メイン 14 対峙・窮地・胎児
「ケキャケキャケキャケキャケキャケキャッ! 嬉しいぜぇ! 嬉しいぜぇ! 俺は今とても! 猛烈に! 嬉しい! 喜ばしい! 念願叶って欲しい物が手に入る喜びに、俺は震えを押さえずにはいられねぇ! ケキャカクカハカハハハハハハハッ!」
豪雨の中、奴はそう叫びながら、その全身を余すところなく使って己の喜びを表し、喉という器官があるとするならばそれを潰さんばかりに、声を高々と上げて、笑う。
「おいおいお前等! 変なもん見るような目ぇすんなよ! アホなもんを前にしたような顔すんなよ! お前等だってそうだろ? 欲しい物が手に入るんだったら喜ぶだろ? そうだろ! 俺だって同じさ! お前等と何ら変わりない! 遜色が無い! 俺が喜んじゃいけないなんて事ぁねぇだろうよ! ケキャケキャケキャケキャっ!」
恐らく奴の言う通り、俺等は四人して全員で、変な物を見る様な目で、アホな物を前にした様な表情をしていたのだろう。しかし、いつまでもこの狂った物を前にして冷めた目もアホな顔もしてはいられない。横内さん程の熟練者なら未だしも、俺等はまだ経験が浅く、安西さんに限ってはまだ『特境省』ですらない。現状を把握して行動するのに少しばかりの時間が掛かった。それでも唯一の救いだったのは、このアメタマが己の欲望に身を震わせて喜んでいた事だった。もし奴が企業や団体の『夏』を使う者だったならば、俺等は戦闘態勢を取る前に地面に転がっていた事だろう。ただ転がされているのならまだ良いが、それは四肢を分断されていたかも知れないし、身体をドロドロに溶かされていたかも知れない。そう考えるとそら恐ろしい……。目の前にいるのがアメタマで、こちらの様子を気に掛けずに喜び狂っていた事は、俺等にとって幸運な事だった。
「スバル、カズヒロ、電話シヅルさんからだった」
目の前にいる六メートル級のアメタマからは目を離さずに、ニコはそう言って携帯電話を振って見せる。
いつの間にか携帯電話の振動が止まっていたと思ったら、どうやらニコが着信に出ていた様だ。こういう時の冷静さを俺にも少し分けて欲しい。
「うん。なんて?」
「ドーナツ全部食べちゃってごめんなさいだってさ」
「うん、それと?」
割と非常時なのでツッコミは入れない。一応なのだろう「いや、本当に言ってたんだぞ?」と、ニコは自分がボケたんじゃない事をアピールするが、それも今は割とどうでも良い。
「そいつ入れて半径三・五キロの範囲に七体だってさ。そんで、そいつ以外は多分フェイクの模造品だろうって。どうする? っつーかさっき聞いちゃいたけど、アメタマが喋ってんの初めて見たわ。なんつーか新鮮だな」
『そいつ』事目の前のアメタマを顎で示し、ニコは乾いた声で呆れる様に言いを発した。
「くははっ、俺も思ったわそれ。新鮮さより頭が危なそうって方が先だけどな。脳味噌溶けてんじゃねぇの? こいつ。ま、脳味噌ってもんがあるのかも疑わしいけどな」
「……お前等平和そうで良いねぇ。正直、俺はさっきこいつ前にして考え込んじゃったよ。喋るか普通? アメタマだぞ?」
「喋らねぇな」
「喋らないね」
黒腕はそう言って笑い、ニコはそう言って鼻で笑った。
俺はと言うと、ま、苦笑いってところが妥当だろう……。
「申告も出してくれるってさ。そんかし俺等は明日からここら一帯の『夏』作り。そいつの所為で急速外気冷却とか起きてるから、早い内に『夏』作っとかないと今年は冷夏になるってよ」
「っかー、全く人使いが荒いねぇ。俺等で都内をどうにかしろとか俺等だけで『夏』作りとか。ま、やれって言われればやるんだけどさ……。それにしたって人使いが荒いよなぁ」
黒腕はそう言いながらも、どこか楽しそうに笑う。
それを見ると、俺も自分の中の何処かに楽しさを感じた。隣で呆れた様に笑っているニコも、恐らく同じ思いだろう。
「そんじゃ、ぼくとカズヒロは模造品の方をやってくるよ。左右に別れて近いところから端末追って三体ずつで良いな。そんで、スバルはあいつに因縁ありそうだから、あれはお前に任せるよ」
「あぁ? 普通そこはじゃんけんだろ? ああいう変異種とやんのって結構負担掛かるしストレスも感じるんだぞ?」
抗議はしてみるが、そんなものは何の意味も為さない事を知っている。ニコは御座なりな感じに「あぁ? 因縁とかあった方が面白いだろ。ぼくが」と、俺の言いを意にも解さない感じだった。ま、最終的に結果はこうなると思ってたけどね。俺の方もあのアメタマにはさっき良い様に言い包められたからな。因縁としては十分過ぎる程だ。
