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第十「あの子がいない」

残酷描写ちょこっとあり。注意。

ハナコ視点と第三者視点にわかれています。今回の話はちょっと長めです。

  だいじゅう――あのこがいない




 こぽり。目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

 透明な筒状のガラス、それを支える幾多の機械、機材。そのガラスには緑色の液体が満たされ、幼い自分が入れられているのだ。

 腕、頭、足。様々な所に繋がれる管。体に流れてくる赤く輝く液体。

 遺伝、魂、力。そうしたモノがまだ幼い白い体に流れてくる。

 異物が流れ込んできて、苦しさに、痛みに体が痙攣する。

 悲鳴は、ごぽりと液体に阻まれ音になされない。




 それを見つめる黒髪の男に、幼い自分は激しい何かを抱いた。

 その黒髪の男はまるで道具を見る瞳でこちらを見ていた。



 それが、インの覚えている限りの最初の記憶だ。









 今日の私はドールさんの後ろに着いて回り屋敷の掃除の手伝いをしていた。主に箒で床を掃く作業だ。ドールさんは銀装飾とか調度品を磨き、部屋を換気したり、他にも色々と忙しそうだ。

「あら、でも今日はハナコさんが手伝ってくれているので進みが早いのですよ?とても助かっていますわ」

「え?」

「ふふふ。ありがとう、ハナコさん」

「えへへ……」

 にっこりと温かな笑みを浮かべるドールさんはほんわかと和やかな雰囲気がよく似合っていた。気づけば私も笑顔が浮かぶ。

「ッ!?」

 ひゅっとドールさんが息をのむ。驚愕の表情を浮かべた彼女は部屋の外、窓の方へと視線を釘付けにする。

「どうして……」

 か細いドールさんの呟きが私の耳に入るのと同時。

 ガッシャァアアアアン。硝子が破られる音が突如として屋敷に響く。否、目の前のこの部屋の窓が破られたのだ。

 細かいガラス片が舞い、窓を破った物体が凄い速度でこちらへ来る。

「ハナコさんッ!!」

 ドールさんの叫びと彼女の背中が私の視界を遮った。

 ズダーンッ。それはまさしく銃火器の銃声だ。

 このファンタジー世界に私が転生してから一度も耳にしてない音。あり得ない音だ。この世界でそれはありえない、何故ならそこまで文明が発展していないからだ。この世界の武器は未だに剣がほとんどを占め、たまに大砲が出てくる程度。魔法が発展しているからか、戦争では魔法が飛び交う。

 だからそんな音がなる筈がないのだ。

 私はそこでありえないモノを目にした。

「ドールさん……」

 ドールさんの左腕、正しくは左手首から先が違っていた。

「ハナコさん。申し訳ありません。混乱されているのは承知で申し上げます。ここは危険です。私がここで奴を、くい止めます。なので貴女はガーゴイルの所に合流して下さい」

 それは銃火器。砲身の長い拳銃だ。黒光りするソレをドールさんは窓に向け、鋭い視線で警戒する。ドールさんの足元に転がるのは同じ一部機械化した少女だ。ただしこちらはほとんど機械で人間らしさが失われている。先ほど窓をぶち破ったのはこの機械化した少女なのだろう。そして彼女の命が潰えているのはその出血量と反応から見て明らかだった。

 私が目の前の惨状に呆然としていると、

「早く!! 早く行ってください!ハナコさんッ!!」

「あっ。うん。でも、ドールさんが……」

 切羽づまった声に私は我に返った。けれどドールさんへの心配から私はこの場を離れられない。

「私は大丈夫ですわ。『幻影の暗殺者』の従者を舐めてもらっては困ります。私はここのお掃除を終わらせ次第、そちらへ参りますわ」

 私に振り向き、にっこりと完璧な笑みを浮かべるドールさんに私は頷く。

「うん。わかった。ドールさん、気を付けてね」

「はい。承知いたしましたわ。ハナコさんこそお気を付けくださいませ」

 私は急いで部屋を出ようとドアノブに手をかける。


「困りますねぇ。奴を釣れる餌を逃がしてもらっては……。ドール。貴女のマスターをお忘れですか?」

 湧いた第三者の声に私たちは身を竦ませる。ドールさんはすぐに左手の拳銃を声の方へと向ける。声の質からして男性だろうか。


「ハーデスッ!! わたくしは貴様なんぞに従属した覚えなんてないわ!」

「ははは」

 鋭いドールさんの怒声にハーデス、と呼ばれた男性がぬっと出てくる。何もない空間から這い出てきた人に私はひぇっと情けない悲鳴を上げた。なんぞあれ。

 明るい茶色の髪はざんばらに伸ばされ不揃いで、無精ひげも生えている。瞳の色は右が赤、左が青というオッドアイで、右目にひびのはいったモノクルをかけ、裾のほつれた貴族服を着ている。羽織っている上質な白いコートも薄汚れていた。

