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王と王妃と側妾  作者: 氷雨
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 当代の彩栄王の側妾の一人、彩栄王の異母妹であるかつては二の姫と呼ばれていた側妾に三人目の子が誕生した。

 彩栄王には、正式な妃である王妃も、身分の高低かかわらず側妾も後宮には幾多納められていたが懐妊するのは何故か、その側妾ばかりであり、三人目となるその子の母も、父を同じくする異母妹であった。

 三人目の子は姫であり、その面立ちは先に側妾が出産した上二人の子とは、甚だしく造作が整っておらず、母である側妾に生き写しの姫だった。また、半月ばかり早く産まれたため、誕生当初より赤子は脆弱で、幾度もの危険があったものの、現在は母のもとで健やかに成長しているが、やはり身体が弱く、頻繁に発熱し、苦しげに咳ばかりしており、母のみならず二人の兄姉も、彩栄王の王妃も、大層心配し、満月と名付けられた姫を日々案じている。

 その日も、満月は熱を出しまた、母である側妾も体調を崩していたために、王妃が自室へと引き取り面倒を看ていた。

 長らく子を産むどころか、孕めずにいる王妃は、次々と子を産む側妾に嫉妬しつつも、しかしもとより高貴な人柄と己を律し一国の王妃としての自負もあり、その嫉妬をあからさまにはしない。加えて、側妾の子は三人とも皆、王妃によくなついている。

 幼いながらに身体の弱い満月に至っては、あわれみが先立ちついつい余計な面倒ばかりやいているが、生母は王妃に深く感謝するばかりで、側妾の人柄もまた、王妃の悋気をおさえる一因になっている。

 こほこほ、と苦しげに咳をし高熱に魘される満月に、看病しながら王妃は控えている侍女に王医を呼ぶよう命じる。

 熱がいっこうに下がらず、咳はひどくなるばかり。側妾に生き写しの小さな面は、高熱のために赤く、呼吸は荒く乱れる。



「満月、しっかりなさい。今王医を呼びましたからね」



 王妃の声に、満月はこっくりと頷く声も出せぬほど苦しいのかと思うと、王妃はまだ幼い満月があわれでならない。

 その王妃のもとに、側妾からの侍女が様子を伺いにやってくる。自身もひどく体調を崩しながら、側妾は己のことよりも幼い末娘のことばかり案じているらしい。



「朔夜に伝えなさい。満月は私が看ている故、心配いらぬ。それよりもっと己のことを労りなさいと。ああ、皓夜と百合も、そなたらがよくみるのですよ。なにかあれば私のところへ」



 侍女が下がったあと、王妃は一端側妾と二人の子の様子をうがかうために自室を出、忙しく側妾の与えられている室へ向かう。

 王妃自身の言葉でなければ、側妾は安堵せぬだろうし、皓夜と百合も気にかかる。

 短い間、席をはずしていた王妃が戻ると、執務中であるはずの彩栄王が満月のために設えられた寝台に備えられていた背椅子に手と足をくみ、眉間に皺を寄せ末娘を睨み付けるようにして腰掛けていた。

 はあはあ、と荒く呼吸していた満月は、父の姿を目にすると父王様、とか細い声で呼び掛ける。

 誕生した満月の面差しを見た彩栄王は、側妾を詰った。何故お前などに似た子を産んだのだと。そのあまりの言いように、思わず王妃も苦言を呈したほど、上二人と満月に対する扱いは、些か異なっている。

 側妾と同じく身体が弱いことも彩栄王の不興をかっているらしく、満月が体調を崩す度にまたか、と苦々しく吐き捨てるほどだった。

 何か満月に、酷い言葉を浴びせに来たのかと身構えた王妃は、か細い声で満月が父に言った言葉に、絶句した。



「父王様、もうしわ、けありま、せん。ほかの、そくしょうの、皆さまのおっしゃる、とおり、私は父王、様にも王妃様にもかかさまにも、ご迷惑、ばかりかけて。き、きっと、きっと、わ、私はお嫁には、いけずに、このまま、ご迷惑、ばかりかけるの、ですね。しゅ、修道、いんに、私をいれて、ください、父王様。王妃様や、かか、さまや、兄さまたちに、これ以上ごめいわ、くをかけたく、ないのです」



 ぜいぜいと、苦しげに喘鳴を繰り返しながら、満月は懸命に父に伝える。



「さ、さびしくても、へ、へいきです、父王様。きっと、わたくしは、修道、院にはいったほうが、よいのです」



 満月の瞳から、涙がいくつもこぼれ落ちる。

 幼いながらに、そんなことを考えていたのか、と胸を痛める王妃の目の前で彩栄王は、何をいう、と険しく娘にいいはなつ。



「嫁にいけぬなら、お前はずっとここにいればいい。娘の一人ぐらい、いたところとて私はなにも感じぬわ。王妃や朔夜とともに、後宮でおとなしくしていればよい。お前を嫁になど、出すはずがなかろう。まったく、私が許すと思うのか。修道院になど入ったところで、お前は寂しさに耐えられずすぐに戻ってくるはずだ。そんな余計な手間をかけさせるぐらいなら、そんなところへは行かずによい。まったくお前はいらぬところばかり母ににる。馬鹿げたことばかり申さず、さっさと病を治せ。そして皓夜や百合と遊んでいろ。子供が、いらぬことばかり私の意に反して考えおって」



 つけつけと、いつもの口調でいった彩栄王は、背後の王妃の気配を察すると、む、としながら立ち上がり、どかどかと足音荒く部屋を出ていった。

 部屋を出ていく際の、夫の耳が真っ赤に染まっていたのをしっかりと目にしていた王妃は、満月の流れ出た涙を拭うべく手巾を取り出したのだった。3

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