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メイン 15 真実


「もしもし? ヒヤくん? 聞こえてるわね?」


「はい、聞こえてますよシヅルさん。丁度今三体目落したところです。因みに、それ等も全部模造品の『中核』でした」


「えぇ。こっちで見てたから知ってる。だから電話掛けたの。シンタニくんは最後の一体と交戦中。そんで、オウウミくんは最初に君等が遭遇したアメタマに時間掛かってるみたいだけど、ヒヤくんはオウウミくんの方に向かってもらえる? 模造品の件については後ほど聞くわ。先に今回の七体を全部落しちゃって頂戴。最悪模造品の中身は曖昧でも許すわ」


「わっかりましたぁ。鴉の方に向かうっつーのはこっちも端末で逐一状況見てたんでその積りでした。それとですねぇ、その鴉が相手してる奴って件の喋るアメタマだったんすよ」


「喋る奴が出たのね!」


 まさかの喋るアメタマ出現に声が上擦る。


「えぇ、だからちょっと苦戦してるかも知んないですね。なんか厄介そうな奴だったんで、最悪今回も逃げられるかも知んないです」


 さっき出たばっかりだって言うのに、早速二度目のご登場ね。それならこの度の七体、アメタマ大量出現にも頷ける。

 確実にその喋る奴が陣頭指揮を取っていると考えて良い。


「いや、今回で仕留めなさい。そのアメタマ結構マジな感じにヤバい奴だから」


「ん? なんか分かった感じっすか?」


 電話の向こうの日夜くんは私のその言いでこちら側が何かしらの情報を掴んだと捉えた様だ。それなら話が早い。勘の鋭い子で本当に助かる。桃子ちゃんに視線で指示を仰ぐと、指を三本立てて『三番目』というジェスチャーで私に返した。それに頷き、電話の相手の日夜くんに向き直る。


「分かったって訳じゃなけど、モモコちゃんと仮説を立てて話した結果ね。三つ上げたけど一番それっぽいのを一つだけ伝えるから、それを念頭に置いて、最悪三人で対処に当たって」


「まさか。鴉一人で落とせる範疇の奴ですよ」


「……いや、それで、ちょっと妙なんだけど。確かにそれが喋るアメタマにしろなんにしろ、申請出してるからオウウミくん一人でも十分落せる範疇の筈なのよ。それなのに、オウウミくん全然『鴉』を使う気配が無いのよ。ハルマちゃんもいるって言うのに……、何かあったの?」


「……え、いや、それはわっかんねぇっす。出し惜しみする様な奴じゃねぇし……。どうしたんすかね?」


「おバカ! 私がそれを知りたいのよ! 確かにオウウミくんは出し惜しみする様な子じゃないけど、ちょっと待って、えっとねぇ…、そっちって何かフィールド制御されたりしてる? 端末に何か表示出てたりしない? そうじゃなかったらもうその喋るアメタマの特質か何かって事になっちゃうのよ。どう? なんかどっかしらに変わった感じは無い?」


「あーはいはい、こっちもちょっと待って下さい。電話しながら端末使うのって苦手なんすよっと、今出しました。……けど、あー表示出てますわ……。確実にこれっすね。急速外気冷却の表示です……」


