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太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
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奴隷少女 六

     六


 俺とレリィは城下の中央区に位置する帝国図書館の前に来ていた。

 「ここがこの帝国で一番大きい施設の図書館。世界一デカい、なんて言われてるけど蔵書量は北大陸の魔法都市のほうが多い。それでもまあ、図書館があるだけ立派だけどな。」

 小さな村や治安の悪いところだと、図書館などは王宮の中にあったり、最悪そんなものは存在してなかったりする。ちなみにここには、レリィと勉強しに来た。

 「す、すごい……おおきいですね……!」

 レリィは今までこれだけ大きな建物を見たことがないんだろう。目を輝かせている。こういうところはすごく子供らしくてかわいいと思う。

 「……俺はロリコンじゃねえぞ……!」

 「……どうしたんですか?」

 レリィは不思議そうに頭をもたげている。幼い顔だが、セシールの言うとおり、五年もすれば美人になるだろうなと容易に想像できる。じゃない。そうじゃなくて。

 「いや、別に。ところでレリィは、どこかで読み書きは教わったのか?」

 「え、はい、一応一通りは……。」

 「そっか。じゃあ言語学はいいな。あんまり詳しくやっても意味ねえし。そうだな……算術はどこまでできる?」

 「む、馬鹿にしてるんですか? お店におつかい行くくらいはできますよ!」

 「ほう……まあそれは図書館で確認するか。あとは……社会情勢か? 一般常識クラスのものを中心に学べば今日中には……。」

 今日中には、歳相応の知識と常識が身につくだろう。できれば商業に関することも教えておきたい。これから先、彼女みたいな少女が一人で生きていくにはどうしても欠かせない知識だ。

 「さ、勉強しようかレリィ。まずは読み書きの確認からだ。」

 「は、はい!」

 

 この帝国図書館では、まず入場する際に名簿に名前を書かなくてはならない。そして入館バッジなるものをつけて入り、出る時はそのバッジを返却してその時の時間を記入するというシステムをとっている。なんでも、犯罪者や賞金首が来た時の証拠になったり、少しでも受付の人間の記憶に残るように、とのことらしいが、果たしてどれだけ効果があることやら。

俺達は入館すると、勉強に必要な書物を一通りかき集める。童話や過去の新聞、算術の参考書やら何やらと抜き取り、何往復かしてテーブルにそれらを積み重ねる。

 「あ、あの。これから全部読むんですか、これ……?」

 「ああ。ま、夜になったらさすがに中断するけどな。できるとこまで、って感じだ。」

 そう言いながら、俺は司書を呼び、大量の羊皮紙とペンを二本買う。

 「とりあえずはその童話でも読んでてくれ。その間に俺は算術の問題でも作っておくからさ。」

 そうして俺はレリィに『狼と少女』の童話を渡す。内容は、女の子にお世話になった子供の狼が、大きくなって女の子に恩返ししにくる、っていうお話だ。教訓としては、いろんな人や動物に優しくしていればいつかそれが巡り巡って自分のためになり、幸せになれますよ、みたいな話。

この本は著名な作家が作った物で、広く親しまれている。童話の割に大人向けの表現もあるので、意外と難しい言葉とかもあったりしてなかなか勉強になる。個人的に内容が面白いっていうのが選んだ理由だったりするのだけど。

 レリィは『狼と少女』を手に取ると、熱心に読み始める。おそらく童話なんて久しぶりに読むのだろう。食い入るように本を読んでいる。

 さて、算術の問題はどうしようかな。とりあえず穴埋め形式で作っていくか。そう言えばさっきお使いがどうとか言ってたな。じゃあ、銀貨五十枚で自由に買い物させる設定で……。

 そうこうして、時間は流れる。レリィは驚くほどの速さで本を読み切り、すごく面白かったと言ってくれた。なるほど、基本的な語学の知識は問題なさそうだ。それではと今度はここ数日の新聞を彼女に渡す。難しそうな顔をしてはいたものの、彼女はそれをまた熱心に読み始める。

 それが終わったら今度は算術を教えた。ほとんど完璧だったけど、乗算と除算がにがてらしく、そこを重点的に教えた。それから歴史、地理を教え、一般常識やマナー、最後に商業にまつわる話をさらっと教える。その頃には、太陽はすでに沈みかけていた。

 「あの、ソル=ブライトさん? そろそろ閉館時間なのですが……。」

 「ん、ああ。すいません。すぐに片付けます。」

 女性の司書さんに注意されて、読み散らかした本やペンなどを元の場所へと片づけようとする。

 「ああ、良いですよ。本はこちらで元の位置に戻しておきますから。ペンと羊皮紙だけ片づけてください。」

 そう言って司書さんは机の上の本を片付けていく。色白で華奢な体に似合わず、大量の本を軽々と両手で抱えて司書は立ち去る。おいおい、俺達でも何往復かしたんだぞ? それを一人で……落としたりしないのだろうか。

