日常へ 二
日常へ 二
「……ったく、なんで、俺まで、手伝わされてんだ……よっと!」
「しょうがないだろ……男手が、足りないんだから……さっ!」
「俺だって、肉体労働は苦手だっつうの」
「情報屋は足が命なんだろ? 体くらい鍛えとけよ」
「そんなこと言った記憶はねえんだがな……ふんっ」
家具を抱えながら、ぶつくさと文句を言うバンダナ男。皮手袋を身に着け、肘宛てやひざ当てがついた作業着を着て、抱えた家具を街道に止めてある牛車まで運んでいく。
文句は言うものの、しかしなんだかんだと言って、頼めば断らないところは甘い男だなと思う。
「しっかし……引っ越しの手伝いさせられるとはな。しかも、思ってたより荷物少ねえなあ。本に、食器に、衣類……ベッドとかはいらねえのか?」
「ああ。向こうにもたくさんあるし、今のベッドは随分前から使ってたしな。変え時ってやつだよ」
「ま、あんまり長いこと使ってたら衛生的にも良くねえしな」
牛車に本棚を積み込んで、ジャンはふうと息をつく。
「しかし、三週間も意識不明とはねえ。お前らしくないじゃねえか」
「そうか?」
「俺らと組んでからは失敗らしい失敗なんてなかったのによ。死にかけるなんて、何があった? ドラゴンにでもやられたか?」
「……失敗なんて、今までたくさんしてきただろ。お前の中で、俺はどんな超人にされてんだよ」
「その失敗を、自分で気づいてフォローしてきて、結果的には成功続きだろうが? ……お前はすげえ男だよ。甘ちゃんなのが、玉に疵だがね」
「へいへい。そのことで、ガルドにもレリィにもしこたま怒られたよ」
「へえ? あんな小っちゃい子にか? はは、お前優しいなあ。俺なら逆切れしちまうよ」
「……駄目な奴。ていうかソレ、優しさと関係ないだろ」
「うるせーい」
無駄話もそこそこに、ジャンは御者台に、俺は荷台に乗り込む。牛は少し興奮気味で、ジャンがそれをどうどうとか言いながら宥める。
「しかし、ソルよ。お前牛車借りる金なんて、どっから出てきたんだ?」
「前の、ケルヴィンの一件の報酬だよ」
「へえ、生け捕りでも賞金出るんだなぁ」
「まあな。というより、生け捕りのほうが賞金額上がるらしいぞ?」
「マジでか。覚えとくぜ」
ジャンがくだらないことを言いながら、御者台から牛を操る。牛はゆっくりと前進し、街道を歩き出す。
「……ところで、なんで牛なの? 俺馬車頼んだはずなんだけど」
「引っ越しってなったら、普通はもっと大荷物なんだよ。軽装で動くなら馬車のほうが早いかもしれないが、大量の荷物を運ぶなら牛車のほうがいい。そんなわけで牛車だ。……まあ、安いからこれにしたってのもあんだけどな」
「……浮いた金で、自分の儲けにしようとしたな?」
「はん、ただ働きさせようってのがそもそもの間違いなんだよ」
ジャンは愉快そうに笑いながら、牛車はゆっくりと街を進み続ける。荷台にはちゃんと壁と屋根が付いてるし、窓まで付いているから外の様子もうかがえる。
……こういうところは、人の視線を嫌う俺への配慮だろう。高かっただろうに。
「しかし、噂の幽霊屋敷。まさか幽霊じゃなくて、ただの女の子が一人で住んでいたとはな。どうやって生活してたんだろうな?」
「……なんか、保存食ばっかりだったらしいぞ、聞くところによると。外には一切出てないってさ」
「なるほどね。ま、『魔女狩り』に遭ったならそれもそうか」
聞きなれない言葉に、俺は眉を寄せる。
「魔女狩り? なんだ、それ」
「ん? 魔女狩りか? まあ、なんていうか、差別みたいな……古い風習みたいなもんだ」
ジャンはそう言うと、俺の方を振り返る。おい、前見ろって。
「『魔女』の定義ってわかるか?」
「いや、そもそも魔女が何なのかよくわからないんだけど」
「おやおや、読書家のソルさんともあろうお方が」
「いいから、そういうの。で、結局魔女ってなんなの?」
「魔術に長けた女性。あるいは、禁忌を冒した女性のことだ。ここ数十年じゃ、魔術に長けた、って言っても、もはやあふれるほどいるからな。忌むべき存在っていう意味で言うなら、後者だろう。」
