懐かしい名前
懐かしい名前
ウィリアム、レリィ、そして傭兵を名乗るリディアとバリスを連れ、俺たちは家の中に入る。するとアニスが礼儀正しくこちらにお辞儀をする。
「お帰りなさいませ、ソル様。お二人は……リディア様とバリス様ですね? お待ちしておりました」
「あらかわいい」
「ほう、若いのに感心だなー」
リディアとバリスが好き勝手言っていたが、それに取り合わずにアニスは二人を二階の会議室へと促す。
「とりあえず、俺たちも行くか。多分、ジャンもいるだろうし、傭兵団の話も聞けるだろうし。ホッドのことは……そのあとでいいかな?」
「そうですね。とりあえずは、顔合わせはしておいた方がいいと思います」
レリィとそんな会話を交わしながら、俺たちもアニスの後を続く。
家の中は、今朝方家を出た時よりもきれいになっていた。おそらく、アニスやレリィが掃除してくれたんだろう。埃一つ落ちてない。
「……レリィ、掃除してくれてたのか? ありがとうな」
「え、あ、いえ、そんな……当然のことですから」
そう言って、彼女は笑顔を見せてくれた。先ほどの浮かない表情は、少しだけ和らいだみたいだ。傭兵のこと、ホッドのことといい、何かと忙しくなりそうだ。
会議室に到着すると、ジャン、セシール、ジョルジュ、ウル。メリーやホッドもすでに着席していた。ガルドは仕事で夜までいないし、これで全員だな。その他には、見知らぬ人間が三人ほど見受けられる。
いや、一人はすでに会っている。青い鎧に身を包んだ、ハイネ・ライトロードだ。
彼も他の傭兵たちと同じように、端の方の席に腰掛けていた。
俺たちに気が付くと、彼は薄く微笑んで見せる。
さわやかな好青年、という感じだ。それなりに顔立ちも整っている。若い女性が放っておかないだろうな、などと余計なことを考えながら、俺は用意されていた中央の席に座る。
「えーと、待たせたみたいだな。ごめん」
「いやいや。我らの方こそ急に押しかける形になってしまった。面目ない」
俺の言葉に対してそう言ったのはバリスだ。彼は兜を取ると、机の上にそれを置く。
思った通り、声の割には若い顔立ちだ。俺と同じくらいだろう。明るい茶色の髪を額から後頭部へなでつけながら、笑顔のまま眉を下げる。声だけなら、ガルドと同じくらいの年に感じる。薄くヒゲを生やしてはいるが、下品な感じではない。
「悪いな、ソル。うっかりお前に連絡するの忘れてたぜ」
ジャンが全く反省してなさそうにそう言うのを聞いて、俺はため息を吐く。
「別にいいよ。お前が裏で突拍子もなく動き回るのは慣れてる。今回のことも、なにか考えがあってのことなんだろ?」
ジャンはニヤッと笑うと、声を大きくして話し出す。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。俺たち『太陽のギルド』は困った人たちを助けるギルド。小さいことから大きいことまで、幅広くやっていきたいと思ってる。しかし、現状で荒事やもめ事に対応できる人間が少なすぎる。ガルド、セシール、ソル。まあウィリアムも戦えるっちゃあ戦えるか。でも、それしかいない。たった四人だ、あまりにも頼りない。俺はそう思って、ギルドとは別に傭兵団を結成するっていう形で、これを補おうと考えたわけだ。……んー、ここまでで何か質問あるか?」
さらっと今回集まった理由を説明される。今のところは、特に問題はない。
「続けるぜ。今回ここにお前らの知らない奴が数名集まってる。以前のリーキッドファミリー救出作戦の時に、俺が声かけた連中、その一部が名乗りを上げてくれた。ここにいる五人がそうだ。そうだな……一番端から名前と、得意なことを自己紹介していってくれ。はいどうぞ」
適当な仕切りに少し呆れながらも、俺は彼らの方を見る。
まず立ち上がったのはハイネだ。金属のこすれる音を鳴らしながら立ち上がり、俺たちに向かって正対する。
「ハイネ・ライトロードです。得意なのは近接戦、武器は剣と盾を使用しています。みなさんを守る盾で在れる様、全力を尽くします。よろしく」