「なんつーかこの感じ、中二ん時以来だな。結構ヤバい状況なのに気分が高揚してる。こういうのは良い兆候だと思うんだよ。俺は。負ける気がしねぇっつーのかね。くはははっ」
「はいはい、カズヒロとコウスケは良いよな。俺はこれからこの狂ったアメタマ相手にすんだぞ? 喋るし、笑うし、全く勘弁して欲しいよ」
皮肉を込めてそう言うが、あながち黒腕の言う事も分からないでもない。確かに、こういうヤバい状況を三人で相手にするのは中二の時以来だ。そんで、取り敢えず俺も今のところ、負ける気はしない。
「そんじゃ、散開しますか。お互い武運を祈ってって事で」
そこまで言ってから、ニコは付け加えるように「あぁ、それと――」と呟く。
「モモコさんとシヅルさんが、『それなりに気合入れな』だってさ。」
それを聞いて、俺等三人は笑いを噴き出した。
それなりに気合入れろって……、つーか、あの二人が気合入れろなんてさ、結構な状況じゃなきゃ言わないだろうに……。
今日はもう激務中の激務だ。特別手当を貰っても何ら不思議ではないくらいの激務。これからそれに挑もうというところで、俺等は身体にある各所の関節部分を回して解す。
「それじゃあ、やりますか」
俺がそう言って一つ息を吐くと、黒腕とニコは一度だけ、首を縦に振った。
「武運と」
「気合と」
「根性を。ってか?」
それを皮切りにして、黒腕とニコは方々へと飛び駆け出して行った。あの二人は三体、俺は目の前にいる狂った一体。数こそ俺の方が圧倒的に少ないけど、労力は俺の方が圧倒的に多いだろう……。
「ごめんな安西さん、ほったらかしで。」
俺等のやり取りの間、ずっと後ろで身を潜めていた安西さんにそう声を掛ける。前にいる狂ったアメタマから目を切る事は出来ないので、申し訳ないが声だけでの気遣い。
「……ううん、大丈夫。結構大変な状況なんでしょ?」
「なんだ、結構肝据わってんね」
「うふふっ。昨日今日で色々見聞きしたしね。私の常識バッキバキにされたし。でもまぁ、本当は今凄く怖かったけど、オウウミくん達の話聞いてたら、何か大丈夫な気がしてきた」
「あはははっ、そりゃあ良かった」
「なんか、ああいうの良いよね」
ああいうの?
後ろを向かないままで問うと、安西さんは声に出して笑い、「うん。ああいうの」とオウム返し。
「さっきのやつよ。『武運と気合と根性を』ってやつ。っふふふ。私はああいうの好きよ」
「ははっ、俺等も好きでやってんだよ。ま、結構適当に色々変えて言ってるから、言葉じゃなくて行為が主体のもんだね。大分前の時は全部『愛』だった事もあるし」
それを聞いて、安西さんはまた声を出して可笑しそうに笑った。
よし、多分大丈夫だ。安西さんも取り敢えずは安定している。昨日遭遇して今日簡単な講習を受けてもらっていて本当に良かった。彼女が物怖じしない強い心の持ち主だって事に、今は大分と助けられている。
「安西さん家って、あそこの角曲がったところなんだよね?」
「うん、そうなのよ。残念な事に……」
「だよなぁ……。流石にあのアメタマの横を突っ切っていく事も出来ないし、迂回しようにも途中で他のアメタマに遭遇って事もあり得るからなぁ……。したら、俺の後ろからもうちょい下がったところの、どっかの陰とかに隠れててよ。その間に俺があれをどうにかすっから」
後ろは見えてないけれど、安西さんが頷いてそれを了承し、後方に離れて行くのが感じ取れた。
さてさて、女の子も一まず安全な所に隠れて、黒腕とニコは他のアメタマを落としに行って、後は俺が豪雨の中でこの狂ったアメタマの攻撃を後ろに逸らさない様に落せば良いだけの話、か……。現状はなかなかにシビアだけど、今のところは負ける気がしねぇ。これは仕事だし、下手すりゃ命の掛け合いだ。負けると思ってたら、落せるもんも落とせねぇ。
「おう、てめぇ。いつまでも浮かれて空想少年やってんじゃねぇよ」
上下左右前後と、そのどれにでも対応出来る様に腰を気持ち低く落して半身で構え、上半身は力を抜いて前屈みになり、腕はだらんと下に垂らす。
その俺の声に反応して、今までずっと喜びに身体を打ち震わせていたその言葉を発すアメタマは、目玉だけをギロリと動かして、目の前に立つ俺に、焦点を合わせた。
視線がかち合う。
「クキャキキキカカっ。あんだよ? お前一人で良いんか? 他の二人も一緒で良かったんだぜ? 俺はよぉ。なんせ、欲しいもんはもう目と鼻の先なんだからな。時間なんて浪費する必要はねぇ。てめぇをサクッと殺して、てめぇの後ろに隠れてる姫君様をさらうだけで良いんだからよぉ」