「……女限定なのは、なんか意味あるのか?」
「さあね。女ってやつは何考えてんのかわかんねえからな。禁忌とやらに手を出す人が多かったんじゃないか? まあともかく、魔女ってのは今言ったそれだ」
「……それだけなのに、嫌われるのか?」
「……今でこそ、魔法は誰にでも使えます、なんて見出しの新聞が出回ってるが、それもここ一、二年の話だ。そんな話が出てくるまでは、そもそも魔法使いって言うのは皆から嫌われがちだったんだぜ?」
ジャンは顔を正面に戻すと、大通りを西に曲がる。
「自分たちにできないことをできる人間がいたら。民衆って言うのはその人間を恐れるもんさ」
「じゃあ、魔女狩りって……」
「そう、文字通り、魔女を殺すんだ。数の暴力でな。理由はただ得体のしれない奴だから。怖いから。それだけさ」
「そんなことして何に……」
「何にもならねえさ。ただ、魔法の才能があるやつが殺されるだけ。民衆はそれに安心する。抵抗されて、何人か死んだら、やはり魔女は凶悪だ、なんて言ってますます恐れる」
「馬鹿な……」
「俺もそう思うぜ。何もいいことなんてない。馬鹿が集まって殺しに行って殺されて。非生産的だよな。どこにもうま味のない話だ」
「……ウルも、そうなのか?」
「さあね。ただ、魔女狩りに遭ったのは間違いないだろう。五年前……まだお前が盗賊やってた頃か? そのくらいの時に、あそこで大規模な魔女狩りがあったんだ。おそらくウルも、それに巻き込まれて……なんとか生き延びたんだろ? 方法は知らんが」
「……カルマ、か」
ウルが話してくれた過去の中に、そんな言葉が出てきた。
どういう力なのか聞いてみたが、ウルにも良くわからないらしい。魔法のように、マナやエレメントを使う訳ではないようだが。
ただ、『消えたい』と思ったら消えられるんだとか。
「ま、魔女狩りなんて興味はねえがな。俺は自分が儲けられるなら、それでいいんだし」
「……お前って、分かりやすいくらい守銭奴だよな」
「馬鹿言うなよ。金は使わなきゃただの金属の塊だ。余ってる人からもらって、足りない人にくれてやる。その途中で、ちょっぴり俺が甘い汁をいただく。それだけの話だ」
「はいはい。……友達が減らないと良いな」
「はん、そのうち友達も金で買ってやるさ」
「お前、絶対いつか痛い目見るぞ……」
「へっへっへ……」
長いこと牛車に揺られ、小一時間ほどで俺たちは屋敷に到着した。
「うーん。立派な建物だよなあ。お前たちが住むにはもったいないくらいだぜ」
「なんならジャンもここに住む?」
「俺があ? 馬鹿言うな、こんなデカい建物、便所に行くのも迷っちまうよ。俺にはボロ小屋がお似合いなのさ」
「……まあ、お前がそういうなら止めないけど」
積み込んだ家具を降ろして、屋敷に運び込んでいく。
正面玄関の扉を開けると、黒髪を頭の後ろでまとめて、額に汗を流しながら、レリィがせっせと掃除していた。
「あ、お帰りなさいソルさん! 遅かったですね」
こちらに気付いたレリィが、箒を片手にこちらに近づいてくる。汚れてもいいように、今は俺のお下がりの作業着を着ている。
「うん、今戻ったよ。掃除、どのくらい終わった?」
「とりあえず、みんなが使う部屋と、厨房は終わりました。全部は無理でしたけど……」
「十分だよ。ガルドを呼んできてくれないか? 荷物運ぶの手伝ってもらうから」
「わかりました!」
レリィはパパッと身をひるがえして走り出していく。
「……あの子の顔の傷跡、やっぱ残るのか?」
「……ああ」
「……まあ、お前はできることをやったさ。あんまり自分を責めんな」
「……家具を運ぼう」
ジャンに付いて来るように促して、俺は一階の奥の方の部屋に入る。一応ここはレリィの部屋として割り当てたもので、彼女の私物が収まる予定の場所だ。
といっても、レリィの荷物自体が少ないため、あまり運ぶものもないのだけど。