「あー、また急速外気冷却か……。そしたら多分『夏』が不足してる所為ね。オウウミくんのところに向かう道中で少なからず『夏』を生成して持ってって上げて」


「でも、俺はちゃんと『大黒腕』使えましたけど?」


「急速外気冷却がその喋るアメタマを中心として起きてるの。ヒヤくんとシンタニくんは左右に散って行ったから、その辺りはまだ急速外気冷却の影響が薄かったんでしょう」


「そっすか。分かりました。道中で『夏』を生成しながら、且つ迅速に鴉んところに向かいます」


「うん、そうして。そしたら、こっちで立てた仮説を説明するから、仮説を記憶しつつ、『夏』を生成しつつ、迅速にオウウミくんのところに向かいなさい」


「うわぁ……、やる事多いっすね……」


「我慢して聞きなさい! 確証は無いけど仮説として八割方は合ってると思うわ。まず、首謀者は一個人の愉快犯的なものよ」



 ◆ ◆



「で、常軌を逸した三つ目の仮説。どういう物なの?」


 森谷くんとの通話を終えて巨大モニターに目をやると、私の隣に座った桃子ちゃんがそうやって私に声を掛けて来た。


 今し方していた話の続き。


 桃子ちゃんは言いを続ける。


「今回の七体の中に件の言葉を喋るアメタマがいないとも限らないわ。――いや、寧ろこの中にそいつがいると思って考えましょう。そうした場合、仮説であってもあの子達にそれを伝える意味は多分にある筈。だから、こっちでも一つの確固とした仮説を立てておきましょう。伝えられる機会がるのなら連絡を入れて、それを伝える。それが良いと思わない?」


「……はい、そうですね。私もそれが良いと思います」


 私は少し躊躇ったけれど、意を決してそう答えると、桃子ちゃんは嬉しそうに薄く笑ってくれた。


「じゃあ、シヅルちゃんの三つ目の仮説をお願い。一応、それに多少なりともの疑問が残ったら一つ目のやつ『模造品のアメタマと喋るアメタマは別件として考える』ってのを採用しましょう。……だけどまぁ、それを採用して今回の七体の中に喋るアメタマがいたとしたら、それもまた結構な矛盾になっちゃうんだけどね……」


「じゃあ、多分本当に三つ目の仮説が有力になると思います。三つ目だと今回の七体の中にその喋るアメタマがいてもちゃんと説明がつきますから」


「うん、分かった。そしたらその三つ目を聞くわ」


 桃子ちゃんはそう言って、気持ち姿勢を正した。


「えぇ、それじゃあ失礼します。三つ目の仮説ですけど、これはさっきも言った通り、個人一人による愉快犯的なものです。その個人は恐らく、至って普通の『夏』を使用する者だと思います。過去に企業か団体か、もしくは『特境省』にいた場合もあるかも知れないです。今は一般人として身を潜めていたのでしょう。けれど、何かしらの要因で、今回の事に及んだと思われます」


「何かしらの要因って?」


「……すみません。流石にそこまでの仮説はちょっと……。あくまでも概要だけってって事でお願いします」


「あぁ、そっかそっか。私の方もごめん。続けて下さい」


「いえ、私の方こそ……。まぁ、兎に角その個人ですが、『夏』を使用する者としては平均レベルかそれ以下の実力と見て間違いないでしょう。模造品を使う辺りに『夏』の生成力の低さが現れています。その代わりと言ってはなんですが、知識が尋常じゃないんだと思います。かなり博識と見て間違いないです」


「うーん……、今のところまだ把握しきれてないしシヅルちゃんも全部説明し切れてるって訳じゃないと思うけど、いくら博識だからって、『夏』の生成力が平均レベル以下で言葉を喋る様な変異種のアメタマって、生成出来るのかな?」


「いえ、多分無理でしょう。だけどですね、この仮説のミソは正にそこにあるんです」


「? そこって?」


「『夏』を使用する者としては平均レベル以下で、その実知識は豊富で博識。ってところです」


「ふむ……。まぁ、聞きましょう」


「『特境省』は『夏』の生成レベルで解雇なんて事は無いですけど、企業や団体は実力社会ですから、知識があっても最低限のレベルが無ければ首を切られる事もあります。実際そういう理由から職を失った『夏』の使用者が怨恨目的でアメタマを使って企業や団体を襲撃したパターンもありますし」


「なるほどねぇ。確かにそれなら模造品の『中核』と大量発生するアメタマにも納得がいくわ。雨を降らせるだけで仕事が成り立たなくなる企業や団体なって沢山あるもの。……だけど、そしたらやっぱり言葉を喋る変異種の方のアメタマの説明がつかない」


