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#2 プロローグ2

 誰にも言えない僕の秘密……。


 僕が大事にしている異国の文字で書かれた本。それには様々な道具のことが図入りで書いてある。

 しかし、その本は道具のことを記した図鑑では無い。

 どこかの学校の教材や、研究機関の記録文章でも無い。

 それどころか誰かに読んでもらうために書かれた本ですら無い。


 その一冊の本には色々なことが書いてある。

 あるページには、はるか遠くの国に住む人々のことが書いてある。

 あるページには、科学、農業、経済、ありとあらゆる構想とその結果。

 あるページには、痴話喧嘩の内容や愚痴まで。


 その本はある人が見たこと、考えたこと、試したこと、感じたこと、思ったこと。

 それを嘘偽りなく、あるがままに書き留めた“手帖(・・)”なのだから。


 そしてこの“手帖”の元の持ち主があまりにも特別だ。

 その人はハルト・フォン・クローダ公、そう勇者様(・・・)だ。


 三十年近く前に亡くなったとは言え、この国で勇者様を知らない不届きものはいない。

 勇者様の残した“手帖”には生活に役立つ道具のことが沢山書いてある。

 しかしそれで終わらない。


 銃を始めとした数々の兵器の設計図。

 現役要塞の見取り図。

 非公式外交のやり取り。

 秘密に処分された裏切った貴族の話。

 手を組んだ敵国同士を裏切らせ争わせるためのえげつない策略などなど。


 勇者様の若い頃に限られるとは言え、露見したら戦争が起きかねないほどの機密情報がここにはあるのだ。

 この存在が(おおやけ)になれば、様々な問題が起きる。そのため“手帖”の存在はエミリー以外には秘密だし、エミリーにも固く口止めしている。


 そのため勘違いが生まれる。


 本当は何も発明していないのにすごい発明をしたと褒められる。

 でも僕は“手帖”に書かれた内容をそのまま(・・・・)作っているに過ぎない。

 しかも僕の技術、知識が足らないばかりに“手帖”のレシピ通りでは無く、劣化した他の手段で再現しているのだ。


 本当のことを話せば流石は勇者様だとみんな思うだろう。

 そしてこの“手帖”は王立技術院などで管理されるべき叡智であり、僕のやっていることは勇者様の功績を悪用していると言う人すらいるだろう。

 ……僕自身が多かれ少なかれそう思っているのだから。


 本当のことを言ってしまいたい。

 でも他の人には言えない。

 褒められるたびに僕は後ろめたさを覚える。

 今、僕が握りしめている“手帖”、これは使えば使うほど心に食い込む諸刃の剣なのだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あーあ、せっかく金儲けの良い考えだと思ったのに」

「そうだねぇ、金貨二十万枚もあれば出来るんじゃないかなぁ」


 金貨五枚もあれば、都市で一年間暮らせる。つまり暗に無理と言っているのだ。


「はぁ、どこかに大金転がってないかなぁ」


 自分でどうにかするのは諦めたのか、そんな戯れ言が口から飛び出してくる。


「魔獣の死体を運良く見つけるとか? 貴族様の屋敷か大商会の店舗に盗みにでも入るとか?」

「魔獣なんてそうそういないし出没する辺境は危険で一杯じゃない。泥棒はもってのほかだわ、衛士さんに捕まっちゃう」

「ふふっ、そういう所だけは現実的なんだね」

「うん、私は危険を冒さずに大金がほしい!」

「そんな方法あるなら今頃みんな大金持ちだよ」

「うーん、それもそうよねぇ」


 蝋燭が燃え尽きたのか、心なしか気球の上昇は止まったように感じる。

 話半分で会話しながら観測を続けている僕にエミリーは続けて語りかけてくる。


「やっぱり先に都に行って、あっちでハルトが金を稼ぐしかないよぉ」

「順番が逆になったよ、お金の心配が無くなってないじゃないか」


 思わず苦笑しながらも言葉を続ける。


「でもまじめな話。僕はお婆ちゃんが元気なうちは、この村から出るつもりは無いよ」

「それならサラ婆ちゃんも連れて三人で都に行きましょう」

「ジャレンおじさんは置いていくの?」

「ふふっ、お父さんは良いのよ。どうせ(みやこ)()らしなんて性に合わないわ」

「僕の性にも合わないかもよ。そもそも都に行って何をしたらよいかさっぱりだよ」

「そんなことは都で考えれば良いのよ、こんな田舎にいたんじゃ何ができるのかすら、わからないわ」


 目で気球を追いながら、そんな取るに足らない会話を楽しんでいたが、楽しい時間はいつも唐突に終わる。


「こらっーーーー! やっぱり、ハルトか! なんだあれはっ!」


 やばい…………嫌な人に見つかった。

 名主様が怒鳴りながら野原の向こうから小走りに近寄ってくる。農作業の途中だったのか手には鎌を持っている。僕が手早く鞄に“手帖”をしまい立ち上がると、エミリーは僕の後ろにそそくさと隠れる。


「名主様、あれは気球というもので――」

「火がついていたじゃないか! ひとんちの畑や家に落ちたらどうするんだ!」

「もう消えますし、ちゃんと後始末――」


 名主様はずんずんと近づいてきて、問答無用とばかりに拳骨が降ってくる。


「言い訳はいらない! すぐに追っかけて拾って来い!」


 涙がにじむほど痛い……。

 どれほど飛ぶのか知りたかったから元より追いかけるつもりだったんだけど…………と内心では思いながらも黙っている。火がどこかに燃え移ったら大事になるのはその通りなのだから。


「それとな、いつまでも遊んでるんじゃない! 神童とか言われていい気になっているんだろうが、いい加減に農作業を覚えるなりしないと食っていけなくいなるぞ! トレンス家はもうすぐお前が稼ぎ頭になるんだ、サラーサ婆さんに頼れるのは今だけなんだからな!」

「はい……」 


 痛みに頭をさすりながら、素直に返事する。


「エミリー行こう……」


 エミリーの手を引き、火が消え少しずつ下がり始めた気球の後を小走りに追いかける。

 振り返れば名主様はまだぶつくさと独り言を言いながら農作業に戻っていくようだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 はぁ、僕は将来何をしたいんだろうか……。

 

 気球を追いながら考えてしまう。

 エミリーと名主様に言われたことが、小さな棘のように僕の心をチクチクと刺すのだ。

 僕は今年で十二歳になった。ジャレンおじさんの鍛冶作業をたまに手伝うことや、収穫など繁忙期の農作業を手伝うことでわずかばかりは稼いでいるが、トレンス家の家計はお婆ちゃんの内職に多くを頼っている。

 そんな作業が無い普通の日は、もう何十回と読んでいる沢山の本を繰り返し読み、気の向くままに工作したりと好き勝手に過ごしている。


 名主様の言う通りなのだ。数年前まで一緒に遊んでいた同い年の子にはもう一端の農民として親を手伝っている子や、来春から木工職人の弟子になるという子もいる。そろそろ自分の将来を決めないといけないのだ。

 自分の手で開拓して農民になるか、鍛冶屋など職人に弟子入りか、元手があれば行商人という手もある。

 僕のことを神童と持て囃す人の中には便利屋になってこのまま村のために役立つ道具を作れば良いという人もいる。

 それはそれで楽しいかもしれないけれど、きっと今回の気球のように生活に役立たないものは作れないだろう。

 工作や修理の依頼が無い時にどうやって金を稼ぐのかという問題もある。


 そろそろお婆ちゃんに相談するべきだろうか……お婆ちゃんは何て言うだろうか。


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