運命との邂逅
突然空から落ちてきた巨大な石像は、爆発し砕け散った。
それが落ちてきたのは報告に上がっただけで、世界で数十箇所、被害は死傷者、家屋の損害などを含めて数百件にものぼる。
原因は不明だ。
「爆発のあった付近に住む住民を全員避難させろ」
「承知しました」
スーツの男はハルトの言葉に頷くと部屋を出て行った。
入れ替わりに別のスーツの男が入ってくる。
「報告します、ハルト様。ミハル・ツブラギは救護施設に収容、現在治療を続けていますが、容体は安定しています」
「そうか。ご苦労。そういうわけだ、よかったな」
最後の言葉は僕に向けられたものだった。
なんの暖かみもない言葉だが、一応気を遣ってくれたのだろう。
「……ありがとうございます」
「なんだ、今度はやけに素直だな」
「姉ちゃんを助けてくれたことには礼を言うさ」
あの場にハルト・キサラギが現れなかったら、姉は危なかったかもしれない。
姉を助けてくれた恩人に礼を言うのは当然だろう。
それがどんなに嫌な相手だとしても、だ。
「そうか。じゃあさっそく恩返しをしてもらおう」
「なにをさせる気だ?」
姉を助けてもらっても、この男に対して警戒を緩める気はない。
「なに、簡単なことさ。俺と一緒に、世界を救え」
「どこが簡単なんだどこが」
「簡単だろう。どうせお前は世界を救うことになるんだ。それを一緒にやるだけさ」
「は?」
「分かってると思うがこの世界は終わりに向かっている。お前は当然止めるだろう?」
「いや、分かってないから。世界は危機なのか?」
謎の落下物はあったが、それが世界の危機?
終わりに向かってるとは、どういうことだ。
「おいおい、本気で言ってるのか?」
「なんだよ。あんたは何が起きてるのか知ってんのかよ」
「あぁ、知ってるさ。そして、お前の役目もな」
「僕の役目……?」
「このまま放っといたらこの世界は終わる。それを止める救世主がこの俺と、お前だ」
「なんで僕が」
「それはお前が……トウヤ・ツブラギだからだろう」
全く意味が分からない。
何なんだこいつは。
何を知っているんだ。
「お前がこの世界の崩壊を望むなら、そのときは俺がお前を殺す。さぁ、選べよ。この世界を救うか、俺に殺されるか」
事態が全然飲み込めないし、この男は悪人にしか見えないし、僕に世界を救う力があるとは思えない。
だけど、僕は。
「……救ってやるよ、この世界を」
世界の終わりなんて望んじゃいないんだ。
「いい返事だ」
男はニヤリと笑う。
そうして僕はその日、最悪な救世主と手を組んだ。
「それで、あんたのことはなんて呼べばいい?」
「ハルトでいい。お前はこれから俺の相棒になるんだからな」
相棒、という言葉に思わず眉を顰めると、ハルトは面白そうに笑う。
「そんな嫌そうな顔をするな。これから共に世界を救う相棒なんだから」
「ハルトはどうか知らないが、僕には世界を救う力なんてないぞ」
「まぁ待て。一から説明してやるから」
ハルトは黒いソファーに深く腰掛け、脚を組む。
不遜な態度が様になっていて腹立たしいとも思わない。
これでタバコでも吸い出したら完璧悪の組織の親玉だ。
しかし、実際は本人曰く救世主なわけで、ここは世界を救う防衛基地のようなものと言っていた。
僕らが連れてこられたのは、あの場所から車で数十分の無機質な建物。
ここにはスーツを着た男がたくさんいた。
「まずは、選定人のことからだな。トウヤ、選定人とはなんだ?」
「あ、あぁ……選定人とは、選定する人という意味で、国家資格を持つ者のみが名乗ることを許される職業だ。それぞれの分野で秀でてる者しかなれない」
初めて名前で呼ばれたことに若干動揺しながら、この世界の常識を口にする。
「そう。それが世間一般で認識されている選定人という職業だ。この選定人は、須らく特殊能力を持っている。身に覚えがあるだろう?」
