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#10 野盗討伐

「ウィリアン! ちょっと来い!」


 オズベルトさんが誰かを呼ぶ。


「坊主は傭兵を雇ったことなんぞ無いよな?」

「はい……」

「基本だけ教えるぞ、一番面倒な基本金額、特別手当、補償金の交渉は今回は無い。その辺の契約は締結済だから細かいことはそれに則るだけだ」


 首だけで頷き、続きを促す。


「傭兵が行うことは指定された場所で指示された敵と戦うだけだ。今回の契約では移動、移動時の食料などはこちらで手配するから気にしなくてよい」

「はい」

「ただ今回は護衛と魔獣狩りが目的だったからな。対人を想定した契約条項が漏れている。具体的には有力者の身代金や賞金首の賞金、資産の扱いだ。それで今回の場合、身代金と賞金首は対象がいない。野盗の首をどうするかは雇い主である坊主が決めてよいぞ」

「問題は資産ですね? どこまで含まれますか?」

「普通は身に着けているもの、持ち運んでいるもの全てだ。こちらも金目の物は欲しい。だが、全てとなると坊主の思い人(・・・)まで含まれる可能性がある。さらわれた人と食料は坊主、金品に関しては村から略奪されたもの含めて全てこちらのものでどうだ?」


 村人は既に諦めたものだ。労せず食べ物が戻るなら文句を言うものは少ない。


「わかりました。それで良いです。ただし、形見の品などが含まれており村人が望む場合、相場で構いませんので買い取れる権利をください」

「おし、決まりだな」


 ちょうど話がまとまったとき、先ほど呼ばれた男だろう、射手の恰好をした男が現れた。


「団長、お呼びですか?」

「副団長のウィリアンだ」

「よろしく、ウィリアンです。ハルト君の話は色々聞こえておりましたので説明は不要です」

「ハルトです、よろしくお願いします」


 長髪長身のすらっとしたスタイル。パッと見は優男に見えるがそれで傭兵が務まるはずもない。服の下には鍛えられた筋肉が隠れているのだろう……顔もイケメンだし、モテそうだ……。


「流石、話が早いな。どうだ、何か情報はあるか?」

「野盗は東にあるロサーナ村に向かったようです。猟師のお爺さんが後をつけて行く先を探ってくれたようで」


 きっとロン爺さんだ……。

 今、一番大切な情報に心から感謝する。

 狙いはロサーナ村……この村と同じくルーレンス男爵の領地だ。


「あと野盗の多くが南部訛りだったという話と、隣国のエイルドン人が数人居たという情報もあります。拠点は“失望山脈”くさいですな」


 ふと違和感を覚える。


 もし失望山脈が拠点ならここまで遠出する理由がわからない。

 失望山脈からここに来る途中のモーガン男爵領とかにもっと手近な村があるのに……。

 無意識に親指を噛みながら考える。


 ノースレイ村はこの辺りでは数少ない柵で囲まれている村だ。

 今回は人手が不足でだいぶ略奪を許してしまったが、普段であれば撃退される可能性が高い。

 そしてロサーナ村は柵こそ無いものの、人口がノースレイ村より二割ぐらい多い。

 あの規模の野盗が通常は狙わない。

 ただロサーナ村も兵役で人手が少ないはず、今回は略奪は成功するだろう。


 野盗はこの村とロサーナ村が兵役で手薄なことを知っていた……?



 …………モーガン男爵の策略か!


 体がかっと熱くなり、強く指を噛みしめる。


 今よりも貴族、領主が力を持ち、一国の主と同等の扱いをされていた百年ほど前の時代。

 領主同士のいざこざでも、村への放火、略奪、強姦、青田刈りなどが当たり前であった。

 勇者様の制度改革によりそれらは禁じられ、そのようなことは無くなったはずだった。


 今回の野盗は貴族の意趣返しだ。

 モーガン男爵は、野盗をけしかけることで禁じられたこと同等のことを行ったのだ。

 ……許せない。


 だが国へ訴えられるような証拠など野盗との間に残さないだろう。

 今は頭を冷やして割り切るしかない……。


「坊主、この周辺の地図は村の誰かが持っているか?」

「……僕が覚えています」


 落ちていた木の棒を取り、土の肌が見えている場所で描き始める。


「ここが現在のノースレイ村。ロサーナ村はここ、王都がここ、失望山脈はこの辺りです」


「だいぶ遠いな……やつら、住処(すみか)を変えるつもりか?」

「いえ、僕は略奪目的の遠征だと思います。この先に野盗が住みつけるほど治安警備が薄いという場所はありません」

「私が聞いた範囲でも鍋、釜など生活に必要なものが取られたとか、引っ越しを匂わせる情報は無かったですね」

「なら、やつらはロサーナ村の後、さらに先まで進むか?」

「私ならそうしません。ロサーナ村の次に一番近いのは港町ブライトン、この村の四、五倍ぐらいの規模で手に余ります。二つの村の略奪品でも十分ですし、無茶はしないでしょう」

