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プロローグ 4 奥海昴(鴉)の場合

 

 昼過ぎまで快晴だった空が急に暗雲に覆われ始める前に、制服のポケットの中で携帯電話が振動をした。


 メールではなく通話の着信。


 授業中だが大して身を入れている科目でも無い。ポケットから携帯電話を取り出、机の下で表示を確認する。

 タッチスクリーンに表示されているのは『特境省』の文字と、発信元の番号。

俺は迷う事無く、携帯電話を制服のポケットに仕舞った。


 いい加減な人達だ。と、そう思う。


 自分等で『高校くらい卒業しろ』とか『授業はサボんな』とか言う癖に、こうやって授業中に連絡を入れてくる辺り、それも何処まで本気で言っているのかが疑わしくさえ思える。

 ……まぁ、桃子さんも今が授業中だって分かっている上でこうやって連絡してきている以上、状況的には結構切羽詰まってるのかも知れない。

 この着信、出ても出なくてもきっと怒られるのだ。だったら今電話に出る事に何のメリットも無い。


 五時間目。


 日本史。


 良い国作ったところで鶯が鳴いたところで、どう足掻いても今の世界は二十二世紀で、今の日本も勿論二十二世紀。


 ドラえもんが出来たのが二一一二年。

本当ならドラえもんが完成してから八〇年以上は経っている筈なのに、現状は教科書などで良く知る二十一世紀と何も変わっちゃいない。


 全く、虚しく思う。


 一九〇〇年から二〇〇〇年に掛けての百年間で科学は飛躍的に進歩した筈なのに、二〇〇〇年から二一〇〇年に掛けての一〇〇年間は何の進歩もしちゃいない。日本史で学ぶ授業の内容がそれを如実に物語っている。この一〇〇年で出て来る事の内容と言ったら、政権が異様なほどぶれていたり、日本の領土内の海域に隕石が落ちたり、人工衛星の打ち上げに成功したり、国内の原子力発電所にトラブルが起きたり、小規模な戦争が起きたりと、その程度。


 目を引く項目はその程度だ。


 だから見方によっては、時代は落ち着いて来ていると捉えても良いと思う。

 虚しく思う一方で、それは喜ばしい事だ。

 

 科学技術の進歩は無くとも、この国の人間として生きる上で、人としての進歩はあったと思う。少なくとも、教科書に載るような紛争はこの百年間で殆ど起きていない。


 テレビを見ている上では殺人だの詐欺だのと腐るほど見るけど、歴史としてのものさしで考えた場合、教科書に載るような事件は大半が自然現象だ。

 

 火山の噴火、隕石の墜落、大地震、湖の干ばつ。


 なので、最も恐ろしいのは『人』ではなく『自然』だと、言う人は言う。


『いつ何時自然災害が私達を襲うか分からない昨今だけど、その意識を常に持っている人なんて、きっといないと思わないかい?』

 初めて桃子さんに会った時にそう言われたのは、今でも時々思い出す。


 勿論、俺はそれを聞いた当初、頭上に疑問符をいくつも浮かべて首を傾げたけど、今ではそれの意味がとてもよく分かる。


 一九〇〇年から二〇〇〇年の間にあった争いは常に『人』対『人』だった。国と国とが争い、土地を巡ったり力を誇示したり、挙句、それは争う事が目的にもなっていたりした。だけど、二〇〇〇年から二一〇〇年に掛けて、そして、二一〇〇年から現在まで続いている争いは、『人』対『自然』なわけだ。


 昔は『人』対『人』

 今は『人』対『自然』


 それを常に念頭に置いておかなければ、俺等のような立ち位置の職業は絶対にどこかで『自然』に足元をすくわれる。


 懐かしくも無い。ついこの間の事だ。


 ……いや、ついこの間の事のように思っているだけなのかも知れない。


 五時間目終了のチャイムが校舎内に響くと、俺は鞄を引っ掴んで教室を出た。


 仕方が無い。六時間目はバックレよう。



  ◆ ◆



「よし、スバルくん。私は問おう。君にね。君に問うんだからね? 分かってる? 大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。なるべく早くお願いしますね。要件だって聞いてないんだから、こういう戯れ事はさっさと済ましちゃいましょう。で、何なんですか? 何を聞きたいんです?」

