第8話 依頼達成さんっ!
今、俺の前には散々店の中で暴れたゴロツキ三人組がいる。
ピコピコハンマーで盛大にぶっ飛んで行ったが、残念なことに攻撃力の無いピコピコハンマーではあいつ等を殺すことは出来ない。
それでも先にぶっ飛ばした小太り野郎は、地面に激突した際に当たりどころが悪かったのか腕があらぬ方向に曲がってしまっている様子だ。
つまり衝撃で吹き飛ばした後に受けるダメージはピコピコハンマーの範囲外という訳だ。
「ぐっ……一体何が起きたんだ……」
「うぅ……」
俺が三人の様子を見ているとミドルサイズのゴロツキ以外の二人が目を覚ました。
「では被告人チビとヒョロ男、何か言い訳は?」
「ぐっ……てめえ……」
ふむ、ピコピコハンマーで殴ったのに思ったより怒らないな。もしかしたら一回気絶することでヘイトがリセットされるかも知れない。
「まぁいいか。で? 何か言い訳は?」
「殺す……俺たちに攻撃してきたことを後悔させてやる……」
「反省の色無し、判決死刑!」
そう言って俺は足元で気絶している小太り野郎の頭を全力で踏み潰した。
「ファッドォォォォォ!!?」
「安心しろ、峰打ちだ」
一体足で踏み潰すことに何処に峰があるのか、いやない。反語!
そんな小太り野郎の結末を見た二人は、まるでピコピコハンマーの『挑発』の効果を受けたみたいに怒り出した。
「こ、の……野郎ぉぉぉ!!」
「おいおい一丁前に怒り出すかぁ? 他人を怒りで悦に入っていたお前達が今度は怒る側に回るとか、いやぁ愉悦愉悦ゥ!」
まぁ、お前等があの二人にしてきたことを考えればまさしく因果応報だろう。それにコイツ等の組織全体で見れば他の人たちにも酷い事をしてきたはずだ。
その中に、彼女達よりも酷い仕打ちを受けた人もいるかもしれない。
――他人を搾取して、まさか自分が搾取されないとでも?
「死ねぇ!!」
「おっと口を慎みたまえ、よッ!」
「あぐ!?」
衝撃を与えられると分かってもピコハンにダメージはないため、俺はヒョロ男の攻撃を避けて、素手で殴り返す。するとどうだ、一発だけでコイツは気絶した。きったね。
「おいチビ」
「…………」
「怖がるなよぉチビィ。お前にいい提案があるんだが知りたくなーい?」
頭をグリグリ強引に撫で回して強制的に目線を合わせると、チビは俺を恐怖の眼差しで見ていた。だがまぁ俺は何も理不尽な存在じゃない。本当さ、雲が綿あめであることぐらい本当のことさ。つまり嘘だが。
「お前にお前等のボスを連れてくる権利をやろうか」
「は……?」
ポカンと俺の言葉を反芻するチビに俺はニッコリと口角を上げる。
それはそうだ、アリカとサヤが恐怖するほどの存在を俺が連れて来いって言ったのだ。多分今あいつの目には俺が自殺志願者か気が狂った冒険者みたいに見えているだろう。
「俺が気が狂っているならそうだろう、お前の中ではな」
「後悔しても知らないぜ……絶対にボスはお前を、お前等を殺すからな……」
「おいおいチビよ、なぁチビよ。お前の頭はめでたいなぁ。俺もお前みたいなめでたさが欲しいよ。あっ、ついでにボスに言伝頼めるか? なーに目の前で唾を吐けばいいんだ、簡単だろう? ぺっ、て」
「へ、へへ……てめえ絶対に殺されるより酷い仕打ち受けるぜ……ヒヒッ!」
そう言って、チビは走って行った。
「――それが最後に見たあいつの姿であった」
「キョウ! アンタ正気なの!? ちょっと今の貴方がどうなってるかは分からないけど『赤城の岩壁』のボスには敵わないわ!!」
おっと様子を見に来てくれたアリカがそう怒鳴る。後ろに控えているサヤもアリカ程ではないにしても小さく頷いていた。
「だが、まぁそれがどうした?」
「えっ?」
「これから皆に酷い目を遭わせた『赤城の岩壁』とやらをぶっ潰す。もうあいつ等から恐怖を感じる必要もない」
俺達の様子を見ていたスラム街の住人がぞろぞろと表に出てくる。
「その話は本当なのか……?」
「ああ、本当さ。お前等は高みの見物をして無様に負けたボスに指を指して笑えば良い」
理由か?簡単さ。
何故ならこの街の力は俺で、俺が法だからだ。
「宣言しただろう? ロクでもない組織ごとこのスラム街をぶっ壊すと。ならもっと憎め。これまでしてきた仕打ちを思い返せ。その仕返しの舞台を用意してやるよ」
テンション上げて、よりあいつ等に対する報復を過激にするために感情を高ぶらせろ。
「俺は、受けた屈辱は倍にして返させる主義だぜ? ボスさんよ」
そう言って俺は、怒りの表情でこちらへ歩いてくるボスへと目を向ける。
『ぼ、ボスだ……ボスが此方へやってくるぞ!!』
スラム街の住人が怖気づいて逃げ出そうとする。
だが俺は声を張り上げて全員の注目を此方に向けさせた。