ハルトの言葉に頷く。
僕の能力は、人の本質を見抜く力。
僕の前では嘘も誤魔化しも通用しない。
「ミハルは少し先の未来を見る力だな。これらの能力を活かして、選定人はそれぞれの分野で選定をする。しかし、この選定人という制度はただ能力の高い者を有用に使うためにあるわけじゃない」
「どういうことだ?」
「この選定人という制度は、特殊能力持ちの人間を、国が監視し管理するためにあるんだよ。何故か分かるか?」
「いや……」
「それは」
ハルトは言葉を一度区切り、ゾッとする笑みを浮かべて、言った。
「お前らが、危険因子だからさ」
「危険因子……?」
「考えたことはないか。何故自分が特殊な力を持っているのか」
疑問に思うことはあった。
普通の人にはない能力だ。
どうして僕だけが、と。
「お前らの力は、呪いなんだよ」
「呪いって……」
「古からの呪いだ。かつて人々は大罪を犯した。神の聖域を汚したのだ。聖域を犯したものは呪いを受け、世界を滅ぼす因子となる」
「な、なに言ってんだよ。そんなバカらしい話信じられるか」
「信じられなくても現実だ。その呪いを受けし者が、特殊能力を持つ選定人。呪いは一見その者に幸をもたらしているようだが、実際は目印に過ぎない」
「目印って……」
まさか、と思う。
「古からの呪いは、その呪いが与えられてから千年後に成就する。今年がその千年目だ」
空から落ちてきた石像。
あれは、確かに……
「そして、世界の終わりが始まった。気づいたか?あの石像はランダムで落ちたわけじゃない。狙いがあったのさ」
「……選定人を、狙ったのか?」
あのとき。
姉に助けられなければ、僕に直撃していた。
世界に数十カ所落ちたとされる落下物。
選定人は、世界にまだ三十二人しかいない。
「あぁ、そうだ。聖域を犯した大罪人は自らの命を失い、世界の終わりの始まりとなる」
「なんでそんなことあんたが知ってるんだ」
「俺の能力は、平行世界の未来を見る力だ」
SF小説を読んでいるとたまに出てくる単語だ。
けれどあれは、作り話じゃないのか?
「俺はあり得たかもしれないあらゆる世界を見た。けれどどの世界も、呪われし日から千年後、石像が落ちて世界が崩壊した」
「じゃあ、どうしようもないんじゃないか?」
「一つだけ可能性があるんだよ。世界を救える可能性が」
ハルトが俺を見る。
そこにはもう笑みはなかった。
「それがお前だ。トウヤ・ツブラギ」
「え……?」
「お前はどの世界でも、今日という日を生き残った。選定人であの石像の直撃を逃れ、生き延びたのはお前だけだ」
なんで。
僕だけが。
だって、僕が生き延びれたのは姉がいたからだ。
姉は、生きてる。
生きてる……よな?
「姉ちゃんは、姉ちゃんは生き残ってるだろ?」
ハルトは答えない。
僕をただ見ている。
「……答えろよ、ハルト」
笑みも浮かべず、何の感情も見せずに。
ハルトは、告げた。
「ミハル・ツブラギは、死んだ」
一番知りたくなかった事実を。
「姉ちゃんが……?」
あの姉が。
僕の、たった一人の姉が。
いつも明るくて、お節介で、僕のことバカにして。
それでもいつもそばにいてくれた姉が。
石像が落ちてきたときも、爆発したときも僕を庇ってくれた姉が。
「嘘、だ……姉ちゃんが、死ぬなんてっ!」
「だから勝手に殺さないでよ、バカ」
「……は?」
泣きながら叫んだ瞬間、聞こえてきた聞き覚えのありすぎる声。
相当間抜けな顔で振り返ると、そこにいたのは紛れもなく姉だった。
顔色は悪いが、間違いなく生きている。
「え、なんで?」
「ちょっと背中に怪我したくらいじゃ死なないわよ」
「だって、ハルトが死んだって……」
「あぁ、それ平行世界の話な。この世界では生きてるさ」
「なんだよそれ……」
脱力し、ソファーに沈み込む。
心臓に悪い冗談だ。
