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第二「折れた死亡フラグ」

 だいに――おれたしぼうふらぐ


 この世界は前世にいた日本ほど優しくはないという事を念頭に置いておこうと思う。

 さて、その上で質問がある。

 この暗殺者ヤンデレに捕まったとして、私の生存確率は如何ほどか。

 答えは簡単、立てられてしまった死亡フラグの回避率を答えるようなものだ。

 もし私がそんな馬鹿な質問をされたら、こう答える。


「回答、ゼロに近い」


 結論、絶望的だ。







 ぱちり。私は目を覚ました。目の前に広がる知らない白い天井に胸がどきどきである。

 はて、ここはどこだろうか?私は瞬きひとつして、起き上がる。窓の外を見るとそんなに時間は経っていなそうだ。夕焼けのオレンジが綺麗だ。

 状況を把握しようか。私はそんな事を考え、周りを見渡す。殺風景な部屋はまるで宿屋の部屋の様だ。なにせ個人を思わせる物が一切置いてない、いや一つだけ置いてあった。黒のフード付きコートが無造作に部屋の椅子に掛けられている。黒色のコートは何故かあの幻影の暗殺者を名乗る彼を彷彿させた。

 外はどうだろうか。私は窓に近寄る。どうやらここは三階みたいだ。外の景色は生憎と私の知らないものだった。私はそれほど行動範囲が広くないから当たり前かもしれない。

 ぼんやりと外の景色に見入っているとガタン、と部屋の入り口らへんで音がする。反射的に私は振り向いた。

 影からぬっと出てきたのはオレンジの光を弾く銀色。無表情のインさんだった。インさんはシンプルに白シャツに黒のスラックスをはいている。やっぱりイケメンは何を着ても似合うのか、シンプルな装いはインさんの美貌をひきたてていた。

 インさんはそのままドアを閉める。パタンと音が静寂の空間に響いた。

「……起きたんだ」

 ポツリとインさんは呟く。ガラスのような感情のない瞳がこちらへ向けられる。綺麗だけど、怖い輝きの瞳だ。

「……ハナ?」

 私が黙ったままなのをインさんは不審に思ったのか、こちらに近づいていく。インさんは靴音や布擦れの音さえさせず歩く。流石は暗殺者と言ったところか。

「もしかして……着替えさせたの、怒ってる?」

 銀色の瞳が私の顔を覗き込む。しゃがみ、目線を合わせてこてんと小首を傾げる仕草はあざとい。……と私はそこまで言われて初めて自分の服が変わっているのに気付いた。あの腕についた赤い血の跡は見当たらず、着ているワンピースは新品の綺麗さだ。似たようなデザインだったから気づかなかった。

 ん?待てよ?私はそこまで考えて出来れば現実であって欲しくない事が浮かんだ。

「え?着替えさせた?」

「ん?」

「着替えさせたんですか?私を?」

「そうだけど?」

 下心の欠片もない銀色の瞳はきょとんと瞬く。インさんが私を着替えさせたという事実に私の口元は盛大に引きつった。……つまり私の幼児体型がこの綺麗な人の目の前にさらされたという訳で、まぁ私子供なんだけどさ。あらやだー、私は割と本気で落ち込む。

「……私、お嫁いけない」

「ん?……ハナだったら俺が貰うけど?」

 がっくりと肩を落とした私の台詞にインさんは首を傾げたまま呟く。驚いてインさんを見ると、無表情で冗談に聞こえない。

「え?」

「ん?」

「貰うって……冗談ですよね?」

 私は無表情のインさんに震える声のまま問いかける。ぜひ否定して、冗談だよ、と淡々と言ってほしいものだ。切実に。


「冗談じゃないけど」


 真顔で言ってのけたインさんに私は気が遠くなった。いっそ気絶したい。










 あれからインさんにポツリポツリと問いかけた。相手はあの『幻影の暗殺者』だ、いきなり殺されるんじゃないかと冷や汗が止まらなかった。まぁ、なんでかインさんは私を気に入っているようなのであまり危険は感じなかったけれど。

「ここは?どこなんですか?」

「ん?まだあの国だよ。そしてここは仮の拠点かな」

「仮の拠点?」

「そ、俺の家ってここから遠いし」

「へぇ……」

 まだここは私の住んでいる国で国境は超えていないらしい。しかもあれからそんなに時間は経っていないそうだ。だからまだ夕方で、私が寝ていたのはほんの十五分くらいで、インさんはだから驚いたらしい(あれで?)。ここはインさんの仮の拠点の一つで今は仕事に来ているという。昨日一人完遂したので、今日も一人標的を始末するのだとインさんは淡々と語った。

「そんなに教えてもいいんですか?」

 私は素直な疑問を口にした。

 インさんは意味深に微笑を浮かべ、

「ん。……ハナは逃げる事なんてしないでしょ?」

 私の頭を撫でる。そして、私の耳元まで顔を近づけ、


「だって、ハナはいい子だもの……ね?」


 そっと囁いた。ぞっと冷たいモノが私の背中を伝う。わかってるよね?と威圧をかけるこの人が怖い。逆らったら何をされるか分からない言葉に私は怖気づきガクガクと首を縦に振った。もしかしたら、両親にも何かされるかもしれない。