どうやら、奴の方も臨戦態勢になった様だ。細く長かった腕を太く強靭なものにして左右に広げ、身体の上部を前に倒す。ラグビーにおけるタックルの様な姿勢。
「あんさぁ、さっきっからあの娘の事を『姫君』っつってるけど、お前が欲しかったもんってあの娘の事なんだよな?」
「んんー? そいつはどうかなー? 若い『特境省』?」
互いに臨戦態勢をとったものの、それでも俺はアメタマとの対話を先に選んだ。乗って来ないのならそのまま落せば良いし、乗って来るのならそのまま対話をすれば良い。その間に黒腕とニコが戻って来るのなら心強いし、こいつが何故安西さんに執着しているのかも気になるところだ。理由があるのなら、そこには何かしらの秘密がある。それが、このアメタマの特異たる所以であり、また、そのウイークポイントであるかも知れないからだ。とまぁ、そうは言っても、これは俺の独断だよなぁ……。黒腕とニコなら何の躊躇い無くさっさと落すだろう。桃子さんなら俺の気持ちは分かってくれなくもないかな。横内さんと志弦さんは、分かんねぇや……。
「いやいや、もうてめぇの話の端々から読み取れてるから。何であの娘が欲しい?
何で必要なんだ? あの娘がお前にどんな有益をもたらしてくれる?」
「ケキャクカっ。確かに確かに。確かに俺はそこに居る姫君様が欲しいなぁ。クキャケカカ。確かにお前の言う通り、俺にゃあその姫君様が必要だよ。多大なる有益をもたらしてくれる。俺に取っちゃあ良い事尽くめだ。だけどよぉ、それ以上の理由とかを、お前が知る必要があんのかぁ? 俺が喋ると思うかぁ?」
「理由を知れば俺のモチベーションが上がんだよ。俺はその新しい仲間になるかも知れねぇ女の子をてめぇから守んなきゃいけねぇからな。てめぇはあの娘が欲しい、俺はあの娘を守んなきゃいけねぇ。どうよ? お互いのモチベの為にさぁ、俺に教えちゃくんねぇか? てめぇがあの娘を欲しがる理由をさぁ」
アメタマはその俺の言葉を聞き、口の両端をグググッと持ち上げると、空に向かってこれでもかと言うほど「ケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャケキャッ!」と笑い声を上げ、それと同時に雲の中を稲光が駆け巡った。日が遮られた豪雨の中で、俺とアメタマがほんの一瞬だけ光に照らされた。
「誰が! だーれが教えるかよバアアアアカァッ! めでたい奴だ! ほんっっっとうにめでたい奴だよてめぇはっ! 何故俺が! それで教えると思う! 何故に俺がそれで教えると思った! バカにも程があるぜ貴様はよぉぉぉおお! ケッキャキャキャキャキャキャキャキャキャッ!」
「……交渉は、決裂みたいだな」
「ケキャケキャ。てめぇに交渉する気があったかも疑わしいぜ!」
言ったが早いか、アメタマはその前傾を保ったタックルの姿勢で力任せに突っ込んで来る。さっきも実感していたけど、志弦さんの言う通り、確かに通常のサイズ比に対して動きが格段に早い。言葉を喋るだけではなく、ちゃんと変異種として確立している。
まぁ、それでも負ける気は更々無ぇ。
さっきん時は俺もお前の素姓や出生なんかに多少戸惑ったけど、お前がマジで俺を殺して安西さんを奪ってくっつーなら、俺もマジでお前を落としに掛かるだけだ。
申請は、出ている。
「交渉する気なんて、ある訳ねぇだろ!」
あの狂ったアメタマがこっちに力任せに突っ込んで来てくれるのは、俺にとっては寧ろ好都合だった。下手に小手先のテクニックとか技を使われて長引かせられるのは、『特境省』にとってはあまり都合が良くない。長引けば長引くほど『夏』の消費も著しく、その分仕事量や生成しなければならない『夏』の量も増えるからだ。深層学種に起因した力である学種四系を出す為には『夏』を多大に消費する事になる。それ故に、学種四系の力を使うには『特境省』からの申請が必要なのだ。本来アメタマを落とす為に学種四系を使うなんてあり得ない事だし、アメタマを落とす為に学種四系を使うなんて『夏』が勿体無い事でもある。大体の場合、学種四系は企業や団体の『夏』を使う者に対抗する為に使うものなのだけれど、アメタマとしても例外的な、変異種として特定された場合や、思いがけず多数のアメタマの反応が出てしまった場合など、速やかな対処が求められる場合に申請が出る事が多い。
そして今、『特境省』からの申請は出ている。
