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#7 襲来4

#8/13 読みやすさ見直しのため6話を9話に分割しでています、分割前からの続きを読みたい方は#10からご覧ください。ストーリーに追加や大きな変更ありません。


 放たれた投げナイフは、すぐそこまで迫っている。


 ロン爺に言われていたのに。

 色々な本に書いてあったのに。

 僕は聞いただけで、字面を読んだだけで、その意味を本当には理解していなかった。


 手負いの獣が一番手強いことを。

 相手を殺すには、殺される覚悟が必要だということを。

 勝利の直後には油断が潜んでいることを。


 野盗の一挙一動に注意していたつもりだった。

 でも僕は自覚が足らず、覚悟しておらず、油断していた。


 走馬灯のように、そんなことを思い出しながら。

 僕は胸元へと吸い込まれるそのナイフを、ただ見ていることしか出来なかった。



「危ないっ!!」



 その声とともに突き飛ばされたことで、僕が予想していた未来は覆された。


 僕にとってより悪い方向へと。



 地面に押し倒された僕が顔を上げると、ついさっきまで僕がいた場所には、ひざまずいたお婆ちゃんがいる。


「お……ばあ……ちゃん…………?」


 目に映っている光景が理解できない。


 なんでお婆ちゃんがここにいるの?

 なんでお婆ちゃんの背中にナイフが刺さっているの?

 なんでその背中から血がにじみ出しているの?

 頭の中が真っ白になる。


 呆然としながら起き上がり、ふらふらとお婆ちゃんに近寄る。


 パンッ、パシンッ!!

 と両の頬から大きな音が響く。


「うっ!?」


 ぶたれた…………?

 そのしびれで強制的に脳が揺り起こされる。


「ハルト! しっかりしなさい!」


 僕の前にはいつもの優しい笑顔のお婆ちゃんでは無く、これまで見たことが無い怖い顔をしたお婆ちゃんがいた。


「時間が無いわ。落ち着いて聞いて…………エミリーがさらわれたの」

「…………そんな」


 僕の顔から血の気が引く。


「ごめんね、運悪く西門近くに一緒に買い物に行っていたの……」


 僕は間に合わなかった……。

 あれほど急いだのに……。


「……ハルト…………この傷の深さだと私は助からないわ…………」


 無常にも、さらに追い打ちをかけるように、僕を打ちひしぐ言葉が投げかけられる。

 ………………………………。

 お婆ちゃんがの下に出来つつある血溜まり気づき、そこに流れるの血の量を見て、僕の口は開きかけては閉じる。


 ……そんなこと無いよ、大丈夫だよとお婆ちゃんに言ってあげたい。

 でも培った狩猟の経験で僕にもわかるのだ、これでは助からないことが。


 そして“手帖”にもこれで助かるような知識は無い……。


 僕のせいでお婆ちゃんが…………。

 僕は力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「……ごめん、僕が……気を緩めたせいで…………」


 僕は涙目でゆっくりと(かぶり)を振りながら、喉の奥から絞り出すように言葉を紡ぎだす。


「僕が一人でもなんとかなるとうぬぼれていたせいで……。素直に大人達に合流して言うことに従っていれば良かったのに…………」

「違うわ、あなたが一人なのに勇気を持って野盗に立ち向かったら、多くの村人が助かったの」

「でもこんなことになって……。何もわかってないのに、わかった気になって……。僕なんかがこの“手帖”を持っていたから……」

「いいえ、そんなこと無いわ……」


 お婆ちゃんはゆっくりと頭を振りながら、優しく僕の頬を撫でる。


「その手帖をハルトが貰ってくれて、勇者様もきっと喜んでいる」

「そんなはず無いじゃん…………」

「私にはわかるのよ。お婆ちゃん実はね、勇者様(・・・)の身のまわりの世話をする侍女だったのよ」


 そう言ったお婆ちゃんはどこか誇らしげだ。

 お婆ちゃんは嘘を言わない、きっと本当なのだろう。


「ハルト、あなたの理解力は人より飛びぬけているわ。私はあの手帖の文字をある程度読めても、その意味はほとんど理解出来なかった……。でもあなたは実際に手を動かし試して考えて……、わからない言葉は他の文章の内容から類推までして……本当の意味を一人で理解していった……。もうその“手帖”はあなたの血肉になっている…………」


 血を出しすぎている……。

 お婆ちゃんの顔色がどんどん悪くなっている……。


「あの人はね、何か新しいことを考え付くと、とても嬉しそうな顔でみんなに話を始めるの……。でも難しすぎて誰もわからなくて、決まって苦笑いして誤魔化すの……。それでみんなが出て行った後に、いつもちょっと寂しそうな表情をしていたわ……きっと相談出来る相手が欲しかったのよ」

「……そうなんだ…………ははっ、まるで僕とエミリーみたいだねっ……」


 僕は無理にでも笑みを浮かべようとするが、目の奥から溢れ出てくるものがある。

 それを必死に止めようとするが、どうしてもポロリ、ポロリとこぼれ落ちてしまう。


「あの人の話に付いていける人なんていなかった……。軍の元帥や参謀も、王立技術院の院長も、大国の宰相様でもよ。でも今のあなたなら……きっとあの人とでも楽しく会話出来ると思うの……。だからきっとあなたが手帖を貰って、その意味を理解してくれて、あの人も喜んでいるわ……」


