁した。理英は、「お説教臭い物言いだなあ。」とは思ったが、永渕も語尾を濁したので、本人もそう感じているのだろうと推測して、この科白は口に出さないでおいた。その代わりに、

「ところで、国語の読書感想文はもう書いたの?」

と尋ねた。

「ピッピ、君まさか、読書感想文まで丸写しするつもり?」

 永渕が真顔で訊き返す。

「まっさか~っ!そんなことしたら、直ぐにバレるわよ!でも去年に続いて今年も、夏休み中に10冊読んで感想文を出せっ、て言われても、もうネタが尽きちゃったのよ。ブチ君は去年何を読んだの?」

「ああ、そういうことか。僕が去年読んだのは、『黒い雨』(井伏鱒二)・『二十四の瞳』(壺井栄)・『落日燃ゆ』(城山三郎)・『戦艦大和ノ最期』(吉田満)・『ロウソクの科学』(マイケル・ファラデー)・『高瀬舟』(森鷗外)・『蒼き狼』(井上靖)・『若い人』(石坂洋次郎)・『アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス)・『夏への扉』(ロバート・A・ハインライン)の10冊だったよ。」

「太平洋戦争に絡んだものが多いわね」

 理英が素直な感想を漏らす。

「まあね。夏休み中には終戦記念日もあるから、どうしても影響されちゃうんだよね。」

「私が去年読んだのは、『伊豆の踊子』(川端康成)・『野菊の墓』(伊藤佐千夫)・『潮騒』(三島由紀夫)・『エデンの海』(若杉慧)・『悦ちゃん』(獅子文六)・『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)・『なぞの転校生』(眉村卓)・『つぶやき岩の秘密』(新田次郎)・『初恋』(イワン・ツルゲーネフ)・『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ)の10冊よ。」

「随分『恋愛もの』が多いね。そういう所は、君も女の子なんだね。」

 永渕にそう言われて、理英は少しふくれっ面をしてみせた。

「そういう所は、は余計だわ!」

「ああっ!ごめん、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないよ。」

 永渕のその姿を見て理英はつい、日活の純愛映画のワンシーンを思い出してしまい、笑いが込み上げてきた。肩にカーディガンを羽織ってツンと澄ました吉永小百合が、恋人役の浜田光夫に向かって、

「貴方って、そういう人だったのね。」

という科白を投げつけるアレである。理英がそういう科白を口にすれば、永渕も同じ様に、

「ち、違うよ。僕はそんなこと・・・」

と言って、オーバーに取り乱してオロオロしてくれるのだろうか?そんなことを考えると、ついニヤニヤとしてしまう自分が居た。慌てる永渕の姿を見て満足した理英は、話を続けた。

「でも今年はまだ、『寒い朝』(石坂洋次郎)しか読んでないのよ。」

 理英は夏休みに入るちょっと前に、職員会議で今年の夏休みの宿題から、読書感想文を外そうという話が持ち上がったと聞いていたのだ。実は去年の読書感想文の中に、力作で評価に手間取る物があったらしく、もう一人の国語担当教員である今村の負担が大変大きかったというのが理由らしかった。しかしその後どういう経緯を辿ったのか、結局今年も夏休みの宿題として、10冊分の読書感想文の提出が義務付けられたのであった。

「そりゃあ日程的には、ちょっと厳しいね。僕は今のところ、『海と風と虹と』(海音寺潮五郎)・『陸行水行 別冊黒い画集(2)』(松本清張)・『金閣寺』(三島由紀夫)・『梟示抄 青のある断層』(松本清張)・『ビルマの竪琴』(竹山道雄)・『わらの女(La femme de paille)』(カトリーヌ・アルレー)・『そして誰もいなくなった(And Then There Were None)』(アガサ・クリスティ)の7冊を読み終わってるんだけど。」

「ねえ、ブチ君が読んだ本、貸してくれない?」

「いいよっ!じゃあ、僕の部屋から持って来るね。」

 永渕はそう言うなり奥の部屋に消えると、直ぐに段ボール箱を抱えて戻って来た。永渕は段ボール箱を畳の上に下ろすと、段ボール箱の中に入った本を取り出し始めた。理英も釣られて上半身を起こすと、這い寄って来て段ボール箱の中を覗き込む。永渕はまず読み終わった本を取り出すと、更に本の束を弄り始めた。

「君なら、『杜子春』なんかはもう読んじゃったんだろうね。」

「芥川なら、小学生の時に殆ど読んだわよ。」

「じゃあ、これなんかどう?結構切ない話で面白かったよ。」

 そういって永渕が手渡したのは、今年の2月28日に発売された筒井康隆の『時をかける少女』という角川書店の文庫本だった。SFジュブナイルと銘打たれているが、カバーに描かれている少女のイラストがちょっと気味悪かったので、掌を永渕に向けて辞退した。それを受けて永渕は、段ボール箱の中を再び弄り始めたが、ダンボール箱の中の側面に白い紙の束があることに理英が気が付いた。それは原稿用紙の束だった。

「これ何?」

「ああ、それは書き終わった読書感想文だよ。」

「ちょっと読んでみても良い?」

「良いけど、どうして?」

「他の人はどんな感想文を書いているのか、ちょっと気になるのよ。」

 そう言うと理英は、ダンボール箱の中から原稿用紙を取り出して、ざっと目を通し始めた。初めに読んだのは、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』の物だった。しかしそこに書かれていたのは、理英が思い描く読書感想文とはかけ離れた内容だった。


 『そして誰もいなくなった』は、1939年にイギリスで刊行されたアガサ・クリスティの長編推理小説である。この作品は人気があって何度も映画化されており、昨年もペルセポリスの宮殿を舞台にしたイギリスのリメイク映画が公開されていた。理英もテレビで、ルネ・クレール監督がハリウッドで撮った20世紀フォックス社の1945年の映画と、ジョージ・ポロック監督が撮った1965年のイギリス映画を観たことがある。


 この作品は、イギリスのデボン州にある絶海の孤島に、年齢も職業も異なる8人の男女がそれぞれ偽の手紙で誘き出されたところから始まる。2人の召使いが夫婦で出迎えたが、招待状の差出人でこの島の主でもあるオーエン氏は、姿を現さなかった。不穏な雰囲気に包まれたままの晩餐会の最中に、彼らの過去の罪を告発する謎の声が蓄音機から流れてきた。告発された罪は事故とも事件とも判断のつかないものばかりだったが、『10人のインディアン』という童謡の歌詞通りに、招待客と召使いは一人ずつ姿なき殺人鬼に殺されていく、という筋立てである。

 まず最初に、生意気な遊び人のアンソニー・マーストンが、青酸カリの入ったウィスキーを飲んで『喉を詰まらせて』亡くなる。さらに翌朝には、召使いのロジャース夫人が睡眠薬で死んでしまう。残された者たちは、それが童謡『10人のインディアン』を連想させる死に方であることと、10個あった筈のテーブル上のインディアン人形が8個に減っていることに気がつく。その上、本土からの迎えの船が来なくなったうえに通信手段もなくなったため、残された8人は島から出られなくなり、完全に孤立してしまう。

 さらに退役した老将軍ジョン・マッカーサーの撲殺された死体が発見され、人形も更に1つ減っているのを確かめたことで、全員がこれは自分たちを殺すための招待であり、犯人は島に残された7人の中の誰かなのだ、と確信する。誰が犯人か分からないという疑心暗鬼の中で、4番目に召使いのトマス・ロジャースが手斧で打ち殺され、5番目に老嬢エミリー・ブレントが青酸カリを注射されて亡くなり、6番目に元判事ローレンス・ウォーグレイヴが裁判官が着る法服に見立てた赤いカーテンと灰色の鬘をつけて射殺され、7番目に医師のエドワード・アームストロングが射殺後に海に放り込まれる。そして事件の進行と共に、インディアンの人形も一つずつ減っていく。

 そして残された3人のうち、8番目に元警部ウイリアム・ブロアが落ちてきた大理石の熊の置物に頭を潰されて亡くなり、9番目に陸軍大尉のフィリップ・ロンバードが若い女教師ヴェラ・クレイソーンに拳銃で撃たれ、最後に残ったヴェラも犯人が誰か分からないまま、精神的に追い詰められたことで首を吊って自殺し、そして誰もいなくなってしまう。