なので、なるべく『夏』を消費しないよう、俺は突っ込んで来るあの狂ったアメタマに、カウンターの要領で『鴉』をブチ込み、その一撃で今回の件を終わらせる積りだった。
――その積りだった……。
俺は威勢良くそう言い、突っ込んで来るアメタマにカウンターをブチ込むべく拳を握る。
……しかし、しかしだ……。俺は自分の右腕を『鴉』に『変化』させる事が、出来なかった……。
血の気が引く。
流石に焦る。
『鴉』に『変化』させようと思って出来なかった事など一度も無かったし、もし出来なかった事が一度や二度あったとしても、まさかこんな状況の時にそうなるとは思いもしなかっただろう。以前にあれだけ望まなかった『鴉』が、必要な時に何故か発現されない……。
一撃で落す筈が、このままでは一撃で殺られてしまう……。
クソッ……。どういう訳か発現出来ない以上、こんな事なら小手先使ってチマチマ回りくどくやられた方がマシだった……。少しどころの話じゃあ無く、マジで結構、半端なくヤバい。落す事が出来ないのなら、この突っ込んで来るアメタマをどうするか、だ……。
まず、後ろに流す事は出来ない。後方の何処かの陰に安西さんが隠れているのだから、それは得策とは言い難い。寧ろ愚策の類。次に正面から受け止めるという方法。これも俺には無理だ。多少なりとも体育会系は混じっているだろうけど、残念な事に純正ではない。黒腕なら学種四系無しでも出来る事だろうが、とてもじゃないが俺には無理だ。受けるのは無理なので、選択肢は流すに絞られる。その中でも後方って選択が潰されてしまっているので、問題はどの方向に流すか……。
なんにしても、それは咄嗟の判断。
俺は突っ込んで来たアメタマに対して少量の『夏』を使い、身体を吹っ飛ばされるだろう寸でのところで、その推進力を下方向へと逸らし、奴の力を殺す事無くそのままアスファルトへと叩きつけた。
豪雨によってアスファルト面に出来た水溜りが弾けて飛び散る。アメタマは地面に突っ伏して怯み、その勢いでアスファルトにはひび割れが生じた。
……しかし、そんな事でアメタマが落ちるようなら『特境省』は何の苦労もしない……。
そもそも、今俺が奴を下方向に逸らす事が出来たのだって、かなりギリギリのラインだった……。心臓が早鐘を打ち、脳は生と死のどちらをも強く意識する。成功させる自身はあったけど、それでも百パーセントの確証があったとは言い難い。今この瞬間、地面に突っ伏していたのは自分かも知れなかったのだから……。しかし、それでも成功は成功。衝撃に怯んだ際、奴には多少なりともの隙が出来た。これを俺は好機と捉える事にする。これを好機と捉えなければ、こいつを地面に突っ伏させた意味が無い。
その隙を突いて俺が真っ先に取った行動。
それは、間合いを取る事。
――ではない。
「はっ! ザマぁねぇなデカ物がっ! 俺はてめぇのそのデカイだけの図体を見かけ倒しだと判断したぜ! 喋るだけで脳が無ぇのは他のアメタマと一緒だな! トークマンかてめぇは? フラワーロックでもてめぇより機敏に動くんじゃねぇの!」
今の状況、俺は間合いを取る事はあまり得策ではないと考えた。
下手に間合いを取って再びタックルの要領で突っ込んで来られた場合、恐らく俺は再度奴の推進力を下方向に逸らす事は出来ないだろう。既に一度使った手だ。二度目は通用しないと考えて良い。そして、懐に潜り込んだ方が動きが読めやすい。短く太く、強靭な腕にしたとは言っても、やはりその身体の大きさに比例して、腕もかなり大きく長さもある。近距離での攻防には些か不要の長さだ。近距離での打ち合いの方が、リーチの分俺の方が小回りが利き有利に事を運べるだろう。更に言うと、後方に間合いを取れない理由としては他にもあり、この位置からバックステップで距離を取ると、どうしたって後ろに隠れている安西さんのところまで行ってしまう。何処に隠れているかは分からないけど、間合いを取る場合は相対者との間隔で十メートル程が『特境省』で実技講習を受けた際の基本となる距離。忠実に基本通りを実践する程バカ正直でもないが、こいつと間合いを取る場合は確かに十メートル程は欲しい。なので、これは間合いを取る事の出来ない理由となる。
そして最後に、この距離を取らない主たる理由。
こちらに策が無い事を奴に悟られない為だ。
