リーキッドファミリー 十
リーキッドファミリー 十
「だめですよアニスさん! 今は、魔物がいっぱいいて危ないんだから……!」
「だからって、じっとしていられないわ! 彼が、ブラッドがいるかもしれないの!」
ガルドさんたちが突入してから数分。アニスさんは、せっかく脱出してきた村に戻ろうとしていた。私とウルは何とかそれを抑え込み、馬車の中でソルさんたちの帰還を待っていた。
迂闊にも『生き残りがいるかもしれない』ということを私が口走ってしまい、アニスさんが取り乱した、という状態だ。
「もう、聞き分けなさいよ。あんたが行っても、ソルたちの邪魔になるだけなんだから」
「でも!」
「アニスさん、気持ちはわかります。でも、ここは抑えて……!」
「何がわかるっていうの! わかるわけないわ!」
アニスさんの口からそんな言葉が飛び出す。
彼女は私たちがどういう人間の集まりなのかを知らない。私たちがどういう活動をしているのか、どんな過去を持っているのか、どんな目に遭ってきたのか。だからそんなことを言うのだろう。
でもそれは、一月前の私と同じだ。この苦しみは自分にしか理解できないと思い込んで、周りが少しも見えなくなっているのだ。
そんなことはないのに。自分だけが苦しんでいると思って。
わかってくれる人がいるのに、それを理解しようともしないで。
「ああ、もう、うるさい女ね。レリィ、黙らせてもいいかしら?」
「何する気なのウル?」
「ちょっと魔法をぶっ放すだけよ」
「ダメだよ!?」
ウルも我慢の限界を訴えている。しかしアニスさんは、何がなんでも自分でそのブラッドという人を助け出そうと躍起になっている。
彼女にできることなんてないのに。……私と同じで、何もないのに。
「……アニスさん」
「なに?」
「この場で、あなたにできることなんてありません。もちろん私にも。行っても、ただみんなの足を引っ張るだけです」
「なんですって……!」
一瞬、怒りに似た感情がアニスさんの顔から覗く。
「だから、一瞬だけ様子を見ます。村の正門までです。そこに行って何も見つからないなら、あとは戦いが終わるのを馬車に戻って待ちましょう。いいですね?」
私の言葉に、ウルが驚いた顔をする。それもそうだ。この行為には何の意味もない。戦えない人間が戦場に行こうとしているのだ。何も意味はない。
でも、意味があるかどうかじゃない。大切な人が危ないところにいるかもしれないと考えただけで、心がバラバラになりそうなくらい不安になる。そのくらいは、わからない私ではない。
だって、今だって。
ソルさん達がたくさんの魔物を相手にしていると思うだけで、同じ気持ちを私も抱くのだから。アニスさんの気持ちは、痛いほどわかる。
もしあの人に何かあったらどうしよう。
もう会えなくなったらどうしよう。
その時、何もしなかった私は、自分自身を赦せない。
それがわかるからこそ、彼女に譲歩した。戦場を一度だけ確認する。それだけ。見たらすぐに戻ってくる。それ以上は、危険すぎるから。
私達自身に迫る危険もそうだけど、仲間の注意も削いでしまう恐れがある。だから、一瞬だけ。ちらっとみるだけ。
「ちょっと、レリィいいの?」
ウルが少しだけ心配そうな瞳でこちらに訴えかけてくる。
「……多分この人は何を言っても退かないだろうし。仕方ないよ」
「戦える人間がいないんだけど……」
「いざとなったら、ウルが助けてくれるんでしょ?」
「そう……ね。うん。助けるわ」
「ふふ、頼りにしてる」
そう言って、私たちは馬車から降りる。それから、村の正門があるという位置まで、アニスさんの先導で走って行く。
……あんなことを言っていたけど、本当は私も、ただただ心配で。様子を見たかったのかもしれない。
村に着くまで、そんなことを考えながら走って行った。