 後日、救難信号に気付いたボーイスカウトからの連絡で救助隊がこの島にやって来るが、10人の死体を発見して事件が露見する。この事件を担当したロンドン警視庁は、被害者達が残した日記やメモ、そして死体の検視状況等から大方の事件の流れを掴むが、警察がその島にやって来た時には、ヴェラが首を吊るときに使用した踏み台がキチンと片付けられていたのを発見して不審に思う。そして事件当時の島の状況からして、犯人が10人の中に居ると考えるとどうしても矛盾が生じてしまうため、「島内に11番目の人物が居た」との推理に至るが、漁師が「ボトルに入った手紙」を発見したことで全ての謎が解き明かされる。

 真犯人は6番目の被害者と思われていた招待客の一人、ローレンス・ウォーグレイヴ元判事で、ボトルの中の手紙は彼が書いた犯行声明文だった。この事件に関する犯行方法や殺害動機等の全ての謎に対する真相を、ボトルの中の手紙に記していたのである。死病を患ったことで、自分の手で人を殺したいという欲望を抑えられなくなったウォーグレイヴ元判事は、欲望を満たしつつ正義を執行する方法として、法律では裁けない殺人を犯した9人の人間を集めて、1人ずつ殺害していく計画を実行したのである。ウォーグレイヴ元判事自身は途中の6番目に殺害されるが、それはアームストロング医師と組んで行った巧妙な偽装工作であり、全てが終わった後に真相を書いた手紙を海に投げ込んで、今度こそ本当に自殺したのであった。


 永渕の読書感想文は、冒頭で川端康成がノーベル文学賞を受賞した時のインタビューを引用し、「各国の翻訳者のおかげ」と述べたことを枕に振って、自分は「カーキチ」であるが、日本では「密室の帝王」ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)の人気が無いことを嘆き、その理由を翻訳者に恵まれないからだと書き綴っていた。そして、一見すると翻訳者に恵まれているとされるアガサ・クリスティも、実はそうではないのではないかと疑問を呈していた。

 永渕はその具体例として、クリスティのミステリーに時々出てくる「オレンジ色の猫(an orange cat)」という表現を取り上げていた。ひょっとしたらイギリスには、日本ではお目にかかれないオレンジ色の猫が本当に居るのだろうか、という疑問を呈したうえで、翻訳者が日本人と英国人とでは色彩に関する感性が違うことに気がつかないまま、日本語に訳してしまったのが原因ではないかと述べて、商社員としてロンドンに滞在している自分の従兄から聞いた話を書いている。

 無論、「オレンジ色の猫(an orange cat)」は赤茶色の猫のことである。理英にも、大好きなルーシー・モード・モンゴメリが書いた「赤毛のアン」シリーズの『アンの夢の家(Anne’s House of Dreams)』の中に、唐突に「みかん色の猫」という表現が出てきて、面食らった記憶があった。理英もさすがにその時には色々と調べて、英語圏では「orange」が、日本語でいう「明るい茶色」や「赤茶色」に該当することを突き止める、という経験をしていた。

 そして永渕によるクリスティ作品の翻訳の拙さの指摘は、それだけに止まらなかった。いよいよ本題の『そして誰もいなくなった』の話に入ると、永渕の当初の推理が披露されていた。永渕はハヤカワ・ミステリ文庫を読み進めながら、途中までウォーグレイヴ元判事とアームストロング医師を疑っていたようだった。

 特にウォーグレイヴ元判事は、ある裁判で陪審員を誘導して不当に死刑判決を出したことを告発されていたが、死刑執行後に被告人の有罪を裏付ける証拠が見つかっており、謎のオーエン氏が島へ招待する条件としていた「罪のない者を殺害した」という罪状に該当していないことから、永渕のウォーグレイヴ元判事への猜疑の目は厳しかった。

 また、7番目の歌詞に「A red herring swallowed one」という表現があるのだが、この「red herring」というのは「燻製鰊」という意味の他に、英語では「人の気をそらすもの」という慣用句的な意味で用いられることがあるという。6番目にウォーグレイヴ元判事が殺害された後に、アームストロング医師が失踪してしまうが、これはアームストロング医師が童話に擬えられて、真犯人に騙されたことを暗示している、と永渕は考えていた。誰もが疑心暗鬼に陥って信用することができない状況下では、アームストロング医師が信用に足ると判断する人物は、事件前からの知人であるウォーグレイヴ元判事しかいない、という判断をしていたのである。

 しかし永渕はある段階まで来ると、ウォーグレイヴ元判事を容疑者リストから外してしまったのである。永渕は、その理由として、各登場人物の独白もしくは心理描写は真実を述べたものである、ということを前提にして推理を進めていたが、そういった部分を何度も読み返す中で、真犯人が彼だとすれば矛盾すると思える科白を幾つか見つけたと記していた。例えば、これだ。


 「怪しいのはあの娘だ・・・そうだ、あの娘を警戒しなければならない・・・」


 本当にこの独白がウォーグレイヴ元判事の心理描写をしたものならば、彼もまた真犯人を知らずに独自に推理を組み立てていたことになってしまう、と永渕は考えたのである。だとすれば、ウォーグレイヴ元判事がオーエン氏である筈が無い、という結論に至った永渕は、最終的に彼を容疑者の枠の外へ出してしまったのである。そのため、永渕は最後まで読み終わった後で、推理が外れた悔しさを滲ませながら、英文の原書に当たって該当箇所を引っ張って来ていた。それは、実はこういう文章だった。


 「The girl...I’ll watch the girl. Yes, I’ll watch the girl...」


 永渕は、翻訳者の清水俊二氏の手になるこの日本語の訳文に噛みついたのである。本当にこの翻訳で良いのだろうかと。そしてご丁寧に、永渕独自の日本語訳も提案していた。


 「あの娘・・・あの娘を監視しよう・・・そうだ、あの娘を監視するんだ・・・」


と。なるほど確かにこの訳ならば、自分もウォーグレイヴ元判事を容疑者から外すことはないな、と理英も思ってしまった。

 永渕はこの考え方を敷衍して、ハヤカワ・ミステリ文庫における清水俊二氏の翻訳は、彼もまたクリスティの叙述トリックに引っ掛かった被害者であり、これはその産物だと主張していた。そして、他言語で書かれた文芸作品を読む時には、翻訳者も注意を払って選ぶべきだ、という結論で締め括っていた。ご丁寧なことに、文末にはこの感想文を書く上で参照した文献が20本近く、いちいち並べて記されていた。それを見て理英は、何事も御座形にしない永渕の性格を垣間見るとともに、これに付き合わされる教師の苦労に思いを馳せた。


 次に理英が手に取った読書感想文は、カトリーヌ・アルレーの『わらの女』の物らしかった。フランスの女流作家カトリーヌ・アルレーの第2作で、1956年にスイスで出版された、完全犯罪が成立してしまう心理サスペンス小説である。1964年にイギリスで映画にもなったので、理英もテレビで流れているのを見たことがある。ヒロインのヒルデガルデ・マエナーを『9月になれば』のジーナ・ロロブリジーダが、犯人役のアントン・コルフを『007』シリーズのショーン・コネリーが演じていたのを覚えている。この映画を初めて目にした時の、ジェームズ・ボンド役者だったショーン・コネリーが悪役を演じているという驚きが、まだ理英の記憶の中に鮮明に残っていた。


 この作品は、第2次世界大戦終戦直後のドイツのハンブルクを舞台にしており、ヒルデガルデという美貌のヒロインは、この戦争で家族も友人も地位も財産も無くしてしまい、翻訳業で生計を立てていた。身寄りを全て亡くしていたため、富豪との結婚を狙って新聞の花嫁を募集する広告に目を通す毎日であったが、ある日お誂え向きの広告が目に留まった。早速応募の手紙を出したところ、フランスのカンヌで会いたいとの返事が届いた。富豪はドイツ系アメリカ人で、名前は力ール・リッチモンド。しかし会いに来たのは、彼の秘書を長年務めているというアントン・コルフという男だった。