「やぁボスくーん! 俺だよ、イッツミーキョウさんだよ!! そっちに送ったチビはちゃんと言伝を言えたー? ぺっ、てする奴ー!」
『なっ!?』
俺の言葉に周囲の人々が驚愕する。
まさかこの俺を口だけキョウさんだと思っていたのか?そうだとしたらあまりの信用のなさに涙を流す自信があるぞ。
「テメエエエエかぁぁぁあ!!! 俺に楯突いたクソ野郎がぁぁぁぁ!!!!」
大柄のハゲでデブなボスがこちらに突っ込んできた。こっちに向かって来るボスに恐怖して、散り散りとなるスラム街の人々達。
そんな中、俺はボスの攻撃を避けながら冷静に観察していく。
(ふむ、あいつの武器は巨体に物を言わせた肉体そのものか。対する俺の武器はこのピコハンだけ)
振り下ろされる丸太のような腕。
俺はそれを避け、すれ違いざまにピコハンを食らわせた。
「おや? 脂肪が多いから衝撃が入らないね?」
なるほど最初にぶちのめした奴らとは違い、体格差かSTR差かは分からないが衝撃が入らない。打ち所が悪い可能性も考慮して他の部位も叩くが、やはり効いてないな。
「糞があああああああ!!!」
暫く叩いていくと俺はピコハンの効果を理解できるようになった。
つまりピコハンの衝撃効果は、所持者のSTRと対象の体格に差があれば効果は出ない仕様になっているのだ。
次にピコハンの本当の効果である『挑発』だが、これを食らっても未だにボスの様子が変わらない。考えられるのは二つ。最初から怒りが振り切っているからか?
それとも……。
(挑発:Bでさえも効力を受けないほどのステータスに差があるのかもな)
「ええいちょこまかとぉぉっ!!!」
「鬼さーんこちら、手の鳴る方へー!」
相手の攻撃を見切ってクルッとターン!
パンパンと手拍子を鳴らし、こちらの存在を知らせる。
この光景にボスと一緒についてきた手下達も、予想とは違う俺がボスを翻弄する展開に困惑しているのが見える。
やがて体力が尽きたのかボスは俺の前で息を切らせていた。
「はあ゛ぁ……あ゛ぁ……何故゛……あだらねえ……」
「ごめんねぇ俺が強くて。ボスにも攻撃を当てさせたいけど、いやぁ遅すぎて遅すぎて……」
『パッシブスキル《軽業》のランクがCになりました』
そんな息が切れてるボスに向かって俺は何回もピコピコハンマーを投げ続けた。手下達はそんなボスを見ても俺に襲い掛かろうとしなかった。
『任意での威圧を確認しました』
『アクティブスキル《威圧》を入手しました』
『アクティブスキル《威圧》のランクがAになりました』
『アクティブスキル《ハンマースロー》のランクがBになりました』
「てめえ!! やめろぉ!!」
息を整えるまでピコハンを投げられ続けてイライラしながら立ち上がるボス。ふむ、ここまでピコハンを受けてもまだ挑発の効果を受けないか。
「てめえ……誰に歯向かってるのか分からねえようだな」
「へー」
「俺はスラム街を率いる大組織『赤城の岩壁』のボスをやってるアシャアルダだ!!」
「はいはいはいはい」
「ここまでコケにしたこと……後悔するんだなぁ!!」
「それでそれで?」
「真面目に聞いてんのかァッ!!」
「はぁ? アンタバカァ? 真面目に聞くわけないじゃんバーカ」
そしてピコピコハンマーを投げる俺。
「グッ……てっめえええええええ!!!!!!!」
おっ反応が激変した。
どうやらここでついにピコピコハンマーの効果が効いたらしい。
いいねいいね。ちょうど試したいことがあるからそれでいいぜ。
「ラアアアア!!!」
攻撃を避ける。
攻撃を受け流す。
気分的にカウンターを入れる。
しゃがんで回避。
そしてピコハンで金的に入れる。ピコッとな。
「怒りに怒った攻撃ほど単調なものはないなぁボスさんよぉ〜!」
まぁその分攻撃力が増しているため一撃でも食らったら即終了な訳だが。
『パッシブスタイル《ハンマースタイル》のランクがC-になりました』
『パッシブスタイル《インファイタースタイル》のランクがC+になりました』
「ア……アアアアア!!!」
ピコピコハンマーをある程度ぶつけたら動きが僅かだが遅くなった。そんな様子を見せるボスだが俺はいつも通りにやることをやるだけ。
叩くのだ。
ただひたすらに。
「た、戦いじゃねぇ……」
「あれはまるで処刑場だ……」
叩いて叩いて、叩き続ける。
多分今の俺はまるで反復作業をしてる時のような無表情をしているのだろう。実際、今の俺にコイツに対する情なんて欠片もない。
惰性に生きて太ったボスの身体。
滲み出る悪臭に、怒るその表情には唾で汚れていた。
そんな奴のためにスラム街の人々は恐怖に怯えて暮らしていた。
そんな奴を今、俺は狂わせるために叩き続けている。
「俺という大海も俺という空の蒼さも知らない井の中のカエルさんよ――」
――これでラストだ!!
