第十二「恋の条件」
投稿、遅くなって申し訳ありません。以後気を付けます。
前回に引き続き、残酷描写注意です。
だいじゅうに――こいのじょうけん
「ハーデス。僕は見てみたいんだ」
思えば黒髪の少年はいつも遠い所を見据えていたように思う。ハーデスは彼のそこが気に入っていた。
「見てみたい?」
「うん、人の可能性を。どこまで人が強くなるかを」
「へぇ、それは興味深いね。私でよければ、どこまでも協力しましょう。友よ」
優雅に腰を折って一礼すれば、黒髪の少年は照れくさそうに頷いた。
「うん。一緒に目指そう」
「ええ」
これは懐かしい記憶だ。ハーデスにとってみればどこまでも優しくて、尊い親友の淡い記憶だった。
「アンタの親友、想像以上に狂っていたよ」
インさんの言葉はハーデスの何かを壊したのか、ハーデスはその場に崩れ落ちた。
「嘘だ、うそだうそだ。そんな、何故貴様は生きている?そんなに“人間”としての組成を削って生きていられる筈がないじゃないか!!」
狂乱、といった様相の取り乱したハーデスの言葉は私にはよく分からなかった。
インさんはそれにため息を吐き、
「運が良かったんじゃない?どうでもいいし」
と適当に吐き捨てる。
「そんな……。ああ」
嘆き、ハーデスは俯いた。三メートルの巨体が、小さく見える程憔悴したように見える。可哀想になるくらいの落胆ぶりだった。
だから彼の肩が小刻みに震得ているのは、悲しみであると思った。
けれど、嗚咽の様に聞こえていたハーデスの声が段々と大きくなった。
笑っている。
ハーデスは笑っていたのだ。狂気的とも言える高笑いに私の背筋がゾッと寒くなる。
「アーハッハハ!! 傑作だ!こんな愉快な話があるかッ!おい、知っているか。我が親友がお前の魂に何を刻んだか!」
ボロボロになりながらもハーデスはケタケタ笑い声を上げる。気がふれたかのような彼の様子に私は気圧される。
「は?」
「ハハハハハハハハハ!! 自覚なしか。尚更笑えてくるなぁ。なに、日神は少し愉快犯な所があってね。確か、“黒に逆らうな。黒の髪、黒の瞳を持つ者に従属するべし”だったかな」
そこで私たちをハーデスは見る。そしてにやぁっと笑った。
「つまり分かるかな。インがそこの少女に執着し、守るのはこの愉快な魂の刻みのせいなのさ。そしてこの刻みを解くのは愛する者を得ること。ハッ、とんだ皮肉だな?」
嘲笑うように言い切ったハーデスにインさんは無表情のまま表情を変える事がない。
「い、インさん……」
震える私の声にインさんはそっと私の頭を一撫でする。
「ふーん。御託はそれだけ?言い残す事は、遺言はそれでいいの?遺書の準備は済んだ?」
インさんは揺るぎない瞳でハーデスを見つめていた。淡々とした声はどうでもよさげでハーデスの思惑通りにいかなかったせいだだろう。ハーデスの顔が悔し気に歪む。
「アンタ、勘違いしているようだけど」
ハーデスの歪んだ顔をインが見下ろす。温度の感じられない眼差しはゾッとするほど冷たい。
「もう遅いよ、それ。何がどうでもいいし、俺にとってハナは特別なのは変わらない」
「俺の絶対はこの子だ」
インさんの声はどこまでも揺るぎない。
「あはっ。アハハハハハハハハッ!! 実験動物が、お前がッ!! 愛を語るか、特別を想うかッ!許さない、許さないぞ、憎い憎い憎いィ!!」
それは突然だった。ハーデスの顔が歪み、更なる変化を遂げた。
ハーデスの身体からブワッと黒い霧が溢れ、体の周りを包んだ。黒い霧は巨大な翼となり、腕となり、剣となった。ハーデスの人外の様相は更に歪み、面影なんて残っていない。
真っ赤な鋭い瞳と鋭い牙が特徴的な化け物がそこに君臨していた。
「がぁあああああああ!!」
ハーデスはもはや理性なんてモノはなかった。暴力的なまでの禍々しい雰囲気がそれを物語る。そこに居るのは人を解さぬ化け物。親友を想った男の慣れの果てだった。
「なんて滑稽。お前、可哀想だね」
インさんはそんな化け物を前にしても変わらなかった。言葉とは裏腹にその銀の瞳に情なんてものは一切ない。
あるのは、敵を屠る冷徹さだった。
ハーデスは体の周りを八つの黒き剣に舞わせていた。その剣がインさんに特攻を仕掛ける。インさんはそれを紙一重で避けていく。余計な力を使わず、相手を惑わせる。
「でも残念。俺、怒っているから直ぐに終わらせてやらない」
インさんの手に淡い光が集結する。私はそれが聖属性の物だと分かった。たまに教会とかの聖職者が使うのだ。
インさんは手で剣を掴む。剣はすぐに黒い霧に爆散した。純度の高い聖属性だと闇を一瞬で浄化出来るという。私は信じられない思いで戦いを見守る。
インさんは一瞬で八つの黒い剣を浄化し、本体へ飛び込む。
「お前、ハナの前でとんだ醜態を演じてくれたじゃないか」
「ぎゃああああああッ!!」