 コルフは面会したヒルデガルデに対して、驚くべき計画を持ち掛けた。富豪の力ール・リッチモンドが準備している現在の遺言書では、長年使えてきたにもかかわらずコルフには遺産を2万ドルしか渡さず、残りの財産はほぼ全額を寄付することになっていた。そこでヒルデガルデがリッチモンドと結婚し、寄付する予定の財産を妻に残すよう遺言書を書き換えさせる。この計画が上手くいった暁には、ヒルデガルデはコルフに20万ドルの成功報酬を支払う、というものだった。

 そして、この作戦を成功させるために、法律上の養女になって欲しい、とのコルフからの申し出をヒルデガルデは承諾し、差し出された書類に署名してコルフと養子縁組をしたのだった。第2次世界大戦中に連合国軍から受けた爆撃で、ハンブルクの市役所なども破壊されていたため、結婚の手続き等に必要な身元証明書の準備に時間がかかりそうだったことから、コルフの提案に乗ったのである。

 富豪のリッチモンドは変わり者で、自分に刃向う度胸を持った人間を気に入る傾向があることを教えられ、看護婦として彼に近づいたヒルデガルデは、敢えて毅然とした態度を示すことによってリッチモンドの心を掴み、見事に結婚にまで漕ぎ着ける。

 ところが世界一周の航海中に、突然リッチモンドはニューヨーク近海で亡くなってしまう。動転したヒルデガルデがコルフに相談すると、遺言書の書き換えがまだ終わっていないことを理由に、リッチモンドを生きたように見せかけてニューヨークの自宅に戻り、時間稼ぎをするように指示する。そこでヒルデガルデは、リッチモンドの死体を車椅子に乗せて自宅まで運び、遺言書を書き換えた後に死んだように見せかけることにする。

 コルフを信頼しているヒルデガルデは彼の言う通りに、死体となった夫を車椅子に乗せて、バレないようにニューヨークの自宅へ運び込み、一刻も早く遺言状の書き換え手続きが全て終わるのを祈りながらコルフからの連絡を待っていた。しかし、そこにリッチモンド夫妻の様子がおかしいという連絡を受けた警察官が現れて、直ぐにリッチモンドの死体が発見されてしまう。妻であるヒルデガルデが遺産目当てで殺人を行ったのではないかと疑われ、警察署に連行されて取調べが始まるが、そこで夫の死因が「毒殺」であることを知らされる。

 これは初めからコルフにより巧妙に仕掛けられた罠だったのである。コルフはヒルデガルデが逮捕された当初こそ、味方の素振りをして「真実を話すしかない」とアドバイスするが、必死の抗弁にもかかわらず警察は信じてくれない。そこでコルフは自分の犯罪計画をヒルデガルデに打ち明けたのである。ヒルデガルデは、リッチモンドは他の使用人によって殺されたと思っていたが、実はリッチモンドの寿命が尽きるまで待つつもりのないコルフが殺害していたのだった。コルフ自身から罪の告白を聞いて自分の無実を訴えるヒルデガルデだったが、それもコルフは計算の上で逆手にとり、ヒルデガルデの立場をより悪いものにしてしまう。殺人容疑で苦しみ、泥沼にはまっていくばかりだったヒルデガルデは、自分の言うことを信じてもらえない状況に絶望し、留置場で自殺してしまう。そして当初の計画通り、コルフがリッチモンドの遺産を手にしたところでこの物語は終わるのである。


 意外にもこれに対する永渕の読書感想文は、穂積八束の「民法出デテ忠孝亡ブ」という文言で火蓋を切った、1889年から1892年にわたって繰り広げられた「民法典論争」から始まっていた。カトリーヌ・アルレーと同じフランス人の法学者ギュスターヴ・ボアソナードの手になる旧民法が公布されると、ドイツ法学者らを中心に反対運動が起こったが、実際には槍玉に挙げられた家族法(親族法+相続法)部分については、旧民法からの根本的修正は無かったことを縷々述べたうえで、日本の現行民法はフランスの民法と大差無いものと見做して、この作品の批評を始めていた。

 まず推理作家の結城昌治氏が、ヒルデガルデに夫殺しの罪を着せた時点で彼女の相続権は失効するので、書類を偽造して偽の父親となったコルフには、リッチモンドの遺産は手に入らない旨の指摘をしていることを述べたうえで、その指摘への批判が存在することまで記していた。

 即ち日本の民法では第891条で「相続人の欠格事由」が規定されており、その第1号で「故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者」というのが挙がっているが、この作品の中でヒルデガルデは刑に処せられる前に獄中で自殺しており、「刑に処せられた者」には該当しないため、彼女は相続権は失くしていない、という反論である。事実、法律の専門家の中には、「刑に処せられた者」が要件であるため、執行猶予付きの有罪判決において執行猶予が満了した場合や実刑判決が確定する前に死亡した場合は欠格事由には当たらない、との見解が存在することまで記していた。つまり、ヒルデガルデの場合は判決どころか裁判が始まる前に自殺しているので、相続権は失わないという批判である。リッチモンドが死んだ時点でその遺産はヒルデガルデが相続し、ヒルデガルデが自殺した時点でその遺産は父親のコルフが相続することに何の問題もない、という見解であった。

 永渕は、フランスの民法も日本の民法とさほど変わらないはずだから、この反論は一応筋が通っているのかもしれないと書いたうえで、「国際私法」について述べていた。国際私法とは、問題となる私法的法律関係の本拠を探求することを目的とするものである。つまり永渕は、この相続関係に適用すべき準拠法を求めたのである。日本においては、この「国際私法」に該当するものが、先ほど出てきた穂積八束の兄にあたる穂積陳重が起草した「法例」だという。

 因みに余談として、法例2条と民法92条の条文は互いに矛盾する関係になっており、どう説明するのかが現在学会で問題になっているらしいと、永渕の豆知識が披露されていた。一般には、法例2条に規定する「慣習」は「慣習法」であるのに対し、民法92条に規定する「慣習」は「慣習法」ではなく法規範性のない「事実たる慣習」だと解するのが、東京大学法学部教授の星野英一氏らが唱える通説らしいが、九州大学法学部教授の原島重義氏が主張する、適用範囲が違う、つまり「法例2条」は「国際私法」について、民法92条は「国内法」について規定するものである、という考え方の方が分かり易いと書いてあった。


 この作品では、ヒルデガルデ・マエナーはハンブルク生まれのドイツ人、カール・リッチモンドはドイツ系アメリカ人なので、ドイツとアメリカどちらの相続法が適用されるのか、という問題提起に始まって、アメリカ国内のニューヨークで、アメリカ国籍のリッチモンドの死亡が確認されて相続が開始したのだから、アメリカ法ではないかと述べていた。そしてアメリカの相続法にも「相続障害」という項目が存在し、州によってまちまちであるが、被相続人を殺害した者に遺産の取得権を認めないとする規定を置いていることを記していた。こういう場合には、被相続人を殺害した者は、被相続人よりも先に死亡したり、相続を放棄したと見なされる、となっているという。

 そしてこういった場合には、アメリカでもやはり故意の殺害についての最終的な刑事上の有罪判決があることが、本条の意味における殺害者であることを認定すると規定されているという。ただし、刑事裁判における無罪評決は、殺害者として無罪を言い渡された人物の相続人としての地位を決定するものではないそうである。つまり有罪判決がない場合でも、裁判所は「刑事証拠基準」ではなく「民事証拠基準」を用いて(つまり「合理的な疑いの余地が無い」という厳しい基準は用いないで)、その者が被相続人の殺害について責任を問えるかどうかが判断される、と書いてあった。

 よって裁判所が民事上の判断として責任を問えると判断した場合、その者は遺産の相続を阻止されてしまうのであるから、ある意味日本やフランスよりも厳しいということを述べていた。このときに民事証拠基準を用いる理由は、相続法は殺害者がその不法行為から利益を得ることを阻止し、刑事法は無辜の被告人の保護を第一に考えるという違いにあるということらしい。従って、殺害者が自殺したからといって、殺害者の遺産相続は同条によって認められることはないと結論付けていた。

