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太陽のギルド  作者: 三水 歩
奴隷少女
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奴隷少女 五

     五


 適当に露店で遅めの昼食を済ませて、俺達は東西に延びる大通りを歩いていた。


 「おや、久しぶりソル。今回は幼女を捕まえたの?」


 服屋の前でそう言って話しかけてきたのは、色白で細身の女。髪はこの地域では珍しい緑色で、肩より短く切りそろえられている。メガネをかけたその奥で髪と同じ翡翠色の瞳を輝かせ、いたずらっぽく笑いながら冗談を言う。


「おい、セシール。人を誘拐犯みたいに言うのをやめろ。」


 そう言って俺は顔をしかめる。というかそもそもレリィは幼女と呼ばれるほど幼くないと思う。13歳? ってさっき言ってたし。外見は、まあ、幼く見えなくもないが。俺たちは彼女の後に続いて服屋の中に入る。

あたりには、いろいろな衣服が所狭しと並べられている。女の後ろにあるカウンターの奥には色とりどりの布や糸など、服の材料になりそうなものが置かれている。


 「また奴隷買ったんだ? ……懲りないねえ、アンタもさ。ま、そこがアンタのいいところかしら」


 そう言って、セシールは肩をすくめると、すぐにまた笑顔になる。


 「で、今日はその子の服が必要なの?」

 「ああ、お前の見立てでいいから、レリィに一番似合う服を頼む。」


 そう言うと、レリィがすごい勢いでこちら見てくる。聞いてないぞ、とでも言いたげだ。


 「……そ、そんな、申し訳ないことできません!」


 彼女は案の定、俺の申し出を拒否する。が、聞く耳なしだ。それに、これにはちゃんと考えがあってのことだ。


 「そう言うなよ、人間って奴は外見で他人を判断するからな。服装を整えるのが、一番手っ取り早いんだ。奴隷だと思われないようにするにはな。」

 「で、でも!」


 まだ何か言おうとするレリィに、セシールが話しかける。


 「まあまあ。アナタ、なかなかお人形さんみたいでかわいいじゃない。お姉さんに服を仕立てさせてよ。ね? お願い。」


 セシールはそう言うといたずらっぽくウインクをする。しかしその瞳の奥でギラリとした輝きがある。うわ、こいつ獲物を狙う猛禽類みたいな目してやがる。


 「で、でも……。」


 む、まだ拒否するか。しょうがない、俺からもお願いするか。


 「遠慮するな。それに今日一日俺に付き合ってくれるんだろ? 頼むよ。」


 レリイはすっかりわけがわからないといった様子で俺とセシールを交互に見ている。


 「なんでソルさんがお願いするんですか? ……ええと、それじゃあ、その、……お願いします。」


 レリィがそう言うのを待っていたかのように、セシールがすぐさま彼女の手を取り、目を輝かせながら店の奥へと導いていく。


 「いやさ、女の子の服を見つくろうのなんて久しぶりだね! どんな服がいいかな? くふふ、たのしみ~!」

 「え、あ、あの、なんでそんなに楽しそうなんですか? わわ、キャー!」


 悲鳴が聞こえてくるが、別に何もしないだろう。そう思って、俺は店の中の織物を眺める。色鮮やかなものもあれば、俺好みの落ち着いた色彩のものも幅広くそろっている。普段からおちゃらけているが、こういうところはしっかりしている。


 「……ちょ、ちょっと! どこさわってるんですか! やめてください!」

 「いだだだだ、ち、ちが! 寸法はかるだけだよお! ひっかかないでえ!……」


 ……本当に大丈夫だろうな? 若干不安になりながらも、俺はここにいないほうがいいんじゃないかと思い、店の外で待つことにした。




 かなり長い時間が経って服の採寸が終わると、セシールに店の中に通される。そして、ぜひ服を作らせてほしいとお願いされた。彼女曰く、本当に人形みたいで楽しくなったから、だそうだ。


 「作ってくれと頼んでおいてなんだけど、なるべく急いでくれよ?」

 「りょーかいりょーかい、わかってるって! 夜になる前にはできてるよ。 それとさ、ソル。ちょろ~っと話しておきたいことがあんだけど。」


 そう言うとセシールは少し真面目な顔を作る。


 「あ? なんだよ、改まって。」

 「いや、ここじゃちょっとね。レリィちゃんのいないところがいいんだけど。」


 そう言うと、彼女はレリィをちらっと見る。

 仕方ない、少し奥で話すとしよう。俺はレリィに店の中で待っているように伝え、セシールとともにカウンターの奥に移動する。


 「で? 話ってなんだ。こっちは急いでるんだぞ。」

 「大丈夫、すぐ終わる。」


 そう言ったセシールの表情は、しかし暗く、とても言いづらそうにしていた。


 「セシール。」

 「……彼女は奴隷だった。それは間違いないね? 前の主人の話とか、聞いたりしてない?」

 「ああ?」


 突然すぎる話に、少し考える。そういった類の話は、基本的には俺の方からは振らない。なぜなら、その前のご主人とやらがトラウマになってる奴隷も少なくないし、そんなことをわざわざ俺の方から聞き出すなんていうのも馬鹿げてる。何の意味もないし、傷口をえぐるだけだ。もちろん、相手の方から話を振られれば別だが。


