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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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リーキッドファミリー 七

     リーキッドファミリー 七


 小屋を出発してから数時間。私たちは穏やかに降る雪の中、村を目指していた。


 昨夜はメリーの状態が良くなかったから心配していたが、昼過ぎにはすっかり良くなって、再び歩き出したのだ。

 メリーもおそらく、村に帰りたいんだろう。どういう理由かはわからない。お父さんとお母さんが死んでしまっていることを、この子は理解できているのだろうか。もしできていないなら、今きちんと説明した方がいいのだろうか。


 わからない。何が正しいのか。それでも、生き残りがいる可能性を信じて、私たちは足を動かす。


 「おねえちゃん、おなかすいたよ」

 「……僕も」

 「……そうね、少し休憩しましょうか」


 日が傾き始めていたので、松明に明かりをつける。それを地面に突き刺して光源にして、私たちは大きな麻布を雪の上に敷き、その上に座る。


 冷たいけれど、ないよりはましだ。私はカバンを広げると、最後に残った乾燥させた干し肉と乾いたパンを出して、二人に分ける。


 「わーい、やった! ごはん、ごはん!」

 「どうぞ、召し上がれ。ごめんね、こんなものしか持ってきていなくて」

 「……」


 メリーは嬉しそうに干し肉にかぶりつく。こんな状況でなければ、お行儀が悪いと叱っているところだが、そうも言っていられない。

 しばらくその姿を眺めていたけれど、ふとホッドの方を見ると、彼は食糧に手を付けずに、私の方を見ていた。


 「どうしたの、ホッド?」

 「……お姉ちゃんの分は?」

 「……」


 私は言葉に詰まる。


 今二人に分けたのが、最後の食糧だ。メリーの具合が悪くなければ、今頃は村に到着していた予定だったからだ。畑や民家から食糧は何とか調達できると思い、私は最低限の分しか盗んでこなかった。荷物がかさばるし、何より重い。動き回るには、少し適さないと判断したのだ。


 「……お姉ちゃんは、お腹空いてないから。食べて、ホッド」

 「だめだよお姉ちゃん。お姉ちゃんも食べないと……倒れちゃうよ」

 「大丈夫よ。お姉ちゃん二人よりも大人だから、体力あるもの」

 「嫌だ。お姉ちゃんが食べないなら、僕も食べない」

 「……ホッド。わがまま言わないで。ちゃんと食べなきゃ、まだ体の小さいあなたなら倒れてしまうわ。ちゃんと食べなさい」

 「でも!」


 ホッドが食い下がる。私を心配してくれているのだろう。でも、本当に大丈夫なのだ。

 一食抜いたところで、村に行けば食糧はあるのだから。


 しかし何度そう説明しても、ホッドは頑として首を縦にはふらない。彼は珍しく感情をあらわにして、とうとう言い争いのようになってしまう。


 「いい加減にしなさいホッド! あなたのためを想って言ってるのよ!」

 「僕のことなんてどうでもいいんだよ! メリーは、姉ちゃんがいないとだめなんだ!」

 「ホッド!」


 私は思わずその頬を叩く。

 ホッドは少し涙目になりながら私を睨み付ける。


 「自分をどうでもいいなんて言わないで! あなたも、メリーも! 私にとって最後の家族なのよ!? ……そんなこと、言わないでよ……」


 途中で、涙が出てきてしまう。いけない。弱いところを見せないようにしていたのに。

 でも、あふれてしまった感情はもう止まらない。止められない。私はただただ涙を流し続ける。


 「もう、家族を、失いたくないの! つらい目になんて、遭ってほしくないの! 奴隷なんて、まっぴらよ! あなたたちがいなくなったら、私……もうどうしたらいいのか……」

 「お姉ちゃん……」

 「ごめん、ごめんね、こんな、弱いお姉ちゃんで……ごめんね、ホッド……ごめんねメリー……」


 もう、しばらく止められそうにない。ただただ涙があふれてきて、ひたすら謝って。

 私が悪いわけじゃない。わかってる。でも、もし私がもっとちゃんとしていれば。この子たちを不安にさせることなんてなかったのに。最後まで強がろうと思ってたのに。それすらも、できなくて。