「それが、この三つ目の仮説で一番常軌を逸している一因です」


「ふぅん、やっぱりそれにもちゃんとした仮説があるのね?」


 私がそれに首肯すると、桃子ちゃんは顎に手を当てて頷いた。


「今回は問題形式なんて野暮な事はしなくて良いわよ。サクッと聞くわ」


「はい。もとよりその積りです。その代わりモモコちゃん、それがいくら突飛な説だったとしても、頭からの否定はしないで下さいね?」


「……まぁ、善処はするわ……。私がそれを全否定するかも知れないくらい常軌を逸していて突飛な説って事で良いのね?」


「はい。それで良いです……」


 桃子ちゃんは真剣な目で私を見据える。私はそれを受け、大きく一度深呼吸をしてから先を続けた。


「実はですね、あのアメタマ、『アメタマじゃない』んです」


「それは無いよ」


「頭からの全否定ありがとうございます。だけどこの仮説では、あれは『アメタマであってアメタマではない』んです」


「だって、ちゃんとアメタマとして反応が出たんでしょ? それならそれはアメタマよ。アメタマ以外の何物でもないわ。それ以上でもそれ以下でも」


「身体はアメタマです。身体を形成する物が限りなく百パーセント水分で、身体の水分移動で伸縮などの可能な限りでは部分的に変化が出来ます。『夏』を欲して地上にも出て来ます。そして何より雨天を好み、ある程度なら自由に雨を降らせる事も出来るでしょう。しかし、その中身、つまり『脳味噌』ですね。それが『人間』なんです。人間の様に物事を考え、人間の様に言葉を発し、人間の様に行動する。身体は『アメタマ』ですが、中身は『人間』なんです」


「つまり、どういう事……?」


「あの『アメタマ』の中には『人』が『入っている』と言う事です」


 私のその三つ目の仮説。


 それを聞いて、桃子ちゃんは言葉を詰まらせた。


「……えっと、つまり、その喋るアメタマは、中に人が入っていて、外側のアメタマを操ってるって、そう言う事?」


「正確にはアメタマの身体を乗っ取ってるって事です。早い話があのアメタマの中には、その博識だけれど実力に少し劣る個人の『脳味噌』だけが入っているって感覚です」


 桃子ちゃんの表情が引き攣り、額に手を当てて必死に思考を回している様子が窺える。そうして少しの間沈黙が続いた後、「そんな事……、可能なの……?」と、桃子ちゃんの口からそう発せられた。


「可能かどうかは分かりません。あくまでも仮説です。しかし、それならばほぼ全ての事に説明が付けられます。アメタマの『中核』に使われた模造品、それは平均以下の『夏』の生成レベルからなる簡素なもの。そしてその中身、ハツカネズミを使わずドブネズミを使用したのも『アメタマとして』入手が容易だったからです。下水に腐るほどいますし衛生面を気にする事もありません。鳥の雛も養鶏所から盗んだものと考えて良いでしょう。そして人体の各部位、それ等は多分、『アメタマに為る以前の自ら身体のもの』ですね。彼にとっては脱ぎ捨てた『古い身体』を勿体無いから使い回して見たって感覚に過ぎないでしょう。全てお金が掛からなく、それでいてそれ等は容易に入手出来る物。アメタマを作った目的は、企業、もしくは団体、それから『特境省』、それ等どれかへの怨恨による復讐心で良いとして、アメタマになった目的は――」


「……アメタマの本能。『夏』の収集欲……ね?」


 桃子ちゃんが眉をひそめてそう言うのに、私は「その通りです」と一言答え、首を縦に振った。


「『夏』を使用出来る人達の一度に生成、仕様出来る『夏』の絶対量には個人差があります。その絶対量を増やす為の鍛錬等もありますが、それには相当な月日を費やしますし、その鍛錬を積めば誰でもが必ず絶対量を増やせると言う事は保障出来ません。その個人は自分が生成出来る『夏』の絶対量にかなりのコンプレックスを持っていたと考えられます。……というか、『夏』そのものにコンプレックスを持っていたと考えて良いかも知れないですね。それにより、その個人はアメタマの存在に強く惹かれます。アメタマなら『夏』を貪るだけですから、自分で生成する事は殆どありません。その所為で急速外気冷却も起きたんだと思います。『夏』の乱獲。相当な数を内側に溜め込んでいるんでしょう。多分ですが、一度自分で作ったアメタマに自ら望んで食べられたと私は推測しました。博識で知識が豊富という仮説なので、体内に入った後に何処をどうすれば脳を直結して身体を奪えるとかが分かっていたんでしょう。取り敢えずこんなもんですかね」

 

 どうですか?


