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第三「折れても立つのがフラグである」

※少し残酷な表現があります。注意して下さい。

それとハナコ視点と第三者視点(インさんの場面)とわかれています。

  だいさん――おれてもたつのがふらぐである





 少しこの世界について話そうか。昔々、今はもう歴史の中へ消えてしまった亡国の話だ。

 その国は魔法の先進国だった。様々な魔法についての研究が盛んで、中には軍事目的の為に禁忌に触れたものもあったそうだ。

 その中にはキメラ――魔法生物(合成獣)計画と言われるモノがあった。

 それは簡単に言うとこんな感じである。

  ――悪魔や天使、魔物、果ては機械生物といった人外のモノを人を媒介に合体させる事は出来ないか、というものだ。ちょっと意味分からないと思うでしょう?私も思う。

 後にこの計画が原因でその国は滅亡する事となる。

 それ故にキメラ、というモノが完成されたかは曖昧だ。したとも、してないとも人は噂するからだ。

 なんでこの話をしたかって?……いや人って怖いなぁ、と思うお手本の話と思ったから。


 だって人を人外と混ぜよう、なんて思うって怖くない?






 あれから食堂でのインさんの羞恥攻撃に辛くも勝った私は無事に元の部屋へと帰還する事が出来た。まだインさんの腕の中だけどね!

 部屋にあるベットに腰かけ、私を膝の上に座らせるインさんは心なしか満足そうである。無表情だけど。

 私のお腹に回る腕は細く見えるのに、この力強さよ……。ギリギリ強まる腕の拘束、つまりね、めっちゃ苦しいですハイ。試しにぺしぺしとインさんの腕を軽く叩いてもビクともしない。

「……ハナ?」

「ぐるじい……」

「あっ」

 私のうめき声にインさんは慌てて腕の力を緩めた。私はじろりと後ろにいるインさんを睨む。インさんは無表情のまま、ぱちぱちと瞬きをしていた。とても不思議そうな顔をしていらっしゃる!

「ごめん……。ハナ、俺。こういうの慣れていないから」

「死んじゃうかと思いましたよ、インさん」

「……ごめん」

 無表情な筈なのに心なしかインさんはしょんぼりしているように見えた。私の目が可笑しくなったのか、と私は目をこする。

「……ハナ?」

「え?あ、なんでもないよ。インさん。それよりも、私お家に帰りたいなぁ……」

 家に帰りたいと言葉が紡がれた途端、インさんの表情が無くなった。否、それだけではなく、漂う冷気のうすら寒さといったらない。冷気というより、これは殺気か。


「は?」


 だってこちらを見下ろすインさんの瞳に宿る険呑さは鋭く、私の呼吸が心なしか苦しくなってくる。視線だけで殺せるならば、私はとっくに殺されてしまっていると思わせる鋭さだった。

