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第六「惚れた腫れたよりもまず」

  だいろく――ほれたはれたよりもまず




 この世界は巨大な一つの大陸で出来ている。その大陸に数々の国が発展し、存在している。

 そこには歴史の荒波に揉まれ、闇へと消えた亡国もあった。

 現在も存在する大国として有名なのはやはりこの世界の創造神を信仰している宗教国家だろうか。宗教国家フィール皇国。皇族の祖に大天使を持つかの国は美しい神殿や教会等の歴史的価値もある建物や美しい景観で観光地としても有名だ。私の浅い知識ではこれくらいしか説明出来ないがそれでもこの国が大国であるのは紛れもない事実だ。

 そして対極的に亡国として有名なのが魔導国家クレリア帝国である。前話題に出した“魔法生物キメラ”計画を発案実行した国だ。そしてこの国も魔法技術の発展は凄まじく、力のある国の一つであったという。

 ちなみに私の故郷のビステア王国は中堅どころの平凡な国だ。

 何故この話を出したかって?インさんの本拠地のこの屋敷はどこにあるんだろう?って今更ながら疑問に思ったからここら辺の主な地理を復習しようとした訳だ。

 まぁ結局分からず仕舞いになるんだけど。






 早いものでインさんに誘拐されてから一週間が経とうとしている。私は今もインさんの本拠地である屋敷にお世話になっている。そこでドールさんとガーゴイルさんと結構話すようになった。我ながら呆れる適応能力だ。

 今は昼間、丁度昼食が済み後片付けの最中だ。勿論私もお皿洗いなどの手伝いをする予定である。やむおえないとはいえ、居候の身の上だから積極的に手伝う所存である。

 ちなみにインさんはお仕事に出かけている。インさんはなんやかんや忙しいらしい。

 手伝いをしながら私は二人に世間話で疑問をぶつけてみる。

「インさんってどんな子供だったんですか?」

「イン様の、ですか?」

「そうです。なんかあんまり想像出来なくって」

 あの無表情で冷静で静かなインさんの顔を思い浮かべる。綺麗な分、作り物めいてなんだかしっくりこないのだ。だったらインさんをよく知るであろう二人に思い出を語ってもらうと私は思ったのだ。ついでにあのインさんの可愛い失敗話を聞けないだろうか、と。

 二人は鮮やかな手つきで皿を洗い、拭き、食器棚へと片付けていく。私は二人のスピードに負けじとテーブルを拭いていく。

「うーん、そうですわねぇ。そう言われると中々思い浮かびませんわ。でもとても綺麗な顔立ちの子だったのは覚えています。それと怖いくらいに静かなのも」

「逆に言ってしまえば、それぐらい無表情だったのですよ。イン様という方は。私たちが初めて言葉を交わした時もピクリとも動きませんでしたから」

「へ、へぇ~」

 しみじみと語る二人に私は少し引き気味になる。まじか、インさん幼少時からそんなとかどんだけだよ。力いっぱいツッコミたい気持ちをグッと堪え私は聞き役に徹する。

「でも、最近のインさんはとても楽しそうで私安心いたしましたわ」

 ドールさんはぱあっと表情を明るくさせた。ガーゴイルさんはそれにほんのり苦い笑みを浮かべた。

「ええ、ようやくあの方も人らしくなってきましたからね。私どもはこれでもハナコ様に感謝をしているのです。ハナコ様には少々複雑かとお察しいたしますが」

 ガーゴイルさんは目を伏せ、申し訳なさそうにした。ドールさんはそれを複雑そうに顔を歪めた。喜びと悲しみの中間点の表情だった。

 私はそれに頭を横に緩く振った。

「インさんが楽しそうなのは素直に喜んでいいんですよ。うん。だって悪い事じゃないでしょう?」

「しかし」

「ね?」

 言い募ろうとするガーゴイルさんに私は笑みを浮かべた。私の笑みに勢いを削がれたガーゴイルさんはくしゃっと顔を歪めた。そうすると野性味のある美貌が途端に幼く見えるのが不思議だ。切れ長の緋色の瞳が苦しさを私に伝えてくる。その陰には罪悪感がありありと浮かんでいた。

 ドールさんがガーゴイルさんの背に手を置く。励ますようにその背を撫でていた。

「では、イン様について少し話せることがあります。あの方は少し過去を無くされているのです」

「え」

「幼少時の記憶がないそうで、それ故本当の名前はおろかご両親の顔すら分からないのでございます。ハナコ様。何故私が貴方にこんな話をするのか、不思議そうですね」

「はぁ、まあ」

「これは鍵にございます。全てを解く為の、そしてイン様の本当の為の」

 抽象的な言い方のガーゴイルさんの言葉に私は首を傾げるだけだ。どういうこっちゃ、が本音である。そんな私にガーゴイルさんは切れ長の緋色の瞳を細め、慈愛の笑みを浮かべた。


