第十一「悪魔か天使か死神か?」
残酷描写あり。注意です。
だいじゅういち――あくまかてんしかしにがみか?
キメラ。別名魔法生物、合成生物。いろんな名前で呼ばれるが、本質は一つ。
様々な生物を混ぜ、その特性を受け継がせる。
この一点だ。魔法が発達するこの世界ではその理不尽を可能にする。
とはいえ、その生物の性質が真逆だと魔法の力をもってしても難しい。
例えば天使と悪魔。聖なるモノと邪なるモノ。これらは反発しあう性質の為、合成する《キメラ化》するのは無理なのだ。
では、どうするか?簡単な事だ。中継ぎとなるモノを使えばいい。
例えば、人間とか。
――日神陽による研究日誌から一部抜粋。
「君は奴らの正体を知ってるのかい?」
ハーデスの穏やかな問いに私は言葉を詰まらせた。
「おや?その様子だと聞かされていないようだね。まぁ奴らは元人間の化け物さ」
はは、と軽く薄笑いをあげてハーデスは言葉を連ねる。
「魔法生物。聞いた事はあるだろう?あの偉業を!神に定められし、人間の限界を突破する、その方法をッ!! 奴らはその被検体なんですよ。ハハハハ!!」
狂っている、おぞましい声だった。私はその声に体を震わせる。興奮したようなハーデスの声は徐々に饒舌に、声高になっていく。
「そして我らの悲願!! 我が親友の日神が夢見ていた究極生命体の完成ッ!それが私さ、この私がなったのだ!あぁ……!あの出来損ない達とは違うのですよ!」
「今からそれを証明しましょう!天に居るであろう、我が親友の為に。そして我々人間の為に」
謳うようなハーデスの言葉はそこで不自然に途切れる。
「いるのだろう?我が親友の最高傑作よ」
ねっとりとしたハーデスの声は憎悪に溢れていた。私はその声に背後を、ハーデスの声の方向へ体を向けてしまった。
そこに居たのはもはや人間ではなかった。
悠然と空中に佇む、悪魔の様相の男。否、悪魔とは生ぬるい。そこに居たのは死の化身、穢れの体現者。あの整った顔立ちの男の面影はあらず、黒い肌に真っ赤な白目のない瞳。人外の様相は顔だけでなく、屈強になってしまった体にも現れていた。三メートルの巨体に鋭い爪と牙。かろうじて身に纏う服装の欠片で彼がハーデスであると思える変わり果てた姿だった。
だから私に振り向くな、姿を見ない方がいいとハーデスは言ったのだろう。こちらに移動した時には既にああなっていたのは明白な事実だった。
私がハーデスの変わり果てた姿に固まっているとハーデスの前にフッとインさんが何もない空間から現れた。
「最高傑作?どうでもいいし、ハナは返してもらうよ」
ぽつり、静かな声は私を安心させるインさんの声だった。インさんはハーデスの人外の様相に顔色一つ変えない。
「ハハハハハハハハハッ!! ……実験動物風情が舐めた口をきいてくれますねぇ」
「そういうアンタも“実験動物”風情だと思うけど?」
ハーデスの狂気の笑い声にインさんは静かに答える。静かな分、相手を煽っているようにしか聞こえなくて第三者の私が非常にヒヤヒヤしてしまった。
ハーデスはそれに舌打ちして、苛立たし気に顔をしかめる。
「本当に、舐めた真似を……。いいだろう。この私が貴様を木っ端微塵にするしかないか」
「……来な」
インさんの言葉少ない煽りにハーデスはブワリと殺気を爆発させる。
いきなりの圧迫感と重圧に私は急いで逃げようとする。
「そこのお嬢さん。死にたくないならそこを動かない方がいいですよ」
「くっ」
「ハナ!アンタ、ハナに何をするッ!!」
ハーデスの言葉と共に私は金縛りになる。ピクリとも動かない身体に私が涙目になるとインさんがここに来て初めて激昂した。
インさんの焦りにハーデスは満足したように鼻で笑う。
「ハハハ、当然だろう?彼女は折角呼んだ観客ですよ。逃げられては詰まらない、そうでしょう?」
「……殺す」
インさんが殺気を滲ませ低い声で吐き捨てた。身を低くし、完全な戦闘態勢をとる。
「では、始めましょうか」
ハーデスは悠然と宣言した。
戦闘の幕開けである。
インさんはすかさず、距離を詰め、斬りつける。見えない所に暗器でも仕込んでいるとでもいうのだろうか、インさんが手を振り下ろすと不可視の斬撃が繰り出され、ハーデスの身体を傷つける。
ハーデスはそれにニヤニヤ笑みを浮かべ、余裕の立ち姿で佇んでいた。
おかしい、と私は気づいた。それと同時にインさんが舌打ちする。
「チッ……!大して傷はつかないか。アンタ、何を混ぜた?」
そう、インさんの不可視の高速の斬撃をハーデスは受けた端から回復させている。さながら自動回復、不死身の生物のようだ。
「ハハハハハハハ。当ててみて下さい。何、貴様も同類なら分かるでしょう?」
「……!まさか、それは」
「そう!これは機械人間のナノマシンによる再生力ッ!! 加えて……」
息を呑んだインさんの言葉を遮り、ハーデスは高揚した声で高らかに説明する。
「加えて古代悪魔の力もあるのさ!!」