「『聞く』んじゃなくて『問う』んだよ。『私』が『君』にね。同じ様でいて全く違うんだから、そういうのはしっかりと区分出来るようにしておきなさいな」

「……まぁ、はい。分かりました」


 教室を出て、校舎を出て、高校の敷地を出て、最初の角を曲がる。

 そこで俺は制服のポケットから携帯電話を取り出した。


 五時間目の途中で掛かって来た通話の着信に、折り返しで電話を掛ける。

 電話に出たのは桃子さん。


「で、何ですか『問う』って?」


 聞くと、桃子さんは電話の向こうで「コホンっ」と咳払いを一つ吐いてから言った。


「えー、何故、さっき、電話に、出なかった? 答えなさい」


 一言一言を区切って、ハッキリと発音する。

 ……全く何というか、この人は静かに怒る感じがとても怖い……。


「……何故って、授業中だったからですよ。入学した時に時間割り表提出しましたよね? どうせ授業中に電話に出ても『今授業中だろ? 何やってんだ阿呆』っつって怒られてたんでしょう? 普段からそういうふざけた事やってるからいざという時に連絡取れなくなるんですよ。オオカミ少年ですか貴女は?」


 言うと、桃子さんは俺に聞こえるように、大袈裟に電話の向こうでタメ息を吐いた。


「あのねぇスバルくん、君今年で三年目よね? 『夏』がどういう季節か分かってるでしょうに……。まぁ、真面目に授業受けてるんならそれはそれで安心だけど、夏場は割と授業の時間割りに関係なく連絡行くからね。ちゃんと覚えときなさいよ? ……っていうか、これ去年もやった気がするんだけど、私の気のせいかしら?」

「いえ、多分去年もやってる会話です。今思い出しました」

「……しっかりしてよ」

「……はい、なんかすみません……。あぁ、でも、六時間目はバックレましたけど、それはそれで合ってますか?」

「うん、そのバックレは正解。良くやったスバルくん。今度私がドーナツを奢ってあげよう」

「恐縮です」


 ドーナツを奢ってくれるのはとても嬉しいが、この連絡が正式なもので六時間目をバックレたのが正解だとしたら、電話越しでこんなユルい会話を繰り広げている場合じゃあない。


「で、首尾はどんな感じですか?」


 問うと、桃子さんは少しだけ渋い感じの声で唸る。


「んー……、まぁ、もう外に出てるんなら分かると思うんだけど、……っていうかもう外に出てる?」

「あぁ、それは大丈夫です。もう高校の敷地から出てます」

「そっか、そしたら見た感じで分かると思うんだけど、ちょっと曇ってきてるからねぇ、大分育っちゃってるかも知れないんだわ」

「そうですか。で、場所何処です?」

「それがねぇ……、今こっちで反応が出て無いのよ。多分下水の方に潜っちゃったかも知んないんだよねぇ……」

「うーん……。もっかい反応出たら速攻でこっちに連絡飛ばせます?」

「もち」

「そしたら、再度反応出たらこっちのケータイに情報送って下さい」

「おっけ。それに関しては速やかに滞りなく送らせてもらうよ。……ただねぇ、ちょっと困った事になりそうなのよねぇ……」

「どうしたんですか?」

「いやね……、もしかしたら降ってから出て来るかも知んないって事だけ覚えといて。ちょっと苦労するかも知んないけどさ」


 それはまぁ、仕様が無い。

 多分俺がさっき一回目の着信でちゃんと電話に出ていれば、直ぐに終わらせる事が出来たかも知れない事。


 だから、それは甘んじて受け止めよう。


「それはまぁ、大丈夫です。任せて下さい。初年度の時も雨降ってる中でちゃんと落せましたし、育ってたとしてもサイズなら四、五メートル級そこそこまでなら相手にした事ありますし。サイズと状況でヤバそうだったら応援呼びますし」

 その状況になった場合それは自分の非なのだろうが、その事は口に出さなかった。口に出してどうこうなる事でもないし、向こうもそれを望んでいない。

「うん、それでよろしく。シヅルにも早目に反応割りだしてもらうように言っとくから。あぁ、それと、カズくんとコウくんには『電話出ろ』って言っといて」

「……あー、一応あいつ等にも連絡してたんですね…」

「ふふっ、出ないのは承知の内よ」


 桃子さんは少しだけ笑い、「それじゃあ連絡待ちでよろしく」と、最後に一言そう言って通話を終えた。


 連絡待ちっていう事は六時間目の授業に出ても大丈夫な気もするけど、それは止めておいた。いつ連絡が来るか分からない状況下で授業を受けても身が入らない。それに、もしまた授業中に連絡が来たら今度は途中で抜け出さなくちゃいけなくなる。注目を浴びるのは苦手だ。……まぁ、既にクラス内で迫害気味にされてるのは感じてるけど……。


