リーキッドファミリー 四
リーキッドファミリー 四
「……お? 雨か」
これからあの姉弟のことについて、仲間たちと色々話していた時。雨音と室内の暗さに気付いてぽつりとそんなことを呟いた。一体いつから降っていたのか。
「え、嘘! 大変! 洗濯物!」
レリィが大声でそう叫ぶと、大急ぎで外に向かう。会議室のドアを開けて、玄関まで一目散で走って行った。
「ウィリアム、手伝ってやってくれ」
「はいよー」
そう言いながら、気持ち小走りでウィリアムもそのあとを追う。残ったのは、俺とウルとガルドの三人だ。
「……やっぱり天気崩れたなあ」
「でっかい雨雲だったものね……部屋干しか……」
「そろそろ晩飯の準備するか。買い出しいかねえとな……」
「ステーキ忘れないでよ」
「はいはい、わかってるよ」
そんなやり取りを交わしながら、俺は出かける準備をしようと立ち上がった時だった。
勢いよくレリィが部屋に飛び込んでくる。
「どうした、レリィ。って、洗濯物は?」
レリィはびしょ濡れだったものの手ぶらで、洗濯物を取り込んだ様子が見受けられなかった。息を切らしながら、俺の方に近づいてくる。
「ソルさん、あの三人は!?」
「え?」
何のことか分からずに言葉に詰まっていると、今度はウィリアムが部屋に飛び込んでくる。
「部屋にもいねえ! つか、どこにもいねえぞあいつら!」
「そんな……」
二人のただならぬ雰囲気に眉をひそめる俺とウル。しかしガルドは何かを察したようで、すぐに指示を飛ばす。
「レリィと旦那は食糧庫で無くなったものを調べてくれ。ウィリアム。お前は街の中を探せ。ついでに聞き込みもだ。俺も行く。ウルは他に家の中から無くなった物がないかどうか探すんだ。一時間後にまたここに集合しろ。いいな?」
「え? え?」
「わかったぜおっちゃん!」
状況がわからないまま、レリィとウィリアムが部屋から飛び出していった。何が起きてるんだ?
「どういうことだ、ガルド?」
「……逃げ出したんですよ、あの三人」
「なッ……!?」
「もしかしたら……いや、まずは行動しましょう。先ほど言った通り、行動してください。いいですね?」
それだけ言うと、ガルドも部屋を駆け出していく。
暗くなり始めた頃、再び全員が会議室に集まる。
「食糧庫からは、いくつか食材がなくなってました。いろんなものがちょっとずつ無くなってるみたいです」
「そうか。こっちは収穫なしだ。ウィリアムの方も含めてな。……ウルの方は?」
「備蓄されてた非常用の松明と火打石、それからカバンとマントが三つ無くなってたわ」
「……決まりだな。レリィ、亡くなった食料が何日分か逆算できそうか?」
「えーと……おそらく二日分ほどかと」
「……となると、徒歩で自分の村を目指すつもりか、あの三人。旦那、どうしますか? こちらも追うなら馬を使った方が……旦那?」
「あ、え?」
突如呼びかけられて俺は狼狽える。
「えっと……」
「兄ちゃん! しっかりしてくれよ!」
「家族なら、助けなきゃでしょ?」
「ソルさん……!」
わかってる。追いかけなきゃだめだってこと。
でも。
あの子たちはまだ俺たちの家族になると明言したわけでもない。自分の故郷に帰りたいというのであれば、それはその子たちの選択だ。それを縛る権利は俺にはない。
しかし、村には魔物が襲撃していた。その魔物が残っていないとも限らない。話を聞けば、数十もの魔物が襲撃してきていたと聞いている。それを、現状で戦力になりそうなのは俺とガルドとウィル、魔法を使えるとは言っても、ウルとレリィは乱戦には向かないだろうし。……たった三人でどうにかできる数とは思えない。危険すぎる。そんなところに飛び込むなんて。どうしたら。
「旦那……どうします? どんな決断でも、俺は止めませんよ」
ガルドもこう言っている。この人数で挑むなんて、自殺行為だ。家族を守るか。家族じゃないものを助けるために、家族を危険にさらすのか。どっちを優先すべきか。そんなの、悩むまでもないじゃないか。
俺は、決断し、口を開く。
「レリィ。セシールに助けを求めに行くんだ。渋るようなら、俺がなんでもすると伝えてくれ。ガルドはジョルジュのところに行って、今から馬を手配してくれ。金は全部預ける。いくら使っても構わない。足の速い俺とウィリアムは先行して追いかける。もしかしたら、今ならまだ追いつけるかもしれない。ウルは馬が到着次第、ガルドとレリィと一緒に来てくれ。その間に、往復分の食糧の準備をしておいてくれ」
「よしきた! 任せろ兄ちゃん!」
「わ、わかりました!」
「任せなさい」
「ええ、任されました。ウィル、旦那を頼むぞ」
「……ふつう逆じゃねえ? まあ、おいらはどっちでもいいけどよ」
全員が、それぞれの指示に従って動き出す。
危険かもしれないけど、ここにいる全員はみんな俺の目標に賛同して、協力してくれるメンバーでもある。奴隷解放、もっといえば、奴隷に光を与えたいと思う、そんなメンバーの集まりなんだ。
家族だからと、何も遠慮する必要なんて初めからなかったのかもしれない。俺はもう後悔したくない。助けられたはずの命を、助けられないまま見送るなんて。もうできない。
昔みたいに。どうしようもなかったあのころとは違う。今はたくさん仲間がいる。大丈夫。できるはずだ。
「準備できたぜ、兄ちゃん」
「よし、走るぞウィリアム。地図は確認したか?」
「完璧に暗記したぜ。トーティスまでの道のりはさ」
「でかした。じゃあ行くぞ!」
先行して追いかける俺とウィリアム。
彼女達が村について、魔物も何もいないのなら、それならそれで構わない。何事もなくて良かったと、胸をなでおろして帰ってくればいい。でも、そうじゃなかった場合。
未だ村に魔物が残っていて、あるいは野盗どもの住処になっていた場合。彼女たちを守らなくてはいけない。
夜が深くなる。寒い風がほほを殴りつけ、雨粒が体温を容赦なく奪っていく。可能な限り、俺たちは身軽な状態で走り抜ける。身に着けているのは、最低限の武装と簡易的な防寒装備のみ。
何事もありませんように。願わくば、彼女たちの求めるものが村に残されていますように。
俺は祈りながら、ウィリアムと共に帝都を飛び出していった。