 問うと、桃子ちゃんは椅子の背もたれに大きく体重を預け、少し考える風にしてから口を開いた。


「うーん、なんだろう……。一つ目と二つ目の仮説に比べて、三つ目はかなり細かいところまで説が立ってるよね? まるでこの仮説に絶対の確信があるみたいな内容だ」


 流石に鋭い。


 その桃子ちゃんの勘の良さに、私は敬服さえする。


「……それに関しては、すみません……。実はなんですけど、この三つ目として位置付けした仮説は、本当は一つ目なんです……」


「ふぅん?」桃子ちゃんは不思議そうな表情で首を傾げた。


「最初にこの仮説を思い付いたんですが、内容は聞いてもらった通りに常軌を逸しています。自分で考えておいてなんですが、この想定した仮説の個人は相当頭が狂ってます。いくらなんでも流石にこれは無いだろうと思って他の仮説を立てましたけど、やっぱり他のは矛盾が先ん出てしまうんですよね……。それでもこの三つ目よりは現実味があると思ったので一つ目と二つ目に繰り上げました。モモコちゃんが『一応聞こう』って言ってくれなければ、この三つ目は乗せておくだけで説明する事も無かったでしょう」


「だけど、これが一番しっくり来るのよね?」


「はい、そうです」私は頷く。


「これが一番可能性としては高いのよね?」


「……はい、そうです」私は、そう頷く。


「じゃあこれにしましょう。シヅルちゃんの一押しなら、それだけでこれにする価値があるわ。どれだけ突飛で常軌を逸していても、それが正解だと言うのなら、それしかないでしょ?」


 桃子ちゃんがそう言って笑ってくれるので、私もそれに笑顔で返した。


「でも、一応ね、その『アメタマの身体に人間の脳味噌』ってやつ、いくらその個人が博識でアメタマの知識が豊富だったとしてもよ? シヅルちゃんは、それを実際に出来ると思う? 仮説云々じゃなくて、シヅルちゃんの意見として」


 薄く笑ってはいるが、眼差しは真剣そのもの。


 問われて、私は少し考える。


 ……いや、これはきっと考えている振りだ。答えなんて最初から決まっている。


 私は…………、


「私は、絶対に無理だと思います。百パーセントで成功すると思えません」


 言うと、桃子ちゃんは一度頷いて、「うん、私もそう思う」と、殆ど間を空けずに答えた。


「私もシヅルちゃんの言う通り、それは絶対に出来ないと思う。そんで、あの子達にはそれを念頭に置いて対処に当たってもらうわ。絶対に出来ないと思っていても、対処に当たるのは『特境省』で、相手は『夏』だからね。『夏』には、何が起きても不思議じゃないわ。私達は、その何が起きても不思議じゃない事柄から、彼等が無事に戻って来る事を祈りましょう」


 桃子ちゃんは、そう言って指令室前方の巨大モニターを向く。


 そう、私達は彼等にその仮説を伝え、無事に帰って来る事をここで祈るしかない。


 ゲリラ豪雨に七体のアメタマ。


 六つも年下の三人の学生にそれ等を丸投げして、何が起きてもおかしくない様な現場へと送り出し、自分は安全な指令室で指示出すだけと言うこの状況。流石に口や態度には出さないが、それを思うと自然と表情は引き攣ってしまう……。それでも今の自分の役職では彼等にその仮説を伝える事しか許されず、私達は現場で戦う職員をモニター越しに見守り、その反応が消えない様、無事を祈る事しか出来ないのだ……。


「……そうですよね。ただ仮説を伝えて、無事を祈る事しか出来ないんですよね……。何だか歯痒い気分です……」


 私がそう呟くと桃子ちゃんは、「確かに歯痒いけど、こうやって指示を出す人がいなきゃ現地の職員も動けないのよ? 現地でアメタマや『夏』を使用する者を相手にするのも戦いだし、私達みたく指令室で的確な指示を現地の人に出すのも戦いって事。だから、さっきはああ言ったけど、アメタマとかの反応合図をテンションの上がる曲にするのも、それはそれで良いかも知れないわ。ちゃんと指令室もその気になれるもの」と、そう言って笑ってくれる。