 待ちの姿勢。


 俺達は自発的に動くような事は殆ど無い。と言うか、自発的に動く事が殆ど出来ない。『特境省』からの連絡を待って、指示に従う。連絡が来るまで何もする事が無いので楽と言えば楽かも知れないが、それは裏を返せばいつ何時連絡が来るか分からないという事。なので、基本常に緊張状態を保っていなければならない。


 春夏秋冬。


 いつでも、か……。


 桃子さんから連絡が来るまでどこかその辺の喫茶店にでも入っていよう。制服を着てはいるけど、もう午後の時間帯だ。街をウロウロしていても補導されるような事はきっと無い。


 携帯電話を制服のポケットに仕舞い、駅前にでも行こうと思ったところで、厚く張られた灰色の雲が雨粒を落し始めた。


 昼までは気持ち良いぐらいの快晴だったんだ。


 傘なんて、持て来てる筈も無かった。



 ◆ ◆



 駅前の喫茶店『ライトオレンジ』に入り、窓際の席に着いたところで、雨量は急激に強さを増した。小降りの内に店内に入れた事に安心したと同時に、この後の仕事の面倒臭さにタメ息を吐く。


 まだ、桃子さんから連絡が来る気配は無い。


「アイスコーヒー一つお願いします」

 席に案内してくれたウエイトレスの女の子にそのまま注文すると、「はいかしこまりました。少々お待ち下さいませ」と、女の子は笑顔を向けてからその場を後にする。


 窓の外では激しい豪雨がアスファルトの地面に打ちつけられていて、上空ではカミナリが頻繁に音を鳴らせて光っていた。


 さっき桃子さんに『大丈夫です、任せて下さい』と言ったものの、少しだけ手こずるかも知れない。初年度に雨の中で落した時はこんなに強く降っていなかったし、カミナリも鳴っていなかった。もっと言うと、その時は『黒腕』と『ニコ』とのスリーマンセルだった。俺一人の手柄ではない……。強がったは良いものの、ちょっと予想外の降り方だなこれは……。


「お待たせいたしました。こちらアイスコーヒーになります。ご注文の品以上で御揃いでしょうか?」


 一息ついて背もたれに体重を預け掛けたところで、大して時間も掛らずにアイスコーヒーが来た。迅速な対応だ。と、そう思ったものの、アイスコーヒー一つだ。そんなに時間が掛かる筈も無い。


「はい、大丈夫です」

「ではごゆっくりどうぞ」


 ウエイトレスの女の子がこの場を離れてから、ミルクとガムシロップに手を掛け、アイスコーヒーに入れて混ぜ合わせる。

蛇腹がついておらず、透明の曲がらないストロー。

一口分を口に含んで飲み下した。


 甘いな……。ガムシロップを入れ過ぎた。


 一応、いつ連絡が来ても良い様に、制服のポケットから携帯電話を取り出してテーブルの上に置く。

 表示画面は先程と変わりなく、待ち受け画面にしているカラスの羽が黒く光っているだけだ。


 待つだけの立ち位置ではどうしてもこういう時手持無沙汰になる。インターネットで今後の天候予測でも検索しようとしたけど、丁度店内に備え付けのテレビで天気予報の放送が始まった。


 朝の予報だと、国内は全国的に晴れだった筈。

 そして今放送している午後と明日の予報。

 国内は、全国的に晴れ。

 午後、明日、共に。


 タメ息が出る……。


 少しの時間店内のテレビを見て時間を潰した。天気予報の後の情報バラエティーに見入る。内容は朝のニュースと大して変わらない。詐欺がなんちゃら、横領がうんちゃら、死体が、殺人が、犯人が、凶器が、そんな内容ばっかりだ。ウンザリするし、飽き飽きもする。情報バラエティーにありがちな内容だ。すると、ニュースとニュースのその合間に、緊急の気象情報が挟み込まれた。


『関東の一部地域で急速に雨雲が発達している模様。夕方以降の雷雨にご注意下さい』


 テレビの中で局アナの女性が原稿を読み上げているが、要約するとそんな感じ。


 というか、今更そんな情報挟み込まれても、正直情報の新鮮味が感じられない。見ただけでそうだと分かるほど天候は荒れており、断続的に鳴り響くゴロゴロというカミナリの音は店内のBGMにも勝っていた。詳細は知らないけど、洋楽だろうと思われるオシャレな感じの楽曲がカミナリの音に掻き消される。