 私が震えているとインさんがクスリと笑う。

「……やだな、逃げなきゃなにもしないよ?」

 くすくすと笑いながら言われる言葉に私はインさんの顔を恐る恐る見る。銀色の瞳はゆるりと細まり、弧を描く。

 頭をぽんぽんとインさんは私の頭を撫で、

「じゃ、行ってくる」

 音もなく去って行った。

 パタンと静かにしまったドアがインさんが行った事を私に教えていた。

「……お腹すいた……」

 ぐー、と私のお腹の虫が元気よく鳴いた。知らず緊張していてお腹がすいたのだ。

「ここ、なんか食べる物あるかな?」

 ぐーぐーとうるさいこのお腹を宥めるために私は食材探しの為にここを探索する事にした。そんなに広い空間じゃないけれど。

 三十分かけても何もないなんて。私はお腹をさすりながらソファに寝そべる。絶望した。

「というか誘拐したなら人質?のご飯ぐらい用意しようよ!」

 私はインさんがここにいないのをいい事に好き勝手言う。


「……ハナは人質なんかじゃないけど」


 突然降って湧いたインさんの声に私はひゅっと息をのむ。ちょっと帰ってくるの早すぎじゃないですか。あれから三十分ちょいしか経っていないですよ!

「お、おかえりなさい。早いですね」

「ん。ただいま。……そ?普通じゃない?」

「ええー……」

 なんでもないかのように言うインさんに私はドン引きだ。え、どんだけ早いんですか。しかも今回は見た限り返り血とか全然付いていない。私と出会った時も手しかなっていなかったけどさぁ。

「……どしたの?」

 じろじろとインさんを眺めていたからか、顔を覗き込まれる。どうでもいいけどインさんのパーソナルスペースが狭すぎると思う。つまりね、近すぎるんだよ!イケメンめ!!

 近くで見ても綺麗な顔に私は固まる。何このまつ毛が見える距離。うわっ、インさんまつ毛まで銀色だ。しかも肌なんて陶器の様に滑らかだ。白いしなんて羨ましい。

「うーん……。脈拍、呼吸共に正常値。ああでも脈は早いかな。緊張してる?ハナ」

 矢継ぎ早に並びたてられた言葉に私は面食らう。え?見るだけで脈って分かるんですか。流石は一流の暗殺者ですね(遠い目)。

 ぐー、と私のお腹の悲鳴が響く。インさんはきょとんと眼を見開いて、小首を傾げる。

「……。そっか。ハナお腹空いているんだね」

 行こう、インさんはボソッと呟き私の手を引く。思わぬ力強さに私は体制を崩しそうになった。

「え?ちょっ」

「……下、食堂だから」

 慌てる私を見抜きもせず、インさんはそのまま私をひょいっと抱えてしまった。そのまま部屋のドアを開ける。

「インさん!下ろしてッ!」

 たまらず私はインさんに抗議するとインさんはチラリと私を銀色の瞳で一瞥した。


「……こっちの方が早いよ?」


 そうじゃないよ!インさんの心底不思議そうな声に私は内心ツッコミを入れた。現実は言葉にならず絶句してしまったけど。




 食堂についてインさんは言葉少なに注文をした。どうやらここは宿屋兼大衆食堂みたいだった。人の良さそうな恰幅の良いご主人と女将さんのやり取りを見ながら私はぼんやりと思う。こういう宿屋さんは珍しくない。むしろメジャーな部類だ。それ故場所の特定になりえない事に私はがっかりしていた。

 インさんは私を抱えたまま、料理を待っていた。待って、何でそんなに抱え込むの?私はインさんの膝の上に座らせられていた。インさんの温もりが背中に感じられてつらい。おかげで私は現実逃避に忙しい。つらいわ。

 浮世離れした銀髪の美青年と少女(私)の異色の組み合わせなので当然のように目立つ。賑やかな食堂である筈なのに、私たちが現れた途端しんと静まり返ってしまった。なにこの気まずさ、私は困惑した。インさんは相変わらずのマイペースさだったけど。

 そして注文の品が届いた。コンソメスープとパン、サラダ、あと肉料理。うん、普通の夕食だ。安心した。

 インさんはそれを見て、まずはコンソメスープを一口、

「うん。……毒、入っていないね」

 と満足そうに頷いた。感想が味じゃないって……。しかも毒が入っていたらどうするつもりだったんだろう?私が疑問を抱いて固まっていると、インさんはああ、と頷いた。

「俺、毒効かないし、大丈夫だよ?」

 だからはい、と差し出される一口のスープとスプーンに私は固まった。少しだけ目元を緩ませ、淡い微笑みを浮かべるインさんに私は負けた。後は親鳥が雛鳥に餌を与えるが如く、お察し頂きたい。


「ふふ……かわいい、ハナ」


 私に給餌するインさんの恍惚とした呟きがやけに印象的だった。なんなのその色気、と私の前世の部分が訴えていたからだろうか。インさんは二十歳だった私より色気とかある気がする。女子力というのだったろうか。

 多分この時の私の目は死んでいたと思う。時よ、早く過ぎ去れ。








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