「僕もそう思います、また奴らは兵役で手薄だからノースレイ村とロサーナ村を襲った節があります」

「拠点に戻ると?」

「そうですね」

「はい」


 ウィリアンさんと僕の意見は一致している。


「……ふむ、三日で出来ることとなると、今から夜を徹して行軍して朝駆けか。帰還途中を待ち伏せだな」

「私もそれが良いと思います」

「ただし朝になる前に夜営地がうまく見つかるかもわからない。その上、既に酒を飲んだ者も多い上、行軍の疲労が溜まったまま戦うことになってしまう。まぁ待ち伏せしかないな」


 もうちょい早けりゃなと独り言をこぼしながらオズベルトさんが頭をポリポリとかく。

 早く助けたいという焦りからか朝駆けを推したくなる。だが歴戦の経験からの判断だ、従うべきだろう。


「ロサーナ村から失望山脈方面に戻る街道はこの三つになります」


 地図の上から下に向かって左、中央、右と三本の線を追記する。


「私なら街道を通りません。その可能性もあるのではないですか?」

「僕も身軽ならそうします。でも今回は略奪品を運ぶのに荷車を使っているはずです」

「なるほど確かに……」

「すると問題は三本のうちどのルートをやつらが通るかだな、意見はあるか?」

「僕は一番右の国境に近いルートだと思います」

「何故だ?」

「この野盗の指揮を執っている者は臆病です。門を奪った後も中央に三分の一もの人数を集め睨みをきかせるなど、安全が第一の考え方でした。退くのも早かったです、いつでも逃げれる状態でおっかなびっくりで略奪しているようでした」

「確かに好戦的なやつらでは無いようですね。少なくとも積極的に人を殺したりしていません」

「それで左の王都に近いルートだと、人通りも多くて目につきますし、争っている領主様の部隊と接触する可能性もあります」

「そこは無さそうだな」

「次に中央の街道は二つほど大きな村を通過します。村そのものは頑張って避けたとしても、手間の割にリスクが多いです」

「私もここは選ばないですね」

「消去法で残された右のルートです。旅人は山越えで山と湖の国エイルドンに行くものぐらいしか通りません。そしてもう山には冬が訪れます。この時期は近くの村に住むものがわずかに通るぐらいです」

「ふむ、理に適っているな。ウィリアンどう思う?」

「確かに目的を達成したら安全策を取るのが人の常です。それで本当に臆病なら夜行軍の可能性すらあります」

「まぁ、よっぽど急ぎの用事でも無い限り、余計なトラブルは避けたいだろうな……そうだな。念のため三つの街道に斥候を出して確認はするとして、右のルート前提で考えるか。この街道の名前は?」

「マシャド街道です」

「ではどこで戦う?」

「…………この傭兵団のメンバーは野盗を相手にどれほど戦えますか?」

「一番弱いやつでも貧相な装備の野盗なら同時に二人を相手にできる。野盗なんぞとは体の鍛え方が違う、装備が違う、腕前が違う」

「なるほど。では、ここはどうでしょうか。短いのですが枯れた谷の底を通る狭路になっており、狭い所では馬車一台がギリギリ、戦闘行為ともなれば三名並ぶのが精一杯です」


 僕が指した位置にあるのは名も無い小さな谷。

 だが、それを聞いてオズベルトさんが顔をしかめる。


「狭路の出口で待ち伏せか? 人数差を覆すセオリーだが……」

「いえ、ダメです。野盗はこちらを相手にする必要性がありません。後ろから逃げらてしまいます」

「はい、なので後ろも塞いでしまいます」


 一人も逃がさない……それは僕の勝手な思惑だ。


「寡兵側がさらに隊を分けるのか! 正気の沙汰じゃない! 斥候に出すこと考えると半分に割れば六人だ。野盗がどちらかに戦力を集中したら六人で四十人は相手しなきゃならん!」

