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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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リーキッドファミリー 五

     リーキッドファミリー 五


 「ここで降ろしてください」

 「はいよ」


 乗せてくれた行商隊のおじさんに、金貨を数枚渡して私たちは歩き出す。


 「おねーちゃん、ドロボーだけどいいの?」

 「しょうがないよメリー。僕たちが帰るためだから」

 「……ごめんね。でも、こうするしかないの」


 私達を奴隷として買ったあの人たちの家から食べ物や衣服、旅に必要そうなものと、金貨を数枚盗みだした。

帝都アルテリアから西のカーミラへ向かう行商隊に、途中まで乗せてもらったまでは良かったが、外は思いのほか寒く、雨の中ということもあり、私たちの体は冷え切っていた。


 「どうしてかえるの?」

 「……もしかしたら、村の生き残りがいるかもしれないからだよ」


 ホッドがメリーに優しく説明する。ブラッドが生きているかもしれない、とは言わなかった。彼なりに気を使ったのかもしれない。余計な希望を私に抱かせないように。


 私は確かめなくてはいけなかった。意識を失う寸前、確かにブラッドの声を聞いた。私を探す声を、はっきりと。


 もし彼が男たちに見つかったのなら、私たちと同じように捕まっているはずなのだ。そうでないということは、上手く逃げ切れたということなのだろう。




 会いたい。彼に。


 あの優しい声に包まれたい。綺麗なブルーの瞳を見つめたい。柔らかな金髪に触れたい。


 大変だったね、もう大丈夫だよと。そう言ってもらいたい。

 早く、安心したかった。


 「行きましょう。ここからなら歩いて1日もかからないわ。きっと明日のお昼前には着けるはずよ」

 「えー? ずっとあるくのー?」

 「大丈夫。ちゃんと途中で休憩するわ」


 そう言って、私たちは歩き始める。

 それぞれが屋敷からくすねた食糧入りのカバンを背負い、その上からマントを羽織る。正直これだけでは防寒対策は十分とは言えなかったが、それでも何も着ていないよりもずっとましだった。


 私は、昔帝都に両親と旅行に行った時の記憶を頼りに、街道に沿って歩いていく。方角を確かめるために空を仰ぐが、あいにくの雨雲で月も星も見えず、何も知ることはできなかった。




 雨が降るタイミングを見計らって、私たちはあの屋敷から脱出した。寝具のシーツを縛り繋げて、それをベッドにつなげる。あとは、地上に降りられるようにそのシーツのもう一端を窓から階下に下ろすだけ。

 しかしそれだけでは無一文の自分たちは逃げ延びることはできないと考え、シーツを繋ぐ作業は弟に任せ、私はできる限りの食糧と、いくばくかの金を盗み、地上へと逃れたのだった。

 脱出してからしばらく後ろを警戒してはいたものの、気付いた様子も追ってくる気配もなかったため、私たちは帝都正門に停まっていた行商隊の馬車に乗せてもらい、ここまで来た。




 雨粒が体を濡らし、冬の訪れを告げるような凍てつく風が吹き始め、体を引き裂くような感覚を与える。寒さに歯をガチガチと鳴らしながら、私たちはトーティスを目指す。


 三人で寄り添いながら歩き、風の中をなるべく体温が奪われないように進んでいく。雨は一向に止む気配もなく、いたずらに体力のみが奪われていく。


 方角はあってるはず。見覚えは……ある。ここを道なりに曲がっていったところに、確か使われていない廃屋があったはずだ。間違いない。


 「ホッド、メリー。そこを曲がったら小屋があるわ。天気が悪いから、今日はそこで一回休憩しましょう」


 風邪の音で掻き消えてしまわないように、すぐ傍らの二人に大声で叫んで呼びかける。二人が頷くのを確認し、私たちはその小屋を目指す。




 到着した小屋は、記憶にあった時よりもずっと廃れていて、人の手が何年も入っていないことがわかる。それでも、雨に打たれて風に吹かれて、外で野宿するよりはずっとマシだった。