「ヒャッハァァァー!!!」
「ガッ!?」
まるで最後だと言わんばかりに俺はハンマーを逆手に持ち、柄の部分でボスの顎を打ち上げた。
『ボス!?』
倒れたボスに駆け寄る手下共。
ボスは白目を出し、気絶していた。
「て、てめえ!! ボスに何をしやがった!?」
外傷もなく、それどころかさっきまでずっとピコハンを受けていたのにいきなり気絶したのだ。その尋常じゃない倒れ方に疑問を抱いたのか、ボスを呼びに行ったあの時のチビが俺に向かって質問してきた。ってか生きてたんだなお前。
「怒りっていうのは時として人に力をもたらすが、時として人に毒を与えるものだ」
「は?」
要するにピコピコハンマーは俺に対する怒りを増幅させる物なら、ピコピコハンマーを連続で叩かれた場合はどうなる?
正解は怒りを蓄積する、だ。
今目の前で白目を剥きながら倒れているボスは蓄積された怒りに精神が耐え切れず、気絶したのだろう。
「怒りっていうものはかなり疲れるものだしね」
そう言う俺も怒り疲れた。だが最後ぐらいは頑張らないといけない。そう、多少の威圧を込めて手下を睨み、逃げ出せないようにする仕事を頑張らないといけないのだ。
見れば周りにはスラム街の住人が手に武器を持って囲んでいた。コイツらの末路はスラム街の住人によって決まることだろう。
まぁ悲惨なことになるのは間違いないがな。
「……まさか、本当にボスを倒すなんてね」
「キョウさん凄いです!」
「いやーそれほどでもー?」
もっと褒めてくれてもいいのよ?
「凄い凄い!!」
「えへへー」
「なんか……もうどうでも良くなって来たわね……」
とまぁこの日から、スラム街を暴力で統治していた『赤城の岩壁』という集団は無くなったという訳だ。
◇
『クエスト:アオバ草を10個採取して欲しい
進展状況:クリア
依頼内容:回復薬を作るために使う材料であるアオバ草が足りません。
冒険者の皆様方是非私達を助けてください。三番街の道具屋より。
依頼報酬:回復薬3個+100G』
『依頼の報酬を入手しました:《回復薬3個+100G》』
『クエスト:赤城の岩壁を壊滅させろ
進展状況:クリア
依頼内容:スラム街で人々に暴力を加え搾取している組織を壊滅し、アリカとサヤを救え。
推奨ランク:ランクB相当の6人パーティ推奨。
依頼報酬:スラム街にある設備の使用許可証』
『依頼の報酬を入手しました:《設備の使用許可証:スラム街》を入手しました』
『《称号:スラム街の英雄》を入手しました』
『一人での高ランククエストのクリアを確認しました』
『《称号:スラム街の英雄》が《スラム街の救世主》に変化しました』
連続更新のクマ将軍です。
【現在の『キョウ』のステータス】
NAME:キョウ
RANK:E-
ROLE:アタッカー
TRIBE:ヒューマン
HC:グリーン
MC:ブルー
STR:D-(A+)
DEX:D-(A)
VIT:D-(A+)
INT:D-(A-)
AGI:D-(A+)
MND:D-(A-)
LUK:D+(A+)
()内はスキルと『暴走状態』による補正
【称号】
《初心者》《ハンマービギナー》《案内人を泣かせた男》
《インファイトルーキー》《スラム街の救世主》NEW!
【パッシブスタイル】
《ハンマースタイル:C-》
ハンマー使用による戦闘で、PLはステータス補正を受ける。
《インファイタースタイル:C+》
近距離格闘による戦闘で、PLはステータス補正を受ける。
【スキル】
『パッシブ』
《跳躍:E-》《軽業:C》《持久走:E-》
『アクティブ』
《ハンマースロー:B》《アイアンフォール:E-》《ドラムハンマー:E-》
《威圧:A》NEW!
【装備】
右手:ナガレ特注ピコピコハンマー
左手:-
防具:初心者用皮装備一式
装飾:-
【所持金:5100G】
以下用語説明。
スラム街
『冒険者の集う国カンレーク』の三つある区画の内の一つ。
差別や貧困が蔓延っている無法地帯でこの国に住んでいる人たちはスラム街の人々を物扱いしている。
G
このゲームの舞台である『マテリアス』の世界で使われている通貨。
1G=1円。
回復薬
失われた体力を回復させるゲームでお馴染みの薬品。
飲むと僅かだがHCバーの色がグリーンに近づく。