少年剣士 三
少年剣士 三
「まさか、おいらの抜剣を受け止める奴がいるなんて……」
「……」
面倒なことになった。抜剣術の使い手は初めて見た。本に記載されている程度の知識しか持ち合わせていない上に、抜剣術の対応法まで丸暗記しているわけじゃない。こんな技術があったな、くらいのものだ。
だが、厄介なのはそこじゃない。そんなことじゃなくて、もっと根本的なことだ。
「……死ぬ気か、ウィリアム?」
「はん、アンタが動く前に、おいらの方が早く動けたってわけだな!」
やっぱり。何も理解していない。
あの時、俺が左手のナイフを引っ込めていなかったら、この子は死んでいた。いや、死んでいないにしても、致命的なダメージを首に負っていたことだろう。
なのに、この子はそれに気づいていない。力の差に、まったく気付けていない。
それなのに、この好戦的な性格。そして、誰にでも突っ込んでいく、もはや蛮勇とも呼べない無謀な攻撃。だめだ。
このままだと、近い将来、この子は死んでしまう。
「どうしたんだ、さっきの威勢は? 怖気づいたかよ?」
へへへっと笑うウィリアム。
一つ、わかったことがある。
この子は、自分は大丈夫だと思っている。何があっても、自分だけは死なないと思っている。死ぬことを想定していない。自分が死ぬかもしれないと、そんなことを微塵も考えていない。
だからこそ、あの土壇場で、あれだけ高速で剣を振れたのだろう。死ぬ恐怖がないわけではないだろうが、自分が死ぬなんて考えたこともない。それゆえに、いつでも全力を出せる。
確かに、厄介ではある。実際、ウィリアムの剣技は速い。俺が、攻撃を受け止めるのが精いっぱいなくらいには、速い。だが、受け止められてしまったことに、あいつは何も感じていない。
あの場面、俺が油断していたあの瞬間に、自分の奥の手が通じなかったことに、何も感じていない。焦りも、恐怖も。
今も、彼は愚直に、まっすぐ俺を睨み付けている。
勝てると信じて。
「……バカが」
「はあ!? なんつったアンタ!?」
俺の言葉に、ウィリアムは突っかかって来るが、それよりも俺は今この少年をどう修正したものかと悩んでいた。
「……表に出ろ。ここだと営業の邪魔になる」
「はあ? そんなのに従うわけ……」
拒否すると判断した瞬間、俺は即座に駆け出し、ウィリアムの右手を蹴り上げる。突然の出来事に反応できなかったウィリアムはそのまま武器を取りこぼす。
そのまま足を全力で蹴り飛ばして転倒させ、自由落下するウィリアムの剣と、彼の襟首を捕まえてそのまま引き摺っていく。
「悪いジョルジュ、会計は後でもいいか?」
「あ、ああ。構わねえよ……」
その言葉を聞いて、俺はウィリアムを連れて酒場の外に出る。
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「アイツの戦ってるところ、久々に見たなあ。相変わらず、動きが化け物じみてやがらあ」
「そうねー。あ、ジョルジュ。ソルの分は私が払っとくから」
「あ、ああ。……つーか、ソルの奴、あんなに強かったんだな」
「あ? あー、そういやジョルジュはあいつの戦ってるところ見るの初めてだったか? すげえだろ、あの野郎。まあ、あれでも全盛期に比べればいくらか遅くなってるけどなあ。うーん、たるんでるのか、はたまたまだ本気じゃないのか」
「……あれより、速かったってのか?」
「俺が見たときが全盛期なら、その七、八割ってとこかねえ?」
「……やっぱり、ビハインドエッジの名は伊達じゃねえな……」
「あ、そんなことより注文追加してもいいかしら? この前レリィちゃんが飲んでたイチゴのカクテル頂戴。あれ飲んでみたかったのよ」
「……心配じゃねえのか?」
「全然。ソルが遅れを取るなんて思っちゃいないし、あの子を殺すとも思ってないから何も問題なし。どうでもいいから、さっさと作ってくんないかしら?」