「……そうですけど、こういう予期出来ない事態の時に学生三人だけっていうのは酷な話です。責任問題じゃないですけど、やっぱり人手が少なくて経験の浅い子だけしかいない場合は、『自分も現場に行かなくちゃいけない』と、そういう思想に駆られます……」


「まぁ、確かにねぇ。だけど、そういう時はさ、心配しないで信頼してあげなくちゃ」


「心配じゃなくて、信頼ですか?」


「そう。信頼。語感は似てるけど全く違う意味よねぇ。シヅルちゃんモニター見て御覧?」


「はい?」


 見ると、特境省職員のマーカーが最初の表示位置から三つに分かれて動いている事がハッキリと分かった。奧海くんと春真ちゃんはその場に残り、日夜くんと森谷くんが方々へと分かれて移動している。


「多分ね、あれはカズくんとコウくんが左右に分かれて三体ずつ落そうって魂胆ね。ふふっ。全く、その中に隠れボスがいたらどうするのよって感じだけど、あの子達もちゃんと自分で状況整理は出来てるわ。状況を把握して、その上で自分達で考えて動ける。それ等を私達が細かくサポートするの。若いって我武者羅で良いわね。高校の時分だったら私もあれくらい出来たかも知れないけど、今じゃ多分指示待ちの姿勢だわ。確実性を求めちゃうと思う。だけど本来、『特境省』職員はあれくらいの方が良いのよね」


「……? どういう事ですか?」


 問うと、桃子さんは表情に笑顔を浮かべた。まるで、自分の大切にしている宝物を私に見せびらかして自慢でもする様に。


「ふふふっ。要はさ、『子供が一番夏を楽しめる』って事よ。私達指令室の、子供にも大人にもなり切れないどっちつかずの二十代そこそこは、あの子達が本当にヤバそうな時に的確な指示を出してあげて、あの子達を信頼してあげて、そんで、無事に戻って来る事を祈るだけ。案外、それだけで十分なんだと思うわよ?」


 私はそれを聞いて少しだけ目を丸くしたけど、なんだか、それがこの指令室という場での真理に思えた。


「……そうですね。私も、あの子達を信頼してみます」


 桃子ちゃんはそう言った私に「うん。それが一番だよ」と、そう返した。


 横内さんの穴を埋める為、資料整理から応援で配属された指令室という場所。特境省の中核。


 それが一番ならば、私はいくらでも祈ろう。


 彼等が無事に、笑顔でこの件の終着を迎えられる事を。



 ◆ ◆



「――って事ね。大丈夫? ちゃんと理解した?」


「あー、大丈夫です。三つの事を同時にとか絶対無理だと思ってたけど、割と理解出来ました。仮説っつっても、俺もそれにはしっくり来ましたよ。……っつーかそれにしても、大分ぶっ飛んだ思想を持ってる奴ですね。やって出来ない事は無いみたいな臭いがぷんぷんしますよ」


「……まぁ、実際のところ『夏』ならやろうと思って出来ない事は無いしね……」


「くははっ、確かにそうっすね。俺もそう思います。んじゃ、こっからはちょっと飛ばし気味で鴉んとこに向かいますわ。っとちょっと待って下さい。ちょっと待って下さい」


「ん? なに? どうしたの?」


「そう言えばなんすけどね、その喋るアメタマ、……あぁ、アメタマじゃないんでしたっけ?」


「いや、そこは便宜上アメタマで良いわよ。コロコロ変えるのも面倒だしね。で? その喋るアメタマがどうしたって?」


「えぇ、そいつがちょっと妙な事を口走ってたっつーか……、終始笑ってプルプルしてたんすけど、安西さんの事を『姫君様』とか言ってたり、『欲しいもんが手に入る喜び』とか、そんなん色々言ってましたね。ってー事は、そのアメタマは『個人』として『安西春真』が欲しいのか、それともアメタマの『本能』として『夏』が欲しいのかって、どういう事なんすかね?」


