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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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引っ越し 二

     引っ越し 二


 帝都の西側。東西に延びる大通りの一番端の方。この辺りは居住区が立ち並ぶが、亜人戦争が始まって以来憲兵や騎士、有志で集まった民兵などが西側城門を中心に巡回しており、物々しい雰囲気が漂っている。

 住居が並ぶ中、明らかに不釣り合いな大きさの土地と建物を有する古びた建物。

 今目の前に建つ、二階建てのそれが、ジョルジュから紹介のあった幽霊屋敷だ。


 「……静かだな」

 「幽霊屋敷ですからね。騒がしかったら嫌ですよ」

 「そりゃまあそうなんだけどさ。なんて言うか、この近辺一帯が、ていうかさ」

 「こんなものがありますし。それに兵士が巡回してるんです。決していい雰囲気とは言えないでしょう」

 「そうだな……つーか、ガルド冷たくないか? なんかあったの?」

 「……いえ、別に」


 ガルドはそう言うものの、どこかその表情は硬い。兵士たちがいることで、緊張しているのだろうか?

 それもそうか。俺もガルドも、つい先日までは人殺しの仕事もやってきてたのだ。いくら悪人を殺したからと言っても、決して誰かに自慢していい話ではないし、犯罪者として裁かれてもおかしくはない。

 そう考えると、俺ももう少し危機感を持って行動したほうが良いのかもしれない。一人じゃないからと言って、どこかたるんでいた部分があった。


 「よし、それじゃあ……中に入るぞ」

 「旦那、待ってください」


 歩き出した俺に、ガルドは声をかける。


 「どうした?」

 「いえ……先に、敷地内を調べた方がいいのでは? 何かあった時に、脱出路として使えそうな窓やドアの位置などを記憶しておくべきです」

 「なるほど、それもそうだな。じゃあ、調べよう」


 さすが、いつも冷静で周りを見てくれているだけある。こういう一歩引いた立場で意見をくれるガルドを、俺は信頼している。


 敷地内は広く、四角形の一辺を無くしたような形をしている。中庭のようになっているそこは、大きな木が植えられているだけで、特に変わったところはない。あとは少し大きな岩がいくつか、と言ったところか。

 裏口は無いが、窓はたくさんある。何かあっても、どこかの部屋に飛び込んで窓から出れば、すぐに退却できるだろう。

 ざっと建物を一周してみるが、特にそれ以外にめぼしいところはないみたいだ。

 正面入り口に戻ってきた俺たちは、思ったことを情報交換する。


 「なにかあれば窓から逃げられそうだな。部屋もたくさんあるみたいだし。……ここに住んでいた人は、余程の金持ちか貴族だったんだろうな」

 「……貴族がこんな僻地に家を建てるとは考えにくいですね。北側の上層階級地区以外に家を持つことはないですから。そう考えると、おそらく前者かと」

 「なるほどな。まあ、とにかく入ってみればわかるか。よし、行くぞ」


 俺は玄関に向かって歩き出す。が、またしても。


 「待ってください旦那。ここにレリィを置いていくつもりですか?」

 「ん? あー……うん、それもちょっと酷だな。レリィ、一緒に来るか?」


 敷地の入り口の門のところで縮こまってこちらを窺っていたレリィは、首をすごい勢いで横に振る。あんまり振ると取れるんじゃないかと思うくらいに。


 「そ、そうか。一人で大丈夫か?」

 「そ、ソルさんこそ……平気なんですか?」

 「ん、まあな。相手は人間じゃないし、怖くないよ」

 「す、すごいですねその考えも……私は無理です……」

 「……やっぱりジョルジュのところで待ってた方が良かったんじゃないか?」

 「いえ! 約束しましたから! 私はソルさんの側から離れません!」

 「お、おう」


 そんなふうに言う彼女だったが、門のところから一歩も動こうとしない。よほどお化けが怖いんだろうな、なんてことを考える。


 「レリィも不安がってることですし……俺がレリィの側についていましょうか?」

 「ん? ああ……、でもどうだろう。これだけデカい家を俺一人で探索するのも時間が掛かるし、二人の方が早いだろ? それにこの辺りは兵士たちが巡回してるから、大丈夫だとは思うんだけど……」

