第12話 カジノロワイヤルさんっ!
数々の冒険者を富へと導き、数々の冒険者を地獄へと叩き落としたカジノカンレーク。その場所にあるテーブルに、二人の男が座っていた。
一人はカジノの新米である男。にも関わらずカジノの猛者を次々へと撃破して行き、僅かな時間でカジノランキング六位に上り詰めた男、キョウ。
彼は肘をテーブルに置き、対戦相手の男へと笑みを浮かべていた。
対するもう一人はカジノが始まって以来たった一度の敗北を許していない史上最強のギャンブラー。カジノランキング一位『無敗』のアオギ。
アオギもまた顔に笑みを浮かべ、まるで対戦相手を挑発するように指でトランプの箱を摘みながらこれ見よがしにぶらつかせていた。
「さて、この新品のトランプでやるのは……ポーカーにしようか。賭け事に最も多く取り入れている勝負で最も多く知られている遊びだ。ルールは分かるか新人?」
「勿論知っているさ。ポーカーだろ? 配られた五枚のカードで役を競い、一番強い役を出した人の勝ちという簡単なルールさ。これで分かったか一位さん?」
挑発に返すのは当然挑発のみ。
それぞれ一歩も譲らず、顔に笑みを浮かべながら見詰め合う二人。そんな二人に気圧されたのか二人を見守っていた周囲のギャラリーは喉を鳴らす。
「ではディーラーは俺の後ろに立っている執事にやらせる。ああ、念のために言っとくがコイツが不正するという心配はしなくてもいいぜ? おいそれを見せてやれ」
そう言って、アオギは後ろに立っている執事にある紙をキョウに渡すよう命令する。そこには『ディーラーに指名された場合、一切の不正を禁ずる』という内容が書かれていた。
どうやらこれは所謂『契約スクロール』と呼ばれる紙で、主に商談やテイムモンスターと契約する時に必要になるアイテムだ。
このアイテムで契約した場合、契約を司る精霊眷属の力によりこの契約内容に違反する行為を一切行えなくするという代物だ。
似たようなアイテムとして『隷属スクロール』というものがあるが、『契約スクロール』がお互いの同意を求めるアイテムに対し、此方は同意無しの一方通行の契約である。
閑話休題。
結論から言うと、このアイテムのお陰でディーラーに指名された執事がキョウに対し不利な行いをするという心配はしなくても良いという事だ。
(そう、執事がお前に対し不正を行なう心配はしなくてもいい……あくまで執事はな)
アオギは今現在契約スクロールの内容を見ているキョウにほくそ笑む。
この勝負、確かにディーラーによる不正は認められない。
だがプレイヤーは違う。
有り体に言えば、不正を行なってもいいのだ。
(ここにいるカジノの奴等はそうやってのし上がって来た)
この賭博場には正義なんぞ存在しない。
金を得るためにはなんだってやる。
カジノの運営側もその事に対し、分かって敢えて黙認しているのだ。
確かにプレイヤーはイカサマを行なっても誰も文句は言わない。しかしそれとは別にイカサマを取り締まっていないわけではないのだ。
ボロが出れば当然、捕まる。
だが逆に言えば、ボロが出るギャンブラーはこのカジノにいらないということだ。
ならばボロを出さなければいい。
ボロを出すのが怖いと思う奴からここのカジノで死んでいく。
ある種の狂気染みたその思考を持っていなければこのカジノの猛者なんぞ務まらない。
そしてこのランキング一位を担っているアオギもまたそんなイカサマ師の中で最も狂気的な男で、他に類を見ない天才だった。
(だがお前もそうだろう? 新人さんよ)
アオギの求めている物は金ではない。
勝負を行なうことにより発生する刺激的なスリルこそがアオギの求めている物。
ただ単に、よりスリルを求めて無茶なイカサマをしてきただけの事で、それが上手くいってきたからこそ、気が付けば自分は一位になっていた。
そして自身の対面に座っているキョウも、金を求めていると言いながら自身も勝負に対し、刺激を求めているのが手に取るように分かる。
(俺にはわかる。コイツもまた俺と同じように狂気に染まっている狂人だ)
一位になったアオギは自分はカジノの中で一番強いと認識し、もう自分の上には誰も居ないと悟った。
その瞬間、求めていたスリルは遠く離れ、周りに居るのは媚びへつらう有象無象の凡人共。
来る日も来る日も馬鹿な貴族共が刺激もへったくれもないまるで接待みたいな勝負をやる毎日の中、キョウが現れた。
(久々に、熱くなれそうだ……!)