 申し訳なくて。

 涙が止まらなくて。


 「あー! おにいちゃんがおねえちゃんなかしたー!」

 「あ、ぅ……」

 「なかしたらねー、ごめんなさいっていわなきゃいけないんだよー!」


 メリーが腰に手を当てて、柔らかそうなほっぺたを膨らませる。


 「……ごめん、お姉ちゃん……」

 「……ううん。私も、ひどい言い方だったよね。ごめんねホッド」

 「うん、いっけんらっかくー! ……ちゃく? らく? いっけんちゃくちゃく!」


 言葉の意味をホントに理解してるのか、はたまた舌っ足らずなだけなのか。妹が満足そうにうなずいているのを見て、思わず私とホッドは笑ってしまう。


 「ねえ、ホッド。そのパン、少しだけ分けてくれないかしら? お姉ちゃんも、お腹空いちゃったわ」

 「! うん、いいよ。食べてお姉ちゃん」


 ホッドからパンを一口もらい、それをかみしめながら喉に通していく。


 それから、数十分。休憩を取り終え、私たちは再び歩き出す。


 「あと一時間もあれば、村にたどり着けるわ。行きましょう、二人とも」


 道中、三人でいろんな話をした。まずは、村に着いたら何をするか。それが終わったら、どこに行こうか。一度どこかの行商隊を見つけて、どこかに送ってもらうのもいいよね、なんて話をした。それからメリーの将来の夢だとか、少し下世話かもしれないけど、ホッドの好みの女性のタイプだとか。あと、私がブラッドのことをどう思っていたのか、とか。


 いっぱいいろんな話をした。もうすぐ村にたどり着くことができると、心を弾ませていた。

 やっと、生き残った人に会える。会えなかったとしても、奴隷でないなら自由に探すことができる。そんな思いで、私たちは村についに到着する。破壊された正門を跨いで村に入り、食糧と生き残りを探し始める。

私たちは、この時浮かれていた。




 だからこそ、気付くことができなかったのかもしれない。

 あの時よりも、必要以上に破壊された村の様子に。

 誰の死体もないことに。


 魔獣が、私たちを狙っていることに。






 民家の中を三人で食糧探ししていた時、突如それは牙を剥いた。

 窓ガラスを破り、不快な鳴き声を発しながら、そのオオカミは私達へとにじり寄る。




―――嘘だ。


 そんな。ここまで来たのに。


 なぜ、魔物がまだ村を占拠していたのか。普通なら、奴らは破壊を楽しんだ後は別の場所に移動するのに。それが普通なのに。


 それに、オオカミだけじゃない。

 人型の、体色が緑色の魔物も侵入してくる。

 体はメリーと同じくらいの大きさしかないけど、筋肉質で頭に小さな角を生やしている。その目には白目が無く、本来目のあるべき場所にまるで黒い石でも詰め込んだような。そしてその手には、家の廃材や木の枝などが握られている。


