#15 王都セレス2
案内されたのは屋敷には周りをぐるりと人の背丈ほどの低木が柵の代わりに植えられている。門から屋敷までのアプローチの両脇には色とりどりの花が咲き誇り、庭の半分ほどの広さは刈り揃えられた芝生が、残り半分は様々な花壇や果樹などが植えられている。
そしてアプローチの終点には古い木造の建物が待っている。
その佇まいはまるでお伽噺に出て来る賢者の家のようで、建物の多くが石と鉄で作られた王都の中、ここだけ別世界だ。
二人で門を潜り建物に向けて歩み始める。
「こんなに広いお屋敷に、カノン様はお一人で住まわれているんですか?」
「そうだよー。とは言っても家事のお手伝いは一日おきに来てくれるけどね」
「お食事はどうされているんですか? 全てご自身で?」
「ムリ、ムリ……。三食とも外食に決まってるじゃない」
ん……? あれっ?
違和感を覚えるが確認する暇も無く、カノン様がすたすたと鍵の掛かった玄関を開け、一番右手前の扉の奥へ行ってしまった。
キョロキョロと見渡してみれば、玄関の先はは広いエントランスホールだ。屋内はシンプルなもので本に出て来るような肖像画など貴族らしい装飾品は見当たらない。ホールからいくつもの扉が見える。その奥がどうなっているが気にはなるが追いかけなくては。
追いかけて入った部屋、そこは居間のようだ。
外の景色を見れるようにとても大きなガラスが沢山使われており、屋内なのにとても明るい。
居間の中も備え付けの暖炉、ソファ、テーブルと家具は少ない。
しかし壁には飾り棚が取り付けられており、本、観葉植物、ガラスや陶器の器、木や布で作られた様々な小物などが飾られており、女性らしい柔らかい感性が見受けられる。
金属製のものが見当たらないのはカノン様の好みだろうか。
「ハァー今回は疲れたわねぇ」
カノン様は外套をその場で脱ぎ捨てると、そう言いながら亜神様がソファーへと頭からダイブする。
「ハルトも適当に楽にして良いわよー」
顔を覆っていた黒いレースのベールをテーブルの上に脱ぎ捨て、肘掛けに頭を乗せたまま、背中に手を伸ばし、皮の胸当ての留め具を外そうとしている。
「あの…………カノン様はいつもご自宅ではこんな感じなのでしょうか?」
「ンー……? ああ、口調のこと?」
そうなのだ、先ほどの違和感。僕の知っているカノン様は、そこらにいるような軽薄そうな話し方をする小娘などとは良い意味で全然違っており、古めかしいが威厳のある口調で話され、座る所作の一つをとっても凛としていた。
そして思わず尊敬したくなるほど、それがとても似合っていたのだ。
「伝統よ、伝統。もうっ、面倒くさいったらありゃしない」
「………………」
「ほら、エルフって寿命長いでしょ、だから頭の固い古臭い人が多いのよ。人族の前で砕けた口調で話したのかバレると超面倒なの」
僕の中で亜神様として抱いていた何かが崩れ去る……。
「……カノン様、僕も人族ですが」
「あたしに家の中でも常に演技しろってー言うの!?」
演技って言っちゃってるし……。
「……そうだわ。今日からあたし達は一つ屋根の下で過ごすことになる。それはもう家族よ!」
カノン様がソファから起き上がりながら、突拍子も無いことを言い出す。
「…………カノン様、せめて召使いとしてください。なんなら奴隷の扱いでも構いません」
「ダメよ、召使いや奴隷の身分だと伝統守れって言われるわ。あたし達は家族、その事実が大事なの。わかる?」
「いやいや事実じゃないですし、僕は伝統も大事だと思います。それに人族に亜神様と家族同然に過ごしていると知られたら僕の身も危ういです」
「人族でそういうのを気にする人には召使いって説明するわ」
「いずれバレますよ……?」
「いいの、いいの。既成事実を作ってしまえば人族はどうにでもなるわ。問題は同族よ。あたしの“だらけた生活”を守るために、ハルトには頑張ってもらうわよ」
「…………」
人族には召使いと説明し、亜神族には家族と説明する。そんなダブルスタンダードがいつまでも通じるわけが無いと思うけど……。
いや、そもそも“だらけた生活”のためとかやる気が出ないんですが……。
「まずは形から入らなくちゃね、家族なんだから敬語は無しよ。亜神様、カノン様って呼び方も当然禁止ね」
「それは困ります。なんてお呼び――」
「もう、ダメよ。早速敬語使っちゃているじゃ無い」
「ごめんなさい、でも本当にどう呼んだら良いのかわからなくて……」
「まずあたし達の関係を決めましょう。そうねぇ……やっぱり義理の姉弟とか? ハルトはどう思う」
「姉弟? カノン様は……あー……えーと…………うん、姉弟。良いと思います……」
危なかった……、勇者様の残されたお言葉である『年齢は聞かないこと』に触れそうになってしまった。
ここは素直に賛同しておこう。
「うふふ、いいわね。弟か。……新鮮だわ」
何かのスイッチが入ったかのように恍惚とした表情を浮かべている。
きっと弟が妹が欲しくて母親に駄々をこねたことがあるに違いない。
家族か……。
「じゃあ、次は呼び方ね。なんて呼んでくれるのかな?」
もの凄い期待の目で見られている。
うう、顔に出ていないか心配なぐらい面倒くさい……。
「では、お姉様とか……?」
「そんな堅っ苦しい呼ばれ方は嫌」
「お姉ちゃん……?」
「うーん、ちょっと子供っぽいかなぁ、私は良いけどハルトの雰囲気に合わないわ」
「姉上……?」
「なんで古臭い呼び方になるのよ!」
泣きたい……。
「カノン姉さん……?」
「うん、悪く無いわね。今からそう呼びなさい」
どっと疲れが出る。
そんな僕を尻目にカノン様はご機嫌だ。
ふぅ。でもこの人の笑顔を初めて見たな……。
こんなに明るい顔も出来るんだ……。
いつも無表情で、どこか陰がある人だった。
違う表情など険しい顔か、したり顔しか記憶に無い。
「カノン姉さん」
「ウン、何?」
「…………」
「…………」
意味無く思わず呼んでしまった。
しばし見つめ合う……。
恥ずかしくて自分からは言い出せないけど、カノン様――いやカノン姉さんが家族になるって言ってくれた時、本当はとっても嬉しかった。
言葉にすることで、形からでも本当の家族のようになれたら良いなと思う。
お婆ちゃんを失った僕に出来た新しい家族。
先に視線を外したのはカノン姉さんだった。
顔が若干赤くなっている。
うん、きっとこれは男慣れしていないな……。
「ま、まっ、まずはお昼ご飯にしましょう。その後は買い出しよ! さぁ、色々準備が必要だわ!」
こうして僕に義理の姉――新たな家族が出来た。