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5:談話室にて回想の終わり

 やっと……やっとの事で一日目が終わった。

 私は机に倒れ伏しそうになる体を叱咤して立ち上がると、のろのろと片付けを始めた。その間にも転校生ちゃんは元気に教室から飛び出していった。幸いにも今日は生徒会役員全員がこのあと彼女と会う予定が無いので場所を把握しつつ、予定にないエンカウントを避けるだけだ。

 普段は寮など入っていないのだが、転校生ちゃんが居るときだけは安心安全の寮に入る決まりとなっている。勿論、話し合いの為でもある。

「玲ー、いる?」

 と、無防備にも名前の設定を破りながら声をかけてきたのは勇人こと由哉だった。こうも緊張感のないメンバーで大丈夫だろうか、毎度だが。

「はいはいー、います。で、なに?用があるなら寮に戻って見計らって出てきた方が良かったんじゃないの?」

「いや、理事長から連絡。メール回すの面倒だから伝えてきて、だとよ。今日の夜打ち合わせするから22時に談話室に集合」

 ふと、スマートフォンに目を落とすと、転校生ちゃんが近づいてきているのが分かった。由哉は身を翻して教室の前から去った。

 私も徐に鞄を掴むと、寮へ向かって歩き出した。


 *


 ふらふらと散歩のような振りをして学校の裏まで歩く。

 そのまま壁の一部をいじくり回してレバーを探し出すと、思いっきり引いた。ずずっ……という音をたてて壁の一部がドアになる。ドアノブをスライドさせると、奥にさらにドアがある。個人的にはドアノブなのにスライドさせるのが理事長の意地悪さを表現していると思っている。

 奥のドアを開けるとやっと談話室だ。まあ分かる通り、全く一般生徒は知らない。

 中へ入ると既に由哉、琉依こと透、涼の三人が来ていた。

「遅い、今何時だと思ってんだよ」

「申し訳ないが由哉さんや、時間はあるぞ。21時50分だからね」

「ふぅん」

 反応が薄すぎてたじろいでしまった、不覚。ああ見えて由哉は時間に厳しいのだ。私よりきっちりしているのではないかと思う。

 少し時間がたって他の皆が来た後、最後に理事長がハイテンションにやって来た。

「やぁやぁ、皆のものよく集まってくれた。さぁ、始めようではないかぁ」

「なにキャラだよ、何かもうちょっと良いものがあっただろ」

「由哉君は厳しいなぁ」

 理事長はへらへらと笑いつつ、躍るようにくるりと軽く回ってからソファーに腰かけた。

「今日集まってもらったのは理由があるんだけど、実は今回は新しい子を呼んだんだ。あと、玲ちゃんの事でちょっと。」

「はぁ。で、誰?知ってるやつ?」

「うーん、どうだろう?玲ちゃんは確実に知ってると思うけど他はどうだか知らないなぁ」

 そういってくいくい、とドアの外に向かって手招きをする。

 少しだけ沈黙が降りた後、私に向かって弾丸が飛んできた。いや、正確には弾丸ではなく弾丸のように真っ直ぐ走ってきた人間だった。

「せんぱーい、お久しぶりです!会いたかったぁ」

「樹くん?な、何でここに?」

 樹くんとは後輩で、さらりとした髪の毛、ぱっちりとした目にふっくらとした唇の美少年である。そんな儚そうな美少年は見た目に反して仲の良い相手にはとても元気だ。そしてそんな彼には大きな特徴がある。

「うわ、何でそんなものつけているんですか」

 透がそういうのも仕方ない。彼は主に私と会うときだけらしいのだが、真っ赤なルージュを唇に引いてくるのだ。なので私は彼の普段の顔を見たことがない。そしてその透の問いに彼は緩く微笑んだ。そしてゆっくりとその赤い唇を開くと、

「だってこの方が覚えて貰えるでしょう?」

 その言葉に思わず私は彼と初めて会った時を思い出していた。


 *


 一年前の文化祭の片付けの日の事だった。私は皆が片付けをあらかた終わらせて、さっきまでの喧騒とはうってかわって寂しくなった廊下を歩いていた。そしてそこにいるはずのない中等部の生徒が入り込んでいるのに気づいたのだ。いつもなら気づかなかったが、その日は混ざらないようにと胸に学年色のリボンを着けていた。私は俯きがちに走ってくる彼に声をかけたのだ。

「迷っちゃったの?案内しようか」

 彼はその言葉にぱっと顔を上げた。私はその顔に一瞬固まった。普通ならつけていないだろう真っ赤なルージュを引いていたからだ。彼はそれに気づいたのか顔を赤らめた。

「劇のくじで女性の役に当たってしまって、あ、関係ないですよね、案内お願いしていいですか」

「ううん、お陰で納得いった。何かこういうのも失礼かも知れないけど、似合うね。印象に残るわぁ、美人なのも相まって忘れられなさそう。いいよ、行こう、こっち」

 そう言うと彼は少しの間こちらを見て口を開いた。

「僕の名前は神山樹って言います。またお礼に来ますね」

「えっ、いいよ、大したことじゃないし」

 そういってその場は別れたのだが、彼は本当に来たのだ。わざわざ人に聞いて私の名前まで調べて。真っ赤なルージュを引いて。

「先輩、この前はありがとうございました!」

「え、どうして口紅、」

 彼は真っ赤な唇をの両端を上げて、

「だってこうしたら直ぐに分かるし、覚えて貰えるでしょう?」

 それから彼は私と会うときは一度も欠かさず真っ赤なルージュを引いている。


 *


「先輩?今回は僕も参加することになりました!これからは学校では誠って呼んでくださいね」

「いきなり!?なにそれ私知らないよ?」

 私が困惑していると、理事長が詳細を話した。

「君の教室の前で待っていたときにスカウトしたんだ。聞いてみれば玲ちゃんを待っているというから、これは都合がいいと思ってね」

 私はがっくりと肩を落とした。間接的とはいえ私が関わっていたとは。そして理事長は追い討ちをかけるように続ける。

「あと、玲ちゃんの事だけど、いつもは裏方ー、って感じの仕事なんだけど、今回は結構目立つかも知れない。何か悠里君との時に仲良くしてた事で目をつけられちゃったらしいね」

 私は目をむいて驚き、悠里を睨み付けた。あまりの剣幕に悠里はがたりと立ち上がり、自分のせいじゃないというように首をふった。それを理事長は意にも介さず続ける。

「それに伴って、とうとう待望の先輩、柊君が参加します!」

 柊君とは前から誘われていたのだが参加を断り続けてきた、烏野柊という物理が強いハーフの先輩である。

 ひらりひらりと手を振りながら入ってきた先輩は私を見てにこりと笑うと、

「玲ちゃーん、久しぶり。今回は押し切られて参加することになっちゃった。因みに学校ではこれから隼人だからよろしく」

 もうどう反応したらいいのか全く分からなくなった私はとうとう目を閉じて強制的に外の情報をシャットアウトすることにした。


 *


 長くなってしまったが、この後私は少しだけ目立つ位置に引っ張り出されるはめになり、転校生ちゃんにあんな仕打ちを受けるまでになったわけである。


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