「いえ、後ろは遅滞防衛だけなので三人で大丈夫です。三人で守り切れる考えがあります」


 オズベルトさんは呆れた顔をし、ウィリアンさんは対照的に難しい顔をしている。


「そもそもなんで閉じ込める、広い場所で一撃離脱で良いんじゃないか? 野盗の首領を倒せば散って逃げるぞ」

「首領を倒すまでの間、最低三方向、下手したら四方を囲まれ被害が出ます」

「ある程度はどうしようも無い、今回の規模だと二、三人は死ぬかもしれない。だが傭兵とはそういうもんだとみんな覚悟している」

「被害を大きく減らせる考えがあります」

「にわかには信じられないが……」

「ですが、それでも残る九人で五十人を倒すのは現実的ではありません」

「そうだ、そうだ! さっき二人同時に相手出来るとは言ったが、それは疲労が無い状態でだ。いかに傭兵といえども二人も倒すころには疲労で剣先が鈍る」

「車輪戦法……三人を一塊とし、一定時間で入れ替わることで疲労を分散、回復出来ます。三人は横並びで突出せず、時間が掛かっても一対一を三ヵ所の状態を維持し、じりじり殲滅します。一対一なら疲労も少ないですよね?」

「……なるほど、クリフトンの戦ですか」


 そう、この戦い方には原型がある。

 クリフトン海岸の殲滅戦。

 八十五年前に帝国に攻めいられた時、海岸沿いの切り立った崖と海に挟まれた隘路にて勇者様が行った歴史的大虐殺(・・・)


 隘路に入り込んだ帝国兵を待っていたのは、馬上で矢を放っては後退する弓騎兵の車輪戦法。弓と馬の扱いに長けた遊牧民族が、一定の距離を保ったまま入れ代わり立ち代わり絶え間なく矢を放つのだ。その捉えようも無い攻撃に帝国の前方は崩される。一方、後方は重装歩兵に遅延防御陣が敷かれ逃げ道は閉ざされていた。その上で崖の上からは弓と投石、船上からは銃による射撃。

 帝国が何か手を打とうとするたび、そこに弾幕が集中され反抗を全く許さなかったと言う。

 帝国は六割近い兵士が失ったが、そのうち半数はパニックになった兵士が、中央に集まるように逃げ込んだことによる圧死(・・)とも言われている。


「面白い考えだと思いますが、穴があります。例えば遅滞防御担当が見つかってしまったとか、野盗の隊列が伸びて後ろを塞ぐタイミングを逸した場合です。野盗のほうが身軽な分、逃げられてしまいます。もし頭が回るものがいれば、逆に入り口側まで誘き寄せて隘路から広くなる場所で待ち伏せ、投石で人数差を活用されたら全滅もありえます」

「はい、そうなので無事塞ぐことが出来たら知らせるようにします」

「どうやって連絡を取るのですか。昼間なら狼煙でも良いですが、夜行軍もありえるのですよ」

「それも考えがあります」

「先ほどの三人で塞ぐのも考えがあると言ってましたが、具体的にはどうやるのですか?」

「言葉では説明しづらいです……。明日の朝まで待ってください。必要なものを準備します。それを見て駄目だと思うなら広い場所での一撃離脱案にしてください」

「ふむ、まぁ良いでしょう、では明日の朝確認で。ちなみに連絡手段は重箱のすみをつついただけですので、遅滞防御の考えに問題無ければ私は一撃離脱案よりこちらを推します」

「わかった。じゃぁ明日の朝もう一度集まって決めよう」


 このような会議に参加したことが無いので無事終わってくれたことにほっとする。


「しかし驚いたな。坊主、その軍略どこで学んだ?」

「団長でも車輪戦法とかご存じ無いですもんね」

「独学です。色々な本を読んでいたら身についたというか……」

 

 勇者様の手帖とは言えない。


「本を読んだだけかい! なんにせよ、お前には才能があるよ」


 ポンっと大きな掌を頭に乗せられる。

 このようなことで褒められたことは初めてなので恥ずかしい。


「あとは明日の準備だな。三街道に一人づつ斥候を出す。ウィリアン、目端が利く者を三人選んでくれ」

「わかりました」

「さて、明日は忙しくなるな」

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