メイン 21 一段落
「うぃ、うぃ、大丈夫でした。そっちでモニター見てるんでしょ? ちゃんと全員無事ですよ。はい、――はい。じゃあまた明日窺いますから。はい、はあーい」
「……ちょ、あの、ちょっと待って!」
雨が上がってから程なくして、私と奧海くんの元に日夜くんと森谷くんも戻って来た。二人とも全身ずぶ濡れになっているけど、大した怪我も無く無事だった様子だ。なので、今回の件で傷を負ったのは奧海くんだけ。左腕の肘部分と左足の膝部分。内出血で紫色になってはいるけど、さっき言ってた通り、痛みと感覚がちゃんとあるから骨は折れて無いという自己診断。明日『特境省』に行く過程で例の大きな病院に寄るような事を言っていた。結局、私と奧海くんは一度すっかり乾いた割には再び雨に当てられてしまったので、四人が四人とも濡れ鼠。身体の水分を拭くようなタオルも無いので、髪を掻き上げて水分を飛ばすくらいの事しか出来なかった。
そして、状況が終了した事の報告で森谷くんが『特境省』に電話を入れ、通話を終えようとしたところで、私はそう声を上げて森谷くんの動きを止めたのだ。予想以上に声が大きくなってしまって少し恥ずかしく思うけど……。
「ん? どうした安西さん?」
キョトンとした表情を私に向ける森谷くん。
「それって、今電話口どなたですか?」
「これ? 今モモコさんだけど、安西さん代わる?」
悟って貰って大助かりだ。
私はうんうん頷くと、森谷くんは「あー、モモコさん? ちょっと安西さんが何かあるみたいなんで代わりますね?」と、ちゃんと前置きをしてから私に携帯電話を貸してくれた。
「ありがとう」言うと、森谷くんは「どう致しまして」と薄く笑みを浮かべてくれる。
携帯電話を耳に当て、「もしもし」と向こうの反応を窺うと、「もしもしー? ハルマちゃん?」と、向こう側からモモコさんの声が聞こえて来た。
「あの、すみません。お忙しいところに」
「ううん、良いのよ良いのよ。それより、こっちこそごめんねぇ……、今回の件……。うちも何が悪かったって訳じゃないんだけどね、ちょっと運が悪かったわ……。大丈夫だった? 怪我しなかった?」
「いえ、大丈夫でした。ちゃんとみんなに守ってもらいましたし。これも貴重な経験です」
「……そう。そう言ってもらえるとこっちも頭が上がらないわ。あと、ありがとうね。オウウミくんの事。こっちでモニタリングしてたんだけど、ハルマちゃんのやつが無かったら、多分オウウミくん相当ヤバかったわ。……うん。本当に、有難う御座います」
「――あの! ……いえ、そんな。私も何をどうやったのか良く分からなかったですし……。所謂偶然の産物です……」
「それでも、その偶然に助けられたのは事実だわ。それに、その偶然は実は必然なのかも知れないし」
「? どういう事です?」
「うふふ、分かんない。私も言ってみただけよ。今回のハルマちゃんの事も明日こっちに来てもらった時にお話しましょう」
「あの、その事なんですけど……」
言うと、気配だけで電話の向こうの桃子さんが首を傾げているのが分かる。今日初めて会った人なのに、何故かそういう絵が容易に想像の出来る人だ。
「……私も、『特境省』に入って良いんですよね?」
「ん? ふうん?」
「私も、『特境省』で仕事がしたいです。ちゃんと色々学んで『特境省』で働かないと、きっと私は、自分を持ち腐れる気がします。そう思うんです。……駄目、でしょうか?」
すると、電話口の桃子さんは少し考え込む様に唸り、少し間を空けてから言葉を発した。
「ううん、駄目じゃないよ。寧ろ大歓迎。私達としては嬉しい限りだけど、もう少し考える時間があっても良いと思うよ? 私達は嬉しいけど、ハルマちゃんにとっては大事だからね」
「いえ、大丈夫です。もう決めました」
自分なりに考えて出した結果。私はもう、その決断を覆す事はきっと無いだろう。だから、今ここでそれを桃子さんに伝えるのは、私の決意の表れ。
「うーん、まぁ、そうね。考える時間も必要だけど、思い立ったが吉日って言葉もあるし。何にせよ明日こっちに来てからって事ね。ふふふっ、そしたら、明日待ってるわよ」
「有難うございます」
言って、私は携帯電話を森谷くんに返した。一言二言と桃子さんと言葉を交わして通話を終える。
きっと、私はこれで良いんだ。
……いや、違う。
これ『で』良いんじゃなくて、
私は、これ『が』良いんだ。
その日私は、幸か不幸か、自分の将来を決定づける事が出来た。
高校一年の夏、将来の展望がまだ不確定だった私に、『特境省』は一つの可能性を提示てくれて、私はそれを選んだのだ。
特殊環境保全省。
通称、『特境省』。
「へぇ、そっかそっかぁ。へー。くはははっ。安西さんも『特境省』に来る気になったって事か? どういう風の吹きまわしかね? くはははっ」
桃子さんとの会話を聞かれていたみたいで、日夜くんは私をからかう様にそう言うが、それと同時に、何処か嬉しそうに笑った。
「うん、私も『特境省』になる。風の吹きまわしって言うかね、将来の事も今のところ曖昧だし、さっきのアメタマに狙われるとか、結構深く関わっちゃったしね。中途半端に関わるよりは、ちゃんと全部に関わった方が良いと、そう思っただけよ」
言って、私は肩を竦めた。
そう思ったのは本当だし、それに、私が『特境省』で何か役に立てる事があるのなら、私だって役に立ちたい。今日初めて会った人達で、長い時間も会話を交わした訳でもないけど、この『特境省』の人達は、私にそう思わせるに値する人達だった。
「そっか、じゃあ今日はお祝いだな」
「? お祝い?」
奧海くんの言いにそう問い返すと、再び彼は「そ、安西さんの『特境省』祝い」と、そう言ってニッと笑った。
「そうだよねー。安西さんの『特境省』祝いだね」
森谷くんもそう言うと、彼はニヤニヤとしたいやらしい表情を日夜くんへと向ける。
「……あー、、そうだな……。あぁ、そうだよ。俺も丁度祝い事は必要だと思ってたんだよなぁ……」
「おう、そんじゃ、行くだろ? 安西さん?」
「うん、そうだね。安西さんも行くでしょ?」
日の長い夏場でも、そろそろ太陽が傾きだした時間帯だ。
「? 行くって? 何処に?」
問うと、
奧海くんはニヤリと可笑しそうに、
森谷くんは肩を竦めて鼻で笑い、
日夜くんは諦めたような呆れたような感じで、
声を揃えて一言。
「「「寿司食いにだよ」」」
と、
三人は、そう答えた……。
…………。
……今から?
……お寿司食べに?
たった十五分前くらいまで、アメタマがどうとかやって、死ぬとか生きるとかの瀬戸際だったって言うのに……。
いきなりお寿司……?
「ん? どうしたん? 行かないかい?」
髪はびしょ濡れ。
制服もびしょ濡れ。
鞄も、その中身も、
そして靴も、
ぜーんぶびしょ濡れ。
そんな恰好で受け入れてくれる飲食店があるかどうかは分からないけど、私は奧海くんのその問いに、
「行くわよ」
と、
そう答えた。
私達四人は住宅街から離れて、一路お寿司屋さんへと足を向けた。
そこは回らないお寿司だった。
何故かは分からないけど、お金は全部日夜くんが出してた。
四万八千円。
現金払いだった……。