そう言うと一礼し、ハイネは再び席に座る。それを見て、隣にいた少年は勢い良く立ち上がり、若干緊張した面持ちで話し出す。よく見ると、彼は武装らしい武装は持ち合わせていないようだが……
「じ、自分はアルマース・フォトンと言います! レオサンドラ出身です! 得意な武器はありませんが、故郷では格闘術を習っておりました! 皆さんの……いえ、ガルドさんの戦いぶりに心を奪われて、傭兵に志願いたしました! 未熟者ですが、よろしくお願いします!」
レオサンドラといえば、たしかレイレナードよりも少し東に行ったところにある村だったか。昔ヴァンと一緒に訪れたことがある。自然が豊かだし、あそこで作られたパンは格別に美味かった記憶がある。
しかし、そうか。なるほど、ガルドの戦いぶりに憧れて、という理由か。確かにガルドは強いし、正面からやり合えばまず負けたりしないだろう。
この少年の場合、単純に俺たちの目標に賛同して、と言うよりは、ただただ憧れで仲間に加わりに来た、という感じなんだろう。
まあ、そっちの方がわかりやすくていいと思う。
「じゃあ、次。リディアちゃんなー」
「はいはーい!」
ジャンにそう呼ばれて立ち上がったのは、先ほど俺に体当たりをかまそうとしてきた女だ。
年は俺と同じくらいか。少しばかり陽気なしゃべりかただが、その年齢でそのキャラクターはどうなんだと少しばかり疑問を抱く。
「リディア・カーチスでーす! 趣味は弓をいじること! 特技はどんな男も悩殺できちゃうところかな? 私は勇者君に一目惚れしてここに志願しました! よろしくねー」
そんな紹介をし出したとたんにレリィがびくりと肩を震わせる。ウルに至っては立ち上がり杖を召喚し、何やら詠唱まで始めた。
そんな様子を見て、慌ててウィリアムがウルに掴み掛って止める。
「ば、バカ何やってんだお前は!?」
「放しなさいウィル。レリィのライバルが増えるのはいただけないわ。残念だけど、ここで消えてもらう……!」
「お前が消すとか言うと洒落にならないからマジでやめろって!」
「あぁ……今度は綺麗なお姉さんが増えた……」
ひと悶着あったが、ウィリアムがウルを外へ連れ出すことで事なきを得た。ジャンが少しばかり呆れながら再び仕切る。
本当に何なんだこの女は。
「じゃあ次、バリスな」
「承知」
古臭い物言いをする若者は立ち上がり、背筋を伸ばして自己紹介を始める。
「我が名はバリス・ノートン。東の国よりこの地へ参った。伝説の英雄と後世に伝えられるような武勇をたてるためにここへ参った。我が家に伝わる魔法具、フレアコルセスカにて、貴殿らの敵を薙ぎ払ってくれよう!」
高らかにそう宣言するバリス。が、肝心のその魔法具とやらが見当たらないのだが……。
「……!? 魔法具はどこに!?」
数秒経ってから、自分がそれを持っていないことに動揺するバリス。慌てて兜をかぶると、彼は周りを一切気にせずに部屋から飛び出してしまった。
「……自由すぎるだろ……」
なんだあの人。マイペースにも程がある。なんだか、まともな人間が最初の二人だけのような……。
いや、そう決めつけるのはまだ早計だ。最後の一人に期待しよう。そう思って視線をそちらに向ける。
黒い執事服を身にまとった、壮年の男性がそこにいた。一応、腰にレイピアのようなものを差してはいるけど、防具は一切身に着けていない。
至って普通の、老紳士だった。……ダメかも知れないな……。
「次は私ですな」
そう言うと、紳士風の男は立ち上がる。傭兵たちの隣に座るにはどう考えても場違いな印象を受ける。
しかし、俺は気付く。この男の持つ独特の雰囲気。その所作の一つ一つに、一切の隙がない。
それはヴァンが持つ雰囲気に少し似ていて、俺は少しばかり身を強張らせる。
「私の名は、アシュナード。アシュナード・ルーズべルトと申します。……ソル殿、そう殺気立たないでいただきたい。私はただの、協力者ですよ」
アシュナードは薄く微笑むと、そのまま座る。
俺は、その名前に聞き覚えがあった。
アシュナード・ルーズべルト。
『ルーズベルト』。
それは、俺が最初に盗賊ギルドでこなした任務で、聞いたことのある名だった。