ザクリ。インさんが軽く右手をふるう。
「それと、これはドールの分」
「ぁああああああッ!」
ザクリ、ズパッ。インさんの左手がハーデスの右腕を吹き飛ばす。吹き飛んだ腕が爆発四散する。え?どうなっているの?と茶化す事も突っ込むことも出来ない。それは一方的な戦闘だった。
「あぁ……、ヒカミ……。我が、友よ……。すまな、い」
地に倒れ伏したハーデスが途切れ途切れに言葉を紡ぐ。小さな呟きよりも更に声が小さく、雑音に紛れてしまいそうな儚さだ。
「酷い執着だね」
「ふ、ふふ。それ……おま……えも」
薄く笑うハーデスにインさんが綺麗に笑みを作る。
「それもそうだ」
ズパリ。躊躇なく、インさんによって命の火は潰された。
「で、最後まで聞かせて下さいね?インさん」
ここは地下の遺跡を抜けた先。かつてのクレリア帝国帝都の大通りだったという場所に私とインさんは居た。あのまま、あの場所に居たくなかったからだ。
私の追及にインさんが頬を指で掻いた。
「そう言われても。どこから?」
「全部です。全部」
「ん、分かった」
私の据わった目に押されたのかインさんが頷く。
「あのね。かつてここにクレリア帝国があったのは知ってる?」
「あ、はい。それくらいは学校で習いました」
「そう。で、魔導国家クレリア帝国はあの地下遺跡発掘の為に建国された国で、その発掘遺物の中にあったんだって」
「なにが、ですか?」
私の言葉にインさんの口元が薄く微笑みを浮かべる。
「“勇者召喚の儀”。そのやり方、方法の全て」
「それが……。ハーデスのいう、“ヒカミ”さんなんですね」
ハーデスが言っていた。“かつての勇者”ヒカミ ヨウ。
「そう。それで呼ばれたのが、ソイツって訳。ソイツは何故か術式に関しては全てを知っていた、らしい。とりわけソイツが執着していたのが“魔法生物”」
「きめら……」
「うん。理想論としては、あらゆる生物の良い所を備えた最強の生物を創りたかったらしいよ。言ってたし」
「へ?」
「ここまで言えば分かるよね?」
インさんは私を真っ直ぐに見つめた。曇りのない見透かされそうな銀の瞳が私を映す。
「俺は“魔法生物”の生き残り。クレリア帝国の負の遺産」
インさんの右手が彼の喉に添えられる。
「聖なるモノと闇のモノの混ぜ物」
インさんの右手がガリッと彼の喉仏を傷つける。だらりと血がそこから溢れてくる。
「俺は、化け物」
すぐに治った喉の傷に更に右手の指が刺さる。
「違うッ!! ちがうよ、インさん」
私は気づいたらインさんの右腕に掴みかかっていた。血だらけになったインさんの右手を泣きそうになりながら、両手で包みこむ。
「インさんは知っているでしょう?」
私はインさんの右手をさすりながら、彼の顔を覗き込んだ。
「誰かを想う大切さを」
「誰かを守る覚悟を」
「いつだって私を、そうして想って、守ってくれたじゃないですか」
私はインさんの顔に右手を差し伸べる。インさんはすり寄るように頬を寄せた。
インさんは切なそうに顔を歪め、子供のような不安さをにじませていた。
「だって、はな。俺、アイツとどう違う?」
インさんの声がほんの少し震える。
「なんにも知らないハナを脅すように攫って」
「はなに拒否権すら持たさず」
インさんの顔が泣き出しそうにくしゃりと歪む。
「家族に、はなの両親にすらはなを取りあげて」
私は思わずインさんの頭を抱きしめた。インさんが泣いているように見えたからだ。
「この力を、俺の化け物としての力を、私欲の為に使ったんだッ。なぁ……」
インさんの声が涙を流すように、嗚咽を含んでいた。
「アイツと同じだろう?」
「違いますよ。インさん」
私は静かにインさんに言った。インさんは私の言葉にビクリと身体を震わせる。
「え……」
「だって、インさん。これだけインさんにやられても私、嫌いにならないんですよ」
びっくりしたようにインさんの瞳が見開かれる。
「やられた私が許すんです。だから、大丈夫です」
私は残念ながら難しい言葉が言えない。この状況で回る優秀な頭なんて持ってなんかいないのだ。だからシンプルに、インさんに伝わる言葉で伝えよう。
「インさんの事、私、好きなんですよ。だから、私、インさんの味方になります」
ね?だから大丈夫です。私は抱きこんだインさんの頭をポンポンと撫でる。
「――ッ!!」
インさんがヒュッと息を呑んだ。
キィイイイン。高い金属音。耳鳴りに近いモノが辺りに響く。
――――“インフェル”
私の脳内に同時に浮かびあがった言葉。私は無意識に口にする。
「……いんふぇる?」
「!」
インさんが顔をくしゃりと歪め、涙を浮かべた。私はそれにぎょっとする。
「それ……。俺の“名”だ」
涙で言葉を詰まらせながらインさんが囁いた。
次は間話を入れたいと思います(予定)




