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異世界臨終録  作者: 星野大輔
臨終録 恩田博昭
2/2

恩田博昭(1)

とりあえず世界観ということで、最初の死亡者です。

恩田博昭は混乱していた。

先ほどまで中学校の教室で数学の授業を受けていたはず。

抑揚のなく淡々と言葉を紡ぐ教師の声にあくびを噛み殺し、ノートの隅に意味のない落書きをしつつ「早く帰ってゲームの続きをしたいな」などと思いふけていた。

窓の外は青空が広がり、節電という名目で消灯されている暗い室内にいるのが憂鬱になる。


カツカツと黒板にあたるチョークの音が響く。

それに追従するように、生徒たちの鉛筆の音がつづく。


カツカツ、カツカツ。

サラサラ、サラサラ。

カツカツ、サラサラ。


カツ。




突然、音が途切れ、気がつくと森の中で空を見上げていた。

背中に感じるのは椅子の固い感触ではなく、腐葉土の冷たく柔らかい感触。


「えっ?」


恩田の喉から少し震え気味の声が漏れ出た。

小説の定石通りであれば「これは夢なのか」と疑うところなのであろうが、背中の感触、ざわざわと擦れる葉音、むせかえるほどの森の匂いが、どうしようもなく現実であることを突き付ける。


しばらくの間、頭の整理がつかず空を眺めていたが、埒が明かないと思い、ゆっくりと体を起こす。

恩田は首や肩、腕を軽く動かし、体に寝違いやだるさはないことを確認した。


(気を失って長時間の間、ここに寝かされていた訳ではなさそうだ。

 とりあえず、今からみなさんに殺し合いをしてもらいます、とかはなさそうだ。)


それは実に朗報だと思いつつ、武器がない事は少し残念に思った。

見知らぬ森の中に放り込まれたのだ。

ここが例え日本であろうが、外国であろうが、一中学生にとって恐ろしい所である事には変わりない。

街中で15年間生きてきた恩田にとって、それが狸だろうが、狐だろうが、野生動物に多少の忌避感はある。

たとえ武器が鍋の蓋であったとしても、心強いだろう。


立ち上がり学生服に付いた土や木の葉を払い落す。


「とりあえず、じっとしてても仕方ない。」


恩田はあてどなく道なき道を歩き出す。





この森はそんなに深くないはずだと恩田は感じていた。

人影こそ見当たらないが、道中所々に人が野宿した痕跡があるのだ。

これは人が頻繁に森に出入りしている証拠であろう。

もし、人が出入りできない程深い森であれば野宿の痕跡などないだろうし、遭難者の人骨も今のところ見当たらない。

であれば歩いていれば、町なり川なりに辿り着くであろう、そう考えていた。


「・・・この靴歩きにくいな」


結局、なんでこの場所にいるのかは分からないが、教室に居た時の着の身着のままでここにいる。

靴は外履きではなく上履き、森の中で歩くことはとても想定されていない。

ただでさえ山道に慣れていないのに、薄い靴底から地面の感触がダイレクトに伝わり、疲弊が早い。

若さでカバーしているものの、あと4時間も歩けないだろう。


「ケータイ、ポケットに入れとけば良かったな」


校則で携帯電話の電源は授業中切っていなければならない。

わざわざ荷物になるものをポケットに入れておく必要はなく、恩田はいつも放課後までカバンの中にしまっていた。

携帯電話さえあれば、GPSの位置情報で現在地が分かったのだが、無いものを悔やんでも仕方がない。





それから恩田は3時間歩き続けた。

ようやく森が途切れた時、そこに見えた景色は恩田に驚愕と絶望を与えた。


崖下に覗くのは見渡す限りの平原。

そこでは数えるのも馬鹿らしいほどの人々が向かいあっていた。

地面を震わす程の怒声が飛びかい、同じだけの打ち合う金属音が響く。

皆が剣、盾、弓を携え、刃を交えていた。


「せ、戦争・・・?」


いや何かおかしい、恩田は違和感を感じる。


「今時、銃器を使わないで、戦争なんて、するのか?」


平和な国で育った恩田には戦争の知識はそれほどない、もしかしたらそういう地域もあるのかもしれない。

そう思ったが、それも一瞬で打ち破られることになる。


恩田の上空を大きな影が通り過ぎる。


「あ・・・」


巨大な爬虫類と言えば簡単だが、それは全ての生物を圧倒する威厳を持っていた。

大きな羽を広げ、喉からは人々に恐怖を与える唸り声、鉤爪はどんな大木でもなぎ倒すだろう。


ドラゴン。


それは空想上の生物。

地球上には決して存在しない。


「もしかして、異世界・・・てやつなのかここは」


自分で口にして馬鹿らしいと思ったが、覆せない現実がそこにはあった。




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