 その姿を想像しているのか、お婆ちゃんはどこか懐かしむような笑みを浮かべる。


「ハルト、エミリーを助けてあげて……私もね、勇者様に救われて人生が変わったの。あなたもあの子の英雄になってあげて……」

「…………無理だよ。さっきわかった僕は弱虫だ……。僕には力が無い……。さっきは本当に殺されると思った、もう死んだと思った。お婆ちゃんに助けて貰わなかったら僕は死んでた……」


「大丈夫。時には失敗したり、時間がかかったりするでしょうけど……ハルトが勇者様の手帖を持っていたら何だって出来るわ」


 そう言うとお婆ちゃんが僕に微笑みかける。


 お婆ちゃんの呼吸も浅く速くなってきた……。

 この傷の深さでまともに話せていること自体が普通はありえないのに。

 大変な痛みがあろうだろうに。

 それでもお婆ちゃんの声はとても優しかった……。



 いつの間にか、周りには村の女性達による人垣が出来ていた。

 涙を浮かべているものもいる。

 だが村人達も察したのだろう、二人の会話の邪魔をしないように遠巻きに見守るのみだ。


「コフッ!」


 せき込んだお婆ちゃんの口から血を吐き、口の端を血がつぅーと流れ落ちる。


「いよいよ駄目みたいね……」

「駄目だ! 諦めちゃ駄目だ!」


 いやだ、死んじゃいやだ!

 何か手は無いのか、何か……くそっ、思いつかない。焦燥感だけが募っていく。


「ハルト、勇者様に顔向けできないことはしないようにね…………」

「わがっでいるよ……」


 僕の返事は涙声になる。

 僕の頬から零れ落ちた涙が、お婆ちゃんの手を濡らす。


 お婆ちゃんが僕へとゆっくりと力なく震える手を伸ばす。

 すでに目が霞むのか、その他は力なくあらぬ方向へ伸ばされる。

 僕はその手を握り、頬へと導く。


 いつの間にかお婆ちゃんの手は血塗(ちまみ)れで。

 僕の頬にお婆ちゃんの血の手形が残る……。


「ハルト、ごめんね……まだ教えていないことがいっぱいあるのに……」

「教えてよ! そうだよ、僕はまだ知らないことが一杯あるんだ!」

「ごめんね…………最後まで育ててあげられなくて……」

「やだ……ぜったい、やだ……」


 お婆ちゃんの頬をゆっくりと涙が伝う。

 僕は幼児のわがままのように頭を振り、お婆ちゃんの言葉を拒否する。


 神様! 勇者様! 誰でも良い、誰か助けてよ!


「……頑張れ……がん……ばるん……だ……よ…………ハル……ト……さ……――――――」

「……おばあちゃん? おばあちゃーーーーん!!!」



 僕の手の中でお婆ちゃんが息を引き取った。

 ……僕の願いを叶えてくれるものは居なかった……。



 ……僕のせいで……僕のせいでお婆ちゃんが……。



「うあああぁぁぁぁぁ!!」



 胸が裂けるような悲しみに襲われる。

 大切な、大切な人が亡くなった寂しさに襲われる。

 自分の判断のせいという事実に自己嫌悪に襲われる。


 それらが混ざり合い心の中が絶望の檻で黒く閉ざされる。



 その真っ黒に塗りつぶされた心に、次に沸き上がったのは憎悪だった……。


 あいつ等……殺してやる………………。

 ……皆殺しだ、死んでも殺してやる!


 ……そう思ったとき、手の中のお婆ちゃんが悲しんだ顔をしたように見えた。


 ………………違う、今は憎しみで仇討ちをしている場合じゃない。

 お婆ちゃんに頼まれたんだ……。


 奥歯を噛みしめ、僕は手の甲で涙を拭く。



 エミリーを取り戻す!!

 今はエミリーを助け出す、それしか考えない!


 お婆ちゃんがいつも大事にしていた指輪を外し、そっとお婆ちゃんの体を横たえる。

 お婆ちゃんの背中からナイフを抜き取り、後を周りの村人に頼み僕は西門へ駆け出す。



 血塗れのナイフを強く握りしめた手の平が痛みを訴える。

 限界を超えた酷使に体中が悲鳴を上げる。


 それらを全部無視して、ふつふつと湧き上がるどす黒い感情も抑え込み。

 ただ、エミリーのことだけを考える。


 もう二度と失敗しない!!!



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 僕が西門にたどり着いた時、そこには喜びに溢れる村人たちの姿があった。


 そこかしこで家族と抱き合ったり、歓声をあげたりしている。

 野盗はもう去ったのだろうか?


「おお、ハルトか! 良くやった! さっきは見事な腕前だったぞ!」

「名主様、エミリーは!?」

「エミリー? はて……」

「エミリー! エミリー!」


 名主様を無視して人込みの中を掻き分けて探す。


「エミリー! どこだっ! エミリー!」 


 鳴り響くような歓声の中で、その声は遠くまでは通らない。


「エミリーーーーッ!!」



 結局、僕はエミリーの姿を見つけることは出来なかった。


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