 アイスコーヒーのグラスに水滴が浮かび、氷が溶け出して味を薄めていく。

 

 窓の外、ふと道路に目を向けると、外を歩く人の数はかなり少なくなっていた。

 

 ……いや、寧ろもう殆ど皆無と言って良い程だろう。

 道路に車は走っておらず、歩道には歩行者もいないし自転車も通っていない。


 予兆は、出始めている。


 恐らく連絡が来るのも時間の問題だ……。


 と、そう思いつつ、味の薄くなりつつあるアイスコーヒーに手を付けようとした正にその瞬間、携帯電話が振動した。


 着信を知らせる画面に表示されたのは『特境省』の文字。

「うぃ、奥海です」

 通話ボタンを押して着信に出て、自分の名前を告げる。


「あぁ、オウウミくん。お待たせ。反応出たわよ」

 電話口の向こうで声を発したのは桃子さんではなかった。


「シヅルさんですか? 久しぶりですねぇ。そう言えばさっきもモモコさんが『シヅルさんがなんたら』って言ってましたけど、どうしたんですか? そっちの方にまた移動したんですか?」

「移動っていうか資料整理の片手間でこっちにも出張ってるだけなんだけどね。情報に居たヨコウチさんて人がねぇ、情報と現場の両方を兼任してたんだけど――」

「あぁ、知ってます。ヨコウチさん。去年の年末に少しだけお世話になりました。背ぇ高くてネコ目の人ですよね?」

「そうそう、そのヨコウチさんが、先週やられちゃってねぇ。ちょろっと病院送りにされちゃったのよ」

「へー、それはちょっと知りませんでした」

「ねぇー。うちって情報の往来は結構激しい癖に、こういう個人としての連絡はあんまり無いからさ、急に仲良かった子とかが『先月亡くなった』とか言われる場合もあるのよねぇ。……って言っても、そういうパターンは本当に稀だけど。機密とかに関わってる場合にね、そう言う事もあるんだよってだけの事なんだけどさ。兎に角、ヨコウチさんが出て来るまで、私もこっちで指示出し業務。今後ともヨロシク」

「えぇ、分かりました。ヨコウチさんの容態ってどうなんですか?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。全治が六カ月くらいで足吹っ飛ばされただけだから。それに、吹っ飛ばされた足も綺麗にくっ付くって言ってたし」


