骨董店 下柳堂
骨董店 下柳堂
町の外れにあるお店
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小学校からの帰り道、ユウタいつもは通らないこの道で、そんな貼紙をした小さな店を見つけた。
今日だけ違う道を通ったのは、いつもの帰り道で会いたくない奴らがいたから。
喧嘩で一度負けた相手に三人で挑むことを卑怯だと思わない。もちろんこちらにも拒否する権利があるとすればの話。
ただ、今になって思えば喧嘩の理由が子供っぽすぎると後悔している。
確かにユウタは小学五年生で子供に違いはないのだが、それでも、幽霊のいるいないで喧嘩したというのは自分でも情けないと思っていた。
「あんな公園、何時になっても幽霊なんか出ないよ。行くなら町の廃図書館にしな」
一月ほど前、クラスの真ん中で幽霊を見たと言っているそいつに言ってやった。
クラス全員がそいつを支持したが、一週間前に幽霊が出るということで、ユウタの言っていた廃図書館が雑誌に載った。
そんなこんなで今日喧嘩にになった。もちろん勝った。
ユウタは霊感というものを感じたことはない。
それはただ見えるだけ。
見えないものが見える、というのは気味の悪い事らしい。幽霊のいる場所を当てた後、クラスではどこかユウタを怖がる空気があった。
でもそんなことは慣れっこだった。
ユウタは一人でいることが多かった。
店の中は外気に関係なくひんやりしていた。薄暗くて、夏に行ったおじいちゃんの家の物置がちょうどこんな空気だったのを覚えている。
見た目より広く、奥行きもあったが、本当の物置のように物が置かれている。そのせいで通路は大人はすれ違えないほど狭くなっていた。
骨董品というと古い壷やら、掛け軸なんかを想像していたが、何年も前のカレンダー、使えるかどうか分からない電球、埃の被った掃除機なんかが目に付いた。
よく見れば、イメージどおりの壷や掛け軸も置いてあった。
見渡す限りのガラクタの中、ユウタが手にとって見たのは、眼鏡だった。
別に古くもなく、新しくもない。まるでさっきまで誰かが使っていたような感じのするそれ。実際つけてみても何もない、普通の眼鏡だった。
「そりゃ商品じゃねぇ。ワシのだ」
いきなりの声に、ユウタはびくりと驚き、慌てて外そうとした眼鏡を落とした。
「おいおい。商品じゃねぇからってそりゃないだろう。大事にしてくれや」
「す、す、すいません」
急いで眼鏡を拾って棚に戻す。そして振り返り、ユウタは初めて声の主を見た。
落語家のような着物に少し長めの髪は真っ白。老人にしては背筋が伸びており、上背もある。顔に深く彫りこまれたシワとは対照的に、目は怖いほどに力強かった。
そのせいか上から見られると、大分威圧感を感じる。
しばらく老人はユウタを見ていた。にらまれている様で、ユウタはすぐにでも逃げ出したかった。
「おまえ、他の人には見えないものが見えるだろ?」
いきなり言われたことが理解できなくて、ユウタはポカンと口をあけた。そして理解したとき、頭が真っ白になるほどの恐怖に襲われた。
「……なんで、知ってるの?」
震える声で聞いたユウタに老人は答える。
「この店が見えてワシが見えるって事は、……そういうことだ」
老人の視線が再び正面からユウタを捕らえた。
「ま、そういうことでだ。運がなかったと思ってくれや」
老人の手がゆっくりとユウタに伸びる。暗闇の中で、ユウタは初めて腰が抜けるということを体験した。
「いやー、悪かった悪かった。なにせ子供の客なんて初めてなもんでよ、つい調子に乗っちまった」
下柳堂の一番奥。会計台を挟んで老人とユウタは向かい合って座っていた。二人の前にはそれぞれ湯のみが置いてあり、白い湯気が昇る。
ユウタは未だに自分の鼓動が早い気がしていた。着ていたTシャツは冷や汗で湿り気すら感じる。
「で、なんで幽霊が商売なんかしてるの?」
お茶を一口飲んでユウタは聞いた。とりあえず、さっきのことは忘れたい。
「ん?ああ、言っとくがワシは幽霊とは違うぞ。まあ、説明すると長いんで省くがの。あと、別に金をもらっているわけでもないから商売とは言わんよ。あれだ。ボランティアってやつだ」
「ボランティア?幽霊に?」
「そう。なんというかの。おまえら幽霊に何かされると迷惑じゃろ?それと同じで幽霊も人間に干渉されるのを快く思っておらん。その辺の問題解決がワシの仕事じゃ。ちなみに骨董集めはただの趣味じゃ」
それを聞いてユウタは考えた。
自分がただ見ていたことも、彼らにしてみれば嫌なことだったのだろうか?