不測の事態とは言っても学種四系を使えないこの状況。それを奴に悟られてしまっては非常に不味い。もう認めてしまうけど、奴には会話のキャッチボールを出来るだけの知能がある。つまり、自ら考えて行動していると言う事だ。夏の序盤にワラワラと出て来る通常のアメタマとは格が違う。普通のアメタマなら学種四系を使わずとも落せるが、こいつは変異種としてかなりヤバい部類だ。こちらに切り札が存在しない場合、それが奴に知れてしまったらパワーでゴリ押しされるのが目に見えている。そうなった場合恐らく俺は持ち堪えられない。これは、何としても秘守すべき事だ。
なので、俺が真っ先に取った行動。
それは挑発だ。
汚い言葉を浴びせて感情を操作し、奴から正常な思考能力を奪う。
……全く、アメタマなんぞにこんな小粋な手を使う日が来ようとは思いもしなかった。奴が人語を繰ってそれを理解するのなら、付け入るべき場所もそこにある筈。言葉を喋る変異種のアメタマなんざ面倒臭いだけだと思っていたし、実際奴を相手にするのは相当な労力を強いられているけど、その『言葉を喋り理解する』ってところが今回俺が唯一突ける一点の隙になろうとは、それはもう、何とも皮肉な話だよ。全く……。
「あーあーあー、痛ってぇなクソっ……。あんだよ? そう言う事をする訳ねお前は? 俺としちゃあお互いに純粋な殴り合いを選んだ結果だと思ってたんだけど、何だ? そういう小賢しい感じのやり合いって事か? 生憎俺はあんまりそういうのに向かねぇんだよ。力ばっかり強くって、身体ばっかりでかくって、フラワーロックみてーに華麗には踊れねぇんだ。だからよぉ、てめぇみてぇな小手先勝負ばっかりのフィールドには降りてやれねぇんだよ。悪ぃな。ケキャケキャっ」
突っ伏した状態から体勢を立て直し、奴は俺を両の目でしっかりと捉えてそう吹いた。
俺と奴との距離はおよそ二メートル。俺と体型やサイズが同じならば十分な距離を保てている事になるのだろうけど、如何せん俺の身長は百七十センチ程で、奴のサイズは六メートル越え。
間隔は、ほぼゼロ距離に等しい。
奴は俺を見下し、俺は奴を見上げる形になる。
「はっ! 別に小手先の勝負をしようなんざ思っちゃいねぇよ。ただてめぇがあまりにも面白れぇ体勢でチンタラ突っ込んでくるから手元が狂っただけだっつーの。俺だって殴り合いを望むところだぜ? こっちとしては寧ろテメーが殴り合いに自信が無ぇのかと思ったくらいだ!」
勿論、俺の言う事なんか殆どハッタリに過ぎない。現状として学種四系が使えない以上、俺に出来る事はのらりくらりと最悪の事態をかわす事くらいだ。この場合の最悪の事態とは、俺等三人の内の誰もがこいつを落とせないでこの場が終わり、安西さんがこいつの手中に落ちる事。俺がやられても、まだ黒腕とニコがいる。どうにかして時間を稼ごう。そして、『特境省』が負けない事。同じく、どういう目的かは分からないが、奴が必要としている安西さんを死守する事。その両方が、現時点での重要課題である。
挑発とハッタリによる搦め手。
それ等が効果を発揮したのか、アメタマは俺の言うそれ等を聞いて、ニヤニヤと緩めていた表情を不快そうに歪める。
「……言うじゃねぇか。俺の半分も生きてねぇ餓鬼の分際でよぉ……。口だけは達者だって事は褒めてやるぜ……。だがなぁ、しかし、だ……。折角人が喜び勇んでるっつーのに、どうしてお前等みてーな餓鬼は人の幸せを邪魔する様な事するかね……?」
「アホか? てめぇみてぇなのは『人』って分類で括られてねぇんだよ。なに勘違いしてやがる? 自意識があって言葉喋れるからって人間にでもなった積りか?」
「ほう、なにが違う? 自意識があり、言葉を喋り、自我があって自ら考えて行動する。俺はちゃんとライターで火も点けられるぜ? トイレの必要性だって知ってるから猿じゃあない。自動販売機で好きな飲み物も買えるし四コマ漫画の起承転結だって理解が出来る。俺は確かにアメタマっつー存在になっちゃあいるが、他のアメタマとは何もかも違うと思わねぇかぁ? アメタマじゃなかったとしても、これ程人間に近しい存在の生き物がこの地球上に存在すると思うかぁ? えぇ? 若い
『特境省』よぉ?」
「あぁ? まずてめぇの言ってる事の意味がわかんねぇよ? 人の言葉喋ってようが自販機で飲み物買えようが、てめぇみてぇな害虫的存在はそれ以下ではあるにせよそれより上って事はねぇよ。例え人語扱ってようがゴキブリはゴキブリだ。フナ虫でもカエルでも地球外生命体でもそりゃあ変わんねぇよ。てめぇがどれだけ賢くて人語に長けてて自販機で好きな飲み物買えようが、てめぇはアメタマ以外の何物でもねぇ。てめぇの、記号は、『アメタマ』だっ! 『人間』になれると思ったら大間違いなんだよ!」
「……そうかよ、悲しい生き物だな! てめぇもよぉおああああ!」