 「旦那、何かあってからでは遅いんです! ……レリィを一人にしておくべきではないかと」


 ガルドが俺に詰め寄ってくる。

 む、確かにそうか。

 ここに来るまでに、巡回の兵士たちと何度もすれ違ったが、それでも警戒はしておくに越したことはない。ガルドの言うとおり、何かあってからでは遅いのだ。


 こんなに鬼気迫った表情で、レリィの身を案じてくれていることに内心ほっとする。最初会った時はずっと威嚇していたから、ようやくお互いに慣れてきたのかもしれない。


 「わかった。レリィのことは任せた。何かあったらすぐに逃げてくれ。それから、半日経っても俺が戻らない場合も」

 「……すみません、旦那」

 「? なんで謝るんだ?」

 「あ、いえ、別に」

 「……変なガルド。とにかく、任せたぞ?」

 「わかりました。旦那も、気を付けて」


 それだけのやり取りを残して、俺は玄関へと近づく。古びてはいるが、しっかりとした作りでかつては煌びやかでさぞかし立派だったであろうことを思わせる。

 その扉に近づき、ゆっくりとドアを開ける。


 ギィとドアが悲鳴をあげ、埃っぽい空気と共に侵入者を拒むように暗闇が広がっている。窓はたくさんあったのに、不思議なほどに暗かった。あるいは、幽霊に挑むという事実が、そう思わせているだけかもしれないが。


 開けた扉から中に入り、その扉を閉じる。暗闇の中でしばし目を瞑り、聞き耳を立てる。

 物音はしない。聞こえるのは、外から聞こえてくる鳥の声くらいのものか。


 暗闇に慣れた頃に目を開け、中を見回す。埃の積もった家の中に、古びた傘立て、とうの昔に燃え尽きた壁際の蝋燭。天上からつるされた埃まみれの燭台。そのどれもが、古くはあるがまだ使えそうな印象を与える。


 床にはいくつかの足跡が残っていて、土なども付着している。ジョルジュの情報通り、最近誰かが入った形跡がある。

 しかし同時に、出て行ったときの靴跡がないことにも気が付く。どうやら、何かがあるのは間違いないらしい。


 「入った形跡はあるのに、出て行った形跡がない、か。いよいよ幽霊の仕業っぽいな」


 軋む床を踏みしめながら、一歩一歩慎重に歩き出す。まずは一階から確認して行こうと進んでいたその時。


 ドタドタっと足音が聞こえる。二階からだ。


 「……人か、幽霊か。……できれば幽霊であってくれよ」

 知らない人間がいた方が怖い。そんな考えをついさっきレリィに不思議がられたが、怖いものは怖い。人間に比べたら、幽霊なんて大したことない。


 とにかく、二階の足音を無視する。先に退路を確保しておきたい。そう考え、脱出しやすい一階から探索していく。


 吹き抜けになっている玄関ホールから左右に道が分かれている。左手は奥に続く通路。正面には二階につながる大きな階段。右手側は行き止まり。いくつか部屋があるので、まずは右側から確認して行く。

 ドアを開けると、中は客室になっているようで、絵画や花瓶などが見て取れる。革製のソファや木製のテーブルなども埃をかぶっていて、長い年月放置されていたのだと思わせる。


 「……ここは何もいないな。他をあたろう」




 その後も、一階の各部屋を回ったが、どこも大した発見は無かった。

 客間がいくつかと、食堂、厨房、物置部屋、食糧庫と思わしき部屋などなど。しかし、どこを見ても侵入された形跡もなく、荒らされた様子もない。他の侵入者たちはこれらの部屋には入らなかったのだろうか?