「快くは思っていなかったろうな」
老人がユウタの考えを見通して言った。正直それはショックだった。
幽霊見つけた時、幽霊ははいつも一人だった。ユウタは複数でいる幽霊を見たことがない。
一人でいる幽霊はまるで風景の一部のようで、すごくきれいだと思った。一人でいる自分もあんなふうになりたい、そう憧れながら見ていたのに、幽霊にとってそれは迷惑なことだったらしい。
「まあ厳しいことを言うようじゃが、こっちでは自分の事を誰もわかってくれない、だからあっちではわかってもらえるに違いない。そんなに甘くはないわ。それと、一応言っておくが死んで向こうの住人になろうなんて考えるなよ。そんな考えで死んでも彼らのようにはなれん」
それはユウタにとって追い討ちでしかなかった。やりきれない思いで、湯飲みを強く握る。
「そんな事言われても、見たくなくても勝手に見えるし……。見えれば周りは怖がるし。どうしろって言うんだよ……」
絞り出した声は震えていて、一緒に涙まで溢れ出した。
「見えなくなって何かが変るなら、ワシが手を貸してやろうか?」
思いもしない言葉にユウタは顔を上げた。真っ赤に充血した目で老人を見る。
「ワシの仕事はボランティアじゃからの。ワシのできることがあれば喜んでやるわい。ただ、あとになって元に戻してくれと言うのはできぬ相談じゃぞ」
初めて自分にしか見えないものがあると知ったとき、ユウタは喜んだ。自分は他人と違う、それがうれしくて自らそれを探して自慢した。
気がつくと、どういうわけか一人でいることが多くなった。仲間に入れてほしくて、自分にしか見えないことを教えてあげた。
そんなことをしても逆効果なのに、他に方法を知らなかったから。
正直、あんなにきれいなものが見えなくなるのは残念な気もするけど、自分はもう十分に見れた。
何より彼らを困らすのは嫌だと思った。
「お願いします」
ほんの少しの名残を感じて目を瞑る。
老人の手が頭の上に乗せられる。それは想像以上に重い感触。
「あと、これは年寄りのお節介で、子供には難しいからかもしれんから聞き流してもいいがの」
次第に体がぼんやりしてくる気がする。老人の声もだんだん小さくなっていく。
「人が人がと言ってる内は自分も周りも見えてないってことだ。おめぇにはもっと見なきゃいけないものがあるだろうに」
もう最後の方はほとんど聞こえずに、ユウタの意識と体は闇に溶けていった。
一週間後。
ユウタはわざわざ下柳堂の前を通ってみた。同じ場所のはずなのに、そこには何もなかった。
「おーい。こんなとこで何やってんだよ?」
後ろからユウタを呼ぶ声。
男の子なんて単純なもので、一度気が会うとそれまでのことは関係なくなる。
いくらかっこつけてもやっぱり自分は子供なんだと思い知る。でも、今はそれがありがたかった。
「おいおい、またなんか見えるんじゃないだろうな?」
寄って来た三人の内、一人が聞いた。たぶん少し怖がってる。
ユウタは笑って答えた。
「ばっかじゃねーの。幽霊なんかいるわけねーじゃん」
それから三人とこれからどこで遊ぶかを相談する。
最後にもう一度だけ、店のあったはずの場所を振り返ってみた。
やっぱり、ユウタには何も見えなかった。
骨董店 下柳堂
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ただし、普通の人には見えませんので、ご注意を
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