それは狙った通りの反応。ものを考えるだけの自我があると言う事は、当然自分の思い通りに行かない事があれば頭にもくる。とうとう俺の挑発に嫌気がさしたのか、アメタマはそう声を荒げると、左右の腕を俺に向けて振るってきた。
一撃、二撃。
殴り合いは望むべき事では無かったけど、そうなってしまった結果の上での近距離攻防は望むところだった。
アメタマから繰り出された二撃の拳。
速さはあるけど、学種四系じゃなくても避けられないレベルじゃない。……いやまぁ、ギリギリではあるけれど、それは避けられないレベルではない。アメタマは次いで三撃四撃。その後も手を休める事無く攻撃を仕掛けて来るが、俺はそれ等の全てを足捌きと体移動を駆使し、ギリギリのところではあるけれど、上手い具合に避ける事は出来る。
避ける事は出来る。
ギリギリのラインだけど、確実に避ける事は出来ている。
……しかし、俺は今のところアメタマの攻撃を避ける事しか出来ていない……。
そこから攻撃に転じる事が出来なかった。当初リーチの差では有利と予測していたけれど、奴に自我があって物事を考えると言う事は、それに対応しようともするって事……。奴は拳を前に打ったり張り手で横に掃うのではなく、上から下へと拳と手の平を振り下ろしてきた。それは宛らモグラ叩きの要領。リーチの差をそうやってカヴァーするか……。懐に潜り込んだ事は悪手では無かったし、挑発して奴に冷静さを欠かせたのも策としては成功だった。……しかし、順応性の高さをもう少し考慮するべきだったか? ……いや、そんな暇は無かった。刻々と流れるリズムと空気に身を任せた結果がこれだ。どう足掻いても今より状況が良くなる手なんて無かった。今の俺にとっては、残念ながらこれが一番の好状況ってこった……。
「あんだよアメタマぁ! 全然当たる気配が感じられねぇぜ? 遊んでくれんのは有難いけどよぉ、ちったぁ本気でやんねぇといつまで経っても終わんねえぞデカイだけのウスノロ野郎!」
「……そうだな。それもそうだ……」
……肝が冷えた。
悪手と言うのなら、俺のその一言が正にソレだっただのだろう…。
返しで奴が呟いた『そうだな。それもそうだ』の一言。俺はその一言を聞いて、一瞬にして背中一面に冷や汗が浮かび上がったのを感じた。
雨でずぶ濡れの身体。何処までが雨で何処までが自分から分泌された体液か分かる筈も無い。それでも、その背中に掻いた冷や汗だけは、ハッキリと感じ取る事が出来た……。
恐らく、行きすぎた暴言の数々で逆に奴の頭を冴えさせてしまったのだろう。人間だって苦境に立たされてイライラした時に突然色々がどうでも良くなってしまう瞬間がある。人間にそういう事が稀にあるのだから、こいつに限ってそういう事が一切無いって事は無いだろう……。
喋り過ぎた……。
そう思った矢先、上方からの攻撃ばかりに気を取られていた俺は、奴の放った真正面からの正拳突きに対応が遅れた。
「――っ…っつごふっえぁ!」
遅れたとは言っても一応の反応は出来た。……それでも、急所を外す事が出来た程度の反応。避ける事は、出来なかった……。正面方向から来る拳に対して左半身を奴の方向に向け、脇腹付近を中心点として左腕の肘と左足の膝をくの字に曲げる。すると、丁度そこにすぐさま強い衝撃。肺が圧迫され、声ともつかない声が嗚咽と共に強制的に喉の奥から零れ出される。そのアメタマの正拳突きによって俺の身体は後方にブッ飛ばされ、雨に濡れたアスファルト面を横向きに転がされた体勢で無様に滑らされた。アメタマの元が水分百パーなだけあって鈍器で殴られた様な痛烈さは無いが、特大の水風船を全身で受けた感じの独特で鈍い痛さが身体中に走る。目立った外傷は出ないけれど、その代わりに筋肉組織や内臓、後は血管辺りがきっとヤバいだろう。ガードは出来たけど、ダメージの深刻さは、大して変わらない。
つまりは、
要するに、
スゲー痛いって事だ……。
そしてもう一つ、正直言って殴られた事よりもヤバいかも知れない事。
アスファルトが雨に濡れている所為で、路面を滑る勢いが、全く落ちない……。
この勢いでコンクリート壁や鉄柱に衝突したら堪ったもんじゃないぞ……。奴に殴られた箇所なんて掠り傷程度だと言えるくらいの深手を負う事になる。っつーか、悪くすれば打ちどころ云々の関係で死ぬ。勢いを止めようにも何処も彼処も雨に濡れているし、そもそも掴むべき場所が見当たらない。立ち上がろうにもまずは勢いを落とさない事には無理な話だ。
後方の余白はどのくらいあったか……?
