クエスト進行中 それは、かつて得た縁
「ライカァッ!!」
「ハイっ!!」
手元のハンドルを外し、妹の名前を叫びながらハンドルを渡す。
さぁ、空を爆走して目的に着かせた俺の役目はここで終わりだ。
あとは、適材適所だ。
『プレイヤーネーム、ライカの認証を確認しました』
この瞬間、俺達の特注魔導馬車『マテリア号』が更なる変形を遂げる。
ライカは渡されたハンドルを手前に取り付ける。
するとカチッという何かが嵌った音が鳴り、そこが運転席になった。
ライカはそれを確認。今度は事前に説明を受けた通りに真ん中のパッド部分を右にスライドさせる。
俺達が乗っている特注魔導馬車は、スラムドッグキャラバンのショッピングカードをハンドルに接続した冒険者の特徴に合わせて変形する移動用アイテムだ。
ライカの特徴は、自身の驚異的な記憶力でラーニングした物を自分の物として取り込む超人的なスペック。
それは万能に近い生まれつきの能力だが、彼女がこのゲーム内でやったことはカンレーク国内の流派を全て取り込み、その全てを防御に注ぎ込んだ。
柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。
その相反とした二つの技術を二つの状態に取り込み、二対一体の技術として相手の攻撃を尽く無効化するのが彼女の役割。
そんな彼女が運転手となった『マテリア号』の形態がそれであったことは自明の理だったのだ。
左右に分かれたハンドルはさっきまで嵌めていた場所から取れるように外れた。
奇しくも両手に分かれたハンドルを持つことになったライカだが彼女に動揺はなく、逆にそれぞれ分かれたハンドルを盾に見立てて防御の構えを取る。
その瞬間、この『マテリア号』のボンネット部分が車体から外れ、それが二つに増える。
増えたボンネットは、まるでライカが構えた両手のハンドルと同じ動きを空中で行い、ライカが構えたハンドルの場所がそのまま車体を中心に、同じ位置に動く。
これがライカが運転手となった『マテリア号』の防御形態。
――その名を、特注魔導馬車 Typeシールド。
そしてその時、運転権をライカに渡した時点で落下し始める所に相手の『要塞砲』が迫り来る。
相手の放つ砲撃の射線上に入った『マテリア号』は、順当に行けばその『要塞砲』により後ろにいるリンシャーク領諸共消し炭にされるのが落ちである。
だからこそ、それを防ぐために俺はライカにバトンタッチしたのだ。
「ふぅ……」
目を瞑り、息を吸い、そして吐く。
そして目を開けて――。
「ハァアアアアアアアアア!!!!!!」
両の手を手前に持っていく。
その瞬間、極太の光を空中に浮かぶ二対のボンネットが受け止めた。
超高密度な物理的な熱を伴った眩しく輝く死の光。
それをライカは受け止めて見せたのだ。
だがそれが拮抗したのは僅かばかり。
当然だ。俺達がいるのは空中で、この光と拮抗出来てたのは先程まで間に合うように俺が猛スピードで空中を疾走した推進力のお陰である。
それも俺達を押し潰そうと、俺達を焼き尽くそうとする光に僅かながら拮抗しただけで、先程の推進力はもう無いに等しい。
このままでは俺達は吹き飛びながら塵になるのは時間の問題であった。
だがライカは諦めていなかった。
いや、ライカはそれを防ぐ方法を知っていたからこそ絶望に陥っていなかったのだ。
「ならその砲撃をォ!! 受け、流すッ!!」
発した言葉とともにライカは左右のハンドルを持つ腕を動かすと、それに連動するように空中に浮かぶ二対のボンネットが動く。
「『流水・無害陣』ッ!!!」
その時。
光が、熱が、迫り来る死が、数瞬の無音とともに消える。
その光景を表せば、皆が皆耳を疑うだろう。
ライカの持つ左右のハンドルと連動するように、光を受け止めたボンネットは数分の狂いもなく忠実に動いた。
だからこそ、彼女の持つ神業的な技術を再現できたのだ。
流水・無害陣。それは両手に二対の楯を持ち『双楯守護、流派複合・受け流しの型』の時に使える数多の流派を学んだライカが複合させた、究極的柔の塊。
あらゆる体勢、あらゆる方面、あらゆる状況であっても敵が放つ攻撃を受け流す奥義の内の一つ。
彼女はそれを使い、ありえないことを成し遂げた。
――『要塞砲』を受け流す。
それも僅か横に逸らすだけではない、彼女は『要塞砲』を曲げたのだ。
殺意の塊であったその光は、あわやリンシャーク領に直撃する前にまるで自ら意思を持ったかのように曲がった。そこに塵となった俺達はいなく、消滅したリンシャーク領もない。
ライカは、迫り来る死を捻じ曲げたのである。
だがそれで全てが無事だったというわけには行かなかった。
「――……お、おおお落ち、落ちてますぅ!!!」
全力で『要塞砲』を受け流した反動で、マテリア号は地面に向かって落ち始めていた。
それが分かった所でライカに出来ることはハンドルを兄である俺に渡す事だけだが、その寸前にゴストから待ったをかけられる。
「葉月の上の妹!! お前はそのまま運転に集中しろ!!」
「な、なんでですか!?」
ハンドルは二つに分かれて両手に持っている状態で運転できるのかと疑問に思うだろうけど、結論から言えば運転は出来る。