 まさしく狂人、と形容していい狂った笑みを張りつけた男は悠然とそこに立っていた。


「ハーデス・V・バートルトン!! 貴方だけは許しませんわッ!!」

 ドールさんは憎しみの炎で瞳をギラギラとさせながら男に向って叫ぶ。

「ははは、私の人形よ。そんなにその姿が気に喰わないか?」

「おだまりなさいッ!!」

「そうだよなぁ……。お前の本当の姿は華奢で、美しく、可憐で、まさしく妖精のような乙女だったものなぁ」

 激昂するドールさんにハーデスはねっとりと粘着質な声で嘲る。ドールさんの怒りに油を注ぐようなものだ。

「それがそんなに醜い姿になって、お前もさぞかし泣いた事だろうに」

「だまぁれぇえええええええッ!!!!」

 咆哮。ねっとりと体を辿るハーデスの視線と言葉にドールさんは叫び、左手の銃が火を噴く。

 ダンッダーンッズダダーンッ。連射される拳銃の銃弾はハーデスの左肩、右足、左胸、そして額へと命中した。

「はははッハーハッハッ。どうした?この程度か。私の人形よ。私の最高傑作よ」

「ッ?! 貴方、なんで生きているのです?! 人間であれば死んでいる筈でしょう?」

 高笑いするハーデスにドールさんは震える声で問う。その前に状況を飲み込めていない私に説明が欲しい。切実に。さっきからこの人から気になる単語がバンバン出てきているし。なんだ最高傑作とか、私の人形とか変態かよ……、と私はツッコミを我慢するしかないのだ。

「アハハハハハハハハ!! そうか、そうだったな。理解できないか、人形よ。それでは、そこのお嬢さんにも自己紹介をしなくてはね」

 そこでハーデスは私に向って腰を折り、優雅に一礼する。

「我が名はハーデス・V・バートルトン。元クレリア帝国公爵にしてクレリア魔導研究所所長。かつての勇者、日神陽ひかみ ようの親友にして彼の研究の後継者。そして」

 そこで言葉をきり、ハーデスは口角を吊り上げた。

「そこのドールを創りあげた者さ。後ガーゴイルは我が親友と共に創りあげたのだったかな」

「“創りあげた”ですって?! ハッ。笑わせないでくださいます?」

 滔々と語るハーデスにドールさんは鼻で笑う。嘲るように、冷たい嘲笑を浮かべた彼女はそのまま左手の銃をハーデスに向ける。


「貴方達はただひたすら命を弄んだに過ぎませんわ。弄び、踏みにじり、奪った悪魔に等しい貴方が神の様に振る舞わないで頂戴。虫唾が走るわ」

 ドールさんは冷たい眼差しで言い捨てた。それにハーデスは顔色一つ変えない。

「“構築開始”、“能力限定解除”。体表面ナノマシン構築解除により【神々のグングニル】構築完了。物質安定。」

 それは信じられない光景だった。五秒。ドールさんがソレを生み出した時間だ。ドールさんの姿が揺らぎ輝き、光が治まったら別物になっていた。

 ソレは砲身二メートルに及び、口径三十ミリメートルはあろうかという前世なら対戦車兵器の様相だった。それがドールさんの左腕になっていた。

 ドールさんも、細身の可憐な儚い美貌の女性になっていた。桃色の髪と瞳は変わらず、折れそうな細い腰、すらりと伸びた手足、形の良い胸、抜群のプロポーションでドールさんはそこに立っていた。二メートルの銃火器が左腕についていても揺るがない立ち姿に私はポカンと唖然とするしかない。


「さぁ、惨めに地を這いなさい。許しを乞いなさい。貴方が出来る事は罪を数え、地獄に落ちる覚悟を決める事です」

 ガシャンッ、ドールさんは無機質な銃口をハーデスに向ける。淡々としたドールさんの声は静かな怒りを現していた。

「ハハッ。なるほどなるほど。私が研究していた時はそこまで至っていませんでしたが……。流石ですね、メインテナンスの時に進めましたか。元の姿に戻るためには進むしかありませんからねぇ」