 しかしここからが、永渕の本領発揮と言うべきものだった。最後に「代襲相続」について述べていたのである。「代襲相続」とは、相続人となるべき子が相続の放棄以外の理由で相続人にならない場合に、その権利を被相続人の孫以下の者に留保して承継させる制度なのだそうだ。代襲相続とは、被相続人の相続人が既にいない場合に、被相続人から見て孫や曾孫が代わりに遺産を相続する制度で、相続人が相続欠格や相続排除により相続権を失っている場合にも適用されることを記していた。永渕の言に拠れば、相続欠格や相続排除等の理由により相続権を剥奪されても、相続人に子どもがいる場合には、代襲相続によってその子が親の代わりに遺産を相続することができるということであった。

 尤も被相続人の子供が亡くなったり相続権を剥奪された場合に、代襲相続人になれるのは孫等の「直系卑属」のみらしい。父祖から子孫へと垂直につながる血族を「直系血族」といい、そのうち、自分よりも前の世代に属する者を「直系尊属」、自分よりも後の世代に属する者を「直系卑属」と呼ぶ。つまり、直系卑属とは、子・孫・曾孫・玄孫等のことで、この作品ではコルフはヒルデガルデの養親なのだから直系尊属になってしまい、端から遺産の代襲相続などできっこないと言うのである。

 そしてこのことから更に推論を押し進め、著者のカトリーヌ・アルレーは法律に関する知識を碌に持ち合わせないままこの作品を書いたことになる、と断定したうえで、知らないということは恐ろしく、もし少しでも相続に関する知識があれば、こんな作品の構想すら思い浮かばなかったであろうと結論付けていた。よくスポーツの世界で、ルールをよく知らない選手の方が、知らぬがゆえに反則スレスレのプレーをして目覚ましい活躍をみせることがあるが、それと同じことではないのか、という例えも併せて述べていたのである。そして、この読書感想文の文末にも同じ様に、参照文献が20本近く列挙されていた。


 いや、ここまで踏み込んで書くようならば、もう立派な論文ではないのか、と理英は思った。理英は小説家というものは、本が売れさえすれば、例え荒唐無稽なことでも、頭の中で思いついたことを文章にすれば良い気楽な商売だと思っていたが、ここまで冷徹に読み込んでいる読者が居るのかと思うと、空恐ろしくなった。


 理英が三番目に手に取ったのは、『ビルマの竪琴』だった。この作品はもともと児童文学として書かれたものであったが、1956年に市川崑監督がビルマ・ロケをして撮影した映画が大ヒットしたため、現在では反戦文学として評価されている。


 第二次世界大戦末期の1945年、南方戦線のビルマにいた音楽学校出身の隊長が率いる日本軍の部隊は、歌を歌うことで隊の士気を高め、規律を保っていた。特に水島安彦上等兵が奏でる竪琴は素晴らしく、隊員たちは彼の演奏を聞いて、いつ戦闘が始まるかもしれない危機的状況にある自らを鼓舞していた。また水島上等兵はビルマ人に化けることも得意で、敵状を偵察する際に竪琴の音色で情報を伝えていた。

 ある日、彼らは自分たちの部隊を包囲した敵を油断させようと、イギリスで生まれた民謡「埴生の宿」を歌いながら戦いの準備を整えていた。すると、敵方も英語で「埴生の宿」を歌い始めて邂逅し、日本軍が戦争に負けたことを知り、戦うことなく降伏する。

 しかし、まだ降伏せずに戦い続けていた部隊もいたため、降伏勧告を受け入れるように説得するために、捕虜収容所から水島上等兵を現場に赴かせるが、何日経っても彼は戻って来なかった。そんなある日隊長は、肩に青いインコを乗せた、水島上等兵によく似たビルマ人僧侶を見かける。隊長は話しかけてみるが、返事もせずに立ち去ってしまった。

 やがて帰国の日が決まり、隊員たちはこの地で歌うのも最後と繰り返し合唱すると、帰国する日の前日、件の僧侶が収容所に現れる。隊員が『埴生の宿』を歌い始めると、僧侶は歌声に合わせて竪琴を弾き始める。やはりこの僧侶は水島だと確信した彼らは、一緒に日本へ帰ろうと呼びかけるが、僧侶は黙って『仰げば尊し』を弾いて去って行く。

 喪失感の中で帰国の途に着こうとする隊員たちの許に、一羽のインコが手紙を運んで来る。そこには、水島上等兵が仲間の降伏の説得のために出発してからの出来事と、ビルマで命を落とした日本兵を弔うために現地に留まることを決意し、そのために出家をして僧侶になったこと、そして仲間たちへの感謝の気持ちが綴られていた。水島の決意を知った隊員たちは、惜別の思いを込めて静かに合唱を始めるところで物語は終わるのである。


 この作品は、戦争の悲惨さや、音楽を通した仲間との交流などが描かれていて、近代文明と対立する概念として、仏教の静謐や諦念というものに焦点を当てて描いている。それは、明治維新以降の近代化の果てに行き着いた先が今回の敗戦であった、という当時の殆どの日本人が持っていた厭戦気分に共通するものであった。作者自身はこの作品の中で、特に戦争に対する批判をしている訳ではないし、日本の戦争責任を追及しているのでもないが、戦後日本の平和主義的な感覚の中で受けとめられて、いつの間にか反戦文学となってしまったようである。

 ただし「反戦」といっても左翼的な言辞を含まないため、今のところ立場の左右にかかわらず、安心して受け入れられる平和へのテキストとなっている。そういったことを踏まえて、2度と戦争を起こしてはならないというメッセージを掬い上げ、今の日本は反対の方向に向かっているように感じるが、同じ過ちを繰り返すことがないように力を尽くしたい、という風な読書感想文を書けば、恐らく教師受けをする良い感想文になるだろう、と理英は思った。


 しかし永渕の感想文は、ゴータマ・シッダールタに関する文章で書き出していた。つまり、ゴータマが説いたものを簡潔に記述し、これを本物の「仏教」と呼ぶのならば、「仏教」は霊魂というものを認めていないので、日本で霊魂を不滅の存在として認めている仏教と呼ばれているものは、実は本物の「仏教」ではないと断じているのである。そしてゴータマの説く「仏教」では、出家して修行を積み、悟りを開くことが一番大事だと言って、一切の快楽を禁じた厳しい戒律を課していることを指摘していた。

 その上で『ビルマの竪琴』は、大きな矛盾を孕んでいると指摘する。主人公の水島上等兵は出家して僧侶になっているにもかかわらず竪琴を持っていて、戦友たちが『埴生の宿』を合唱すると、無言で竪琴を弾き伴奏するシーンのことである。この部分はこの作品のハイライト・シーンであり、日本人ならみんな感動するのであるが、終戦直後のビルマ人には理解できないだろう、と永渕は言う。竪琴を弾く、つまり音楽を演奏するという行為は、快楽に繋がる行為であり、戒律を守らなければならない僧侶がそんなことをすれば、周囲のビルマ人たちに破戒僧として糾弾され、場合によっては私刑リンチを受けるかもしれないと述べていた。これは作者が、本物の「仏教」を知らないために犯した誤りであると言うのである。

 そして唐突に、東洋という中華文明圏では、儒教の影響で小説を書くということは犯罪行為も同然であった、と述べる。小説とは虚構フィクションであり、身も蓋もない言い方をすれば「嘘」ということである。これが「正直」や「真実」を尊ぶ儒教から見れば、背徳的な行為に当たると言うのだ。そしてその名残は、「小説」という呼び名に表れていると指摘する。

 中国の春秋戦国時代、つまり「百家争鳴」の時代に現れた「諸子百家」の中に、小説家という一学派があり、これが「小説」という言葉の起源だそうである。そして「小説」というのは儒学の立場からの蔑称、つまり差別語なのだそうである。事実、太平洋戦争が終わるまでは日本でも、儒教的見地から、小説はまともな人間の読むものではないと看做されていた。そしてその好例として、「二葉亭四迷」というペンネームは、文学に理解のなかった父親に言われた「くたばって仕舞しめえ」と罵られたことによるものだと記していた。さらに、上田秋成の手になる、前近代的偏見に満ちた『雨月物語』の


 雨月物語・序


 「羅子撰水滸。而三世生唖児。紫媛著源語。而一旦墮悪趣者。蓋為業所偪耳然而觀其文。・・・・・・余適有鼓腹之閑話。衝口吐出。雉雊龍戰。自以為杜撰。則摘讀之者。固當不謂信也。豈可求醜脣平鼻之報哉。(以下略)」