言い終えるか否か、ハーデスの右手が赤い閃光を発する。赤い閃光を纏った右手は唸るように旋風をも巻き起こし、インさんの脇腹を捕らえた。それは僅か一秒。目に捕らえきれないスピードの拳はインさんを的確に捕らえたのだ。
「グハッ……!!」
そのまま殴り抜ける。ハーデスの拳はインさんの脇腹に突き刺さり、ぶち抜く。
インさんの身体はいとも簡単に吹っ飛び、壁に穴を開けた。
私はそれに奥歯を噛みしめる。金縛りのこの状態じゃ悲鳴も上げられないのだ。
「ははッ!見たか!! この力の素晴らしさを!これこそキメラの真骨頂!!」
ハーデスは吼えるように声をあげた。讃えるように両手を天に掲げ、魔法陣を展開させる。
インさんは壁の瓦礫から、身体を起こし、ふらついた。見れば脇腹辺りが赤く染まっていた。
「死ぬがよい」
ハーデスは無慈悲に、死刑宣告を告げる。
魔法陣から放たれる光のレーザーは直径一メートルの太さで放たれる。さながらそれは約十年前の大天使召喚の際の“天罰”の再現だった。当時のクレリア帝国帝都を一撃で崩壊させたという大天使の一撃に良く似たそれは違っていた。威力はそれ以上。そして範囲を極限に狭め、一点突破を狙う一撃だった。
インさんが魔法陣を展開させた。きっと威力半減を狙い、結界を張るのだろう。
「コイツがどうなってもいいのかぁ……?」
「ぐっ……いんさ……ん」
「チッ」
ハーデスは私の首を掴んだ。瞬間移動の魔法だ。私が瞬間的にハーデスの手の中に移動させられたのだ。ハーデスの脅迫に、インさんは舌打ちし魔法陣を解除した。
私はハーデスの首を掴む力の強さに涙が出てきた。インさんはそんな私に顔を歪ませた。
直後、光のレーザーがインさんの体に直撃する。光に飲み込まれるインさんの姿に私の目は自然と見開く。
「いやぁああああ!! インさーんッ!」
「はは、アハハッ!! 奴が死んだぞッ!日神よ、その空から見ているかッ!!」
じゅぅううううと音をたて、蒸気を発し、クレーターが出来た場所を見てハーデスが狂ったように嗤う。私の視界が涙で滲んでいった。嘘だ、と叫びたいのに、喉が熱く震えて言葉が出ない。
「……残念」
ぽつりと温度のない声が落とされる。突如聞こえたインさんの声にハーデスは驚愕の表情を浮かべ、私はぱちりと瞬きをした。え?インさん生きて?と私の心中は穏やかじゃない。嬉しいけどね!
「あんたは間違えたな」
「な、なんで貴様が生きている!あれの直撃に耐えられる筈がない!!」
青ざめたハーデスの言葉にインさんは鼻で笑う。
「はは。アンタ、やっぱり分かってないな」
「なにを、だ」
「俺の事」
インさんは無表情で呟く。ハーデスは言葉を無くしたように顔色を悪くさせる。
「俺はさっきの攻撃如きじゃすぐに治るし、痛くもない」
インさんはすっかり傷の失せた脇腹を一撫でし、
「残念だね。復讐できると、思ったのにね?」
静かに、けれど確実な嘲笑を浮かべた。ハーデスはそれに顔を怒りで赤く染める。
「貴様ァ!! 許さない!絶ッ対に許さないぞッ!! 我が親友を惨たらしく、惨めに殺した貴様だけは許さんぞォ!!」
咆哮。ハーデスの魂の叫びに相応しい、怨嗟の言葉をインさんは静かな面持ちで受け止める。
「ふーん?」
インさんはどうでもいい、と言いたげだった。
「それよりも、ハナを返して。いや、いいや。アンタに聞くより、俺がやった方が確実だし」
さっきは手加減していたんだよ、インさんは軽い調子で続ける。
スパリ。それは冗談みたいな光景だった。私の首を掴んでいたハーデスの手首をサクッと不可視の斬撃が飛ばす。舞う鮮血に、私が呆然とするより早く、インさんが私を腕の中に回収した。
「ぎゃあああああああああッ!!」
「……これくらいで騒ぐなよ」
ほらもう一撃、とインさんはじつに軽く斬撃を繰り出す。そこに先ほどの劣勢は見られない。
スパリ。今度は左足首。
「がぁああああああッ!!!!イダイ、何故……何故だ!! 何故再生しない!なんでこんなに痛い!? 貴様ァア!何をしたァ?!」
「そりゃ、人間の痛覚が戻ったからだろ?……アンタ、キメラとしての格は俺より下だし」
痛みで悶え苦しむハーデスにインさんは静かに見下ろす。超展開に私が着いていけるはずもなく、インさんの腕の中でオロオロするばかりだ。
「……格だとォ?! 」
「そ。アンタ、人間として何%残ってる?」
唸るようなハーデスの言葉をインさんは淡々と返すのみだ。いっそ清々しいくらい徹底的だ。
「……三十だ。それ以上は人の魂の強度上の問題から無理ですからね」
苦々し気に絞り出されたハーデスの声にインさんは一つ頷き、
「俺、十あるかないからしいよ。人間として」
とさらりと告げる。その言葉にハーデスは目を極限まで見開いた。
「アンタの親友、想像以上に狂っていたよ」
インさんの静かな声は死刑宣告のように冷たかった。
詳しい説明はもう少し後でやっていきます。




