第10話 カジノロワイヤルいちっ!
ゴッドストレートスマッシュというふざけた名前を名乗っている親友との再会を経て、俺達は今コイツがサブマスを務めているギルドハウスに集まっていた。
そこで俺は二人にこれまでの出来事を話した。
スラム街の事、スラム街の成り立ち、俺が金策に走っているということ、そして俺に対する世間の風当たり。それを全部話した。
「なるほど、まさかスラム街にそういう設定があるとはな……」
「キョウさんの話を聞いていなかったら、私達も未だスラム街に対して良くない印象を受けていました……」
どうやら二人共、それなりにこのゲームを進展させているらしく二人共俺からスラム街に関する話を聞く前は世間と同じような認識をしていたらしい。
曰く、他のクエストに出てくる犯罪者NPCは全員スラム街出身で数々の悪さをしているというのだ。それをある程度抑制していたのが俺が戦った『赤城の岩壁』という組織とのことで、他の区画では礼儀正しい構成員がプレイヤーに良くしてくれるとか。
「……道理でスラム街から『赤城の岩壁』を追い出した俺が悪く言われる訳だ」
「結構序盤から『赤城の岩壁』についての情報が出てくるが気付かなかったのか?」
「その序盤からスラム街の人たちと関わったんだよなぁ」
「まぁ最初のクエストですからね……『赤城の岩壁』の人たちと交流するのはそれなりにクエストをこなさないと行けませんし」
そうアンジュが言うが、今の俺にクエストをこなしてまで『赤城の岩壁』の奴らと交流したいとは思わないし、今後もないだろう。寧ろそいつらの残党が襲い掛かってくるまであるな。
下手しなくても『赤城の岩壁』と交流しているプレイヤーたちも共闘して襲い掛かることもありうる。
「はぁ……」
「まさかあのビッグボアから逃げた後にこのような状況になるとは……」
「ビッグボア? あぁあの猪か」
そういやこの状況に陥る前はアンジュと一緒にビッグボアの群れから逃げたんだっけ。今思えばその頃から散々だな。
「あっ!! いや、あの、あの時はごめんなさい……」
「へ? あぁいいよ別に、結果的に無事だった訳だし、故意じゃないだろ?」
「まぁそれはそうですが……」
「しかしあの時やった行為は立派なマナー違反だからな、きっちりと罰を与えたぞ」
そう言って俺にサムズアップするゴスト。
対照的にアンジュの顔は蒼白していくのが気になった。
(一体どんな罰を受けたんだ?)
内心二人に聞こえないように考えたつもりだったが、そこはさすが俺の腐れ縁。
俺の考えていることを察し、罰の内容を真顔で答えたのだ。
「全アイテム一ヶ月没収」
「ファッ!?」
「あああああああああああああああああ!!!!」
驚く俺を尻目に、あの時の出来事を思い出したのかアンジュは発狂した。
一ヶ月というのは勿論ゲーム内時間だろう。
一時間=一日という速度で進んでいくこのゲームで現実時間での計算だったらプレイにも進行を及ぼすレベルだ。
それでも一ヶ月での時間はかなり長く、現実世界で約30時間経たないといけない。
幸い、彼女はβテスターではないのでβテストから引き継いたアイテムなどない。だが生産プレイヤーで命よりも大事な素材を含むアイテムが没収されたのだ。
彼女の負っている精神的ダメージは計り知れないだろう。
「なぁそこまで重くならなくとも……」
「ダメだな。一応ウチは初心者支援ギルドだ。初心者が意図的にではないとはいえ、モンスタートレインをしてしまったんだ。それなりに重い罰を設け、注意力を養わなければ他の人たちにも迷惑が掛かる。だからダメだ」
そうして力強く説明するゴスト。
説明する彼の瞳は確固たる信念の輝きを放っており、その場で発狂していたアンジュも説明を聞いていくうちに冷静になったようだ。
でもそれより俺は気になることが一つだけあった。
「お前等のギルドって初心者支援系のギルドなんだな……初心者プレイヤーから搾取してないか?」
「よし、表に出ろ。俺のご高説を台無ししたお礼をくれてやろうか」
「自分でご高説を言ってる時点で台無しもクソも……」
なんやかんやゲーム内でそのようなやり取りをした俺たちだが、金を集めるという目的があった俺はここで話を切り上げて解散しようとした。
「もうこんな時間か……すまんが俺は用事があるからここで解散だな」
「まさかキョウ、お前金を稼ぐつもりか? あの莫大な金額を?」
「ちょっと待ってください! 五百億ですよ!? 上級者ならいざ知らず、始めたてのキョウさんは無理ですよ!」
「いやでも今行動しなくちゃ一ゴールドも手に入らないぞ?」
「でも、五百億ですよ?」
「そんな何回言われても分かってるさ」
彼女はそんな途方もない金額を集めるのは無理だという表情を浮かべていた。俺もそう思うが、それでも諦めるわけには行かない。幸い期限までは設けられてないから、コツコツやればいつかはできるだろうさ。
そんな風に思ってる俺に、ゴストは何かいい案が浮かんだのか悪い笑みを浮かべていた。
「んー、よし。それじゃキョウ、お前ちょっくら付き合えよ」
「え、嫌だよ」
「即答ですか!?」
アンジュが驚愕するが、コイツがこんな悪い笑みを浮かべているのは大抵ロクでもない作戦を思い付いたということだ。確かにこいつの考える作戦は妙案ばかりだがいつも酷い目に遭うものばかりなのだ。
「まぁ本来いつかお前に頼む予定の用事だったんだがそこまで急ぐような用事じゃなかった。だがこれは二重の意味で今日は運がいい」
「……なんだよ」