【書き下し文】


 「羅子、水滸を撰して、三世啞児を生み、紫媛、源語を著はして、一旦悪趣に堕するは、けだし業の為に偪らるるのみ。・・・・・・余たまたま鼓腹の閑話あり、口を衝きて吐き出す。雉 鳴き 竜戦ふ。みづからもって杜撰となす。則ちこれを摘読する者も、もとより当に信と謂はざるべきなり。あに醜脣平鼻の報いを求むべけんや。(以下略)」


という序文まで引用する周到さを見せていた。


 その上で、『悲の器』や『邪宗門』という作品を発表した高橋和巳という作家を紹介している。この人は元々小説家ではなく吉川幸次郎の弟子に当たる中国文学者だった。彼が小説家になりたいと言った時に、師匠である吉川幸次郎はどういう態度をとったかについて、親友であるというSF作家の小松左京や映画監督の大島渚の証言を記している。


 「高橋和巳が小説を書き始めたときに、京大の吉川幸次郎先生は、彼が優秀で目をかけていたので猛反対したんです。儒者にとって小説、すなわち稗史を書くのは最低の業ということでね。高橋和巳は、西欧ではホメロスやダンテのように偉大なる精神を小説で表現できるではないかと。どうして小説がいけないんですかと反論していましたが、吉川先生は許さなかった。」


という、今では信じられない様な内容の証言だった。

 その上で永渕は、「借景小説」というものを紹介していた。「借景小説」とは、主に歴史小説などで見られるもので、過去という時代背景だけを借りてきて、そこに登場する人物は現代人であり、近代的なテーマで描かれている小説のことである。そしてこの作品もまた、第二次世界大戦直後のビルマという舞台を借りてきた一種の「借景小説」ではないのか、と書いていたのである。

 そして永渕は、小説とは自らが神になり、原稿用紙の上に一つの世界を構築することだと言う。だから著者によって構築されたその世界は、その神の理屈から見て完璧であることを求められ、それが「借景小説」であっても同様、いや「借景小説」であるならば尚更、その「借景」の部分は完璧に写し取るべきである、と主張する。もし、その世界の嘘が透けて見えれば、読者は興醒めしてしまうからだと言うのである。そしてその嘘が透けて見える原因が著者の勉強不足であるのならば、その作品は読む価値が無いとまで言い切っていた。


「なるほど、こんな独特な読書感想文を丸写ししたら、すぐにバレちゃうわね。」

と、理英は独り言ちた。それと同時に、なぜ職員会議で今年から読書感想文を廃止しようという意見が出たのかを理解できた。永渕が元凶だったのだ。永渕の読書感想文に付き合わされた今村が音を上げている姿が、理英には容易に想像できたのである。

 もしこれらの読書感想文をキチンと評価しようと思ったら、巻末に記してあるそれぞれ20本前後の参照文献にも全て目を通さなければいけなくなるが、果たしてこの界隈の普通の書店で手に入るのだろうか、と思った。図書館に行って探しても、揃えては無さそうなラインナップである。もし全て購入するとしたら一体幾らになるのだろうか?

 特に『わらの女』に至っては、「『民法3』 我妻 栄・有泉 亨:共著 一粒社」から始まって、良書普及会の『民法概論 I 序論・総則』や有斐閣の『民法 1 -総則』等のほか、主に東京大学出版会の専門書がずらずらと並んでいる。東京大学が出版業の運営もやっているとは思わなかったが、永渕はどうやってこれらの本を入手したのだろうか?こういう本を読むのは従兄の影響が大きいのだろうが、普通に人生を過ごしている人間ならば、一生目を通さない類の本であることは、理英にも理解ができた。

 それと同時に、理英は永渕のことが少し理解できたような気がした。この男は非常に理屈っぽく、性格的に疑問がある以上追求せざるを得ないのである。しかもそれを貫徹しようとするため、付き合わされる方は音を上げてしまうのである。


 永渕の読者感想文を立て続けに読んだことで、理英もさすがに疲れてきたので、そういったことをぼんやり考えていたら、永渕が声を掛けてきた。

「そう言えば、この小説はよく高校受験の問題として出るらしいよ。」

 そう言って次に永渕が手渡してくれたのは、吉行淳之介の『童謡』という本だった。

「ブチ君は読まないの?」

「もう読んじゃったから、今回の読書感想文には使えないよ。」

「黙ってれば、分かんないんじゃない?」

「良いアイデアだけど、そんなことはできないよ。」

 永渕はそう言うと、理英の頭を掌で軽くポンポンと叩いた。

「駄目かぁ~っ!」

 理英は顔を顰めてそう言うと、再び畳の上にひっくり返った。


 その時、寝転がっている理英の耳に、アニメ『いなかっぺ大将』で吉田よしみが歌っていた『大ちゃん数え唄』が風に乗って飛び込んで来た。

「うわっ、懐かしい~!何、この曲?」

 理英が思わず上半身を起こしながら口にしていた疑問に、永渕が答える。

「ああ、あれは盆踊りの音楽だよ。道を隔てた隣に西山寺っていう『浄土宗』のお寺があっただろう?あそこで毎年、盆踊りが催されるんだ。今月に入ってから、本番と同じ時間に曲を流して、予行練習をしているんだ。今はまだ時間的に早いから、盆踊りに参加する子供たち向けの曲を流してるんだ。」

「へ~っ、そうなんだ。ねえ、今から行ってみない?」

「そりゃ良いけど、もう辺りも薄暗くなってきたから、君は家に帰った方が良いんじゃない?あまり遅くなるとご両親が、特に君のお父さんが心配するよ。」

「帰る前にちょっと寄って見るだけよ。今夜は『赤い運命』を見なくちゃいけないから、そんなに長くは居ないわよ。でも言われてみれば、確かにそうね。じゃあ、家に電話を入れるから貸してくれない?」

 理英はそう言うと、テーブルの上にある温くなったサイダーの残りを飲み干して立ち上がった。


 永渕の家から道を挟んで隣にあるのは、柳甫山西山寺という浄土宗のお寺だった。山門からして古そうな寺院である。その正面には、道路を挟んで大念寺という浄土真宗のお寺が向かい合って建っていた。この大念寺というお寺は、その昔は西山寺と一緒だったようだが、親鸞上人が『浄土真宗』を興した影響で、二つに分裂してしまったらしい。但し、正確に敷地を2等分した訳ではないようで、西山寺の方が大念寺よりも境内は広いようである。

 盆踊りの音楽が聞こえてくるのはこの西山寺の方で、このお寺は永渕家の菩提寺なのだそうである。もともと永渕家は鎌倉御家人だったため、三代将軍源実朝との縁もあって臨済宗を信仰していたらしい。ところが明治維新の直後、永渕の高祖父と曽祖父は廃刀令に憤って「秋月の乱」に参加したため、叛徒となって郷里に居られなくなり、ここまで流れて来たということであった。その際、それまで信仰していた臨済宗を捨てて、浄土宗に改宗したという話を永渕から聞いていた。

 理英が永渕を伴って西山寺の境内を覗くと、境内の中央に大きな松の木が一本やや斜めに聳え立っていた。その脇に櫓が組まれていて、そこにセットされたスピーカーから音楽が流れていたが、櫓の上には他に太鼓しかなく、音源は本堂の入口脇に据え付けられたベンチの上のレコードプレーヤーだった。流れている曲はもう『オバQ音頭』に変わっていた。境内には40人位の人が居たが、その半数以上は小学生であり、その殆どは輪になって踊っていた。

 よく見ると境内で踊りを見守っている父兄の中には、中村聖子の姿もあった。そう言えば永渕とは幼馴染だったことを、理英は思い出した。今日は中村の周囲にはいつもの取り巻きの女子生徒たちは居なかったが、同じ位の年頃の女の子が二人居て、3人とも顔立ちがよく似ていた。

