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クエスト進行中 リンシャークとザーコイラ

 何時如何なる出来事が起きようと、晴々とした空に一点の曇はない。

 そう考えながら彼女、サラミベル・リンシャークは開かない構造をしている豪華な装飾の窓の前で、眩しい太陽にその切れ目な目を細めながら空を見上げている。

 彼女がいる部屋は、所謂謹慎部屋と呼ばれるもので彼女に自身が起こした独断行動に対して反省するようにと、このリンシャーク領の領主であるリンシャーク伯爵から下されたのだ。


 そんな彼女のいる部屋に、一人の男がやってきた。

 しかし男の立場上、武器を携帯する必要があるため、部屋の前にいるメイドが彼を呼び止める。

 謹慎部屋でも中に入る際は武器類の持ち込みは禁止されているため幾ら主を守る護衛といえど、部屋の中に武器を持ち込むことはできないのだ。


 その男は部屋の前で剣をメイドに預からせ、部屋の中に入る。

 部屋に入ってきたその男は頑丈そうな鎧を身に纏い、領紋が施されたマントをはためきながら端正な顔をした一人の偉丈夫な騎士が呆れ気味に部屋の主である彼女に声を掛ける。


「お嬢様……案の定、怒られましたね」


 生まれて付き合いの長い騎士(幼馴染)の呆れ声を聞いた彼女は、頬を膨らませてその騎士を睨む。

 主と護衛という間柄ではあるが、幾らか礼に則った言葉を言っても内容は遠慮なしであった。


「まぁしょうがないよ。護衛付きとは言え、護衛は一人。そしてこのリンシャーク領の令嬢が盗賊がいると思われる場所に向かうのだ。むしろ謹慎状態になっただけマシであろう」


 つい先日、リンシャーク領を守る結界の維持装置が一つ壊れ、その原因がその場所に居着いたならず者の集団であることを知った彼女は、その場所に向かうとしたのだ。

 それも護衛は彼女の騎士である彼一人。

 このような無謀で正気を疑う行動をした彼女に、親であるリンシャーク伯爵が怒らないはずがないだろう。


「それで……白虎はどうなったんだ?」


 しかしこの謹慎部屋に押し込まれようと、彼女は多少の反省はあれど自身が行った行動に対し後悔していなかった。何故ならそれは結界の維持装置が壊れ、彼女の大切な友である番人の白虎の生命反応が消えたからであった。