「……相変わらず、自由人だな、セシールは……」
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「くそ、放せ! 放せよ卑怯者!」
そう言われたので、俺は街の明かりがわずかに届くだけの暗い裏路地、その少し開けた場所にあるゴミ捨て場にウィリアムを放り投げる。
「ぐあ! くそ、いきなり投げんな!」
「放せって言ったのはそっちだろ?」
俺はそういって、ウィリアムに剣を投げて返す。
放物線を描きながら飛んでくるそれを、難なく掴み取ると、ウィリアムは怪訝そうな表情をしながら俺を睨み付ける。
「なんの真似だよ」
「……決闘だ」
俺は静かにそうつぶやく。
「はあ? 決闘だと?」
「そうだ。俺に勝ったら、竜教団とやらの情報料は俺が出してやる。その代わり、俺に負けたら……」
言ってる途中だというのに、ウィリアムが飛び出してくる。そのまま剣を横なぎに振るい、俺の首めがけて斬撃を放つ。
俺は剣をナイフで弾き、驚いている彼の横面に蹴りを叩き込む。
「ぶえ!」
「……話は最後まで聞け」
「……っへ、勝利時の報酬だけわかれば十分だぜ! おいらが負けるわけねえ!」
こんな状況で、まだそんなことを言っているのか。ここまで来ると、あきれてくる。こいつには何を言っても無駄みたいだ。
「お前が負けたら、お前の命はもらう。それでいいな?」
「だから負けねえって言ってんだろ!」
再び、飛び込みながら剣を振るうウィリアム。
無駄のない軌道、そして的確に人体の急所に狙いを澄ました一撃。攻撃をはじくと、面白いくらいに態勢を乱し、そしてその隙すら気にせずに何度も連撃を放ってくるウィリアム。
試しに、連撃の合間を縫って顔すれすれのところにナイフを振るってみるが、ウィリアムはナイフが目の前を通り過ぎてから回避動作をして、後ろに飛び退く。
「へへ、あぶねえあぶねえ。でも、まだまだだぜ」
「……あー……」
もはや、何といえばいいのか。負けず嫌いだとか、そんなレベルの話ではない。
気付いていないのだ。自分の回避動作では本来よけられなかったことも、俺が手加減していることも。
自分が劣勢だということも。
「へへ、受け止めるので精いっぱいかよ?」
「……はあ」
だんだんイライラしてきた。このままでは、近い将来死ぬとか、そんな話じゃない。
明日にでも、こいつはスラムの人間だとか、気性の荒い衛兵だとか、そんな奴らの恨みを買って殺されかねない。
今までがどうだったか知らない。なまじ腕が立つのは確かだ。並の魔物なら問題なく倒せるだけの力はある。だけど、その程度。
下級の魔物を屠れる程度の力で、そこまで過信しているようなら、考えを正してやらないといけない。
……命を粗末にしやがって。
そこまで考えて、俺ははたと考え直す。
レリィやガルドが俺に対して怒っていたのはこういうことだったのかもしれない。
少し違うかもしれないが、なんとなく近いものがあるんじゃないだろうか……。
「ぼんやりしてんじゃねえぞ!」
そういって、ウィリアムは突きを放つ。心臓を狙ったその動きに対して俺は半歩横に移動することでこれを回避。続く回転切りをしゃがんでよけると、そのままウィリアムの足を蹴り飛ばす。
「のわあ!?」
背中から地面にたたきつけられ、動きが固まっている隙に短剣をウィリアムの首にあてがう。
「……一回目」
「……はあ?」
俺はそのまま離れると、再び武器をしまう。
「今のでお前は一回死んだ。……まだやるか?」
「……バカにしやがってえ!」
頭に血が上ったウィリアムは、単調な攻撃しか繰り出してこない。
……もったいない奴だな。
太刀筋や体さばき、特に抜剣術なんかは目を見張るものがあるのに、それを活かしきれていない。それどころか、精神が未熟であるがゆえに、まともな戦況分析もできない。
……本当に、もったいない。
そう思いながら、ウィリアムの攻撃をすべて躱し切る。