「ねぇ、ブチ君。あそこに中村さんが居るけど、一緒に居る女の子は誰?」

「ああ、あれは森村さんの所の子たちだよ。中村さんとは従姉妹になるんだ。歳が近いから、仲が良いんだよ。背の高い方が森村美子さん。僕たちより3歳上で、門司北高校の2年生だよ。中村さんと同じ位の背丈の子は、森村淑恵さん。僕たちと同じ学年で、4組の生徒だよ。今日は彼女たちの妹の付き添いで来たんだろうね。」

「妹?まだ姉妹がいるの?」

「うん、今、輪の中で踊っている子の中にも、同じ様な顔立ちの女の子があそこにいるでしょ?あれが末っ子の、森村智恵ちゃん。今、小学6年生だよ。」

「でも4人とも本当によく似てるわね。一目で親戚だって分かっちゃうわ。」


「ねえ、この盆踊りは明日からが本番なの?」

「そうだよ。だから今日はみんな平服でしょう?明日は殆どの人が浴衣を着て来る筈だよ。子供たちは『子供踊り』として18:00スタートだけど、大人は『大人踊り』として19:00からなんだ。」

「『大人踊り』の方はどんな曲がかかるの?」

「去年までの流れだと、『東京音頭』・『東京五輪音頭』・『北海盆歌』・『ソーラン節』・『花笠音頭』・『八木節』・『よさこい節』・『おてもやん』・『炭坑節』ときて、最後は江利チエミの『北九州音頭』で終わりだったと思うけど・・・」

「へぇ~、面白そうねっ!これって、このお寺の檀家さんじゃなきゃ参加できないの?」

「そんなことはないよ。先月の終わり頃に回って来た回覧板では、誰でも自由に参加できるって書いてあったよ。それに近所の人が参加したいと思っても、檀家さんだけって限っちゃったら、それほど人数が集まらないんじゃないかな?」

「じゃあ、私も参加しても良いかな?」

「えっ?そりゃあ良いと思うけど、一応住職の耳には入れておくよ。」

「ありがとっ!じゃあ、明日の夕方、ブチ君の家に行くね。」

 理英はそう応えると、永渕に向かってにっこりと笑った。流れている曲はいつの間にか、アニメ『悟空の大冒険』で中山千夏が歌っていた『悟空音頭』に変わっていた。


「こんばんは~!お邪魔しま~す。」

 カラコロという下駄の音をさせて、元気のよい挨拶とともに玄関に入って来たのは、浴衣姿の理英だった。理英が着ているのは、リボン結びにした紅色の帯に、白地にピンク・水色・薄紫と色とりどりの朝顔が描かれた、夏らしいデザインの浴衣だった。白地に菊の花をあしらった鼻緒の黒い下駄によく似合っている。今夜は浴衣に合わせて、髪もハーフアップ・スタイルにしている。時刻は18:00まで、もう間も無くという頃だった。奥から、永渕の声で、

「今日はもう店を閉めたから、店の入口の方へ回ってよ。」

と言うのが聞こえてきた。普段はお店の方は20:00までやっているらしいのだが、今日は18:00前に閉めてしまったようだった。

 改めて玄関を出て、お店の入口から中へ入ると、浴衣姿の見知らぬ親子連れがお店のソファに座っていて、ソファの前にはお店の木製の丸椅子が在り、アイスコーヒーとジュースがお盆の上に載った状態で置かれていた。その夫婦と思しき男女に、2歳位の男の子が挟まれて座っていた。男性の方は何処となくブルー・コメッツの三原綱木に似た風貌をしていたが、浴衣の下の身体は意外とゴツい感じがする。女性の方は色っぽく感じられる眼つきをしており、茶色がかったセミロングの髪には緩いウェーブがかかっていた。男の子はその顔立ちから、この夫婦の子供のようだった。最初は戸惑っていた理英だったが、

「どうも、初めまして。」

と頭を下げて挨拶をすると、男性の方から、

「やあ、いらっしゃい。君が陽一のガール・フレンドの理英さん?」

と声を掛けてきた。どうやら彼らは、事情を先刻ご承知のようだった。理英は少し頬を染めて短く、

「はい。」

とだけ答えると、その様子を見て微笑みながら、

「陽一の母方の従兄で国衡といいます。こっちは僕の女房の皐月。この子は息子の文明といいます。」

と言って一通り自己紹介をしてくれた。そうこうしてるうちに、永渕が奥から冷えた西瓜を切り分けたものをお盆に載せて現れた。そこで国衡はすかさず、

「しっかし、この石部金吉の見本のような陽一が好きになったのは、どんな女の子なのかと思っていたけど・・・」

とまで言ったところで、永渕は、

「おいっ!」

と一声叫んで、その科白を遮ってしまった。しかし、

「へ~っ、ふ~ん、そっか~、なるほどねぇ~。陽ちゃんはこういう娘がタイプだったのか~っ!」

と、皐月も横から参戦する。すると、

「本当にや~め~て~っ!」

と、永渕が絞り出すような声で哀願した。この夫婦の攻撃には、さすがの永渕も音を上げてしまったようだ。

 しかし、国衡がさらに理英に向かって、

「貴女はもう分かってるかもしれないけど、こいつはすっごい照れ屋だから、愛情表現がものすごく苦手なんですよ。」

と追撃すると、その科白に乗っかる様に皐月が囁く。

「でも、それを気取られないようにクールな振りを装っちゃうから、冷たく感じたりするかもしれないけれど、勇気を持って飛び込んで行ってね!きっと普段は見られない別の顔が見られるから。」

と、理英に向かって言うと、永渕の方へ振り向いて、

「陽ちゃん、言葉にしなくても愛情は伝わると思ってるかもしれないけど、ちゃんと言葉にして伝えないとダメよ!」

と諭すように言った。どうやら永渕は普段から、この従兄夫婦にオモチャにされているようである。永渕の意外な一面を知ることができて、理英はちょっと得をした気分になった。


 19:00近くなって永渕と理英が西山寺の境内に入ると、もう50人を超える人が集まっていた。辺りを見回して見ると、子供たちの姿は殆ど無く、浴衣姿の大人が大半だった。18:00から参加していた子供たちは、この寺の住職夫妻の振る舞う甘酒やジュースを飲んでいたが、大半は家路についた後のようだった。理英たちが境内に入って行った時には、檀家組織の人たちが檀家総代の指示を受けて、子供たちの飲んだ飲み物の後始末の真っ最中だった。

 やがて盆踊りの運営を任されている檀家組織の役員が指示を出すと、集まって来ていた大人たちは、櫓を中心にして輪を描いて並びだした。理英も踊りの輪に加わったが、理英の5~6人前には中村聖子が、従姉妹の森村淑恵と前後して踊りの輪を形成していた。中村聖子は黄色い帯に、水色地に青紫と赤紫の紫陽花が描かれた浴衣を着ていた。従姉妹の森村淑恵は理英と同じ赤い帯で、ピンク地に金魚と出目金が描かれた浴衣姿だった。踊りの輪に並ぶ時に、中村がチラリとこちらを見たような気がしたが、直ぐに視線を戻してしまったため、声を掛けることはしなかった。

 しかし肝心の永渕は見るだけにするつもりなのか、お寺の縁側に座りこんでしまっていた。盆踊りの運営委員の一人が、

「それでは皆さん、準備は良いですか~?始めますよ~!」

と声を掛けると、ほどなく音楽が流れ始めた。出だしからすると「東京音頭」のようである。みんなのお手本になる踊り手が一人櫓の上に居て、集まった踊り手たちは、彼女の踊りを見ながら踊り始めた。滑らかな動きからすると、どこかの踊りのお師匠さんなのかもしれない、と理英は思った。


 1時間近く経つと途中で1回休憩が入り、途中から踊りの輪に加わってくる人もいたが、2時間近く踊り続けると、逆に途中で抜け出す人もいて、最後まで踊っていたのは30人をちょっと超えるくらいだった。理英もさすがに踊り疲れたので、終わる直前には踊りの輪から抜け出していて、永渕の傍で踊りを眺めていた。永渕が、

「どうする?もう満足したの?」

と、問い掛けてきたので頷くと、

「じゃあ、一旦僕の家に戻ったら、君の家まで送って行くよ。」

と言って理英の手を取ると、永渕の自宅の方へ歩き始めた。永渕の自宅は理髪店を営んでいて、普段は玄関の方を利用していたのだが、今日に限っては店は閉まっていてカーテンは降ろされていたものの、入口の鍵は開いていてそこから中へと入って行った。永渕はお店のソファで待っているように言い残すと奥へと入って行き、直ぐに冷やし飴と切り分けた西瓜を持って戻って来た。