「彼らに渡した通信機から、白虎の遺体は酷かったようです」


 そう言って騎士はサラミベルに白虎の遺体に関する報告書を渡し、彼女はその報告書の内容を読みながら一枚、また一枚と紙を捲る。

 そしてその報告書を読み終えると、彼女は目をつむり己の考えを言葉に出す。


「なるほど……遺体の状況を見るにあの狼藉者共は、白虎を貴重な素材を持っている獲物として狩ったのか……」


 白虎はこのリンシャーク領で作られた人工生物で、彼の性格は職務に忠実で番人という立場に誇りを持ち、戦士としての生き方を考えていた古風な性格の持ち主であった。

 そんな白虎が、戦士としてではなく素材として扱われ死んだ。

 この最期は白虎にとって最悪な最期であると彼女は白虎の思いを想像し、顔をしかめた。


「……我が騎士マラノ・ディオリク。お前に私の見解を示すがどうだ?」

「元より私はサラミベル・リンシャーク伯爵令嬢の騎士。お嬢様の命令に異論はありません」


 そういって騎士の礼を取る騎士マラノに、サラミベル伯爵令嬢は顔に笑みを浮かべた。


「そうか、では私の見解を言おう」


 此度の発端はリンシャークの領地を守る結界の維持装置が破壊されたことに起因するとサラミベル伯爵令嬢は言う。


 当初は結界の維持装置が壊れ、その周辺に多数の生命反応があり番人が彼らと接敵。

 遠距離念話による白虎からの報告によると、彼らの出で立ちはボロボロで統制はまるで取れていなかったことから野蛮人の集団である盗賊だと判断。


 しかしこのあと白虎からの報告は無く、白虎の生命が途絶えたという反応が出た。


「ただの盗賊が白虎を倒すことは出来ないはずだ」

「つまり……その盗賊風の出で立ちは、白虎を油断させるためのカモフラージュですか?」


 それを裏付ける情報は、偶然本当の盗賊に襲われた所を救った冒険者達によって知ることになり、冒険者達が見つけた白虎の遺体状況から盗賊という可能性が低くなったのだ。


 白虎とはリンシャーク領が誇る人工生物学から生まれた人造生物である。

 様々な動物の特徴を取り入れ、それを白虎として一つの生物として整えた技術の結晶でもあった。

 つまり逆に言えば白虎の遺体には研究材料としての価値は非常に高く、その価値が分かるのは白虎を作ったリンシャーク領と、報告として出したかつての故国であるヒドゥアリー帝国の二箇所だ。


 では敵はヒドゥアリー帝国なのかと思えばそうではない。


 当時祖国が滅びたと気付くのに幾ばくの月日が経過したが、祖国を調べた所ヒドゥアリー帝国は既にもぬけの殻であり、彼の国にあった情報資料などの類は消えていたという。


「恐らくその消えた情報の中に我らの情報があったのだろう」


 滅び方としては戦争に負けたという可能性が高いことから『紛失』したのではなく『盗み出された』。

 当時は滅ぶ際に紛失したのだろうと考えたが三世紀過ぎた今、亡きヒドゥアリー帝国の敵が自ら表に現れリンシャークの領地に牙を剥いたことで盗み出された事がわかったのだ。


「つまりこれは明確な意思を持った立派な侵略行為だ」


 自身の見解を語り終えた彼女は、自分の騎士に対し「何か異論はあるか?」と聞き、騎士は「何もありません」と答えた。

 その信頼する騎士の答えに対し彼女は笑みを浮かび、彼の騎士と真剣な表情で向き合った。


「今ここに私は伯爵令嬢としての地位ではなく、軍師としてこの戦争に参加する。我が騎士マラノ・ディオリク、私に着いてくるか?」

「勿論、我が命はお嬢様と共にあります」


 そう言って、騎士マラノは騎士の礼をする。

 それを確認したサラミベル伯爵令嬢改め、若きリンシャーク領の軍師は謹慎という命を破るように部屋から出て、リンシャークの軍部へと向かった。


 後ほど、その事を知ったリンシャーク伯爵は頭を抱えるが娘の持つ才能と軍師という肩書きとして動いたことから溜息しか吐けなかった。




 ◇




 彼らの文明といえば、略奪以外の言葉は存在しない。

 自身に新しく考えることは不得手であるし、逆に何かしら提案することも苦手としている。


 その国の名前は『ザーコイラ共国』。


 人口密度は他国の追随を許さない程でありながら、彼らの誇る文化文明は他国よりも劣っていた。 

 故にザーコイラ共国は己の豊富な兵数による数の暴力で他国を侵略し、その国の知識や文明、科学力などを略奪することで自国を発展させる方法を取る。


 いや彼らはその方法でしか知らないのだ。


 何よりもザーコイラの民族性は、頭が固すぎる。

 昔から続けられてきた伝統や迷信に近い知識は漏れること無く忠実に受け継がれ、略奪して得た知識はたった一回の不便さで『所詮他国の知識か』という理由で躊躇なく失伝させる。


 おまけに彼らが議論を交わす場合、先ず初めに前置きすることは『それは違う』という言葉だ。

 それを言うことで相手の意見を全面的に否定し、あたかも相手は間違っていて自分は正しいという主張をしているというのが彼らの、所謂種族特性みたいなものだろうか。

 

 会議という論破合戦では一向に進歩があるはずもなく、結局彼らは他国から略奪するしかないかと結論づける。

 彼らは自身の文明は他国よりも劣っていることは分かっていた。

 しかし同じ国民相手では、先ず自分の方が偉いと思っている。

 極めつけには、他国の事を信用ならない馬鹿な国どもとも思っていた。


 そんな彼らだが、彼らでも無謀に略奪しようとしない相手がいた。


 強大な軍事力を誇る『フォート王国』と圧倒的な科学力を誇る『ヒドゥアリー帝国』の二大国家だ。

 流石にこれらは『ザーコイラ共国』の自慢な兵数でも叶わない。

 兵数以前にこの二大国家の持つ圧倒的な戦術と戦略の数々により先ず勝負にならないのだ。


 そんな目の上のタンコブである二大国家であるが、ある日を境に二大国家による大戦争が勃発した。

 その戦火はかなりの物で、馬鹿で野蛮かつ無謀なザーコイラ共国でも心の底から恐怖した程の物といえばその苛烈さは伝わる筈である。


 やがて両者は共に疲弊し、既に国としての防衛力を戦力に出したことで無防備となった両国は、略奪のタイミングを伺う事に関して他国の追随を許さないザーコイラ共国によって略奪されることになる。