ライカやナナ、自身の持つプレイヤースキルがそのまま『マテリア号』の武装として展開するタイプのものは、脳内でイメージをすれば車が勝手に運転する謂わば『ブレインマシンインターフェース』という脳波で動かすシステムが作動する。
だからライカは防御を行える事に加えて、車の運転が出来る。
だからといって、地面に衝突しようとしている状況でどうやって車の運転が出来るのだろうか。
答えはすぐにやってきた。
『行くぞ我が主!!』
ゴストの持つ青い金袋が金に発光し、光が分離する。
分離した光は次第に形を整いていき、それは手の平サイズの少女へと形作っていく。
金を司る精霊眷属、名をアウルム。
彼女が今、盟友のためにと姿を現したのだ。
アウルムの姿を確認したゴストは、先程光と分離した青い金袋を手に持ちながら窓を開けて、手に持った青い金袋を窓から出し、袋の口をこちらに向かってくる地面に向けてゴストは声高らかに叫んだ。
「我が盟友、金の精霊眷属よ!! 俺に力を!!」
その続く言葉を、俺は知っている。
「――バーストマテリアライズッ!!」
かつて、カンレーク国で暴走した大臣を倒した際、大臣の身体から悪霊の波動が俺達の恐怖を増幅させ危機に瀕したことがあった。
そんな俺達を救ったのは、他ならない悪霊と対抗できる力を持った精霊眷属と契約しているゴストだった。
その時に使われた物が、今俺達の前に再演される。
『我が司るのは、繁栄の証。
希望と絶望。富裕と貧困。幸運と不運。
我こそは、相反する両極を証明する概念である』
自身の存在を証明しながら、アウルムはゴストの持つ青い金袋に吸い込まれるように中に入る。
その時である。青い金袋が金色に輝き、中から大量の『金貨』が雪崩のように金袋から出てきたのだ。
『おおおおおおお!!!???』
外に向かって金貨の海が際限なく溢れ出していく。
そこに、魔導馬車の下から衝撃がやってきた。
地面にぶつかったのか?
いや、窓ガラスを見た限りこの馬車は未だに落ち続けている。
なら何が起きたのか。答えは魔導馬車の下から現れた物を見たことで分かった。
それは金貨だ。
大量の金貨がまるで生き物のように一固まりとなって動き、前方で魔導馬車の道を作り始めたのだ。
「葉月の上の妹!! アクセルを踏み込めェ!!!」
「は、はいッ!!」
実際は念じるだけだが指摘するのは野暮ってものだ。
何故なら俺達は今、金貨の道を走りながら空を走っているのだから!!
『いぃぃぃよっしゃああああ!!!』
◇
「私は今……夢を見ているのか……?」
絶望と死の瞬間、それは現れた。
サラミベルと護衛騎士のマラノが盗賊に襲われた頃、彼女たちを救ってくれたのは奇妙な魔導馬車に乗る摩訶不思議な冒険者たちだった。
その冒険者が、リンシャーク領の要塞を『要塞砲』から守ったのだ。
その時であった。このリンシャーク領の司令室から通信が入る。
――ピー、ガガ。
僅かばかりのノイズ。
そして数瞬の調整が終わったその時、通信から彼らの声が聞こえた。
『――こちら冒険者ギルドの冒険者だ』
一句違わず、あの時盗賊からサラミベル達を救う前に聞こえた言葉がリフレインされる。
サラミベルもマラノも、互いに目線を合わせ笑みを浮かべる。
『――加勢に入るがよろしいか?』
あぁ、あの時の冒険者がまた私達を救ってくれるのか。
「……あぁ! 頼む!!」
サラミベルが放った言葉に対し、姿は見えないが彼がニッと笑みを浮かべたという事が分かる。
ここに、リンシャーク領とキョウ達の反撃が始まった。
特注魔導馬車 Typeシールド
ライカが運転時に変化する魔導馬車の形態。
左右に分かれたハンドルがコントローラーとなり、魔導馬車のボンネット部分が魔導馬車と分離し二つに増える。
この状態の時、ライカが両の手に持ったハンドルのコントローラーを動かすと連動する形で空に浮かぶボンネットも動く。
ボンネットの素材は上級冒険者が装備している上級の盾と同様、非常に硬い硬度と衝撃吸収が売りの鉱石を使った物で出来ている。
ただし逆に言えば、この形態の特徴は二つに分かれた非常に硬いボンネットを動かすという機能だけであり、それ以外の補正や機能はない。
ナナと同様、自身のプレイヤースキルを最大限に発揮されるように設計された形態である。
ゴッドストレートスマッシュのバーストマテリアライズ
バーストマテリアライズとは、精霊眷属とその契約者が行使できる切り札である。
精霊眷属の司る属性とその属性に合致した契約者の装備をバーストマテリアライズ、つまり精霊眷属がその自身と同じ属性の装備の性能を大幅にグレードアップさせるのがこの切り札の特徴。
ゴストの場合、金の精霊眷属であるアウルムと合致する装備は『ナガレ特注金袋、無限の金製』である。
バーストマテリアライズ化した金袋は三分間だけ持続する金貨を取り出せる性能はそのままに、通常より一度に取り出せる金貨の数がホースの噴水並みの勢いで取り出せることが出来、ゴストの『我流・金剛金塊』と合わさることで自由自在に動くその金貨の海は、無限の可能性を秘めた物だった。