 それなら安心だ。俺は胸を撫で下ろした。


「で、ところで今回の件なんだけど、反応出たから向かってくんない? 今情報そっちに送ったから」

「えぇ、分かりました」


 通話の状態を切らないままで送られてきた情報を確認する。この場所なら、ここからそう遠い場所じゃない。


「大丈夫? 今何処に居んの?」

「今は駅ん所の『ライトオレンジ』です。こっからなら徒歩で十分、スキップで六分、走って三分です」

「おっけ。傘は?」

「差しません。邪魔です」

「ケータイは?」

「防水にしてます」

「よし、完璧。いって来い」

「うぃ、行ってきますよ」

 通話を終え、味の薄まったアイスコーヒーを一気に飲み干し、レジでお金を払って喫茶店『ライトオレンジ』を出る。


「さてさて、六月最後の大仕事かな」


 誰に言うでも無い独り言。あえてそう口に出す事で、少しモチベーションを上げる。


 一応の屈伸運動。

 激しい雨と稲光。

 鞄を肩に掛けて、軽く走り出す。


『雨に濡れるのなんて気にしてたらこんな仕事は務まらないよ。寧ろ雨に濡れてこその良い男だ。覚えときなさい』


 初年度、モモコさんに言われた言葉。

 俺は去年もそれを思い出した気がする。

 髪はペタペタ。

 服はびしょびしょ。

 靴もグッショリ。

 鞄なんて言うまでも無い。


 まだ特境省に所属して三年目なのに、どこか懐かしささえ感じてしまう。虚脱と同時に高揚している事が自分でも分かった。

 あぁ、今年もまた『夏』が始まるんだな、と……。


 そんな風体で、奥海昴は現場へと足を駆け出させた。



 ◆ ◆



 閑静な住宅街。

 ……というか、閑散とした住宅街。

 ここに来るまでに誰ともすれ違わなかったし、車も走っていなかった。流石に国道まで出れば走っているだろうけど、今ここに限っては、人もいないし車も走っていない。


 聞こえているのは、雨が激しく屋根やアスファルトの地面を打ちつける音だけ。それ以外はカミナリがゴロゴロと鳴るだけ。


 息は上がっていない。走って来たので身体も軽く暖まっている。

 割とベストに近いコンディション。

 だけど…………。


「……これを、俺が、相手にすんのかぁ……」



 プチ鬱だ。



 流石にサイズが大きすぎる。


 豪雨で、カミナリも鳴ってて、サイズは六から七メートルか……。

 流石に、育ち過ぎている感はある……。


 閑静な住宅街。

 そこに、不釣り合いなほど大きなアメタマがそびえていた。


「……これは、流石に適量の『夏』じゃあ対応しきれないかも知んないぞ……? 『ライトオレンジ』出る前に申請しとくんだったなぁ……」


 独り言を言っても、誰も聞いてくれる訳は無い。というか、誰かに聞かせる為の独り言じゃあない。もとより、独り言とは他者に聞いてもらうようなものじゃない。

 端末を確認すると、気温は下降の一途を辿っていた。恐らく、一時間で『三℃』のペースだ。


 これは、結構ペースが速い……。


 特境省に所属した当初に貰った端末機器、三年目の今でこそ大分使い方をマスターしたが、初年度はかなり苦戦したもんだ。桃子さんにも大分迷惑を掛けたし……。とは言っても、今でも使い方が分からない機能も沢山ある。大体、月一で更新されるとか尋常じゃない開発スピードだろ……。誰だよ科学技術が進歩してないとか言った奴は……。


 とりあえず、だ。

 これをどうにかしない事にはどうにもならない。一昨年はそれなりにどうにかしたけど、去年は受験シーズンだったから、あんまり講義受けてなかったんだよなぁ……。

 まぁ、持ち前のセンスとか他の何かしらでカヴァー出来るでしょう。マジでどうにもならなかったら申請する事にしよう。


「へい、そこの六~七メートル。俺と勝負しようぜ」


 面と向かってそう宣言する必要など無いし、ぶっちゃけ後ろから仕掛けたって何の問題も無い。だけど、あえて俺は六メートル越えのアメタマの前に立ち、そう言って奴に自分の存在を示した。


 これから始まる『夏』に向けてのリハビリテーションってところか。多分、悪条件下の申請無しでこれを落とせるようなら、今年の『夏』もどうにかなるだろう。

 アメタマは俺を視界に入れると、大きく口を開け、「オオオォォォォオオオオ!」とカミナリの様な音で吠え、それと連動するように上空のカミナリ雲が一筋の稲妻を遠方の山に落した。


「へぇー、お前さんもなかなかにヤル気十分だな。悪いけどさ、俺も手加減してやんねぇぜ? お前もそうかも知んねぇけど、こっちも一応命掛けて来てんだ」


 言って、俺が先手を取ろうとした瞬間、奴は十メートル程あった俺との間隔を一気に詰め寄り、右腕の張り手をこちらに振り下ろして来た。



 速い――、

 けど、大丈夫だ。ちゃんと見えている。



 去年あまり実戦での経験を得られなかったとしても、一昨年の遺産と去年の年末にあった横内さんの講習でどうにか出来るレベルだ。

 本当に、横内さんに感謝だな。誘われて、それを受けておいて、本当に良かった。


 地面を蹴って飛び上がり、その張り手を難無くかわす。

 上方に逃げた俺を追って、奴は張り手を打った逆の手でもって二撃目を放ってくるが、空中での体重移動は初年度にあった実技講習で、桃子さんにこれでもかと言うほどみっちり仕込まれた。


 身体を捻って奴の手の平に着地し、その回転の力を加え、蹴りでもってして、その手の五指を薙ぎ払う。


「――っおらぁ!」


 薙ぎ払った五指は霧状になって中空で消えた。

 その手で俺を握り潰そうとしていたのか、五指を失った奴の手の平は変な風に力が加わるだけで、その二撃目は失敗に終わる。


 ……うん、大丈夫だ。結構ちゃんと動ける。

 確かにサイズはでかいけど、二メートル級以上でも基本対応の仕方は変わらないって横内さんも言ってた。


 五指を失った奴はそのでかい身体を数メートル程後方に引き、唸る様に口内をゴロゴロと鳴らした。


「おいおい、最初に言った筈だぜ? お前も必死だろうが、俺も結構必死なんだよ。」


 これは割と本心だ。でかいだけだと言っても、サイズがでかければやっぱり打撃の重さは違う。初撃の張り手でアスファルトが砕けているのが良い証拠だ。二メートル級じゃあ、こうはならない。