 永渕の家で冷やし飴と西瓜をご馳走になった理英は、満ち足りた気分で家路についた。もう20:00を回っているので、永渕が家まで一緒に付いて来てくれることになった。二人の頭上では、夏の大三角形が中天に昇ろうとしていた。永渕の家を出ると早々に、理英が訊いてきた。

「ブチ君、本当はこんな行事は苦手なんでしょ?」

 それを受けて永渕が答える。

「まあね。特にこの辺りは人間関係が複雑だから、仲の良い人間ばかりでもないしね。」

「それなのに今日盆踊りに付き合ってくれたのは、私のため?」

「だって、周りが知らない人間ばかりじゃ、何かあった時に困るでしょう?それにここは元々漁師町で気の荒い人間が多いから、顔を見知った人間が居た方が安心じゃない?まあ、僕じゃボディガードが務まるかは、疑問符が付くんだけど・・・」

 それを聞いた理恵は、永渕の方を向くと、小さくチョイチョイと手招きをした。それを見た永渕が横顔を近づけると、案に相違して理英はその頬にキスをした。驚いた永渕はバネ仕掛けの人形の様に後ろに飛び退ると、顔に驚愕の表情を貼り付かせたまま理英の顔をまじまじと見詰め返した。

「今日、私の我儘に付き合ってくれたお礼よ!」

 理英はそう言うと、悪戯っぽい笑顔を見せて言った。

「でも、ブチ君って、普段は無口で茫洋としているけれど、二人っきりになると表情が饒舌になるのね。」

 しかし二人は、自分たちを見ていたのが星々だけではないことに気が付いていなかった。その背後から少し離れた所で、その一部始終を見ていた人影があったのである。


 8月21日、夏休み最後の登校日がやって来た。理英は永渕と共に、中学校への通学路を歩いていた。遠くからアブラゼミやクマゼミ・ミンミンゼミの鳴き声が聞こえていたが、その中にツクツクボウシの鳴き声が混じっていることには、気が付いてない様子だった。

「あ~っ、早いわねぇ~。もう夏休みもあと10日なのねぇ~。」

 朝から理英が気怠い声を上げる。

「でも今年は、夏休みの宿題の心配をしなくて良いから、その分は気が楽なんじゃない?」

 永渕が涼しい顔で応じる。

「でも夏休みが終わるこの時期の物悲しい感じは、毎年同じなのよねぇ~。いっそアメリカの様に、夏休みを3か月位くれないかしら?」

 理英が恨めしそうな顔で呟く。それを聞いた永渕は、理英に悟られないように小さくクックッと笑った。


 二人が一緒に教室に入って来ると、先に教室に入っていた20人ほどの生徒たちが一斉に振り向いた。中には刺々しい視線を浴びせてくる女子生徒も居る。教室中の視線を浴びて異様な雰囲気を察知した二人は、一瞬身体を強張らせた。何が起こったのか分からない理英は、先に登校していた妹背薫を見つけると、話し掛けた。

「どうしたの?私たち何かしたかしら?」

 それを聞いた薫が答える。

「実は今朝学校に来たら、皆がピッピとブチ君がキスしていたって噂していて・・・」

 それを聞いて拍子抜けした表情で理英が答える。

「そりゃ、皆の前でブチ君に唇を奪われたからね。」

「そうじゃないの!夏休みの盆踊り大会の夜、ピッピからブチ君にキスしてたって!」

 それを聞いて理英もやっと思い当たった。盆踊りの後の永渕との一件を誰かに見られていたのだ。

「ああっ!あれかぁ~。」

「ピッピの方からキスしてたって、本当なの?」

 薫の問い掛けに理英が観念した様に答える。

「本当よ。ほっぺにチュッとしたの。」

 二人の会話に聞き耳を立てていたクラス中の生徒が、それを聞いてどよめいた。

「私の我儘に付き合って貰ったから、そのお礼にね!」  

「でもそれって、ピッピもブチ君のことを好きだって、公に認めちゃうことになるよ?良いの?今まではなかなか認めなかったし、みんなにはまだ返事は保留してることになってたんじゃない。」

「良いわよ。もう付き合うことにしたんだし、これ以上自分を偽ってもしょうがないしね。」

 そう言うと理英は、フッと小さく溜め息を吐いた。


 登校日の学校行事が終わり、担任の伏見が教室を出て行くと、教室の中ではそれぞれ仲の良い友人同士で集まって、残り少ない夏休みの予定を話し合い始めた。理英たちのグループも教室の隅に集まって話を始めたが、不意に笑子が近づいて来て、肘で突きながら理英に話し掛けた。

「ピッピ、例の事件の後から妙によそよそしかったけど、永渕君とはヨリを戻せたみたいね?」

「ヨリを戻すって、あの時はまだそんなとこまで行ってなかったわよ。」

「じゃあ、今はどうなの?どこまで行ったの?」

「まだほっぺにキスするくらいよ。」

「何よ、後退してるじゃないっ!キスから始まったのに、ずっと足踏みしてたの?」

「悪い?そういう笑子の方こそ、溝口君とはどうなのよ?」

「へっ、へっ、へっ!この夏休みで、首尾よくファーストキスまで行きました!」

 相好を崩して笑う笑子のその発言を聞いて、理英のグループは「キャーッ!」という嬌声を挙げた。お調子者の郁子が笑子の背中を強く叩く。叩かれた笑子は郁子を叩き返そうとするが、郁子はするりと笑子の手を避けると、そのまま後ろに後退った。しかし、後ろを見ないまま動いたので、その拍子にクラスメイトの嵯峨美由紀にぶつかってしまった。郁子は咄嗟に、

「あっ!ごめん!」

と声を上げたが、ぶつかられて蹣跚けた嵯峨が、反射的に郁子の身体を突き飛ばす。

「何すんのよっ!ふざけるのも大概にしなさいよ!」

 嵯峨はきつい口調で叱責した。言われた郁子もムッとして言い返す。

「何よ、ちょっとぶつかったくらいで突き飛ばすことないでしょう?」

「何言ってんの?泥棒猫の一味のくせに、いい気になってるんじゃないわよ!」

 嵯峨は郁子を睨み付けた。睨み付けられた郁子も憤然として、

「どういう意味?」

と言いながら睨み返す。一触即発の状態だ。まず、それぞれが属するグループの女の子が集まってきた。郁子の背後には瞳と薫が張り付き、美由紀の背後には竹田麗子と古賀恵梨香が駆け寄って来た。そして二組の小競り合いを目の当たりにして、教室中の女子生徒がそれぞれの背後に集まって来た。

 その様子を見て、理英は直感した。これは永渕との一件を巡って、クラス中の女子生徒が真っ二つに割れることを覚悟をしなければならない、と。クラス中の女子生徒が、郁子に味方する女子生徒と嵯峨に味方する女子生徒に分かれつつあったが、これは理英と聖子の代理戦争に他ならないのだ。どちらかと言うと、フラれた格好になる聖子の方に、同情心から味方する女子生徒の数が多いように感じた。そして思わず理英は頭の中で計算をしてしまった。果たして理英たちに積極的に味方してくれる女子生徒はどれくらい居るのだろうか、と考えを巡らすと少し心細くなってきた。下手をすれば怒りで熱狂状態に陥った聖子派の女子生徒たちに、理英自身が吊し上げを食らうことを覚悟しなければならないようだと考えると、この場から逃げ出したくなってしまった。しかしその反面、心の何処かにこの事態を冷静に見ている自分も居て、ついつい、

「まるで後妻打うわなりうちに遭ってるみたい。亀の前も、こういう心境だったのかしら?」

などと考えてしまった。


「言った通りの意味よっ!」

 嵯峨がそう言い返すと、二人をとりなす様に間に割って入る者があった。

「ちょっと待って!」

 声の主は永渕だった。

「確かに今のは周りを見ないで動いた坪田さんが悪いけれど、一応謝ってるんだから許してあげられないの?」

 永渕は嵯峨の方を向いてそう言いながら、二人の間に体を滑り込ませ、郁子を背後に匿うように立った。しかし、これは火中の栗を拾うようなものだった。永渕の姿を認めた嵯峨は、却って逆上したようだった。