「ちょこまか逃げるだけか!?」
「……ふん」
大ぶりの攻撃をよけて、肩を押す。たったそれだけで体の重心がぶれて、まともに立ち回れなくなる。俺はよろめくウィリアムの腹部に蹴りを放つ。
「がふっ!」
そのまま蹲るウィリアムに、再びナイフを押し当てる。
「二回目」
「! っがああああ!」
またも力の入りすぎた、大ぶりな攻撃が放たれるが、俺はそれを両手に短剣を構え、挟み込むように受け止める。そのままウィリアムの剣をひねると、あっさりと手から取りこぼす。再び蹴りを放つ。今度は、彼の顔に。
「ぶがあ!」
「これで……三回目だ」
蹲るウィリアムに歩きながら近づき、再び彼の喉元に刃物を押し当てる。
「理解したか? 自分がどの程度なのか」
「くそがああ!」
今度は徒手空拳で飛びかかってくるウィリアム。つかもうとする腕に軽く刃物を振り、皮を切り裂く。そのまま突っ込んでくるので、すばやく横に跳ぶ。俺を見失ったらしいウィリアムは一瞬何が起きたかわからなかったようで、あたりを見回す。俺はそれを放っておいて、彼の足を蹴る。
「ぐああ!」
ふくらはぎを蹴られ、悶絶するウィリアムに、俺は畳みかけるように蹴りを浴びせる。何度も悲鳴を上げながら、それでも戦う意思をあらわに、彼は何度も俺を睨み付ける。
「さて、このまま蹴ってれば死ぬな……つーわけで四回目だ。まだやるか?」
「あ、当り前だ……!」
「そうか」
俺はそれだけ返事をすると、ウィリアムの大腿部を蹴りぬく。
「うわああ! くそっ! 卑怯だぞ! まだ立ち上がってないのに!」
「立ち上がるまで待ってやるなんて一言も言ってないぞ」
「さ、さっきまで倒れてるときは攻撃しなかったじゃねえか!」
「……それで? 命を奪い合う戦場で、そんなことを言っていれば生き残れるとでも? 相手はお前の命を狙ってるんだぞ? それがわかっているなら、お前がとるべき行動は二つ」
俺はウィリアムの目の前で指を二本立てて見せる。
「一つ目はどんな汚いことをしてでも勝つ。そしてもう一つは、土下座してでも生き延びるか。そのどっちかだ」
俺はウィリアムから少し距離を置きながら、彼を見下ろす。
「何を急いでるのかは知らないし、邪魔しようとも思わない。けどな。自分の都合だけで誰かに剣を向けるもんじゃない。それじゃあ、ただの暴漢だ」
「あんたに、なにがわかるっていうんだよ。おいらの何が、わかるっていうんだよ!?」
「わからない。でもな、一個だけわかることがある」
俺は短剣の切っ先をウィリアムに向ける。
「殺そうと剣を向けるときは、自分にもそれ相応の覚悟がなきゃだめだ。殺されるかもしれない、その覚悟。そしてそうした覚悟がない奴の大半は……死んでいく。お前も、このままだとそいつらと同じ道をたどることになる」
「おいらをバカにしてんのか? 死ぬ覚悟なら、とっくにできてる!」
「……言い方を変えようか」
俺は切っ先を下げ、ウィリアムに語り掛ける。
「死を望んで戦うような奴が、生きたいと思いながら戦う奴に勝てる道理がない。死を望むのと、死を覚悟して生き延びようとすることは、まったく別物だ」
「? わけわかんねえな。結局アンタ、何が言いたいんだよ?」
「……」
なんで俺は、この少年にこんな説教じみたことをしているんだったか。
気に食わなかった、っていうのはあるけど、でもそれだけじゃなかった。
「……なんでだろうな。なんとなく、お前に死んで欲しくなかったんだろうな」
「はあ?」
「……弱い奴は、放っておけないからな」
「! てめえ!」
笑顔でそんなことを言い放つ俺に、ウィリアムは激昂して飛びかかる。俺はそれを横に跳ぶことでかわし、再びウィリアムに問いかける。
「お前が強くなるために、その根性叩き直してやるよ」
「ざっけんな!」
ウィリアムが、取りこぼした剣を拾い上げ、再び迫る。俺はそれに対して、短剣を構えることで応じる。
「さあ……来い!」