「……うーん、それもちょっとヤバい感じの臭いがするわね……。『夏』を欲するってのはアメタマとしての本能だけど、ハルマちゃん自身に執着してるって事は何かしら裏があるかも知れない……。昨日初めてアメタマに遭遇した時に高めの数値出してるから、それと何かしらの関係があるとしたらちょっと気にはなるわね……。なんにしても、ちょっと飛ばし気味でお願い」


「あいよ、分かりやした」


「『夏』生成して持ってくのも忘れないでよ? 到着した時にきみも『大黒腕』が出なかったら洒落になんないからね?」


「わーってますよ。そんじゃあ切りますから。なんかあったらまた連絡お願いします」


 そう言って通話は日夜くんの方から切られた。


 何だかんだ言っても、やっぱり心配なのに変わりは無い。


 だけど、信頼すると決めたからには、私はあの子達を信頼してあげよう。それが指令室に居る時、指令室に居る者に出来る唯一の事なら、それは尚更だ。


「連絡終わりました。ヒヤくんはオウウミくんの方に向かいましたし、シンタニくんも三体目落した瞬間に端末辿ってオウウミくんの方に向かってるみたいです」


 一まずは安心ですよ。


 そう言って隣に居る桃子ちゃんの方に顔を向けると、何故だろう、桃子ちゃんは凄く渋い顔で、私の方を向いていた。


「……えっと、なんですか? ……私、何か不味い事でも……?」


 問うが、それには桃子ちゃんは首を横に振る。


 眉間に皺を寄せ、目頭を押さえ、桃子ちゃんはゆっくり口を開いた。


「……シヅルちゃん。あれ……、モニターのあれ……。なんだと思う……?」


「……え?」


 モニターに関してのミスは無い筈だ。それでも尚何かしらの不具合でモニターの画面がどうにかなってしまったと思い、慌てて桃子ちゃんの言う前方の巨大モニターに目を向ける。


 …………。


「ね? あれはちょっとヤバいよねぇ……? 流石にこれはちょっとマジで常軌を逸してるよねぇ……」


 桃子ちゃんに言われ、私も表情が凍ったのを自覚する。


 モニターに表示されている最後の一体のアメタマ。


 現在奧海くんが対峙しているだろう、最後の一体のアメタマ。


 そのアメタマを中心点として、急速外気冷却の範囲が凄い勢いで広がり、気温低下速度が『毎分一・五℃』と表示されていた……。


「毎分って……、これって本当にマジでヤバい事態ですよね……?」


「……えぇ、そうね。これって本当にマジでヤバい事態だわ……。シヅルちゃん、今外気温何度になってる?」


「二十四℃ですが、たった今二十三℃になりました……」


「さっきはカッコいい事言ったけど、流石にこれは私達も出た方が良さそうだわ」


「はい! サジさんに連絡入れて直ぐに飛んで貰いましょう!」


 そう言って携帯電話を取り出すが、桃子ちゃんは短縮ダイヤルを押そうとする私の指の動きを「待って!」の一言で制した。


「サジさんには今直ぐ連絡を入れて。だけど、指示は機内待機で。いつでも飛べる様にしておいてと伝えて」


「――待機って、今、結構マジでヤバい状況って、言ってたばっかりじゃないですか? 私達も行くんじゃないんですか?」


「……勿論、本当にヤバくなったら私達も行くわ。だけど、外気温十℃まではあの子達に任せる。本当にヤバくなるの境界が十℃。それを下回ったら、私達も出ましょう……」


 そんな……、今まさに危ない状況なんですよ? それなのに、この状況で尚あの子達だけにやらせるって言うんですか?


 そう口を吐きそうになったけど、私はそれを言わずに止めた。


 私だって、たった今思ったばかりだったから。


『あの子達を信頼しよう』って……。


「ごめんねシヅルちゃん……。でも、もう決めた。これが私達にとってもあの子達にとっても、恐らく最良であろう境界線。今決めた。『十℃まではあの子達を信頼しよう』って……」


 その言葉を聞いて、私は何も言えなかった。


 外気温十℃を下回るまで後、約八分弱。


 私は前方の巨大モニターから目を外し、佐治さんの携帯電話への短縮ダイヤルを押した。






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