「私の方が悪いって言うの?」

 嵯峨はそう言うなり、今度は永渕を睨み付けた。だが、永渕は意に介せずとばかりに、

「そうは言っていないよ。ただ、『泥棒猫』って表現は、ちょっと穏やかじゃないと思ってね。」

と言うと、嵯峨はその言葉を遮って言った。

「何よ、本当のことじゃない!」

「じゃあ坪田さんたちが、何か盗んだとでも言うの?」

 永渕のその問いに嵯峨は敏感に反応する。

「大体あんたが悪いのよ!」

 嵯峨は永渕にも敵意をぶつけてくる。

「どうして?」

 永渕は春風駘蕩といった風情で、冷静さを保ったまま穏やかな声で応じる。しかしその態度は、嵯峨の怒りの炎に油を注いだ格好になった。

「あんた、いつの間にピッピのものになってるのよ!」

「僕は僕自身のものだよ。それ以外の誰のものでもないよ。僕は自分の意思だけに従って動いてるんだけどな。」

「なに言ってんのよ!元々あんたは・・・」

 嵯峨がそこまで言ったところで、

「もうやめなさい、美由紀!」

と、嵯峨を厳しく窘める声が聞こえた。声の主は中村聖子だった。驚いた嵯峨は声のする方角を振り向いて、

「でも、聖子!私は・・・」

と言おうとしたが、

「これ以上私に恥をかかせないで!」

 ピシャリと冷厳な声が飛んで来た。それを聞いた嵯峨は不満そうであったが、理英たちの方を向いて恨めしそうな表情を浮かべるだけで、俯いたまま踵を返した。一方の当事者が舞台を降りたことで、集まって来ていた女子生徒たちも、その顛末を見届けると拍子抜けしたように一人、また一人とその場を離れて行った。そうした様子を見届けると、理英は永渕に近づいて行って、

「ブチ君、郁子を庇ってくれてありがとっ!」

と礼を述べた。しかし、永渕はひらひらと右手を振ると、

「別にいいよ。僕に礼を言う筋合いじゃない。どちらかと言うと、僕が坪田さんに迷惑を掛けたみたいだから、逆に謝らなきゃいけないみたいだし・・・」

と言うと、複雑な表情を浮かべて理英の許から離れて行った。


「さっきはありがとう。おかげで拗れずにすんだよ。」

 永渕はそう言って深々と頭を下げた。登校日の行事も終わり、生徒達が下校する時間の出来事だった。永渕の方から、聖子を人目の無い校舎裏に呼び出したうえでのことである。

「別にお礼を言われることじゃないわ。」

 永渕に礼を言われた聖子は素っ気無くそれだけ言うと、踵を返してさっさと歩み去った。二人のその様子を物陰から見ていた理英が出て来ると、即座に感想を漏らした。

「聖子、プライドが高いのね。」

「うん。幼馴染だから、それはよく知ってる。」

「でも、今日は彼女が止めに入るとは思わなかったわ。一緒になって私を責めてもおかしくなかったのに・・・」

「聖子ちゃんの性格からいって、それはできないよ。」

「どうして?」

「そんなことをすれば、彼女が僕に好意を持っていたのに振られちゃったことを、公に認めるようなもんだからね。プライドの高い彼女にしてみれば、嵯峨さんをあのままにしておいたら自分が加わらなくても、同じことになった筈だから、あそこで止めざるを得なかったんだと思うよ。大体、嫉妬に狂った姿を公衆の面前に晒すなんて、彼女のプライドが許す筈もないしね。」

「そっか!私たちは彼女のプライドに助けられたって訳か。でも、よく聖子のこと理解してるじゃない?」

「それこそ幼馴染だからね。知り過ぎてるほどさ。」

「そこまで彼女の気持ちが分かるのに、どうして彼女に靡かなかったの?」

 理英は心に浮かんだ疑問を、そのまま口に出してみた。

「でもそういうことって、女性に対する好みの問題とは別物なんじゃないの?」

 永渕はそう問い返すと理英に微笑み掛けた。

「そこは譲らないのね?」

 理英はそう言って、微笑みを浮かべた表情で永渕を見つめ返した。

「譲れるようなら、『恋』とは呼べないんじゃない?違う?」

 しかし理英は永渕の問い掛けには答えず、頬を染めただけで、黙って永渕の手を取ると、帰宅するために校門の方角に向かって歩き出した。


【参考文献】


 『民法3 親族法・相続法』 我妻 栄・有泉 亨:共著 1956・05・15 一粒社

 『ビルマの竪琴』 竹山 道雄:著 1959・04・17  新潮社

 『わらの女』 カトリーヌ・アルレー:著/安堂 信也:訳 1961・08・30 東京創元社

 『ギリシア神話 <付・ 北欧神話>』 山室 静:著 1963・07・30 社会思想社

 『民法 1 -総則』 遠藤 浩・川井 健・原島 重義・広中 俊雄・水本 浩 他:編 1969・04・30 有斐閣

 『民法概論 I 序論・総則』 星野 英一:著 1971・08・25 良書普及会

 『そして誰もいなくなった』 アガサ・クリスティ:著/清水 俊二:訳 1976・04・31 早川書房

 『推理日記 -佐野洋ミステリー評論』 佐野 洋:著 1976・12・05 潮出版社

 『昭和30年代通信』 永倉 万治:著 1990・07・31 筑摩書房

 『そして誰もいなくなる』 今邑 彩:著 1996・11・18 中央公論新社

 『逆説の日本史 4.中世鳴動編』 井沢 元彦:著 1999・01・01 小学館

 『歴史をかえた誤訳』 鳥飼 玖美子:著 2004・03・28 新潮社

 『いまさら翼といわれても』 米澤 穂信:著 2016・11・30 角川書店 「わたしたちの伝説の一冊」

 『スガリさんの感想文はいつだって斜め上』 平田 駒:著 2019・04・22 河出書房新社

 『封印された日本史 覇王の国 日本』 井沢 元彦:著 2019・06・21 秀和システム

 『And Then There Were None』 Agatha Christie:著 Harper Collins Publishers Ltd.



 この作品の前半部分は、一般財団法人 理数教育研究所が開催した「算数・数学の自由研究」作品コンクールに入賞した、愛知教育大附属岡崎中学の2年生(当時)、村田一真君の『メロスの全力を検証』というレポートが話題を呼んでいたので、原文を手に入れて読んだことで大いに刺激を受け、大幅に改稿致しました。


 私は小・中学生の頃、読書感想文が苦手で、夏休みなどにこの手の宿題が出されることに、非常に苦痛を感じていました。その理由は、小学校3年生の頃に担任の先生から、提出した読書感想文を徹底的に否定されたことでした。しかし、このレポートでは、太宰治の小説『走れメロス』の記述を頼りにメロスの平均移動速度を算出して、「メロスはまったく全力で走っていない」という結論を導き出しています。私はこの独特の考察を読んで、自分が昔書いて否定された読書感想文を思い出しました。私は学校の先生という権威に屈して、小学生の間は自分独自の考えを披露することを止めてしまいましたが、彼は「太宰治」という権威に屈せずに、堂々と自分の考えを披露していたからです。


 この作品中に記してある読書感想文は、中学生の時に本当に書いたものですが、やはり先生方の受けは良くありませんでした。理由は、作品の枝葉末節にこだわって、「木を見て森を見ていない」読書感想文だという評価だったからです。しかし、最近発表された、平田駒氏の『スガリさんの感想文はいつだって斜め上』という作品にも背中を押され、昔本当にやったことを書いてみようかなと思いました。尤も原文はとっくの昔に何処かへ行ってしまったので、記憶を基に概要だけを再構成しています。ただしその内容については忠実な再現ではなく、最近の出版物によって得た知識で理論的に補強していますので、悪しからず。


 なお、『雨月物語』の序文については、NHKラジオ第2放送で昔流れていた『中学生の勉強室』で知り、興味を持ってその背景を調べたことがあります。今回はその時得た知識を、利用させて戴きました。

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