Step3:くどいんじゃない
日吉一平は、私の通う小学校では、ちょっとした有名人である。
その一平ちゃんのせいで、三組の班決めは、パニックになったらしい。
小学校最後の遠足で憧れの人と回りたい、行き先は、遊園地だから、あわよくば、コーヒーカップや観覧車で見つめあいたいと目論んだ女の子達は、一触即発の駆け引きを繰り返したそうだ。
結局、五回に及ぶあみだくじと真っ黒な談義の末に決定した班は、一平ちゃんの班だけ男子2人女子4人の偏りっぷりだったらしい。
クラスの男女比は、2:1なのに、3組の男子は、憐れである。
「でも、あれって、扇動的っていうか、一種の伝染病みたいなものじゃない。女子で1番人気の麻由ちゃんが、ちょっといいなって言い出してからでしょ。皆がいいって言うから、かっこよく見えてくるのよ。私だったら、前田君のが、百倍カッコイイと思うけどね。」
眼鏡フェチで色白神経質系好きの若菜ちゃんは、不満げにピーナッツの殻を飛ばした。
予想以上に飛んだ殻は、三つ斜め前の前田君の頭に当たった。
「ごっめ〜ん!」
若菜ちゃんは、先程とは、打って変わった高い声で謝ると、私の腕を取ると、前田君の座っている席に近寄った。
・・すごいなあ。
うれしいそうに前田君に擦り寄る若菜ちゃんを見て、妙に感心した。
付き合わせた私を放りっぱなしっていうのは、どうかと思うけど。
持て余した私が、手遊びをしていると、肩を叩かれた。
「小糸ちゃんは、初めにどこ行きたい?」
振り向くと、前田君の隣の窓側に座っていた石川君が、通路に出てきて、私の隣に立っていた。
クラスの全員と仲が良くて爽やかなスポーツ少年なのに、変わり種(人のこと言えた性格じゃないけどね。)の前田君と親友なのは、家が隣同士だからということだ。
悪気はないみたいなんだけど、辛辣な言葉を平気で口にする前田君とオブラードに包むムードメーカーな石川君は、結構いいコンビだと思う。
邪魔者なしで前田くんと回りたい若菜ちゃんの企みにより、私達の班は、四人だけ。
初めから、休むことが決まっていた男子二人を入れて組んだ班である。
二人の世界に入りつつある若菜ちゃんと前田くんは、おいておくとして、一緒に回る男の子が、気のいい石川君でよかったと思っている。
「うーん。とりあえず、人気のある絶叫系から乗りたいかな。多分、並ばないと乗れないと思うし。」
先に配られている園内マップを覗き込みながら、行きたいアトラクションをいくつか指差した。
「うん、いいね。帰りの集合時間が、結構早いから、急がないと乗れなくなっちゃうからね。」
予想通り、石川君は、焼けた顔に人懐っこい笑みを浮かべて、同意してくれた。
「ところでさ、」
そこまで言って石川君が、少し言い難そうに俯いた。
「何?石川君も行きたい所あるなら、言ってね。」
「ええと、そういうんじゃなくて。そのお、」
石川君の頬にほんのり赤みが差した。
おお、これは。
「小糸ちゃんに頼みがあって。」
「うんうん。私に出来ることなら、何でも。」
私は、期待をこめて、石川君の言葉を待った。
「実は、俺、間宮のことが、気になってて。その・・。」
石川君の顔は、ゆでだこみたいに真っ赤になっている。
「分かるよ。由美ちゃん、可愛いもんね。で、私は、何をすればいいの?」
由美ちゃんかあ、ちょっとハードル高いかもな。
でも、石川君、いい奴だし。
「えっと、ホントごめん。こんなこと、頼んで。その、お弁当を一緒に食べたくて、その・・。」
「分かった。由美ちゃんに聞いとくよ。とりあえず、最初は、私も一緒にいるけれど、それでもいい?」
そうじゃないと、由美ちゃんのことだから、素直に来てくれなさそうだ。
「も、もちろん。小糸ちゃん、ありがとう。」
石川君は、ぱっと顔を輝かせると、ほっとしたように座席の一つに寄りかかった。
若菜ちゃんも石川君も他の皆も卒業してもほとんど同じ中学なのに、なんで今焦ってるんだろう?
やっぱり、よく分かんないや。
喉が渇いたので、お茶を飲もうと魔法瓶に口をつけると、中にはカルピスが入っていた。
甘酸っぱい恋の味は、私には、ちょっとくどい気がした。