 なんかこれいけんじゃね?と思いそのまま見事に漁夫の利を得ることになったザーコイラ共国はこの結果にニンマリした。

 しかし誤算といえば軍事力そのものが縮小化したフォート王国に対しては満足のいく略奪を行えたが、科学力を誇るヒドゥアリー帝国に関しては、知識や技術を与えてなるものかという決死の覚悟による自爆で殆どめぼしい物は略奪できなかったということだろうか。


 流石のザーコイラ共国、この結果にダンマリする。

 そしてついでに責任転嫁を味方同士と繰り広げる。


 強いて言えば彼らは一応ではあるがヒドゥアリー帝国の知識を盗み出す事には成功した。だがそもそも知識は一定の教養が無ければ理解することは難しく、これほど難解なものはない。


 盗んだが理解できない。


 ザーコイラ共国は自身の馬鹿さ加減を棚上げしこの知識を持っていたヒドゥアリー帝国に対し、変態国家と呼んだ。


 だがそれでも彼らには良いところがあった。

 それは盗んだ物でも、ちゃんと使ってから判断するのが彼らの良いところであったのだ。

 例えそれが知識という物であっても、それを理解し実践してから判断しようとするのだ。


 まぁ結局下らない理由で失伝させて、リセットを繰り返す所が彼らの良いところを相殺させていたわけではあるが。

 つまるところ、一部とはいえ彼らは盗んだヒドゥアリー帝国の知識を理解しようと解析を始めたわけである。


 掛かった期間は優に三世紀。


 その間彼らは実験による失敗と挫折を繰り返してきたが、それは殆どの資料解析を終えた後期らへんで、その時は既にヒドゥアリー帝国の知識は元々は自国が研究していた自国のオリジナル技術だと勘違いしていたのだ。


 そう、彼らは過去の伝統を忠実に受け継ぐ民族性を持つ。

 それが他国の物であっても現在まで失伝しなかったものは、自国の物だと長い期間を経て徐々に変わって行ってしまっているのだ。


「さぁ行くのらー!!! 我らの発展は他国にありありー!!」


 ずんぐりむっくりとした髭もじゃで、成人男性の腰部分までしか身長がないその小人はまるでファンタジー種族であるドワーフの様。

 だが彼らはドワーフではなく、こう見えて普通の人間である。

 ザーコイラ共国の遺伝子を持つ彼らは生まれつきこのような姿で生まれ、生まれつき舌足らずである。


 そんな彼らの傍らには、通常の人間サイズである兵士が歩いていた。

 姿形はどうみても人間のそれではあるが、何を隠そう彼らは盗んだ知識で生み出されたザーコイラ産の人工生物兵器である。

 人間の姿をしているが、彼らの持つ基本スペックはザーコイラが考えた『強そう』と思える動物の遺伝子を組み合わせて作り上げたため、かなり高い。

 それもザーコイラの持つ数の利による人海戦術で量産化に成功したのだ。


 そんな異様な軍隊が目指している場所は『リンシャーク伯爵領』。


 ようやく解析が終わり、実験も実になった事で有頂天になっていた彼らだが、盗んだ資料の一番最後のページに、この知識の持ち主であるリンシャークの名前が書かれていることに気づいたのだ。


 この資料はザーコイラの物ではないのかとか、そもそも表紙にリンシャークと書かれていたとか色々問題が起きた。

 前者は資料の出処はザーコイラの物じゃないのかと国家総出で実のない会議を行い、後者はそもそも彼らは表紙を読むタイプじゃなかっただけである。


 そして度重なる議論(笑)から結論がくだされた。


 ――おいおい落ち着け。取り敢えず略奪すればいいんじゃない?


 彼らはキメ顔でそう言った。

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