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太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
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奴隷少女 七

     七


 「酒場、ですか?」

 「ああ。酒を飲みに行くわけじゃないけど、ちょっと報告に。」

 酒場と言われて、イメージは荒くれ者がたくさんいる印象しか持ち泡得ていなかった私は、そんなところにソルさんが行くのは不安だった。

 「そういう訳でガルド、ちょっと行ってくるからレリィのこと見ててくれ。」

 「……旦那、今何時だと思ってるんです? 帰ってきたのが遅かったかと思えば、今度はジョルジュのところに報告ですって? 行くなら俺も連れて行ってください。じゃなければ明日の朝にすべきです。」

 ガルドさんはソルさんを心配して言っているんだろう。私も少し不安だ。

 「そんなこと言ったって……ジョルジュにもう約束しちゃったじゃないか。今晩報告に行くって。」

 「そんな約束をいちいち守る必要はありません。この時間は盗人や犯罪者がうろついているんです。報告なら俺一人でも行ってきます。とにかく、旦那一人で歩き回るのは賛成できません。」

 「うーん。でもガルドには留守番しててほしいんだよなあ。飯作って待っててほしいし。お前のパスタうまいんだよ。な? 頼む。」

 「……褒めても今回は譲れませんね。どうしても報告を急ぐなら、俺を遣いに出してくれればいいんです。」

 二人の話し合いは平行線で、一向にまとまらない。私がおろおろしていると、ソルさんが一度ちらりとこちらを見た後、何やらガルドさんに耳打ちし始める。

 「……なんでそれを今まで黙ってたんです?」

 「いつも荒事に巻き込んでばかりだったから、ガルドは巻き込みたくないんだ。それに、これは俺自身の決着をつけるためでもある。……過去の因縁に、お前を巻き込みたくないんだ。」

 「……納得いきません。」

 「納得いこうがいくまいが、これは俺の問題だ。……ま、心配すんな。」

 なんだろう、すごく険悪な雰囲気だ。どうしよう。

 「そういうわけで、行ってくる。ガルド、レリィ。留守番頼んだよ。」

 そう言って、ソルさんは家から出て行った。

 ソルさんが出て行ったとたん、家の中に重たい沈黙が流れる。……どうしよう、何か話さなきゃ。

 「え、っと……が、ガルドさんはどうしてソルさんと一緒にいるんですか?」

 「一緒にいるのが不満か?」

 ギロッと一瞥され、私は小さくなんでもないですと答える。

うう、怖い。やっぱり私嫌われてるんだ。

 しばしまた長い沈黙が流れる。嫌な汗を背中に伝わらせながらチラチラと様子を窺っていると、唐突に、本当に突然ガルドさんが話し出す。私に、というよりは、独り言のように。

 「俺は昔、奴隷だったんだ。」

 「え?」

 私の声に反応もせず、ただガルドさんは語る。

 「昔は家族がいた。妻もいて、子供もいた。まだ一歳になったばかりだった。だがあの日、すべてを奪われた。妻も、息子も、皆……殺された。残った村の若い奴らだけが、労働力のある奴隷として捕まった。」

 ガルドさんも、私と一緒だったんだ。大切なものを全部奪われて、そして奴隷にされたんだ。

 「奴隷になった後は、もう何もかもどうでも良くなった。自分の命も、周りの命も。俺はひたすら自分の仕事に励んだよ。体を動かしている時だけは、すべてを忘れることができたんだ。家族のことも、自分が何者かも。」

 ガルドさんは、少し俯く。

 「だがな、それはただの現実逃避だったんだ。自分にとってかけがえのない物だったはずの、家族のことを忘れていることが良いことな訳なかったんだ。……それを気づかせてくれたのが、旦那だ。」

 ガルドさんは、拳を握る。

 「俺はあの人に、命を救われた。だが、それ以上にあの人は俺の心を救ってくれたんだ。だから、一度は投げ捨てようとしたこの命を、旦那の為に使おうと心に決めたんだ。」

 ああ、そういうことか。私は今までのガルドさんの行動に納得した。

 私がソルさんを傷つけた時に、ガルドさんが私を手に掛けようとしたのも、全部ソルさんのためだったんだ。私がおかしな行動をしないか見張っていたのも、やけにソルさんを気に掛けるのも。

 「今の俺には、旦那が全てだ。どんなことからでも、旦那を守る。……それが、俺が旦那の側にいる理由だ。」

 それだけ言うと、ガルドさんは再びむすっとした表情で窓の外を眺める。

「……私も……」

 私もそんなふうになれるでしょうか、と言いかけたその時だった。突如として割られた窓ガラスの音に、私の言葉は掻き消される。悲鳴を上げる私とは対称的に、ガルドさんは咄嗟に近くにあった柄の長い箒を握る。