参加したその日に、千を超えるランキングで六位になったプレイヤー。
自身と同じ天才で、尚且つ己の内に狂気を秘めている人物。
それこそがアオギの求めていた者。
やがて確認し終わったキョウは、契約スクロールを執事に返し問題ないと告げた。
そして始まる天才同士の勝負。
周囲は誰が勝利するのかトトカルチョを始めた。
「ああ、大丈夫だ」
ルールの確認をし終えたアオギは、ディーラーに勝負を始めるよう目線を向ける。
アオギの目線を受け取ったディーラーはトランプの箱から新品のトランプを取り出し、シャッフルを始めた。
その鮮やかな手並みにギャラリーはほうっと息を呑み、そして十分にシャッフルをし終えたディーラーは交互に二人の手前へとそれぞれ五枚になるようにトランプを配った。
「先ず1ゲーム目……キョウの手札はスリーカードか」
後ろで見ていたゴッドストレートスマッシュがキョウの手札を見て隣に居るアンジュに小声でそう呟く。
キョウの今の手札はこれだ。
スペードKのカードが一枚。
ダイヤ三のカードが一枚。
そして残りのカードが『Q』のカード『三枚』だ。
同じ数字のカードが三枚。
これは即ちスリーカードと呼び、それは十種類あるポーカーの役の中で七番目に強いカードだ。
キョウの手札には確かに、スリーカードの条件が揃っていた。
そして役の絵柄がQ。
トランプには絵柄による強さの決まりというのがあり、一番強いAから始まりK、Q、Jの順番で最後は一番弱い二までという順番がある。
つまり、キョウが引いたのは同スリーカードの中で三番目に強いカードをいきなり引いたということになるのだ。
「カード一枚交換だ」
キョウは手札からダイヤの三のカードを一枚裏面にしディーラーに渡す。
そして渡されたディーラーは山札から一枚キョウに渡した。
「こ、これは……ッ!」
アンジュは先程交換されたカードとキョウの手札を見比べて、驚愕した。
受け取ったカードはダイヤ『K』のカード。
これでキョウの手札は『K』のカード『二枚』に『Q』のカードが『三枚』。これを意味するのは同数字二枚と異なる同数字三枚からなるポーカーの役で四番目に強い――、
「フルハウス……だろ?」
『!?』
アオギが発したその言葉によりギャラリー一同、驚愕する。
見れば、キョウも少なからずも目を見開いていた。
「おいおい分かりやすい反応だなぁ」
「……カマを掛けたのか?」
「ディーラー、カードを二枚交換だ」
キョウの問いに対して、アオギは静かに場を進めた。
「……………」
「ふむ、こんなもんか……なんだ? ベットしないのか?」
「……ああ、今からやるよ。五十ベットだ」
「おーおー随分弱気に出たねぇ。じゃあレイズ、合わせて千ベットだ」
二十倍近い値上げだがまだ余裕で払える金額だ。
それほどまでにこの勝負をする前はかなり稼いでもらった。
だがそれは相手も言えることで、βテストからここのカジノランキングで一位を取っている男は自分以上のチップを持っているはずだ。これぐらいどうだってことはないだろう。
「……コール」
ベットとは賭け金を出すこと。
レイズはベットされたチップの上乗せ、そしてコールは相手と同じチップ枚数を出すこと。
ポーカーは場に同数のチップが揃えばそこで勝負の始まりだ。
「それじゃあ勝負と行こうか」
その言葉から数瞬間をおいて、キョウは手札を表にした。
そこはやはり最初の通り、『Q』のカードが『三枚』と『K』のカードが『二枚』の――。
「……フルハウスだ」
四番目に強い役、そうそうその上が出てくるはずもないのだ。
だがキョウは嫌な予感しか感じなかった。
あの時、急に自身の手札を当てて見せたあの時からキョウは自身の持つ『暴走状態』による感覚から悪い予感を抱いていたのだ。
(もしかするとこの勝負……)
まるでスローモーションのように動くアオギ。
いや、そう見えているのは自身の感覚がそうさせているのか。
たった手札を表にするだけの動作なのに時間が長く感じている自分がいた。
(……俺の負けかもしれない)
アオギが出した手札、それは――。
「おー奇遇だな。俺もフルハウスだ」
そこには確かにフルハウスが出ていた。
これで両者引き分け、ベットされたチップは元に戻り再度ゲームを始めることが出来る。
これで一応はキョウの予感は思い過ごしだろうと思った。
そこに『K』のカード『二枚』に『A』のカードが『三枚』のフルハウスが出てこなければの話だが。




