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次の話をかくまえの、序章、のようなものです。このまま続けて書こうと思いましたが、あまりに長くなりそうなのできりました。
彩栄王の王妃は、隣国より嫁いできた王妃腹の王女である。
彩栄王との婚姻は、幼少より定められた縁であるが、実際に対面したのは正式な婚礼の日取りが決められて後のことだった。
嫁いできた王妃は、夫となる彩栄王と対面した後すぐに、その背後に控えていた異母妹だという朔夜からの挨拶を受けた。
大陸内で、もっとも古い、歴史と伝統を誇る彩栄国には神世の時代よりの口伝があり数百年に一度、誕生する男と女、ふたつの性をあわせもつ両性は彩栄国を建国した神の末裔、神の存在を具現化した妙なる存在だとうたわれている。
彩栄王家のみあらわれる、色合いの淡い瞳をもち神のごとき美貌をもつと。
だが、色合いの淡い瞳の両性として誕生した朔夜の容姿は神のごとき、どころか王家の人間としても不釣り合いの、極めて凡庸な容姿をしており、王妃は朔夜が両性であるのだと知らされ酷く驚いた。
容姿こそ凡庸なれど、朔夜は姿こそ未成熟の少年そのものであったが雰囲気がそれを裏切っていた。雪の肌とどの娘よりも美しい黒髪をもち、女人にしては長身のしなやかな肢体は男の骨ばった骨格とは無縁だったが、女の柔らかなさはない。声音も高くもなければ低くもなく耳通りの良い涼やかな声質で、身に付けている衣装から王女であろうとは察しがついたが、それにしては性差を示す確たるものが見当たらないのだ。
中性的といえばよいのか、それともいっそ性など無いといえばよいのか。
男と女、ふたつの性が朔夜のなかでまじりあい反発することなく調和している。
神は、性別をもたないという。だからこそ両性は神の末裔として尊ばれる。
彩栄王家、それも直系血族にのみ数百年ごとにあらわれる、神を具現化した存在、それが両性であると。
朔夜は、本来であるならば神殿に神子として仕えるはずだったが、母親の身分が低いこと、先王が神殿にいれるよりはと朔夜を腹違いの兄の側妾にすることを決めたのだという。
彩栄王家は、尊血を守るために王族内でのみ腹が異なる王子、王女の婚姻を認めているが、その実両性である朔夜を、彩栄の外に出さないために処置であったともきく。
神殿の神子とするには、容姿に秀でておらず母の身分も低く、王子とするわけにもいかず、また国内の貴族に降嫁させるわけにもいかなかったと。それゆえ、腹違いの兄の妻に、それも正妻ではなくたかが妾風情になるしかなかった。
朔夜自身は、神殿に神子としてでなくとも一介の神官として神に仕えたいと申し出たが、父王は認めず、王妃が王太子妃になりその数ヶ月後に兄の後宮に側妾として納められてしまった。
朔夜が、十五歳の時のことで、王妃に義姉として挨拶をした朔夜は、後宮の妾の一人になった後、妾として妻の王妃に挨拶をしたのだった。
父王が朔夜を兄の側妾にする、と公言するまで朔夜は何も知らされていなかったらしい。
同じく腹違いの、王妃腹の姉はいたそうたが姉に相手にされず、義理でも姉上が出来て嬉しいのだと王妃を慕っていた朔夜は、父王の決定に衝撃を受け、みるみるうちに痩せ細っていった。
王妃の夫であり、朔夜の異母兄である王太子は早くから父王の意思を聞かされており、特に反対することもなく、受け入れたようだ。
神殿にはいるもの、と思っていた朔夜は父王に直訴したが却下され王妃が訪ねると泣きじゃくりながらどうしたらよいのでしょう、とばかり言っていた。
朔夜の意志など全く意に介さず、後宮に納められ長年兄だと慕っていた男に破瓜を済まされた夫にさせられたのだ。
両性は皆生来病弱で短命なものばかりだというが、朔夜も例にもれず幼少から虚弱だったそうだが、異母兄の妾になってから床に臥せることが多くなった。
王妃がいつ見舞いに行っても朔夜は枕から頭をあげられぬほど弱り、王妃は朔夜が哀れで仕方がなかった。
その朔夜が懐妊したと知ったときには、怒りと屈辱を覚えたが、それでも体調を崩したままの朔夜を叱咤した。腹の子まで殺すつもりなのかと。朔夜の病は、気鬱からくるものだと王医が診断していたからだ。
王妃に叱咤されたから、というわけでもないだろうが朔夜は少しずつ体調を良くしていった。
腹の子が大きくなる毎に笑顔も見せるようになり、己のなかでどう区切りをつけたのかはわからなかったが、異母兄を夫として慕うようにもなった。
他の側妾らと違い、王妃と朔夜の間には言葉にし難い情がある。だから何かと朔夜やその子らの面倒をみてしまうのかもしれない。
他の側妾らは身ごもらないが、夫の子を産むのは朔夜ばかりでもし他の女が身ごもったならばこれほど平静を保ててはいないだろう。
王妃様、と朔夜はかつて義姉上、と王妃を慕ったあの頃のままなのだから。