狂える刃
狂える刃
「……る、……、き……きる、……きる、きる、きる、きるきるきるきるきゅるきるきるきゅるきるキルキルキルキル……!」
今まで見たことの無いその凶悪な笑顔に、私は思わずソルさんにしがみつく。
「ソルさん、動いちゃだめです! 腕も折れてて、内臓も傷ついてて、それに……」
死んでもおかしくないほど、強く全身を打っているのだ。動いていいわけがないのに。
「くひひ、……うひ、へへへ、ヒヒッヒヒヒッ……」
まるでおかしくなった人みたいな笑い声を上げながら、ソルさんはオーガを見据える。
正確には、オーガのいる方向の、何かを。
凶悪に犬歯をむき出しにしたかと思うと、ソルさんは右手を前に突き出す。
今まで見たことの無い何かが、彼に起こる。
闇のように、真っ黒な光が、彼の右手に集まり始める。それは飲み込まれそうな、見るだけで不安になるような。絶望を感じさせる『負』そのものみたいなそれが。彼の手に集まる。
そしてそれを、まるで握りつぶすかのように右手で掴む。すると、一度はじけた負は、彼の手の中で形を変える。
闇はやがて、禍々しい、刃こぼれした短剣を形作る。
「……カルマ……なの……?」
ウルが、信じられないようなものを見たような表情でそうつぶやく。しかし。
「バアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
オーガは、そんな状況のこちらを待ってくれるわけがなかった。廃材を振り回し、爆発的な速度でこちらに飛んでくる。そして。
私とソルさんの目の前まで来ると、致命の一撃を与えようと柱を振りかぶる。
その瞬間、ソルさんが折れたはずの左腕を動かす。ぶらりと痛々しい方向に、変則的に曲がる肘を無視して。
それはまるで何かを掴むような、そんな動作だった。そして、彼は。
掴んだ見えない何かに向けて、右手の呪われたナイフを振り下ろす。その瞬間。
ぴたりと、オーガの動きが止まる。その顔からは、先ほどの愉快そうな表情も消えて、無表情となる。
いや、何かに呆けている?
呆気にとられていると、隣にいたソルさんがそのまま地面に崩れてしまう。
「ソルさん!?」
私は狼狽えてしまったが、ウルとウィルの判断は早かった。
「ウィル!」
「わかってる!」
再びウィルが剣を構え、呆然と立ち尽くしているオーガに正面から飛び込む。
そのまま体当たりの要領で、オーガの胸に片手剣を突き立てる。
ガギィン。
金属の爆ぜる音が響く。彼の剣は、オーガの胸、心臓の位置に刺さったまでは良かったが、その刃が途中で折れてしまい、彼はそのままオーガにぶつかる。
「グロウス!」
ウルの呪文が響く。それはウィルの体を包むと、彼の全身に染み込むように光を失っていき、加護を与える。
「クソッ、まだだ!」
ウィルは態勢を立て直して、地面に屈む。
そこにあったのは、小さなナイフ。
確かあれは、ソルさんがいつも持ち歩いている隠しナイフ。きっと、私たちが戦う前に、ソルさんが使用したものだろう。
それを拾い上げて、ウィリアムはオーガの背中に回り、一気にその背中を上る。そして角を掴み、小さな短剣を握りしめ。
「これで、どうだあああ!!!」
オーガの眼球目掛けて、一気にナイフを突き立てる。
「ゴアアアアア!!!」
「おらああああああああああああ!!!」
暴れ、もがく鬼。それに構わず、ナイフをめちゃめちゃに動かして、確実に脳を破壊しようとするウィル。
「ガアアアアアアアア!!!」
「うわああ!」
暴れるオーガにつかまり、振り落とされて地面に叩きつけられてしまい、うずくまるウィル。しかし、攻撃は終わりではなかった。
「とどめよ!」
ウルがそう言って、杖の先から大きな氷の塊を射出する。それは正確に、オーガの胸に飛んでいく。
氷塊が、先ほど突き刺したウィルの剣にぶつかり、さらに体の奥へと刃を押し込む。
断末魔はなかった。
静かにその闘気が消えていき、少しずつ体が後ろに倒れる。
ズシン!
あたりに積もり始めていた雪を吹き飛ばしながら、オーガはそのまま地面にあおむけに倒れる。
そして、その体が砂のような粒子になり、風もないのに少しずつ吹き飛ばされていった。
後に残ったのは、綺麗な赤色の宝石だけだった。
「……やったの?」
「兄ちゃん!」
ウィルがソルさんの元に駆けてくる。途中足をもつれさせながら、彼にすがる。
「兄ちゃん! 目を覚ませよ! 兄ちゃん!」
「やめなさいウィル! ソルは今消耗してる! 早く馬車に運ぶわ! 手伝って!」
「あ、ああ!」
「ソルさん……」
私は涙を拭い、みんなでソルさんの体を持ち上げて慎重に運ぶ。
でも、あの光景が頭から離れなかった。
あの黒い光。
そして、あの禍々しい短剣。
何を、したのだろう。
何を、してしまったのだろう。
なにか、良くないことが起きるような。
あるいは。
もう取り返しがつかないことになってしまったような。
そんな感じがした。