 奴は必死で、俺も必死だ。


「だからさ、お前が俺を落そうとしてる以上、俺がお前を落しても何も文句は言えないと思わないか? お互いにさぁ。そんで、多分だけど、今の一撃二撃で、俺のが強いと思う訳よ。お前は弱者で俺のが強者だ。手加減はしないぜ? お前を落して今日の仕事は終わりだ。さっさと帰って風呂に入りたいんだよ。だから、恨むなよ?」


 過度に棘の生えたキザっぽい台詞回し。

 絶対に人相手には使えない。

 こいつがアメタマだから言える言葉だ。


 それに、こいつ等は言葉を理解していないらしい。『特境省』の科学者やら研究者の見解で、百五十年程前に、既にそう結論が出ているとの事。

 地面を蹴り、奴との間合いを詰める。


 激しく降り注ぐ豪雨で視界はあまり宜しくないが、この距離ならそれを気にするまでも無い。一気に詰め寄り接近戦に持ち込む。打撃力はあるが、長すぎるリーチの所為で懐での攻防はし難い筈だ。


 迎え撃つ為に繰り出して来たであろう手の平を身体の捻りのみで避け、懐に入って奴の身体に腕を沈め込む。


 そうして、内部を掴んで力任せに引き千切るッ!


「――っだらあぁっ!」


 引っ掴み、千切り取った奴を構成する身体の一部。手の中で脈打ってはいるが、それは違った。目的のものじゃない。


「はい、ハズレっと――」


 それを地面に打ち捨てると、それも先の五指と同じ様に霧状になって消えていった。


『1』、掴む。

『2』、千切る。

『3』、離れる。

『4』、違ったら『1』に戻る。


 申請無しで二メートル級以上のアメタマを相手にする場合、基本はこの四つのステップを繰り返すだけだ。小型のアメタマならいきなり『中核』を狙えるが、二メートル級以上だとそれは流石に危険が伴われる。

 いやまぁ、何にしても危険は伴われているけれど、その四つのステップが一番効率が良いと言う話だ。

 

 千切っては投げ千切っては投げのヒットアンドアウェイ戦法。


 まぁ、大体二メートル級以上が出るなんて稀な事だし、こいつが規格外にデカイだけなのだけれど、そもそも『『4』、違ったら『1』に戻る』とか言ってるが、二メートル未満になるまで当たりの『中核』なんてそうそう引けるもんじゃない。だから要は、手当たり次第に千切って投げて千切って投げて、サイズを小さくしてから落しましょうって事。途中で当たりの『中核』が引けたらラッキーくらいのもんだ。だから、実際の手順とは次の通り。


『1』、掴む。

『2』、千切る。

『3』、『1』と『2』を繰り返す。

『4』、十分にサイズが小さくなったら安全に『中核』を取り出す。


 こんな感じだ。

 去年はあまり実戦を積んでいないけど、一昨年は四件程二メートル級を相手にしたし、それらを想定した講習も受けている。


 だから、今日の相手も少しばかり規格外のサイズなだけで大丈夫な筈。

 ……その筈だったのだけれど、どうやらその読みは外してしまった様だ……。

 もう何度も千切っては投げ千切っては投げとしている筈なのだが、何故だか一向にサイズが小さくなっている感じがしない。

 いや、サイズは小さくなっている筈だけど、それでも四メートル級辺りまで落したところからサイズに変化が無い。

 見ると、最初に吹っ飛ばした片手の五指も再生をしている。

 

「……っくそ、雨か……」


 雨が降っているとアメタマはその身体を徐々に再生させると聞いた事があるような気がする……。初年度の講習か? それとも去年横内さんに聞いたのか? 取り敢えず、頭の片隅にはそういう知識があった気はする……。少量の雨だったらこちらの攻撃回数で再生速度を上回れるが、この豪雨だと再生速度の方が速いって事か……。


「最初にいきがっちまった分ちょっとカッコ悪いな……。俺……」


 表情に自然と苦笑いが浮かぶ。

 反面、奴は余裕の表情を浮かべていた。

 口の両端がつり上がり、目は俺の後方を見据えている。


 ? 俺の後方?