二十メートルか……?
それとも十メートルくらいか……?
トシウラからこっちの方なんてそうそう来る機会が無いから地理的なものなど殆ど憶えていない。
何処に、何がある?
掴むべき物があったとしても、この勢いじゃあ見付けた時には既に通り過ぎてるぞ……。
これはヤバい……。
マジでヤバい……。
この際何かしらへの衝突は免れないとして、最低限頭部へのダメージを考慮。その結果、俺は身体を丸めて頭を抱え込む体勢を取った。
たっぷり十メートル程を滑り、不意の衝撃に怯まないようにと内心で覚悟を決める。
そして衝突。
丸めた背中に衝撃を受けた。
……しかし、それの衝撃はとても軽いものだった。衝突の際に口から息が漏れ出るも、外傷を負った感覚は無い。それどころか、勢いがいくらか落ちただけで今も尚アスファルト面を滑り続けている。
っつーか、ぶつかった瞬間に「キャッ!」っていう感じの女の子っぽい声が聞こえた……。
抱えていた頭を開放して顔を上げると、女の子と目が合う。
「痛っててて……。うーん……、上手く受け止められる積りだったんだけど、結構こういうカッコいい事って難しいのね……。全然助けられてないし……」
徐々に勢いが落ちていき、滑り進む身体が止まった時には、俺は安西さんの膝の上で身体を丸めていた。
「隠れてろっつったのに、何で出てくんのさ……?」
「あら、一応助けてあげようと思っての事なのに酷い言われようね。失礼しちゃうわ。昨日助けてもらったし、私がオウウミくんを助けてあげるくらいの義理はあると思わない?」
そう言って、安西さんは場違いな風に照れ笑いをした。
こんな状況じゃあなかったらその安西さんの笑顔を向けられた俺はこの上のない幸福だったのだろうけど、現状はかなりピンチでシビアな場面だ。その安西さんの言いに返す言葉も無く、俺は直ぐにそこから立ち上がって現在の位置関係を把握する。
安西さんが俺の直ぐ後ろで、後方の障害物までは五メートル程。
……確かに、安西さんに受けて貰わなかったら背骨は逝っていただろう……。
そしてアメタマ。
前方に目を向けアメタマの位置を確認する。
――が、視界の中にはアメタマはいなかった……。
豪雨で視界が見え辛いと言っても、あの巨体が見えなくなる事はない筈だ……。そもそも、見え辛いってだけであって、今のところ完全に周りが見えないなんて事はない……。
前後を探し、左右を探す。物陰に入って隠れられる程小さい筈はない。六メートル級だ。それに今あいつは戦況として俺より一歩も二歩も有利に進めている。逃げる筈も無いし隠れる筈も無い。逃げる理由も無いし、隠れる理由も無い筈だ。とすると、奴の変異種たる特性か……。まだ何か切り札を残していたのか……。
そう考えたその時、俺の後ろに身を隠していた安西さんが叫ぶ。
「うえぇぇーーーー!」
その声を聞いて上を見上げた時には、アメタマは俺と安西さんの丁度真上から降り落ちて来る最中だった。
咄嗟に安西さんを抱えて前に飛ぶ。
水溜りに足を取られたが、一応の事、それなりの飛距離は稼げた。
アメタマの単純にして豪快なフライングボディプレス。
寸でのところで避ける事が出来、奴の攻撃はアスファルト面を割るだけに止まった。
前後にも左右にもいなけりゃ、なるほど上下か……。
「っぶねぇ……。悪ぃ安西さん、助かったわ。さっきと、それと今も」
心臓をバクバク言わせながらの俺のその言いも、きっと場違いには変わりないのだろう……。それでも、そう言うと安西さんは、「……いいえ、どう致しまして……」と返してくれる。青い顔をしながら律儀な娘だ。……まぁ、それに加えて若干声は引き攣っちゃいたけど。安西さんもだろうけど、俺の方もこの一連にはかなり肝が冷えた……。
一足飛びでアメタマのフライングボディプレスを前方にかわし、そこからまた余白の出来た後方へ、たっぷり十メートル程距離を取って対峙する。
「ケキャケキャケキャケキャっ、漸く再び姿を現してくれましたな。我が姫君様よ」
アメタマはそう言って笑い、その視界にはもう安西さんしか入れていなかった。
そうなるともう安西さんに何処かに隠れていて貰う事は出来ない。今までの攻防で、俺は奴に取るに足らない存在だと認識された。奴の今の目線からそれが窺える。俺を視界に入れてすらいない。今の奴としては、俺を適当にあしらい、安西さんだけを確実に狙いに行く魂胆だろう。確かにどう足掻いたところで、今の俺にはこれといった決定打が無い……。俺の一言が奴を冷静にさせてしまったのもその一端だろう。……全く、とんだ悪手もあったもんだ……。