 「……彼女、おそらく前の主人に、その……。」

 「……? なんだよ、はっきりしねえな。」


 俺はセシールにわかりやすく言うように促す。


 「……彼女、乱暴されたことがある、んだと思う。」

 「は?」


 乱暴って、まさか……。いやでも。

 あんな小さな子供を?


 「彼女ね、服を脱がそうとしただけで、すごく抵抗したんだ。採寸するときは大泣きしてね。とてもじゃないけど、まともに採寸できる状態じゃなかったわ。ほとんどは見た感じでしか測れなかった。」

 「……考え過ぎじゃないのか? 誰だって無理やり脱がされそうになったら抵抗するだろう。」

 「かもしれない。でも、彼女の抵抗は異常だった。……アンタ自身、おかしいと思った節はない?」


 俺は思い返す。おかしなこと。不自然なこと。

 特に何もない、はず。風呂に入ってレリィを介抱した時も、震えていたけどまともに受け答えしてくれたし、トラウマがあるようには見えなかったが……。

 あれ? いや、まて。おかしい。




 のぼせて倒れていたはずだ。




 なんで震えていた?




 まさか……恐怖? 俺に……男に。


 「……男性、恐怖症?」


 俺の呟きに、セシールは首を横に振りながら答える。


 「いや、どうかしらね。そこまで極端なものじゃないと思いたいけれど。ただ、『服を脱がされる』ということに関して、異常な抵抗を見せた、ってだけ。確かなことは言えないけど、もしかしたらと思って。」


 そうだったのか。確かに、言われてみればガルドが俺をスケベ呼ばわりした時もレリィは一瞬俺から遠ざかった。単純に気持ち悪いという理由だけかもしれないけど、もしかしたらそういう経緯があったのかもしれない。

 だけど。


 「……それを俺に言って、どうしろって言うんだ? 気を付けろ、とでも? だったら安心しろ。あの子はもとから今日で解放するつもりだったし、俺はロリコンじゃない。」


 そう言って話を終わらせようとするが、セシールはまだ言いたいことがあるらしく、俺から視線を外さない。


 「……アンタならなれるんじゃないの? あの子の王子様に。あの子の……太陽に。」

 「……何が言いたい。」


 セシールは少し微笑むと、謳い上げるように俺の名前を呼ぶ。

 「『ソル=ブライト』……太陽の輝き、って意味の言葉よね。今のアンタなら、その名前通りになれると思うんだけど?」

 「……」

 「彼女とそんなに歳が離れてるわけでもないし。五年もすれば、お互いお似合いの……。」

 「……もう行く。」


 付き合っていられない。俺は店内に戻ろうとする。


 「ちょ、ちょっと!」


 セシールが俺を呼び止める。俺の腕をしっかりとつかんで逃がさないようにしている。……なんだよ、まだからかうつもりなのか? 俺は訝しんでセシールを睨む。

 「……私が言ったのは本気よ。あの子、初めて会ったわりにはアンタに懐いてるみたいだし。もしかしたら、彼女の心の傷も……。」

 「奴隷の傷はそんな簡単に消えるもんじゃない!……そんな簡単なものじゃないんだ。」


 俺がそう言うと、セシールはハッとした顔になる。


 「ご、ごめん。」


 そう言って俺の手を離すと、申し訳なさそうに、もう一度ごめんとつぶやく。


 「別に、怒ってない。……ただ、そっとしておいてほしいだけだ。こういうのは、時間がかかるんだよ。長い時間が、な。」




 店内に戻ると、レリィが退屈そうにカウンターにちょこんと腰掛けていた。こうして無表情で動かないところだけ見ると、本当に人形みたいだ。

……というか、そこは座るとこじゃないんだけどな。


 「待たせたな。じゃあ、行こうか。」

 「あ、はい。」


 声をかけると、レリィがカウンターから降りて、近づいてくる。なんとなく、その頭に手を伸ばして撫でようとしてみる。


 「!?」


 一瞬ビクッと体を震わせたが、頭を撫ではじめると彼女は安心したように肩の力を抜く。


 「……俺が、怖いか?」


 なんとなく、そう問いかけてみる。すると彼女はすぐに首を横に振る。


 「いいえ、怖くないですよ。」

 「……そっか。変なこと聞いちまったな。」


 嘘だとわかった。今彼女は、明らかに恐怖を感じた。


 「次は、図書館だな。行こう。」


 それだけ言って、俺はレリィと並んで歩き出した。


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