 ハーデスの嘲るような声にドールさんは冷たい一瞥をくれるのみだ。表情は消え去り、砲身の方にエネルギーを送り込んでいるようだ。微かな青い燐光が左腕の砲身からもれる。

「誰ですか。それをしたのは。ガーゴイル、それともイン?」

「貴方が知る必要なんてないのですよ」

 愉快といったハーデスの声にドールさんは静かに答える。

 ドンッ。重い音が響く。

 カッと視界が白く染まる。ドールさんが左腕の砲身を打ち放ったのだ。【神々のグングニル】の名の通り、威力が凄まじく、直後轟音が屋敷を揺らす。

 部屋一つを一瞬で吹き飛ばし、庭に一文字を残す威力だった。光がなくなって、見えた光景はぽっかり空いた壁の穴と庭の地面に一文字の炎が立ちのぼっているところだった。更に塀の方まで吹き飛ばしていたようだった。部屋の中にハーデスの姿はない。

「や、やったの?」

 私が恐る恐るドールさんに確認を取ると頷かれた。

「ええ、あれを喰らってまともに立っていられる筈がありません。命中したのはこの目でしかと見届けましたから」

「そっか。よかった。ドールさん、怪我はありませんか?」

「ふふふ。大丈夫ですよ。……ハナコさんッ!!」

 笑みを浮かべたドールさんが目を見張り、私の名を叫ぶ。右手をこちらへ伸ばした。が、それは届く前に斬られる。

「あぁッ」

「ドールさんッ!!」

「ははは。油断してはいけないよ。人形さん。でもまぁ、多少は成長したようだね」

 ドールさんの右手首が切断され、彼女の顔が苦悶に歪む。舞うドールさんの血液に私は悲鳴を上げた。そんな私をハーデスが軽々と抱き上げる。

「ハナコさんを離しなさいッ!!」

 ドールさんは膝をついたまま、左腕の砲身を構える。ハーデスはそれを小馬鹿にするように嗤う。

「おやおや?この少女にも当たりますよ。人形に撃てますかねぇ?」

「くっ……」

 余裕に満ちたハーデスの声にドールさんは悔し気に唇を噛みしめた。ドールさんはゆっくりと左腕の砲身を下ろす。

「賢いようで嬉しいよ。まぁそれでも“マスター”に手を上げたのは減点ですがね」

「ッ!?」

 ハーデスは唇を吊り上げた笑みのまま、空いた左手でドールさんの方へ手を伸ばした。


 瞬間、閃光。


 ゴォオオオオンと轟音を立てて壊れる景色に私は呆然とするしかなかった。なんだあれ、と震える私をハーデスは笑うのみだ。ドールさんはどうなったのだろうか。ドールさんの居た場所にぽっかりと穴が口を開けている。部屋の扉なんてものは残ってやしないし、廊下の壁も突き破り、外の景色が見えている。

「ドールさんッ!!」

「ははは、無駄ですよ。お嬢さん。ほら、なんにも残ってやしないでしょう?」

 私の悲鳴混じりの叫びにハーデスは薄ら笑いで諭す。

「どうして……」

「変な事を言いますね。要らないモノは廃棄する、当然でしょう」

 震える私の声に当然のように答えるハーデス。それはゴミは捨てるのが当然、と言いたげだった。それ程、その声に情はなく無慈悲だった。

 私は、呆然とその声の主の顔を見上げる。インさんよりも命を軽く扱うソイツの顔を。

 その瞳は、赤と青の瞳は狂気に濡れていた。

「ハハハハハアーハッハハ!! さいっこうに気分がいい!あと少しだ。あと少しで我々の望みが!高みが!完成する」

 高揚した声で滔々と語るハーデスに私は固まるしかない。正直ガタガタ体が震える。

「あぁ……そう言えば。君は似ていますね」

 なにが、とは問えなかった。ハーデスは恐怖に震える私の頬に左手を添え、顔を覗き込む。ハーデスの右腕に抱えられた今の状態じゃ逃げられる筈もない。

「ははははは、この黒髪、黒い瞳。何もかもが懐かしい」

 恍惚の笑みを浮かべハーデスは私の髪を撫でた。


 フッと目の前の景色がぶれる。空気が変わる。私は瞬間移動の魔法がかけられた事を悟る。インさんの時と一緒だったからだ。

 ここは地下だろうか。地下迷宮を思わせる、石壁と湿った空気に戸惑う。辛うじて松明が焚かれているからうすぼんやりと周りが見渡せる。

 目の前の壁画に私は目を奪われた。

「気になるかね?」

「!」

「おっと、後ろを振り向かない方がいい。私を今の君が見たら泣いてしまうかもしれないからね」

 随分、柔らかな声でハーデスは忠告する。私はその声に従って目の前の壁画のみに視線を向ける。ここは逆らわない方がいい。この人に何があったのか知らないけど、機嫌がいいみたいだし刺激しない方がいいだろう。私はそう判断した。