 一瞬にして、魔物の群れに取り囲まれてしまう私達。




 終わった。


もうだめだ。


 こんな数に、勝てるわけない。


包囲されている。逃げられない。


 なぶられながら、死ぬしかない。




 最悪の光景が、私の頭の中に浮かぶ。

 死の予感。

 そしてそれは、現実のものとなろうとしている。


 「……お姉ちゃん」


 静かな、やけに落ち着き払ったホッドの声が聞こえる。


 「……僕が、隙を作る。その隙にお姉ちゃんたちは逃げて」

 「……何を、言ってるの?」

 「……僕が、家族を守る。……守るんだあ!」


 叫ぶと、ホッドは勢いよく魔物の群れに飛びかかる。

 私は、彼の行動を止めることができなかった。

 その手を掴んで止めようとしたが、間に合わなかった。




 ホッドは魔物に躍りかかると、まずオオカミ目掛けて体当たりをかまそうとする。しかしそれは俊敏に動く魔物にたやすく回避され、その体は……。


 よろめかない。


 体当たりを外したとわかった途端、ホッドはその勢いを殺さず、奥の人型の魔物に躍りかかる。


 こちらはオオカミのように俊敏な動きができるわけではないようで、自らよりも少し体の大きいホッドに吹き飛ばされてよろめく。


 それを好機と、今度はホッドがその魔物の手から、こん棒をひったくり、思い切り頭にたたきつける。

 バギッ! と音が響き、こん棒は真っ二つになる。しかし魔物に致命傷を与え、頭から深い緑色の血液をまき散らしながら、魔物は動かなくなる。


 返り血を浴びたままホッドは振り返り、魔物たちを睨み付ける。

 その目は、今までに見たことの無い眼だった。


 ……生まれて初めて、弟を怖いと思った。




 「お姉ちゃん、逃げて! 今のうちに!」


 ホッドの叫び声であたりを見ると、突然の逆襲で魔物たちの意識は完全にホッドに向いている。知性はそれほどないらしい。統率もとれている気配はない。今なら、逃げられる!


 私はメリーを抱え、魔物の隙間を縫って出口へと駆け出す。意識していないところから、突然獲物が逃げ出してさらに混乱する魔物たち。

 オオカミの魔物にあわや噛まれそうになりながらも、私は何とか民家の出口を抜ける。


 そして、そのまま正門に向かおうとして、足を止める。




 ……このままじゃ、ホッドが死んじゃう。




 そんなことは、許されない。さっき言ったばかりじゃないか。家族をもう失いたくないと。なのに、私は今、ホッドを囮にして逃げようとしている。


 「ホッド……!」


 私は、メリーを腕から降ろすと、魔物の群れに戻ろうと走っていく。


 しかし、すでにホッドはオオカミに群がられ、ところどころ噛みつかれて身動きが取れなくなっているのが視界に入る。


 そして今まさに、人型の魔物の持っている角材が、ホッドに振り下ろされようとしていた。


 だめ、いや、待って。やめて。


 やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!


 どう考えても、間に合わない。


 角材が、弟に振り下ろされる。


 「いやああああああああああああああ!!!」




 私は目を瞑る。

 神様、どうか、弟を、弟を助けて、お願い。


 現実逃避だ。

 逃げだ。

 自分の選択の代償だ。


 わかり切っていた。でも、もう祈ることしかできない。

 神様神様神様神様お願いします助けて。


 だれか助けて。






 風が吹いた気がした。私の横を、強い風が。


 肉の裂ける音。液体が飛び散る音。

 私は、その場にくずおれる。




 ごめんなさい、ホッド、ごめんなさい。守れなくて、ごめんなさい。





















 「あー! ソルおにいちゃんだー!」


 「……え?」


 誰のこと? ソル……。


 たしか、私たちを買った人だ。もう、追いつかれたのか。


 でも、もうどうでもいい。弟が、死んだ。私の、判断ミスのせいで。




 「アニス! ぼけっとしてんな! ホッドを連れて逃げろ!」




 その声に私は目を開く。


 ありえない。


 なんで、この場所に。


 どうして、弟が生きて。


 なんで、そんな必死の形相で、魔物と対峙しているのか。




 「ブラッド……?」


 一瞬、空目するが、明らかにその人は私よりも身長は高く、髪も彼よりもずっと短い。黒いローブを身にまとい、二本の短剣だけでいともたやすく魔物たちの攻撃をいなし、その隙にねじ込むように斬撃を浴びせている。その姿は、まるで演舞でも見ているかのようだった。




 なんだ、この人は。


 どうして、どうして。




 「何度も言わせるなアニス! 早く下がれ!」




 奴隷を買う人間なんて、碌な奴らじゃない。そう思っていたのに。






 私達を助けに来てくれたのは、神様でも、ブラッドでも、正義の味方でもない。

 私達を買った、ソルと名乗ったあの青年だった。


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