日常へ 五
日常へ 五
「ご迷惑をおかけしました」
朝食の席で、レリィがそんなことを突然言い出す。
「えっと……どうした、急に?」
「いえ……今回、私が混乱していたせいで、皆さんに迷惑をかけてしまったことが……申し訳なくて」
「なに言ってるんだよ。そんなの、気にしてないって。なあ、みんな?」
俺はほかの三人にそう呼びかけるが、ガルドも、ウィリアムも、ウルでさえも返事をしない。
「えーと、みんな?」
妙な空気に、少しだけ冷や汗が流れる。なんだなんだ、どうしたんだ皆?
しばらくの沈黙の後、食器を置いて、ガルドが口を開く。
「……それで? レリィはその後、どうするんだ?」
ガルドが何を言っているのか俺には分からない。でも何か、彼女を咎めるような色が混じっていたのは、流石の俺でも感じ取れた。
「どうするもなにも、反省してるんだし……そもそも、レリィは悪くないだろ? 悪いのは、レリィにそういう想いをさせた奴等で……」
「旦那。俺はレリィに聞いてるんです」
「……」
ガルドも、ウィリアムと似たような意見なんだろうか。
確かに、助けを求められていないのに助けてやろうなんて、傲慢なのかもしれない。でも、彼女は奴隷だったんだ。俺と同じような目に、遭ってしまったんだ。
俺自身、今はそこまで抵抗とかはない。でもそれは、ヴァンやセシールや、ガルドやジョルジュやジャンが、そばに居て、助けてくれたからだ。それが無かったら、俺だって今のレリィと同じような状況だったかもしれないんだ。
俺のことをどうこう言うのは構わない。でも、今回のことでレリィが責められることなんて、あっちゃダメだろ。
「でもガルドッ……!」
「ソルさん」
ガルドに食って掛かろうとする俺は、その声で制止させられる。レリィの方を見ると、彼女は微笑む。
「大丈夫ですから。私に、話させてください」
「でも……」
「大丈夫ですから。……信じてください。ね?」
そう言う彼女に、俺はそれ以上何も言えなくなる。レリィは、口元を引き締めると、ガルドに向き直る。
「……ガルドさん、ウィリアム。お願いがあるの。迷惑かけた上に、お願いをするなんて、厚かましいと思われるかもしれないけど……」
ガルドとウィリアムは、名指しされたことで少しだけ姿勢を正す。
「私、男の人とも普通に話せるようになりたい。ちゃんと、お話しできるようになりたいんです。だから、その……」
目を逸らしかけるレリィ。でも、それではいけないと自分を叱咤するように、一度強く目を瞑り、再び二人を見据える。
「だ、だから! これから、いっぱい話しかけてほしいんです! 私、まだ、ソルさんとしか上手くお話しできないから……その……」
レリィがそこまで言って。
ウィリアムが、にこりと笑う。
「おう、おいらは構わないぜ」
「……ホント?」
「嘘ついてどうすんだよ。ガルドのおっちゃんも、構わねえよな?」
「ああ。もちろんだ。……やっと、前に進む決心がついたんだな」
そう言って、ガルドもわずかに微笑む。微笑むというには不器用な笑い方ではあったけど、それは間違いなくガルドの心からの笑顔だった。
「じゃ、じゃあ!」
「ま、おいら言っておくけど結構おしゃべりだからな? 覚悟しておけよ、レリィ」
「う、うん!」
「まあ、今まで少し遠慮していた部分もあるからな。積極的に話しかけるようにしよう」
「あ、ありがとうございます!」
そう言って、笑顔になるみんなを俺は眺める。
ああ、なるほど。ガルドも、ウィリアムも。
レリィの口から、それを言わせたかったのか。
彼女の意志で何かをしようと言い出すのを、待っていたのか。
別にレリィが嫌いになったわけじゃなかったんだ。そのことに、俺は安堵のため息を漏らす。
しかし、それと同時に申し訳なさのようなものもこみ上げる。
もしかしたら、今まで俺が彼女の為にと思ってやってきたことは、彼女が前に進もうとするのを妨げていたのではないだろうか、と。
もしそうだったとしたら、俺は……。
「ソルさんも、ありがとうございます」
笑顔のレリィが、俺の目の前に立ってそんなことを言う。
「ソルさんが、私の背中を押してくれたんです」
「……俺が?」
「はい! いつでも、ソルさんが付いていてくれるから、私、勇気を出さなきゃって。そう思えたんです。だから……ありがとうございます」
満面の笑みで、そんなことを言ってくれるレリィ。
……全く、レリィにはかなわないな。
落ち込みそうになった瞬間に、心を救われてしまった。
変わらなきゃと思いながらも、それでも変わり切れてない自分がいる。でも、彼女と一緒なら。一緒に変わっていけるかもな。
「こっちこそ、レリィには助けられてばっかりだよ。……ありがとうな」
「あ、いえ、そんな……いえ、どういたしまして」
そう言って、少しだけ照れくさそうにするレリィ。
「さてと、それじゃあ飯に戻ろうぜ。おいらもう腹減って腹減って……」
「ウィリアム、お前は食い過ぎだ。少し抑えろ」
「何言ってんだよおっちゃん。朝食はガッツリ食べないと、だぜ。な、兄ちゃん!」
「ああ、そうだな。たくさん食わないと、大きくなれないからな!」
「ホラ、兄ちゃんだってこう言ってるぜ?」
「……はあ。旦那も控えてください」
「えー? ……でもウルの方が食ってるぜ?」
「ちょっと、唐突に私を巻き込むんじゃないわよ」
「……太るぞウル」
「うるさいおっさん。私はもっと大きくなるのよ。……育ち盛りなんだから」
いつもの風景が流れていく。やっと、前みたいに。いや、前以上に楽しくなりそうだ。
思わず口角を釣り上げる俺の隣で、レリィもまた微笑む。
今はもう、一人じゃない。俺も、レリィも。
たくさんの仲間と、きっと変わっていけると。
そう信じながら、俺達は日常へと戻った。




