選択の代償
選択の代償
俺は正門の前で待ち構えたオーガの前に躍り出ると、ダガーを腰から抜き取る。
人の姿をかろうじて保っている、巨大な悪魔のような外見に、少しだけ怖気づきながらも、仁王立ちするオーガを睨み付ける。
「……まるで待ってましたと言わんばかりだな」
話しかけるが、言葉は返ってこない。もとより期待はしていなかったけど。
巨大な柱を肩に担ぎ、こちらを睨みつける漆黒の眼球に気圧されそうになりながらも、何とか俺も構えを取る。
「お前の相手は俺だ、デカブツ。かかってきな」
その言葉を待っていたように、オーガは緩慢な動きで歩み出す。
ズシリ、ズシリと重々しい重低音が響き、死の恐怖が迫りくる。
突如、オーガの足元が爆発する。
いや、実際はそうではない。
深く屈み、一気にこちらに駆け出してきた。
たったそれだけのことで、周囲に甚大な被害を及ぼす圧倒的な巨体。目の前の光景に一瞬面食らうものの、すぐに反応して突進をかわす。
右に飛んで、オーガの蹴りをかわすが、すぐにその手から柱が振り回される。何とか身を伏せることでかわす。
「っぶねえ!」
轟音と風圧に俺の放った文句は掻き消され、再びオーガが肉薄する。
「は、はやい……!」
今度は身を回転させながら、拳と柱の連続攻撃を繰り出してくる。拳と柱でリーチが違う分、見切るのが非常に難しい。
「どああああああ!」
ただ回転しながら武器を振り回すだけでこの風圧。この殺気。
野蛮で、豪快で、それでいて圧倒的な暴力が目の前を通り過ぎるたびに震えが走る。今までも、何度か味わったことのある。死に対する恐怖だ。
「く、そこだッ!」
攻撃の合間を見計らい、ナイフをいくつか投擲する。人間であれば急所になるであろう頭部、そして心臓があるであろう位置、それぞれに二本ずつ。
が。
オーガは微動だにせず、それを受ける。
ナイフはオーガに刺さらない。
硬質化している皮膚に、俺のナイフが通らなかった。
頭を狙ったものは角に弾かれ、胸部に至っては皮膚がはだけているにも関わらず、ナイフが刺さることはなかったのだ。
「か、硬え!」
驚愕に目を見開く。すると、今度はオーガが自分の番だといわんばかりに、あたりの廃材を適当に掴み、それを投げつけてくる。
恐ろしく大きな質量をもった飛び道具が、恐ろしい速度で飛んでくる。
こんなの喰らったら、死んじまうだろ!?
本質からして、他の魔物とは一線を画している。話にならない。段違いだ。唯一あいつに勝てそうなのは、スピードくらいのものだ。それ以外はすべて負けてる。そう感じた。
飛んでくる廃材をかわしながら、俺は考える。どうすれば、こいつの注意を完全にこちらに向けられるか。今はまだ俺に意識が向いているが、もしガルドたちに意識が向けられると、非常にまずい。
ガルドは、今のメンバーで一番すばやく動けるのは俺だと言った。だが、その俺でも攻撃を避けるのがやっとだ。もしこいつが傭兵たちのところに行ったら。
最悪の状況だ。戦力の均衡が崩れ、劣勢になる。それだけは避けないと。
現状、俺のナイフによる投擲は通用しない。直接突き立てれば少しはダメージは通るかもしれないが、反撃を喰らうかもしれないリスクを考えると、現実的じゃない。
できれば、オーガの攻撃は俺に集め続けた状態で、攻撃力の高い一撃を誰かが浴びせかけるのがベターか。少なくとも、俺の獲物じゃあまともにやり合えそうもない。
オーガを倒すにしても退くにしても、どのみち今やるべきことはこいつの足止め。それしかない。
「ゴオアアアア」
「くそ、声でけえんだよ!」
大音量の咆哮に、耳を塞ぐ。何とか視界にオーガを捉えていたが、俺の隙を突こうとオーガが走り出す。
「くおああ!?」
何が来る? 体当たり? 柱による打撃? それとも蹴りか?
どれを喰らっても致命傷になりかねない戦力差だが、なんとかしてかわさなければならない。
柱を振り上げるオーガ。
打撃か!
俺は振り下ろしが来ると予測し、左右どちらかによけようと足に力を込める。
だが、その時見た。気付いたのだ。
『オーガが俺を見ていない』ということに。
「アニスさん、逃げて!」
そんなレリィの声が聞こえた。
オーガは。
おそらく後ろにいるであろうレリィとアニスに。
柱を投擲するために振りかぶったのだ。
アニスを抱えて避けることは、できなくはないだろう。
だが、声の位置はかなり遠かった。たぶん、間に合わない。
じゃあオーガを止めるか?
いや、俺の攻撃で止まるかどうかがわからない。確実じゃない。
軌道を逸らすか? だが、奴の投擲した柱に、俺が何か投げてぶつけたところで向きを逸らすことなんてできるのか?
風景がゆっくり流れているような気がした。
やばい、もう時間がない。どうする、どうする、どうする。
……行くしかないだろ。
そんな声が聞こえた気がした。
「うおおおおおおおお!!!」
オーガが柱を投げる瞬間、その軌道上に飛び出す。
策があるわけではなかった。ただ、体が動いた。
腕をクロスさせてガード、さらに後方に跳びながら受けることでダメージを軽減させようとする。
迫る柱。
響く悲鳴。
腕にぶつかる衝撃。
バキバキと音が聞こえた。激痛が走る。その瞬間。
大きな衝撃が全身を貫いたような感覚を味わった。