 震える私にインさんは右手で頬を撫でる。そっと触れる仕草はとても優しい。

 なのに。

「……はな」

 なのになぜこんなに、私は。

「……死にたいの?」

 こんなにも、怖がるのだろう。恐ろしく思うのだろう。

 インさんはするりと私の頬を一撫でして、銀の瞳を細める。物騒な台詞、その声は普段と変わりなく、とても静かで私の心の中心に沁みるように落ちていった。

 細まった銀の瞳は何故か悲しそうに見えた。

 私の呆然とした顔をインさんは頭を撫でる事により、戻した。頭を撫でる不器用な手つきは優しさに溢れていた。

「……冗談、だよ。ハナ」

「えっ」

「ハナは殺さない」

 インさんはベットから立ち上がり、ポツリと呟いた。こちらからは後姿しか見えない。


「……怖がらせて、ごめん。仕事行ってくる」


 聞き逃してしまいそうな程小さな声でインさんは告げて去っていった。背中の揺れる銀髪を私は呆然と見送るしかなかった。

 インさんは一度もこちらを振り向きもしなかった。


「なんだったの……。今の」


 私は呟くだけで精一杯で、インさんが去っていったドアを見つめる事しか出来なかった。

 インさんの地雷を踏んだらしいのは回らない頭で辛うじて理解した。








 全く持って忌々しい。日の沈む薄暗い街並みを銀色が暗躍する。気分が悪い時は余計な事を考えない方がいい。インは経験上、それをよく知っていた。

 今回の標的はとある商会を営む富豪だった。確か、そいつは親子二代でこの国の西南地方を牛耳る商会までにのし上がったという。不自然な栄え方は、何時しか黒い噂が流れるようになった。やれ違法な取引、人身売買、密輸等々。人身売買等は正式な奴隷ではなく、何処かの村々から誘拐してくるなんていうんだから救えない。

 そう、この国では奴隷は合法として成立している。借金からなる者、親に売られる、犯罪者からなる、事情は様々だがこの国が発行する証明書があれば成立する。

 全く人とは愚かだ、インは嘆息した。これだから自分が生活できるのだから否やはないが。

 今回の依頼人も中々に狂っていた。インは思い出す。依頼人の妹がその商会に誘拐され、その後は火を見るよりも明らかだった。人身売買の末なんてロクでもない。結局依頼人が妹を探しだし、見つけた時には変わり果てた姿。依頼人はごく普通の青年だった。町中でちょっとした花屋を営む好青年、だったらしい。らしい、というのはインがその青年にあった時にはすっかりと形相を変えていた。


『皆殺しを』


 ギラギラと憎しみの炎を目に宿しながら、やつれたその青年は血反吐を吐くように言った。青年の全てを賭して作った金を差し出して言われた言葉だった。

 金貨が入ったずっしりと重い革袋を受け取り、インは頷いた。

 皆殺し。中々に容赦がない。だって今回の標的には娘がいる。年のころは十二歳。ハナと同じくらいだろう。

 けれどインにはなんてことのない事だった。端的に言うと、どうでもいい。罪悪感も嫌悪も憎悪もなにもかもない。とっくの昔にそんな感情失くした。

 あと誘拐を実行したであろう末端機関も潰さなくては。インは面倒臭さを隠さずにため息を吐いた。

 まずは街の郊外にあったあばら家に乗り込む。今日は誘拐した子らを運ぶために一旦ここに実行犯が集まるのを調べてある。

「な、なんだテメェ!!」

 あばら家の見張りをしていた男がこちらを見て気色ばむ。インはそれに答えず、男の横を通り過ぎる。

「待ちな!!」

 男がインを捕らえようと腕を伸ばす。が、そこで男は気づいた。視界がずれる。

「ぁ」

 左右ずれる視界に疑問を抱く前に男は絶命した。悲鳴を上げる暇すらない。上がるのは血しぶきだけだった。もっとも、その時にはインはあばら家にとうに入っていた。


 あばら家に入ってインがまず目にした光景は、娘を組み敷く大の男たちの姿だった。幸いまだ未遂、これから淫らな行為に勤しむはずだったのか。

「下衆共……」

 そう呟いたインは割と口よりも手足が出るタイプだ。なので手前にいた、小太りの男の背中を蹴り飛ばす。吹っ飛んだ小太りの男は奥に居た痩せ気味の男に直撃した。

 響く轟音に、部屋の者たちの動きが固まる。予想外の乱入者に頭がついていかないのだ。

 ざっと見た限り、このあばら家の中にいた末端の奴らは全部で五人。内二人はさっきのインの蹴りで壁際、というよりぶち破ったので外で気絶している。あっちは後で殺そう、とインが頭の中で算段をつける。ちなみに人質、誘拐されたらしい娘たちは全部で三人だ。