いや、平行世界では事実なのだからあながち冗談とも言えないが。
「ハルト、私にも話を聞かせて。バカな弟だけじゃいつまで経っても話が進まないわ」
「それもそうだな」
バカ呼ばわりに反論する気力もない。
姉は変わらず姉だった。
……生きていて、良かった。
「今の話からすると、どの世界でも死んでいたはずの私がこの世界では生き残ってるのね。その差異こそが、突破口というとこかしら」
「お前は察しがいいな。その通りだ。どの世界でも唯一の生き残りだったトウヤ・ツブラギを庇ったミハル・ツブラギが生きていることが、世界崩壊という未来を変え得る唯一のカギだ」
「ついていけないんだけど」
「それでトウヤの存在が世界を救える可能性ってことなのね」
「あぁ。唯一の生き残りだったはずのトウヤと、そのトウヤを庇うことで生き残ったミハル。世界を救うにはこの世界しかない」
「なぁ、全然分からないんだけど」
「なんでこの世界だけ私が生き残ったのかしら」
「それは、この世界だけ、トウヤが違う行動をしたからさ」
話についていけない僕を、二人が見た。
「え?」
「何したのトウヤ」
「いや、知らないよ。他の世界の自分の行動なんて知らないんだし」
知ってるとしたらハルトだけだ。
あんたは知ってるだろとハルトを見ると、当然とばかりに頷く。
「トウヤは、一歩踏み出したのさ」
「は?」
「落下するその瞬間、落下するその場所に。本来ならばミハル・ツブラギがいた場所に」
「どういうことだ?」
「つまり、他の世界ではトウヤではなく私に石像が落ちてきたのね」
「あぁ。だから、他の世界ではミハルが死んでトウヤだけ生き延びた」
「なんで姉ちゃんが死ぬんだよ。ちょっと先の未来が見れるんだろ?」
「自分に関することは見えないのよ。だから、この世界だけ見えた。トウヤに落ちてきたから、避けることができたの」
「問題は、何故トウヤが一歩踏み出したか、だな。どの世界でも決してしなかった行動をこの世界でだけした理由。それが分かれば、世界を救う糸口が見つかるかもしれない」
僕が一歩踏み出した理由。
何だったかな。
確か、急いでたんだ。
午前中に三件回らないと仕事が終わらないから。
「急いでたんだよ、仕事終わらせるために」
「落下する時間はどの世界も同じだった。この世界だけ急いでいた理由は何だ?」
「この世界だけかは分からないけど、午前中に依頼が3件あって、早く回らなきゃって」
「3件……依頼リストを見せてくれ」
それは契約に反する、と僕が言うより早く姉が依頼リストをハルトに渡した。
緊急事態だから仕方ないが、なんで今持ってるんだ。
「なるほどな。こいつは、他の世界になかった依頼だ」
ハルトが指したのは、一番目の依頼。
カツト・フジシロの依頼だった。
「連絡を取ろう。何か分かるはずだ」
「あぁ。けど、その前に他の依頼してくれた人達にも連絡しないと」
「今はそれどころじゃないだろう。この街にはあと二箇所石像が落ちていて、選定人が二人死んでいる。そしてその爆発に巻き込まれ怪我人も多数だ」
選定人が、二人。
僕と姉以外に生き残りがいないのなら、それは当たり前のことだけれど。
信じられなかった。
この街にいる選定人は二人とも知り合いだった。
その二人が、死んでしまったのか。
「おいおい、何今頃絶望した顔してるんだ。言っただろ、世界の終わりは始まったって」
「そうよ、トウヤ。あなたがしっかりしなきゃ、みんな死んじゃうわよ。他の世界では、私も死んでたわ」
「姉ちゃん……」
そうだ。
これはまだ始まりにしか過ぎない。
僕が立ち止まれば、誰も救えないんだ。
自分に世界を救う力があるとは思えないけれど。
生き残ったからには、理由があるはずだ。
「分かった。会いに行こう、依頼主に」
街で一番大きな屋敷。
そこで僕らは。
運命の少女に、出会うことになる。