「さあさあさあさあ! こっちに来て俺のもんになっちゃあくんねぇかぁ? 我が姫君様よぉ!」
「あぁ? 言ってろタコ野郎。俺がそうさせねぇっつってんだろうよ。さっきっからさぁ。言葉理解出来んじゃねぇのかよてめぇ? キャンユースピークジャッパニーズ? ドゥーユーライクジャパニーズコミック? おらぁ! 直訳してみろや!」
恐らくは既に無意味な事となっているだろうが、それでも一応、もう一度挑発という策を取ってみる。左半身にダメージを受けてしまっては先程のような近距離でも攻防はほぼ不可能だろう。避け続ける事が出来たとしても、その過程で良いのを一、二撃は貰ってしまう。今はどうにか口で時間を稼ぐしかない。その間に愚策でも何でも良いから何かを思い付かなければ、この場を最悪な状況で終わらせる事になってしまう。
……すると、アメタマは張り付けていたそのニヤニヤとした表情を崩し、明らかに面倒臭そうな表情へとそれを張り替えて、心底嫌そうな感じに俺を一瞥した。
「……あんだよ? まだ居たのか餓鬼が。面白おかしい事言ってるだけじゃあ大人になれねぇんだぜ? 帰って勉強でもしてろよ。テスト近ぇんだろ?」
「生憎と、文系だけは得意なんだ。他は一夜漬けで何とかなる。だからよぉ、悪いけど、今は俺の相手をしてもらうぜ?」
「嫌だよバァアァァァァアアカっ! 本来てめぇにゃあもう用は無ぇんだ! 遊んでやっただけありがたく思え!」
俺は一応の戦闘態勢をとるが、奴は再びニヤニヤとした表情を顔面に張り付けて無防備な構え。それでも、今俺が突っ込んだところで、何の成果もあげられない…。現状は、『厳しい』の一言だ…。俺はもう、奴に相手にすらされていない……。
「おいおい、そう不安そうな顔すんなよ我が姫君様。大丈夫。ちゃんと貴女様に特等席を用意してある。心配なんざ何も無いのさ。ちょっと待ってろ――」
今席を、空けてやる。
…………?
その意味が分からなかった。それは後方に身を置かせている安西さんも同じで、後ろからはこの上無い不安な空気が感じられる。
『席を空ける』そう言うと、アメタマは大きく後方に身体を仰け反らせた。
何がどうなるのか判断すら付かないものの、今からアメタマが何かを始めようという事だけは確かだった。
背を仰け反らせて「うぐぐっ……ごがぁあっ……」と奇妙に呻くアメタマ。身体を細かく痙攣させて空を仰ぐ。
変異種であるそのアメタマの行動に息を飲む。
初めて見る行動だし、この後どういう経過を辿って、どういう結果に終着するのかも検討が付かない……。今この場でそれを行なうと言う事は、俺の負傷を見越しての事か? それとも、安西さんを確保したのならば直ぐ様行動に起こす気でいた事なのか? なんにしても、このアメタマが何かを始めようとしている状況ですら、何がどう起因するか分からない以上、俺は今の状況をしても尚、攻めきる事が出来なかった……。
「なに! なに! あいつ何しようとしてるの!」
安西さんが後ろでそう声を上げたが、俺は「……さぁ? 俺にも、何が何だか分からない……」くらいの事しか言えない。
アメタマが呻き、嗚咽を吐き、口からは汚泥のような物がダラダラと流れ出る。そして、奴の身体が下から上へと波打ち、仰け反らせていた背を勢いよく元に戻すと、口からドロドロと黒茶けた、大きな塊を吐きだした。
それは先程の俺と同様に濡れたアスファルト面を滑り、丁度俺等二人とアメタマとの中間点で勢いを制止させる。
アメタマはそれを終えると、『ゼェゼェ』となっている疲れた様な呼吸を整わせ、やはり口角を上げてニヤリと笑い、口元を自らの腕で拭う。
「……なに? ……あれ?」
後ろで不安そうな安西さんの声が聞こえる。
一目見ただけでは分かり辛いが、二度見ればそれは明らか。
豪雨の中でもハッキリと分かる。
「……どういう事だよ? お前……、こりゃあどういう事だ? ちょっと答えてみろよ?」
問うと、アメタマは俺のその言いを鼻で笑い、見下したような目つきでこちらを見据えた。
「あぁ? 聞いてなかったのかよ? ケキャケキャケキャケキャっ。なにだって? どういう事だって? そんなもんたった今言った筈だぜ? 『我が姫君様には特等席を用意してある』ってな」
そう言って笑い、アメタマは大きく口を開いた。
吐き出されたドロドロの黒茶けた塊。
それは、眼球を抉り取られ、鼻を削ぎ落され、指を切断され、髪の毛を乱暴に毟
り取られ、頭部に大きく穴の空いた、全裸の人間の死体だった。