 「ここがソルって野郎の家かあ? ハッ、家ッつーよりは獣の巣だな、こりゃ。きったねー。……んだよ、肝心の家主がいねえじゃねえか。」

 そう言いながら、窓の外に佇んでいるのは、赤いローブを身にまとった男。そしてその後ろには、三人ほど同じ服装をしている人物が控えていた。

 先頭にいる男は、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべたまま、その目で私を捉える。

 「へー、なかなか上玉じゃねえか。こいつが件の奴隷か? まあ、特にこいつに関しては指示なかったしなあ。……持って帰っちまうか。」

 べろりと舌なめずりをする先頭の男のその視線に、私は体を震わせる。

 連れてかれたら、またきっと同じ目に遭う。

 そう思うと、私は涙を流して許しを乞うていた。

 「いや……やだあ……来ないでえ!」

 私は頭を抱えて蹲る。非力な私には、それしかできないから。

 もちろん、そんなことをしてもどうにもならないことは私が一番良く知っていた。そんなことをしても、連中が諦めてくれるわけがないってことを。でも。

 でもほかにどうしようもないじゃないか。非力な私にできることなんて、何もない。こうして身を縮こまらせて、命乞いをするくらいしか。

 私はどこか諦めていたのかもしれない。助かりたいと思う反面、もう助からないという気持ちが、どこかにあったのだろう。

 下卑た笑みを湛えた男がにじり寄り、乱暴に私の胸ぐらをひっつかんだとき。

私は恐怖で引きつりながらも、媚びるような笑顔を浮かべていた。

 「誰が家の中に上がっていいなんて言った?」

 そんな声が聞こえてきたと思った時には、目の前の赤フードの男は横ざまに倒れていた。

 「ここは旦那の家だ。留守番任されてる以上、来客には丁寧に対応しろと言われてる。」

 そう言い放ったのは、ガルドさんだった。

 その手に握られていた血まみれの箒を見て、ガルドさんがこの男を殴ったのだとようやく理解する。

 「て、てべえ、ごんなごとしてだだでずむどおもっ……づあああ!」

 しゃべってる男の言葉を遮って、ガルドさんは箒の柄をその男の目に突き立てる。さほど強い力ではなかったのだろう、箒の柄は眼球だけを破壊して、男は悲鳴を上げながら蹲ってしまう。

 「知らねえな。言ったろ。丁寧に対応するって。」

 ガルドさんはそう言い放つと冷たい視線を窓の外の三人に向ける。

 「お前らは来ねえのか? ……もてなすぞ。」

 その視線に三人は一瞬ひるんだようだけれど、すぐに犬歯をむき出しにして怒鳴り散らす。

 「うるせえ! ただで済むと思うなよクソが! てめえら! やっちまえ!」

 そう叫んだその時、家の玄関、窓、天井を破壊しながら、多数の赤ローブの男たちが流れ込んでくる。そしてあっという間にガルドさんを取り囲んでしまった。

 「……レリィ、隠れてろ。」

 そう言ってガルドさんは箒を握りなおす。

 「かかれ!」

 誰かが放ったその声を皮切りに、男たちは一斉にガルドさんに飛びかかっていく。十数人のならず者たちに飛びかかられては、いくらガルドさんでもひとたまりもないだろう。私はテーブルの下に隠れ、がたがた震えることしかできない。

 このままでは、ガルドさんがやられてしまう。しかし、そんな状況でも自分は何もできない。気づけば私は泣きながら謝っていた。

 「ぐあああああ!」

 悲鳴が聞こえる。ごめんなさい。ごめんなさい。何もできなくてごめんなさい。

 しかし、再び悲鳴が上がる。

 「ぐおえ!」

 「あがあ!」

 ……ガルドさんの声じゃない?

 私は恐る恐る目を開き、あたりを見回す。

 「て、てめえ! やりやがったな!」

 「おいロビン! しっかりしろ!」

 そこには、傷一つ負っていないガルドさんの姿があった。

 「お前らごときじゃ一生かかっても俺には勝てないぞ。」

 「くそ、ほざけクソッタレ! おらああ!」

 吠えると同時に男がガルドさんに刃物を振るおうとするが、ガルドさんはそれを箒の柄で正確に払い落とすと、腹に一撃蹴りを放つ。

 「おえっ」

 短い悲鳴と同時に、男が壁際まで吹き飛ばされる。

ガルドさんの後ろから大声を上げながら飛びかかる男たちを、彼はいともたやすく躱し、蹴り倒し、顔面を力いっぱい踏み抜く。頭が床に埋まってしまうのではないかと思うほどの衝撃に、男は悶絶する間もなく気絶する。

 「背後からの奇襲で大声を上げる奴があるか、バカタレ。」

 そう言いながらも、彼は一切の感情を排除した眼差しを、残った男たちに向ける。そして一度舌打ちをしたあと、放言する。

 「全員相手してやってもいいんだが、ここで寝られると困るんだよ後始末に。……その場合、気絶した連中にとどめを刺してから埋めた方が、憲兵団に説明する手間が省けるんだよなあ。」