 何故だ……?


 何故そんなに余裕ぶる……?

 そして、お前は何故『笑って』いる……?


 確かに苦戦を強いられているけど、こいつだってまだ決定打を打てた訳じゃない。お互いに余所見をしていられるような場合ではない筈だ……。


 ……それに、基本水分でしか構成されて無い『夏』を欲するだけのアメタマが、そういう風に笑みを浮かべる事があるのか……?

 歴の浅い俺は今のところそういうアメタマの表情の変化を見た事は無いけれど、 ……まさかこいつ、サイズにばかり気を取られていたけど、『変異種』か……?


 俺の後方……?


 瞬間、奴の腕が俺の横を通り過ぎて、後方へと伸ばされていった。


 後方に、何があるって?


 振り向くと、視界が悪い中で、確かに俺の目はそれを捉えた。


 人。


 制服。


 あれはうちの高校の制服だ。


 それに、


 あいつは。


 あいつは……。



「……何で」



 ……くそっ。

 ――くそっ!



 アスファルトなんざ気にすんな!

 どうせ舗装屋か『特境省』が直してくれる!


 それに、人命が第一だ!


 ありったけの『夏』を使え!



「……何でお前がここにいるんだぁあっ!」



 全力でアスファルトを踏み込み、後発にも関わらず速度の面で勝った俺は、アメタマが伸ばした腕に回り込んで彼女の前に立つと、その腕を右の裏拳で吹っ飛ばした。


 ちくしょう……、こりゃあ結構『夏』使っちまったぞ……。人命第一っつっても流石に上から何かしら言われるかも知んねぇ……。

 口の中をゴロゴロと鳴らしながら悶え苦しむアメタマを前方に、突っ立ちながらも動揺を隠せない女の子を後方に……。


「……お前、あれが見えるか?」

「……何か煙みたいなの上げて、凄い苦しそうにしてるけど……」


 問うと、混乱しながらもハッキリとした声をもってして、彼女はそう答えた。


「じゃあ、あれが何だか分かるか?」


次にそう問うと、彼女は「知らないし、出来ればあまり知りたくない……」と答える。


 って事は、初めて見るくちか……。

 そういえば、俺も最初はそうだったなぁ。

 初めて見た時は、それこそ気を確かに保てなかった。

 だけど、俺が初めて遭遇した時は、こんなに唐突じゃなかったな。

 なんだか当時が懐かしい。


 ……たった三年か、そこ等の前の事なのに。


「……あぁ、今ん所はそれで上出来だ。今はまだ知らなくて良い。知って行くのはこれからだ。……だけど、出来れば知りたくないって望みは叶わないと思った方が良い。見えちまったもんは諦めろ。」


 慰めにも励ましにもならない言葉だ。

 だけど、初めて見る人にはその手の言葉を言わなければならないし、これを最初に聞いておけば、これからの事に然程驚く事も無いだろう。というか、ここで見えてしまったのが運の尽きだ。

