奴隷少女 八
八
その男は、凍りつくほどに冷めた、冷たい目をしていた。暗闇の中でもわずかな光に輝く金髪と、それと反比例するかのように闇を飲み込む暗い瞳。とても生者の持つ目とは思えないほどの、感情の無い眼。
「な、何をしやがった……。」
人数が少ないとはいえ、こちらは五人、向こうはたったの一人だった。なのに、今残っているのは俺だけだ。一斉に飛びかかった四人が、目にもとまらぬ速さで何かされ、次々と倒れて行った。
「お前なんなんだよお!? 非力な奴隷上がりのくせに!」
そう叫び、俺は飛びかかる。それはもはや、蛮勇でも。ましてや仲間を倒されたことへの憎悪でもなんでもない。
怖かった。
今まで力に頼り、他者をねじ伏せることでしか物事を解決する術を知らない俺には、それしか取ることのできる行動がなかった。
汗ばんだ右手に握る一振りの刃物では、この状況を変えられるとは思ってない。ただ、やみくもにその金髪の悪魔に俺は斬りかかる。
「……」
男は無言で視界から消える。気づいたときにはすでに背後に回り込まれていた。
「ひっ!」
小さく悲鳴を漏らすが、しかし男はただこちらを見ているだけだ。俺は悪魔に正対し、少しずつ後ずさる。その時、何かに足元を取られ、俺はしりもちをつく。
「うぁ!」
俺の脚に引っかかったそれは、仲間の死体。うつろな瞳はもはや動かないが、その表情は苦痛にゆがむでもなく、ただただ虚空を見据えている。自分に何が起きたかも理解できぬまま、死んでいったのだろう。
しかし、驚くべきはその死因だった。
首筋には、切り傷が一つ。そしてそこからおびただしい量の出血が地面を濡らしている。
いったい、いつの間に切られた?
もしかしたら……
何か魔法を使ったのか? しかし、何かを詠唱しているようには見えなかったし、男は終始口を真一文字に結んだままだ。
「うあ、うああ……」
俺はまた無意味な悲鳴を漏らす。仲間の首につけられた、深すぎる傷の断面が見えてしまい、思わず吐き気を催す。
「なんなんだよ、お前……! 聞いてねえぞ! 非力な、臆病な奴だって話だったのに! なんでこんなこと出来るんだよ!?」
それはもはや質問でもなんでもない、やけくそな問いかけだった。
話が違う。こいつは、過去の悲惨な体験で、街の中を一人でうろつくだけでもオドオドするような小心者だって話だったのに。
「……俺は臆病者だよ。」
悪魔はそう言って、視線を自らの足元に落とす。
「人の目の前にいるのが怖い。誰かに見られてるのが怖い。俺は、人間の怖さを良く知っている。」
だけど、と男は続ける。
「人間じゃないなら、怖くねえ。……ただの獣は、怖くねえ。」
そう言って、にやりと口角を釣り上げる。
「あ、悪魔だ! お、おおおお前は悪魔だ!」
「人間以下に何言われても傷つきはしねえよ。」
そう言って、奴はどこから取り出したのか、右手に短剣を持つ。逆手に握られたその刃は、すでに仲間の血で汚れており、鈍い光を放つ。
「や、やめろ! 俺が悪かった! だから命だけは……!」
「そう言って命乞いをしてきた奴を、お前は何人殺してきたんだ?」
悪魔が、近づく。俺は悲鳴を上げる。その手に持った殺意の刃が、俺に向かって振り下ろされる。
「ソルさん!」
その時、女の声が聞こえた。