 そう言って、しかしガルドさんは一切笑わない。男たちはその雰囲気に呑まれたように唾を飲み込む。

 「できればお引き取り願いたいんだがな。ここいらに転がってる生ゴミごと。」

 そう言いながら、ガルドさんは気絶している一人を男たちの方に向かって蹴り飛ばす。男はすでに虫の息で、白目を剥いて泡を吹いている。

 「ば、バケモンだ……聞いてねえぞこんなの!」

 クソッタレ! と言い残して、男たちが仲間を抱えて逃亡しようとする。

 「あー、そうだ忘れるところだった。」

 その瞬間、男たちの間を縫うようにして箒が飛んでいき、その柄が壁に突き刺さる。男たちは一瞬の出来事に身動きができずに、冷や汗を流しながら首だけをまわし、ゆっくりとガルドさんの方を向く。

 「旦那の家族……レリィに手ぇ出そうとした奴がいたな。リーダーぶってた野郎が。そいつだけ置いていけ。殺すから。」

 男たちは、うろたえながら、しかし誰も逆らおうとはしない。

 片目を失った男は、青白くなった顔を仲間に向けているが、その中の誰一人として目を合わせようとしない。

 「お、お前ら、マジかよ……? 本気なのかよ!?」

 そんなことを吠える男を、仲間は無視して廃屋と化した家から一人、また一人と出て行く。

 喚きながら、しかし右目を破壊された男は立ち上がろうとして、そのまま床に倒れ嘔吐する。

 「くそ、まて、お前ら……待ってくれ……!」

 その声は、仲間を引き留めることなく。

 家の中には、彼だけが取り残される。

 「随分とまあ、仲間想いな連中だな?」

 そう言いながらガルドさんは壁に刺さった箒だったものを引き抜く。もはやそれは掃除道具としての役割は持っておらず、埃を取るため先端に植物の枝を束ねた部分は、柄の一部ごと折れており、その断面はまさに木製の凶器となっていた。

 「恨むなら自分か神様にしてくれ。」

 そう言ってガルドさんは尖った柄を彼に突き立てようとする。

 それを見た私は、思い出す。父の片腕が吹き飛んだあの日のことを。鮮烈な赤が部屋中に降り注ぎ、私の衣服も赤く怪我したあの日を。

 「やめて!」

 私は叫んだ。叫んでいた。別にその男を助けたいとか考えたわけでもなく。とっさに体が反応していた。

 そしてその声を聞いていたガルドさんの動きが、ぴたりと止まる。

 「レリィ、何を……?」

 そのまま微動だにしないガルドさんを確認した隻眼の男は、よたよたと立ち上がると、玄関の方まで歩いていく。

 「はあ、はあ……くそっ!」

 小さく悪態をつくと、男はゆっくりとした足取りで外の闇へと消えていく。

 その様子を見守っていた私は、姿が見えなくなるのを確認すると、一気に体がけだるい感覚に襲われた。


 「……レリィ。」

 ガルドさんが、壊れた箒を捨てると私に近づいてくる。

 「ご、ごめんなさい。とっさに、つい……。」

 「いや、いい。」

 そう言ってガルドさんは部屋の片づけを始めた。私も手伝おうかと思ったけど、思いのほか体が重く、しばしそのまま座り込んでぼんやりしていた。

 「あれ?」

 私はそう言えば、と男たちの言葉を思い出す。

 「あの人たち、何しにここへ……?」

 そう言えば、何か言っていたような気がする。

 (ここがソルって野郎の家かあ?)

 (んだよ、肝心の家主がいねえじゃねえか)

 私は、一気に立ち上がる。その様子に、ガルドさんは少し驚く。

 「どうしたレリィ?」

 「……ソルさんが危ない!」

 私は外へと走り出す。なんでこんなことに気が付かなかったんだろう。

 あの人たちの狙いは、始めからソルさんだったんだ。でも、ソルさんは今一人のはず。このままじゃ、彼は。

 「殺されちゃう……!」

 私は走る。ガルドさんが後ろから私を呼ぶ声が聞こえるが、それすらも振り切って走る。


 ソルさんを失いたくない。

 あんなに優しい人なのに。

 死ぬところなんか、見たくない。

 私はひたすらに駆け抜け、彼の元へと急ぐ。酒場の場所は、図書館に行く途中で見かけたから覚えている。とにかく、あの人のところに行かないと……!

 路地を抜け、大通りに出る。人気は少なく、だだっ広い通りを走り抜ける。

 「ソルさん……ソルさん……!」

 息を切らしながら、通りを走りぬけているときだった。断末魔のような悲鳴が、路地裏の方から聞こえてくる。その声は私を焦らせる。

 「ソルさん!」

 私は、路地裏に迷うことなく飛び込んでいった。


書き溜めが無くなったので、更新が遅くなります。なるべく急ぎますが……

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