「新品のタンスに、化粧台に、鏡。ベッドは備え付けの物、か。広いな、この部屋」
「そうだな」
「本はどうするんだ?」
「一部屋使って書庫にしようと思ってる」
「へえ。良いじゃねえの。前のお前の家、本が散らばってて汚かったもんな」
「……お、置く場所がなかったんだよ」
「へいへい」
レリィの部屋に荷物を置いたあと、本棚と本を別の部屋に押し込んだ。書庫がそれらしい形になったので、一度部屋からでて休憩しようと思った時、ちょうどウルが廊下を通ったところだった。ぼうっとした様子で、幽霊のようにふらふらと歩いている。
俺と目が合ったとたんに、だるそうに目を細める。
「やっと帰ってきたの? ずいぶん時間がかかってたじゃないのよ」
「いろいろあってな。誰かさんが馬車にしてくれてれば」
「結果論だろそれ! 俺は良かれと思ってだなあ……!」
ジャンがそう言って反論するが、ウルは聞く気がないのか、耳に小指を突っ込んでいる。
「どうでもいいわ。それよりお腹すいたから、なんか作ってよ」
「なんだ、まだ食ってなかったのか? お昼はとっくに過ぎてるだろ?」
俺は腕時計を見て、時刻を確認。時計の針はすでに昼を通り過ぎて、あと二時間もすれば日も傾くような時間だ。
「レリィが『ソルさんを待つ~』って言って聞かないから、私まで待たされてるのよ」
「今のレリィの真似か? ぷふ、全然似てねえぞ?」
「わざとよ。全く、どうやって調教したらあそこまで従順になるのか、一度教えてもらいたいものだわ」
「おい、人聞きの悪いことを言うな。レリィはいい子だ。調教とかいうな」
「おーっとぉ、ごめんなさい。こんな性癖、露見したら社会的にまずいもんねえ。世界平和を目指す集団のボスが、ロリコンだなんて」
「お前は一日一回俺をけなさないと生きていけない呪いにでもかかってるのかよ……」
「あ、いいわねそれ。じゃあ一日十回罵ることにするわ」
「状況が悪化した!?」
「……面白い子だな」
横で見ていたジャンがまじまじとウルを見つめる。そんなジャンに対して、ウルは少したじろいで半歩下がる。
「なによ」
「ふむふむ。かわいい子じゃないか。ソル、お前やっぱりロリコンなんだな」
「ジャンまで言うか!」
「いやいや、褒めてるんだぜ? 短期間でこれだけ美人な少女を二人も手籠めにするなんてな。いやはや、恐ろしい男だぜ」
「ぶっ飛ばすぞ!?」
「そうよ。だれがこんな奴の手籠めにされたですって? 聞き捨てならないわね、ジャンとやら」
「おうおう、ウル。言ってやれ言ってやれ!」
「手籠めにしたのは私の方よ」
「なんだと!? おいこら何言ってんだウル!?」
ウルは悪い笑顔を浮かべながら手をワキワキさせながら話しだす。
だからその顔は止めろと言っているのに。
「私のテクニックで、骨抜きにしてやったのよ。だから私が何を言っても、こいつは従順な犬のように従うしかないの。もはや、私なしでは生きていけないのだから……!」
「マジで何言ってんのお前!?」
「そうだったのか……ソル、ちょっとお前との付き合い方考えるわ。ロリコンでマゾの変態とか、ちょっと救えねえぞ……」
「ちげえって言ってんだろ!?」
もはや、てんやわんやだった。突っ込む人が誰もいないなんて。
おかしいな。俺頑張ってるはずなのに、全然敬われてないぞ。今回死ぬような思いをしてまで頑張ったはずなんだけど。いやまあ、死んでたらしいけど。
……まあ、決してほめられるようなことではないか。そう思い直し、俺は一人ため息をつく。
みんなにいろいろちょっかい出されて、必死こいて弁明して。みんなが笑顔になって。
いろいろ納得いかない部分もあるけど、それでもまあいいか。
こうしてみんなで、楽しくわいわい過ごせるのなら。
「ソルさん、ガルドさんを呼んできましたー!」
「……また何やら面白そうなことをしてますね、旦那」
「この状況がそう見えるなら、ガルドの眼はどこかしらおかしい。教会に行って治療してもらえ」
また少し、にぎやかになったけど、どうにも俺のこのポジションは変わらないらしい。