「いい子だね。その壁画はね、古代文明の物なんだ。大昔も昔。神様って奴が今よりも近くに居た頃のね」

「……詳しいんですね」

「はは、それはそうさ。これでも研究者なんでね。ところでコレ、何を描いたか分かるかい?」

「うーん。天使と、なんですかね」

 目の前の壁画は背に翼がある人、それに手を伸ばす多数の小さい人々、それと暗闇から出てくるような人型の何かだった。


「天使と悪魔。古代の戦争の絵さ。まぁそいつらは古代種だからレアだけど」


 さらり、と告げられた言葉に私は首を傾げる。なんぞ古代種ってという感じだ。

「古代種、まぁ原種という奴もいるけど。共通しているのは今いる種よりも力が強大なんだ。みんな滅んでしまっているがね。特に古代天使エンシェントエンジェル古代悪魔エンシェントデビルと呼ばれる奴らは個体数が少ない代わりに神に匹敵する力があったとされるんだ」

 ハーデスから熱の入った説明をされる。

「なんでそれを私に?」

「君は我が親友に実に似ているからね」

 ところで、とハーデスは言葉を切って、

「君は奴らの正体を知ってるのかい?」

 実に軽やかに私の言葉を凍りつかせた。










 インが屋敷に帰った時には既に遅かった。屋敷方面から黒煙が上がった時点で嫌な予感がしていたがいざそれに直面するとどうしていいか分からなくなる。

 インは目の前の光景に立ち尽くす。屋敷が半壊状態になっていた。それだけではない。ガーゴイルがある地点で背を丸め、何かを抱きしめていた。

 こちらに気づいているのに、振り向きもしない背にインは異常を嫌でも思い知る。

「ガーゴイル……」

「……」

「それ、ドール?」

 それ、とインが示したのはガーゴイルの腕に収まる者だ。ガーゴイルの体がビクリと揺れる。動揺、だろう。現実を受け入れきれないその恐れ。

 本当の彼女。細身のドールは足が、腕が無くなり、髪も焦げ付き、顔にも少し火傷を負っているようだった。

「……ッ!そう、です」

「そう。修復は可能?」

「ええ、おそらくは。今も自己修復をしているようです」

 インの淡々とした声にガーゴイルも冷静を取り戻す。そうだったとガーゴイルは思い出す。

 ドールはクレリア帝国の魔法生物キメラ計画の被害者の一人だ。彼女の身体を作り替えたのはハーデスという男でガーゴイルもその被害を受けている。

 彼女は機械人形オートマタの合成者。体のほとんどがナノマシンにより構築されている機械人間。その強みは回復力と変形する兵器たち。一人で一騎当千の力を振るう事の出来る生物兵器だ。

「イン様、私は今からドールの修復に入ります」

「そう、分かった」

 静かにガーゴイルは立ち上がる。

「イン様……」

「何?」

「いえ……お気を付けて」

「ん、ドールを頼んだよ」

 インは軽く頷き、ガーゴイルの背をポンと軽く叩いた。ガーゴイルはそれにわずかな笑みを浮かべる。

 インは瞬間移動の魔法を構築、発動させる。ハーデスという男の居場所はよく分かる。何故ならそこにハナコがいるからだ。ハナコの場所ならもう労せずして分かる。そういうモノだ。

 インはドールに関してはあまり心配していない。屋敷の地下にはドール専用のメインテナンスルームがあり、それに精通しているガーゴイルがついている。なんやかんやで元通りになるに違いない。


 インはハナコのいる場所からちょっと離れたところに降り立った。どうやらここから結界が張られているらしい。

 インは涼しい顔でそれを通り抜ける。インは結界を破る事が多いが、こうして通り抜ける事も出来る。それには膨大な魔法の知識、魔力が必要だがインには関係ない。

 ハナコを連れ去ったハーデスと言っただろうか、インはそいつについて思い浮かべる。と言っても実験動物をしていた過去の記憶はあまり当てにならない。

 それどころかインの大切な大切なハナコがいない事を思い出されて苛立たせる。


「……殺す」


 インは無意識に呟いた。実に殺気のこもった低い声だった。

 もし、ハナコに何か怪我の一つでもあったらインはハーデスを殺すだろう。もし、ハナコが涙の一つでも流していたらインは奴を惨たらしく葬るだろうし、万が一ハナコが死んでしまったらインは正気でいられる気がしない。

「……はな」

 無事でいて。インはらしくもなく信じてもいない神に祈りたくなった。

 ハナコがいない。それだけでインはきっと駄目になる、インはそれを本能的に知っていた。





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