「誰だテメェ!!」

 この中のボスだろう、一人がたいの大きい男がインに怒鳴る。

「めんどい」

 インは虫けらを見る目で男たちを見やる。声は言葉通りに気だるげでやる気が感じられない。

 丸腰でなめきったインの態度に男たちは憤怒の様相で武器を構える。

「やっちまいなッ!! 野郎ども!」

「おうッ!!」

 小物悪党の台詞を唾と共に吐き出したボスの男の声に、男たちはいっせいにインに飛びかかる。

 一閃。

 誘拐された娘たちが身を寄せ合い震えながら見た光景は、まさに銀の軌跡だった。彼は丸腰で何も持っていないはずなのに、右手を振りかぶり、一振り薙いだ。

 たったそれだけで、男たちが吹っ飛ぶ。まるでおもちゃの様に宙を舞う男たちは更なる斬撃が待っていた。不可視の何かに斬りつけられ、何もわからないまま地面に伏せる。

 狭い屋内を突き破り、男たちは外に投げ出された。

 圧倒的な力量差に、まだ命がある事実に、男たちは震えあがる。

 嬲られる。男たちは、本能でそれを悟った。

 銀色の優男だと思っていた男は、獲物を狩る鋭い目つきをしていたのだから。


「……伝言。『嬲られて死ね、畜生以下共が』」


 静かなその声が、男たちの絶望を煽った。



 結局あの後、誘拐された娘たちを元の居場所に返した。勿論記憶を操作し、誘拐されそうになったけどいつの間にか元の場所に立っていたように思わせた。

 使ったのは魔法だ。高度な魔法であったが、インにはあまりそういった事は関係がない。不本意ながらインは魔法が得意だ。ついでに転移の魔法をかけてやれば完了である。

 さて、次こそ本命か。インは標的の屋敷の近くまで転移魔法で行く事にした。何故屋敷まで直接行かないのかは、大抵金持ちの屋敷には魔法感知の結界と防御の結界が貼ってあるからだ。だから屋敷内では魔法が使えない事になる。

 それもインには関係ない事だが。仕事に差し支えないのだ。

 インは魔法で移動した街中で標的の屋敷を見上げる。あれか、と。

 インは屋敷をぐるりと囲む背の高い塀をひらりと飛び越えた。勿論結界を突き破って。

 集まる足音達をインは無感情のまま聞く。そこに焦燥は一片たりともない。

 どうせ皆殺しだ、遅いか早いかそれだけの違いである。どうせなら手っ取り早く来てもらった方が早い。依頼人に頼まれた通りにインは遂行していく。

 周りから殺せ、あいつを絶望させろ。依頼人は徹底していた。なるほど、身を守る者がいないと成金の豚は確かに怖い思いをするだろう。

 どうせなら、派手に頼むとも言われたし。インは足音のする方向に足を進めた。


 結界を壊した今なら魔法を使い放題である。インは魔法陣を発動させた。


 直後、轟音が屋敷を揺らした。火炎が、火柱が上がる。それは依頼人の復讐の狼煙に違いなかった。



 標的の男は妻と娘と震えていた。なんだこれは、何が起きている。十分前、この屋敷を正体不明の轟音が襲った。破られた結界のせいで、侵入者が魔法を使ったことはわかったが、火柱が天を衝く勢いで上がったあの威力が男には信じられなかった。

 もう一度、なんだあれは、とうわ言のように繰り返す。あんなのを使えるのは人間じゃ一握りでほぼ人外の域である。それが男には恐ろしかった。そして護衛についていた精鋭たちも様子を見てくると離れたきり戻ってこない。

 普段気の強い妻と娘も可哀そうなほどに怯え、震えていた。夫として父として、ここは毅然とした態度でいたかったが土台無理な話である。


 その時。コンコン、と無機質なノック音が部屋に響く。息を潜める室内は静かで小さな音だって響くほどだった。標的の男や妻と娘はそれに無言で返す。彼らの震えは一層酷いものになっていた。彼らには分かってしまった。護衛の者ならばノックなんてしない、助けに来たものも然り、そんな余裕なんてこのひっ迫した屋敷の様子でないからである。