「焦らずとも良いのです。時が来れば分かりましょう。それまで少し覚えて頂ければよろしいのですよ」

「う、うん」

 にっこりと笑みを浮かべるガーゴイルさんに私は頷くことしか出来ない。

「さぁ、残りを頑張りましょう!」

 一回手を叩き、空気を変えたドールさんは晴れやかな笑顔だ。

「はーい!」

 私はそれにありがたく乗り、元気よく返事をした。






 昼間に聞いたあの話がもやもやと私の中に巣くっていた。まだ夕食には一、二時間あるので、インさんに聞いてみようと思ったのだ。

 インさんは広間に居た。四人掛けテーブルの一脚の椅子に腰かけ、ぼんやりとしている。相変わらずその銀色の瞳にはなんの光も宿っていなかった。

「インさん?」

「はな……。ん、どうしたの?」

 私の声にインさんはパッと顔をこちらに向け首を傾げる。心なしか瞳に生気の輝きが増した気がした。声も柔らかな低音で私を安心させてくれる。この一週間でインさんが私に対して少しずつ変わっていった変化の一つだ。

「インさん、聞いてもいいですか?」

「うん、大丈夫。俺に答えられる範囲なら」

「じゃあ」

 私はそこで言葉を切った。ごくりと生唾を呑む。ちょっと勇気のいる問いだ。だって、目の前にいるこの人は忘れてしまいそうになるけれど、列記とした暗殺者だ。でもインさんは私に接する分なら普通に優しい(誘拐した事は許してないけど)人でもあるのだ。

 だから内心葛藤しても聞こうと思った。インさんはまだ話が出来る人だと私は思っているからだ。

「じゃあインさん。なんでインさんは暗殺者なんてやり始めたんですか?」

「?なんでって」

 インさんは私の言葉に瞬きをして、


「そうしないと、俺生きていけないし」


 といつもの無表情でのたまった。私の時間はぴきりと止まる。

「そっか。ハナには話していなかったっけ?」

 固まる私にインさんは淡々とした声で語り始める。

「俺ね、小さい頃の記憶ないんだ。記憶にあるのはクソみたいな環境でさ。まぁなんだろ?実験動物って言えばいいのかな?そんな存在だったんだ」

 そこでインさんは言葉を切る。そして私に視線を合わせた。

「ねえ、ハナ?俺の過去なんてロクでもないし、この稼業を始めたのも深い理由なんてないよ。しいて言うなら“それしか知らなかった”からかな」

 光のない銀色の虹彩が綺麗だった。私はそれを間近で見つめた。頭の中は真っ白だった。

「それに俺はどうでもいいんだ。俺のこの手にあるものがこぼれなければそれで」

 ねぇ、はな。インさんの吐息交じりの囁きが落ちる。

「だから手放してあげられない」

 インさんは私の手を握り、ぽつりと呟いた。私はそれをぽかんと口を開け呆然と見つめていた。

 ドールさんが夕食の時間だと呼びに来るまで、私たちの手は繋がれたままだった。単に私のキャパシティーオーバーだった。というかね、十三歳にガンガン行きすぎなんですよ、インさん!作戦名を慎重に行こうぜ!に変更して頂きたい。切実に。





 夜。夕食もお風呂も全部済ませ、インさんの自室で後は寝るだけになった時だった。

 この一週間でもうすっかり日常に溶け込んだこの添い寝。最初は抵抗もしたけどもう無駄だと悟ってからは好きにさせている。

 私の中でふと疑問が湧いた。いそいそとベットに潜りこむインさんに私は思い切って聞いてみる事にした。

「インさん、聞いていい?」

「ん?何」

「あの……何で私にそこまでするの?」

 一部分を除いて、優しく大切に扱うさまは、真綿に包まれるような心地よさを私に与える。でも、疑問がある。

 インさんは暗殺者だ。冷たい一面を今日は少し垣間見た。だから疑問なのだ。その彼がここまで私に構う訳が。

 インさんはきょとんと眼を丸くした後、

「うーん……。ハナが可愛かったから?」

 とことりと首を傾げた。

 それはアレだろうか。単に見た目が好みだったから衝動的に連れ去ったと?……ふざけんな!! である。そんな身勝手な理由で私の人生は滅茶苦茶にされそうになっているのだろうか。

 私はムッと顔を顰め、インさんに背を向けて身体を縮こませて丸くなる。

「ハナ?」

 インさんの心配そうな声が聞こえる。でも私は無視を決め込み、ふて寝を決行する。




 一瞬、インさんの答えを聞いて怒りの中に私は思ってしまった。

 私よりもインさんの好みの見た目の子が見つかったらどうしようって。

 どうしようも何もないのだけど、一瞬だけ私は不安を感じてしまったのだ。

 インさんに見向きもされない事に。





まだまだ無自覚な二人です。

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