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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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ホッド・リーキッド

     ホッド・リーキッド


 「それじゃあテーサツに行ってきます」


 僕は母さんにそう言って、家族乱闘から抜け出して、お姉ちゃんを追いかける。


 別にお姉ちゃんとブラッド兄ちゃんの中を引き裂こうとか、そんなことを考えたんじゃない。もしブラッド兄ちゃんが、お姉ちゃんの告白を断ったら、お姉ちゃんのいいところを一生懸命説明してあげようと思っていたからだ。


 僕は、ブラッド兄ちゃんが好きだ。頼りがいがあって、色んな事を知っていて。若いのに、狩猟組のリーダーまで務めるブラッド兄ちゃんが、すごくかっこよくて、憧れだった。


 だから、本当のお兄ちゃんになってくれたら嬉しいなと、そう思っていた。それに、お姉ちゃんも、ブラッド兄ちゃんのことを好きだと僕は確信していた。




 家を飛び出し、お姉ちゃんの姿を探す。でも、お姉ちゃんは走って行ってしまったのか、どこにもその姿が見えなかった。


 行先を聞かなかったことを後悔しながら、僕はもしかしたら村はずれの大きな樫の木のところじゃないかと目星をつける。あそこの木はすっごく大きくて、とても神秘的な雰囲気のある場所だ。恋人たちがアイを語らうのに、うってつけの場所だと思った。


 僕は村の正門の方に走っていく。お姉ちゃんがそこにきっといると信じて、走り続ける。


 でも、そこで僕が見たのは非常に奇妙なものだった。




 見知らぬ男の人が、村の正門前で何やら村人と話している。何か穏やかに語り掛けてはいるけれど、村人の方はなにか怒鳴っているみたいだった。


 突如、男が懐から宝石のようなものを取り出すと、それが真っ赤に光り出す。そして


 「俺たちに逆らったこと、後悔させてやる! やれ! 魔獣ども!」


 男がそう叫ぶと、どこに潜んでいたのか、十数匹ものオオカミが現れる。いや、違う。


 その狂った濁り切った眼光。だらしなく垂れ下がった舌。獲物を狩ろうと止めどない欲望に涎を滴らせる口元。

 そして何より、身の毛がよだつほどの暗いマナを感じた。


 今まで見たことはないけれど、僕は直感する。


 これが、魔物なのだと。




 「う、うわああ!」


 叫び声をあげる村人の喉笛に噛みつく魔獣。悲鳴を上げる声が、一瞬で止められる。弄ぶように死体に群がるその姿に、僕はとっさに家の陰に隠れる。


 「ハハハ、すげえ! あのガキの言った通りだ! これさえあれば、魔物なんぞ……おい、いつまでやってるんだお前ら? さっさと村人を追いかけまわして来い!」


 再び宝石が光り、魔獣がそれに反応する。そして勢いよく駆け出し、そのすべてが村の中へとなだれ込む。


 「うわあ!?」

 「なんだ!?」

 「ま、魔物!」


 次々に悲鳴を上げる人々。しかし魔獣は貪欲に、そのすべてに喰らいつき、喰いちぎる。


 「おい、何やってんだこいつら!? 追いかけまわすだけでいいんだよ!?」


 あの宝石が、全ての元凶。あれさえ奪えば、もしかしたらみんなを助けられるかもしれない。


 どうする。

 どうしよう。

 どうしたらいい。


 心臓が高鳴る。

 村の警鐘の音が響く。

 あれを奪おうとすれば、絶対にあの男の人たちに見つかる。今は混乱しているけど、絶対に見つかる。


 ……奪った後に脅せば、もしかしたら言うことを聞いてくれるかもしれない。


 そんな恐ろしい発想が、自分の中から出てきたことに若干の驚きはあったが、心がそうすると決めると、不思議と意識は落ち着いてきた。


 僕は手近にあった、少し大きめの石を拾う。重さを確かめ、十分な威力を発揮できるだろうと確認すると、それを持ってすばやく門の陰に身を隠す。男たちは軽いパニックを起こしていて、僕の姿には気付いていない。


 大きく深呼吸をする。そして。


 「うわああああああ!」


 雄叫びを上げながら、僕は宝石を持った男に突進する。

 気付くのに遅れた男たち。いける。この石をあの人にたたきつければ、きっとよろめくはずだ。そうしたらその隙に、あの石を奪ってしまえばいい。いける。ここだ!


 思い切り石を振りかぶりながら、あと数歩の距離まで近づく。


 「リーダー、危ない!」


 若い青年が、僕の目の前に飛び出す。


 掴まれる。


 そう思って、とっさに僕はその男の人に手を振り下ろす。


 バグッ! という音と共に、衝撃が伝わる。まるで、西瓜か何かを割ったような感覚。

 勢いよく、何かの液体が飛び散る。

 しまった、そう思ったけど、僕は何もできずにとっさに目を瞑る。


 生暖かい液体が、顔面から全身に降りかかる。ぬるぬると不快な感覚のそれは、あっという間に僕の全身を汚していった。


 目を瞑ってしまい、まずいと思ったけど、何かがおかしかった。


 誰も、何も言ってこない。

 誰も、僕を捕まえようとしてこない。

 恐る恐る、僕は目を開ける。


 「……」


 目の前にいたのは、先ほどの青年。でも、ピクリとも動かない。

 頭が面白いくらいに凹んでいて、そこから勢いよく血が噴き出している。

 そして僕の右手に握られている石にも、同じように血がついていた。


 「あ……」


 口を開く。

 何も言葉が出てこない。

 どうしよう。






 死んじゃった?






 「このガキ……!」

 「待て! ……もう抵抗する気はないらしい。こいつは奴隷にするぞ」

 「でも!」

 「魔物を操るって聞いてた時から、誰かが犠牲になるのは覚悟してただろうが! ……どうしようもねえだろうさ」


 男の人たちが何か言っている。

 でも、僕の体は動いてくれない。


 殺してしまった。

 人を、殺してしまった。

 どうしよう。

 悪いことをしてしまった。

 どうしよう。

 お姉ちゃんに嫌われる。口もきいてもらえなくなるかもしれない。どうしよう。

 ブラッド兄ちゃんに怒られる。怒ってもくれないかもしれない。

 どうしよう。どうしよう。


 その死体から目を離せない。僕の体が誰かに抱えられる。


 どうしよう、どうしよう。




 誰も何も言わない。

 僕も、何もしゃべれない。

 誰も教えてくれない。

 誰にも訊けない。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。






 気が付いたら、僕はお姉ちゃんと同じ馬車に乗っていた。


 「……姉ちゃん、これからどうしよう」


 そんなことを口走っていた。

 何を言ってるんだろう、そんなことを聞いてもどうにもならないのに。


 誰にも、どうにも出来やしないのに。


 「……大丈夫だよ、きっと大丈夫。ね? お姉ちゃんを信じて?」


 そう言って、抱きしめてくれるお姉ちゃん。


 僕が血まみれでも、僕に怪我がないならと、何も聞かないでいてくれたお姉ちゃん。






 もう、どうでもいい。






 どうしようとか、どうでもいい。

 僕は人を殺した。許されないことをした。

 生き残ったのは、恐らく僕たち三人だけ。

 だったら、どうするか。


 家族を守る。お姉ちゃんを、メリーを。守る。

 ……たとえ何をしてでも。


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