 ならば、これは侵入者のもの。死神の足音だ。

 ガチャッとドアノブが回されドアが開いた。標的の男とその家族はドアより大分距離がある部屋の隅で震えていた。ここは屋敷の標的の男の自室で屋敷内で一番広い部屋だったからだ。

「どーもー、返しに来ました」

 静かな、平坦な声が聞こえた。あまりに普通の声音に標的の男は混乱した。この状況でこの静かさは異常である。

 標的の男に向って、侵入者――インは何かを投げた。

 ゴン、と鈍い音をたて、地面に激突しゴロゴロとそれは標的の男の目の前まで転がる。そして止まったソレをみて標的の男は悲鳴を上げた。

「ヒィイイイイイ!!」

 それはさっきまで男を守っていた護衛の一人の生首。標的の男はそれを家族に見せまいと、体で視線を逸らす。

「どう、どんな気分?絶望……した?」

 返り血一つついていないインは淡々と標的の男に問う。それが男の癪に障ったのだろう、苛立ったように頭を掻きむしる。

「誰がそんな事をするかッ!! いいか、賊!儂が貴様に屈服すると思ったら大間違いだぞ!!」

 恰幅の良いその身体を揺らし、興奮気味に吼える標的の男にインは冷めた目で見るのみだ。

「そう……。まだ、か」

「は?」

 インは呟きと共に男の目の前から掻き消える。ふらりと一瞬に消えた姿に男は動揺する。

「きゃああああ!!」

「き、貴様!!」

 インは悲鳴に眉一つ動かさず、標的の娘の首を掴み上げる。怒りに震える男の目の前でぐっと力を込め、一思いに命の炎を潰す。娘はきっと、絶命したことが分からぬまま逝っただろう。それくらいの早業だった。

 そのまま手を離す。どさりと力なく横たわった娘はもう物言わぬ死者だ。

「あんたは、知るべきだったな」

「な、なんだとッ!!」

「何かを奪うという事はその逆も起こり得る。……知らなかったのか?」

「貴様ァ!!許さん!許さんぞぉッ!!」

「まぁ、豚に、畜生以下に言っても無駄か」

 始終静かなインと対照的に標的の男は激昂する。冷めたようにインは標的の男を一瞥し、右手をその首に振るった。

 一閃。

 男の首は宙を綺麗に舞った。標的の男の妻は気が狂ったように悲鳴を上げた。


「あんたも、だよ」


 インはぽつりと呟き、一閃を薙ぐ。そのまま部屋を出て去っていった。

 残されたのは血溜まりと物言わぬ死者だけだ。

 これがイン――幻影の暗殺者の仕事の風景だった。返り血一つ浴びていない身綺麗な姿のインはため息一つ吐いた。あとは依頼人に報告をして終わりだ。

 その報告もある意味憂鬱だ、インは無表情ながらにひっそりと息を吐いた。





 ずいぶん時間がかかってしまったとインは思う。ハナコがいる宿屋を出てもう一時間。宿屋を出てきた時は辛うじて夕日が見えていたが、今は夜闇に包まれている。

 もう仕事の事は忘れよう。インはハナコのいる部屋へ足音を立てずに行く。

 がちゃりと部屋のドアを開ける。

「おかえり、インさん」

「はな……」

「インさん、ただいまでしょ?ね?」

「……うん、うん。ただいま、ハナ」

 ハナコの言葉にインは何故か心臓辺りがきゅうっと苦しくなった。おかえり、ただいま。意識なんてしない挨拶の言葉だけど、ハナコに言われると何故だか苦しい。

 きっとインも覚悟しなくてはいけない。先の標的に言ったことは全部インにも当てはまるのだから。

「インさん。……さっきはごめんね?」

 まぁ帰りたいのはほんとだけど、とごにょごにょ言うハナコにインはその頭を撫でる事しか出来なかった。





そろそろヤンデレがアップを始めました。

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