「キョウ、俺について来い。お前にとって良い金策があるぞ」
◇
貴族街と平民街の間に存在する、アニメ、ゲーム、映画等のデジタル系の娯楽以外を集めたといわれる場所が存在する。
その名も、『娯楽通り』。
そこは最も天国と地獄に近い場所といわれている。
その最たる理由とは、その通りの中で娯楽通りを代表し尚且つ王族御用達でこのゲーム最大の賭博場、通称『カジノカンレーク』にある。
勝てば天国、負ければ地獄。
ある意味、命の価値が低いこの世界で次に過酷な場所である。
それでもこのカジノに足を運ぶ冒険者は数多く、そして賭けに負けそのまま地獄のような人生に転落する冒険者もまた多い。
そんな場所にまたある一人の男がやって来た。
現実世界で約二時間、ゲーム内時間で二日しかログインしていない初心者の男。
その男を見たカジノの人達は「また、カモが来た」とほくそ笑む。
葉月鏡也ことプレイヤーネーム『キョウ』。
この時この場所にいるカジノの猛者たちは知らなかった。
彼こそが現実世界で数々の賭博場を荒らし、出禁を食らった伝説の男だということを……。
そして今宵、この数々の冒険者を破滅に追いやったこのカジノもまた、この男の手によって阿鼻叫喚の嵐に巻き込まれることになる。
「おい待てや、なんだこのモノローグは?」
「何って……お前の伝説?」
「そんな伝説築き上げた覚えないんだけど!?」
「……よーし、先ずは胸に手を当てて思い返すんだ」
そう言われて俺は胸に手を当てた。
そんな俺たちをアンジュが白い目で見ていた。
「よしなら次はコマさんを思い出せ」
「誰ですかコマさん」
「コマさん……婚姻届かと思って恋人から貰った書類にサインしたら連帯保証人の書類だったことに気付き、三十分もしない内に恋人が逃げて途方にくれたコマさん……」
「何やってるんですかコマさん!?」
アンジュの声が聞こえるが、今の俺の脳内にはコマさんと出会った日の記憶が再生されていく。そうだ、見かねた俺たちは何とかコマさんを助けられないか話し合ったんだ。
そこで俺たちが導き出した作戦は――。
「そうだ思い出せ! 俺たちはコマさんを助けるために、賭博場でコマさんに無線で指示しながら荒稼ぎをしたあの日の事を!!」
「何をやっているんですか貴方たち!?」
「そして俺たちに気付いたヤクザたちが襲い掛かり、お前一人でヤクザを壊滅させて借金を有耶無耶にしてしまったんだ!!」
「荒稼ぎしたお金で借金を返した流れじゃないんですか!?」
「なるほどつまりお前はこう言いたいんだな? このカジノをぶっ壊せと」
「そうだ!! ……いや、あれ? そんな話だっけ」
「なんでサブマスが困惑してるんですか? それに私が想像してたカジノを荒らした方法が物理になってるじゃないですか!!」
ゴストお前、何でその思い出をミスチョイスしたし。
「まぁとにかく! キョウにはカジノを様々な方法で潰して、出禁を食らった経歴があるんだ!! なら後は分かるよな!?」
「お前俺に金を稼いでやりたいのかカジノをぶっ壊したいのかどっちなんだ!?」
◇SIDE ゴッドストレートスマッシュ(ゴスト)
そして現在、キョウは今カジノで勝負をしている。その後ろにはキョウの様子を見守っている俺ことゴッドストレートスマッシュとアンジュの二人がいた。
「サブマス……どうしてここにキョウさんを連れてきたんですか?」
「この期間は正式サービス開始祝いとして数々の『猛者』がカジノに集い、過去最高のレート金額を出している日だからだ」
「しかしそれでも勝たなければ意味がありません。どうして寄りにも寄ってこんな『猛者』達が集まる日を?」
俺たちが度々口に出している『猛者』という単語。
それはβテスターの人なら誰でも知っている情報で、そうでなくともβテストの情報を記載しているウィキを読めば誰でも分かる情報だ。
アンジュは後者だ。だから俺の説明の中にある猛者という単語を理解していた。
現実世界でもカジノやギャンブルに手を染めていた正真正銘のギャンブラープレイヤー。彼らは『MFO』というゲームの中でも賭け事が出来るという理由から参加してきたプレイヤーだ。
それを俺たちは『猛者』と呼んでいた。
一回でもカジノで賭けをした冒険者やプレイヤーにとっての恐怖の代名詞とも言うべき存在で、その圧倒的な勝負強さで対した者を一瞬にして地獄へと叩き落す死神。
そんな猛者が寄りにも寄ってキョウが勝負する日に集まってきているのだ。
最早キョウの命運は決まったも同然。
そうアンジュが思うも無理はない。
「何故、俺がキョウをこんなある意味で最高で最悪な日に連れてきた、か……それはな」
『うおおおおおお!!!』
『マジかよ!? 今何連勝だ!?』
『すげえええ!! 猛者相手に勝つなんてアイツ何者だ!?』
「な、何が起こったんですか!?」
突如湧いてくる歓声。
キョウの対面には呆然としている猛者の女性が何も無い自身の盤上を見つめていた。
対するキョウの側には莫大なチップが積み上げられていた。
予想していた結果を見て俺は笑みを浮かべる。
「もし『猛者』がギャンブルの天才だというなら――」
キョウは目の前に置かれた莫大なチップをストレージに移動し二人に近づいてくる。
その表情は莫大な量のチップを手に入れ喜ぶ表情ではなく、まるで楽しい、楽しい勝負をしてきたかのような笑顔だった。
「――キョウはその天才の上を行く神才だ」
「さぁ次行こうぜ! お前等!」
ここに賭博界を揺るがす伝説が始まる。