 今後の事は彼女が判断すれば良い。


『良い』と取るか、

 それとも、

『悪い』と取るか。


 状況が飲み込めていないのか、後ろにいる彼女は何も言葉を返して来なかった。

 ここで奴から目を切るのは少しだけ危険だが、それでも今はきっと彼女の方が優先される。

『如何にして奴を落すか』では無く、状況は既に、『如何に安全にこの場を収めるか』に変わった。


 奴はこの際二の次だ。


「取り敢えず、就職おめでとう……」


 後方を降り向き、場違いな事を言って見せる。

 場違いではあるけどそれは本当の事だ。


「……就職って……」


 呆気に取られた表情をして、彼女は精一杯といった風にそういうと、次の瞬間、唐突に「まえーっ!」と叫んで前方を指差した。


 その声と共にすぐさま前方に向き直り、胸の前で腕を十字に組む。

 とった構えは防御。


 ……流石に目を切ったのはまずかったか。


 しかし、アメタマの攻撃が来る事は無かった。


 前方を向いた時には、奴は既にマンホールの中へと吸い込まれて行くところ。

 溶けるようにその身体を流動させて、マンホールの穴へと滑り込んで行き、奴はこの場から姿を消した。


 逃亡。


 三年目にして、初めてアメタマを逃がしてしまった……。

 ……こりゃあ、桃子さんに何言われるか分からねぇぞ……。


 見知った女の子がいるにも関わらず、ガックリと大袈裟に肩を落とさずにはいられなかった……。


 大した失態だ……。強がって大口叩いた分だけ桃子さんからのバッシングも大きいだろう……。


 その俺の姿を居た堪れなく思ったのか、彼女は「……あの、なんかすみませんでした」と俺に向けて声を発した。

 まぁ、気に掛けて声を掛けてくれるのは嬉しいけど、気に掛けられたところで、声を掛けられたところで、だ……。

「ん? いやいや、違う。これは実は俺の所為なのよ。きみは何も悪くねぇの」

 苦笑いで手を振るが、それでも彼女は少し俯いたまま申し訳なさそうにしている。


 なんだか、俺が苛めてるみたいになっているな……。


「……じゃあ、とりあえず、明日の午後って予定ある?」

 何にしても、今日のたった今、アメタマを逃がしてしまったのは仕様の無い事だ。なので、今重要なのは彼女の今後の処遇。


 問うと、彼女は顔を少しだけ上げて、「……えっと、特に何も無いです。」と、不思議そうな表情を浮かべてそれに答えた。


 うん、好都合だ。俺にとっても彼女にとっても。そして勿論、特境省にとってもだ。


「よし、そんじゃあ明日の午後、俺に付き合ってくれ」

「……へ?」


 間の抜けた声を出して彼女は少しの間固まると、「えっと、まず色々と説明して欲しい事が山のように……」と、尻すぼみな感じで疑問を俺に投げて来た。

 まぁ、当然の言い分だろう。彼女にだって知らなければならない事はそれこそ山の様にある。しかし、俺は彼女のその言いを手の平で以ってして制した。


「あぁ、さっきのとかだろ? それ等をちゃんと説明してあげるから、明日の午後俺に付き合って欲しいんだよ。今日は色々頭がひっちゃかめっちゃかになってるだろうから、今日は休んで、明日、ちゃんと説明しようじゃないか。どう? それで大丈夫?」

「……えっと、うん。じゃあ、それで大丈夫だと思う。……っていうか、多分それが一番良いんだと思う」


 恐らく、今の立ち位置が色々不安なのだろう。中途半端に立ち入ってしまった事が自己を不安定にさせている。直ぐにでもモヤモヤしている部分を全部知りたいというのは当然の欲求だ。

 そんで、俺も思考を切り替えよう。いつまでも失態を引きずってるようじゃあ、それこそいい笑いもんだ。桃子さんとか志弦さんとか横内さんに笑われるのは良いとしても、『黒腕』と『ニコ』に笑われるのは良い気がしない。っつーか癇に障る。


「……まぁ、不安なのは無理もないと思うけど、何かと人生そういうもんだと思うよ。不安とかストレスってのは日々の生活において、きっと必要不可欠なもんなんだよ。それにきみはびしょ濡れだし……、傘とか持ってなかったん?」

「えっと、傘は折り畳み傘を差してたけど、風でひっくり返されちゃって、もういっかなぁって、仕舞っちゃった」


 全く脈絡の無い話しの変更点。それでも彼女はちゃんと返してくれたし、少しだけ笑ってくれた。


 俺は少しだけその笑顔に面食らう。


 とりあえず、アメタマは逃がしたけど今日のところはもう出ないだろう。

 豪雨は少しずつ弱まるだろうし、カミナリも静まるくらいに天候は回復する筈だ。心残りは気温の低下具合だが、それ等も多分特境省の他の部署がどうにかしてくれるだろう。


「家まで送ろうか?」と問うと、彼女は「大丈夫、もうここからすぐ近くなの」と薄く笑った。


「じゃあ、また明日学校で」

「うん、そうな。また明日」


 今日のところは、彼女は今持っている情報以上の事を知ろうとしなかった。多分、それが賢明だ。嫌でも明日知る事になるし、それを今知る必要はない。自分の確固たる常識が、一日でも長くあり続けるに越した事はないのだ。


 俺はその場で彼女と別れ、彼女とは逆の方向へと歩を進めた。


 同じ高校、同じ学年、同じ教室、隣の席。


 彼女は名を『安西春真(あんざいはるま)』という。

 

 見た感じ、今のところは『普通』の女の子だ。


 ……恐らく、あくまでも『今のところは』、だろうけど……。


 空を見上げると、淀んだ雲には切れますら見られなかった。


 それなのに何故か身体は熱く、先程多量消費した『夏』の回復さえ速く感じられた。





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