 「す、すごい力持ちな人ですね……。」

 「ああ、すげえな……。もしかして北大陸のヴァイス人かな……?」

 「ヴァイス人?」

 レリィが首をかしげる。ああ、そう言えば人種の話はレリィにはしてなかったな。いい機会だし、オレが知ってる範囲で教えとくか。

 「ああ、帰りに口頭で教えるよ。とりあえず荷物まとめて出ようか。」

 「あ、はい。」

 そう言って俺たちは図書館を出る。もちろん、受付で簿冊に退館時間を書いてから。

両手いっぱいの羊皮紙の束を袋に詰めて歩きだす。町はすでに暗く、あちこちの建物の明かりが道を照らしていた。中から聞こえてくる楽しそうな声や、子供の笑い声が、この帝国の城下町の平和を象徴しているようだ。もっとも、それは中央区などの人が多いところでの話だが。

 「で、ヴァイス人についてだったな。彼らは高い身体能力を持っている一族で、普通は北大陸の高山地帯にいるんだ。その影響か、冷気に対して耐性がある。」

 「寒いところでも大丈夫ってことですか?」

 「まあそれもあるな。でもそれよりも冷気を司る魔術に長けていて、逆に冷気の魔術は通用しない。そういう民族なんだ。」

 「魔術……ですか? 実際に見たことはないです……。」

 レリィは難しい顔をしながら俺の後ろで頭をもたげている。それもそうか。俺も魔術の存在を目の当たりにしたのはつい五年ほど前だったし。

 「でも、これからは魔術が当たり前になる時代が来るだろうな。新聞にも書いてあったろ? 『術式を利用した新たな日用品』に関する記事とか。」

 「あ、そう言えばそんなのありましたね。って、ソルさんいつの間に新聞読んでたんですか?」

 「ここ最近の新聞ではそのことばっか書いてあったし、街中でも噂になってる。それに魔術に関する技術研究が進んだおかげで、今では一般の人でも魔術がつかえることがわかってるんだ。」

 「そ、そうなんですか!?」

 レリィはぎょっとしていた。

 「じゃ、じゃあ私でも魔法使いになれるんですか!?」

 「……ああ、きっと。そのためにはたくさん勉強しないとな。」

 そう言って俺は彼女に微笑みかける。もしかしてレリィは魔法使いにでも憧れてるんだろうか。しかし、魔法の道も簡単ではないと聞く。一般人が魔術を使えるとは言ったが、それはあくまで基本的な術の話だ。魔術師が扱うような大層な魔法にはもっと高度な修行や知識が必要だ。

 ……が、レリィにとって目標が増えるのは悪いことじゃない。何かに熱心に打ち込むというのはそれはそれで大事なことだ。もっとも、まずは道を踏み外さないだけの道徳が必要だから、基本的なことだけを教えていくつもりだけど。

 ……って。

何考えてんだ俺は。レリィは今日でお別れじゃないか。次の日には、彼女は自分の新たな旅路に向かっていくんだ。情が移ってはいけない。彼女の自由を束縛する権利は、俺にはないのだから。

 大通りに入ったところで、前方から見覚えのある緑髪の女が呼び掛けてくる。

 「おーいレリィちゃーん! こっちこっちー!」

 セシールは人目をはばかることなく大声で俺たちの名前を呼ぶ。……こいつには羞恥心とかないのかよ、全く。

 「あのなセシール。あんまり大声で……。」

 「見て見てレリィちゃーん! お洋服できたよーん! ほら、どう!? どう!?」

 俺の話なんか聞いちゃいなかった。こいつの目にはもはやレリィしか映っていないらしい。

 「わあ、かわいい服!」

 レリィも最初会った時は遠慮していたものの、やはり女の子らしい服を着れるのは嬉しいようで、今では目をキラキラさせている。

 セシールが作ってくれたのは刺繍が入った白のワンピースとブラウンのカーディガンだ。

 「へえ、なかなかセンスいいじゃん。」

 「あら、いたのアンタ。」

 「おい、ひどすぎんだろ、お前……。」

 冗談よ、と言いながらケタケタと笑う。なんだこいつ腹立つチクショウ。

 「お代は後日でいいわ。とりあえず今日はもう遅いから持っていきなさい。」

 衣服を器用にたたむと、それを紙袋に入れて持たせてくれる。

 「悪いな。明日払いに行くよ。」

 「ああ、いつでもいいさ。もう暗いから、さっさと帰るんだよ二人とも。」

 ばいばーいと手を振りながら、セシールは家の方へと歩いていく。俺達もまた歩き出して、家へと向かう。

 「あの、この服の代金、必ず返します。……今は、無理ですけど……。」

 「気にするなよ、レリィ。俺からのプレゼントだ。そういうことにしておけ。」

 そう言って頭をくしゃくしゃに撫でまわす。彼女の長い黒髪は、少しごわごわしているが、それでも風呂に入ったおかげか、今日の昼ごろよりつややかな感じだ。

 「あ、そうだ。頭髪用洗剤とか買っていくか? せっかく綺麗で長い髪だし。」

 「え、いいですよこれ以上は! これ以上何か買ってもらったら申し訳なくて……。」

 「まあそういうなよ。ただの俺の我儘だ。まだ雑貨屋開いてるだろうし、行こう。ほら!」

 「ああ、ちょっと!」

 俺はレリィに手招きして、早歩きで進みだす。レリィも諦めたのか、今はおとなしく小走りでついてきている。帰りがけに、雑貨屋に入り、一番値段の高い女性用の洗剤を買い、俺達は家に戻った。


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