 中に入り、急いで火を熾す。屋敷から拝借した火打石を使って、蓄えてあった薪に何とか着火する。それを暖炉に放り込み、少しずつ火が大きくなるのを確認し、私はホッと胸を撫で下ろす。そのまま濡れたマントを脱ぎすて、荷物を下ろした時だった。


 「お姉ちゃん、こっち来て!」


 慌てた様子のホッドが、私を呼ぶ。駆け寄ると、メリーがぐったりした様子で地面に横たわっていた。


 「どうしたの!?」

 「すごい熱なんだ。どうしよう、お姉ちゃん?」

 「……」


 困った。今、薬の類は当然ながら持っていない。おそらくは風邪か何かだろうが、この状態で歩かせることは不可能だろう。それに、この子はまだ幼い。この一日にいろんなことがあって、疲れていたのもあったのだろう。無理をさせれば、まだ体力のない子供なら、最悪死に至ることもある。今日一日、ゆっくりと休ませておかないと。


 「……できるだけ、温かいところに。それと、濡れた衣服は乾かしてあげないと。ホッド、手伝って」

 「う、うん」


 彼女の服を脱がし、できる限り温かくなるように、カバンから乾いた大きな麻布を取り出し、それを使ってメリーを包むように保温する。全員のカバンにもともと入っていたもので、そこそこ上等なものだったことが幸いした。しかし、この大雨の中だ。多少湿っていることは否めず、それでもびしょびしょの衣服で寝させておくよりはずっとマシだと判断しての行動だ。


 メリーと私とホッド、三人分の布でくるまれて、何とか保温することはできた。私たちは、備え付けてあった壊れかけのベンチを暖炉の前へずらし、そこにメリーを静かに寝かせる。


 「これで、良くなるかな?」


 心配そうに、私に問いかける弟に、私はできる限り笑顔で答える。


 「大丈夫。ただの風邪だから。さあ、私たちも体を冷やさないようにしましょう」


 私は弟に服を脱ぐように促し、自分も衣服を脱ぐ。

 冷たい空気に肌がさらされ、恐ろしいほどの寒気を感じるが、濡れた服を早く乾かすことが先決だ。それに、家族で身を寄せ合っていれば、なんとかなる。

 服を暖炉の目の前に広げて乾かす。面白いように水蒸気が上がり、みるみる服は乾いていく。


 「さむいよ、お姉ちゃん……」

 「ほら、もっと近くにおいで。体を寄せ合って。体温が下がっちゃうわ」


 弟を抱きしめるように、その肩に手を回す。お互いに歯の根が合わない状態ではあったが、それもしばらくすると互いの体温で震えが止まる。


 「……お姉ちゃん、僕たち、これからどうするんだろう」


 弟がそんなことを呟く。その言葉に、私は何も言わない。


 私自身、まだどうしたらいいのかわからない。村の生き残りを探すため、そしてできることなら家族を、みんなを弔っていきたいと思っていた。だからこそあの屋敷から脱出し、こうしてトーティスを目指していたのだ。


 でも、もし誰も生き残っていなかったら? 全員を弔い終わってしまったら? その先は?


 私は、思いついていなかった。

 帝都には戻れない。あの人たちがいるから。

 かといって、近くのカーミラに行こうにも、あの村はかなり閉鎖的で行商人以外は立ち入ることすら許されない。帝国軍が入ることにすら嫌な顔をする人々だ。そこに、何も持たずに孤児が三人入ることなんて、できるだろうか。答えはおそらく、否だ。


 それでも、奴隷として生きるよりは絶対にましだった。人間として死ぬ方が、よほど。

 いや、よそう。死ぬことを考えるなんて。


 「……きっと、誰かいるわ。信じましょう」

 「……うん、そうだよね。ごめん」


 ホッドはそれきり口を開かなくなる。


 服が渇き、それに袖を通して、再び同じように寄り添って、私たちはメリーを看病しつつ、交代で眠りにつく。

 明日はせめて、雨が降っていませんように。そう祈りながら。


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