 「はずれか。うーん、幽霊どこにいるんだよ」

 「ここにいるわよ」


 そんな声が聞こえた気がして、弾かれたように後ろを振り向き、構える。が、誰もいない。


 「……幻聴?」


 いや、確かに聞こえた。少女の声だった。

 間違いなく、この屋敷のどこかに幽霊少女がいるのだ。

 今のところ、攻撃めいたものがなかったので敵意は無いのかもしれない。そう思い、俺は玄関ホールまで引き返す。


 そこまで戻ると、今度は二階から声が聞こえてくる。


 「こっちよ……」


 どうも二階におびき寄せたいらしい。いざとなれば二階の窓から降りれば脱出はできる。何が出てきてもいいように、一応心の準備だけしておき、俺は階段を上っていく。




 「……なんもねえな」


 そんなことをつぶやき、あたりを確認する。二階も一階と同じようなつくりだ。が、一つ部屋を開けてみるとどうやら客間などではなく寝台や机など、生活感のあるものが置かれている。おそらく、この屋敷に住んでた者の部屋だろう。二階はもしかしたら、屋敷の人間の居室になっているのかもしれない。


 いくつか部屋を確認しながら進んでいくと、大きな会議室のようなところに出る。一番奥の部屋だ。部屋の中心と奥に、暖炉がある。


 「……思ったほど、広くなかったんだな」


 外から見た時は広すぎて一人で探索するのに半日くらいかかるだろうと考えていたが、案外あっさりとすべての部屋を確認することができた。残念ながら、未だ幽霊には出会えていない。


 ……変だな。


 妙な違和感を覚える。

 どうにも狭すぎるのだ。そう考え、俺は一度廊下に出て、歩数を数えて歩き出す。


 ……合わない。


 外で数えた時と、歩数が合わないのだ。

 一番奥の通路が、外で測った歩数と合わない。


 「……隠し部屋とか、あるのかな?」


 もしかしたら、そこに幽霊は隠れているのかもしれない。というか、早く幽霊に会って交渉しないことにはこの家も手に入らないのだ。


……そもそも幽霊の家に勝手に上り込んで、家をよこせと言うのも図々しい話だが。


 俺は再び会議室に戻り、中を探索する。怪しげなのは、なぜか二つある暖炉くらいか。


 「そもそも部屋の壁の中央にあるなら、一つで十分だろうし、二つ付けるならそれぞれ部屋の両脇につけるべきだろ」


 長方形型の部屋の、南側の長辺の中心に一つ。もう一か所が東面の中央というのが配置的に怪しすぎる。

 俺は東側の暖炉の中を覗き込む。すると。


 「あったあった。……ずいぶん小さい扉だな」


 暖炉の奥、小さな壁があるが、どうも小さい。大人なら四つん這いになってやっと通れるくらいの入り口だ。まあ、隠し部屋なんだから、そんなもんなのかもしれないが。


 扉はどうやら引き戸になっているようで、鉄製のそれに手を掛ける。


 「……人の部屋の前でなにしてるの、お前」


 今度は、疑いようもなくはっきりと聞こえた。俺は後ろを振り向くと、会議用の大きなテーブルの上に、紫紺の髪と瞳を持つ少女が腰掛けていた。


 ……若干半透明だ。件の幽霊で、間違いないだろう。


 「あー、君の部屋だとは思わなくって。悪かった。中は見ないよ」

 「お前、誰?」


 少女は警戒しながらこちらを睨みつける。

 俺はその言葉に応える。

暖炉の前で、四つん這いのまま。


 「俺の名前はソル。ソル=ブライトだ。君は?」

 「人に名前を聞くときは自分からよ」

 「いや今名乗っただろ!?」


 思わず突っ込んでしまったが、少女はハッとする。


 「あら嫌だ私ったら。いつも真っ先に名前を聞かれるものだから、つい」


 少女はそう言うと整った顔を歪め、にやりと悪い顔を作る。


 「私は幽霊よ。この屋敷に憑りついた、ね……」

 「いや、それは見ればわかるけど……」

 「……」

 「……?」


 沈黙。真っ白な肌の少女の顔がみるみる赤くなっていく。

 半透明なのに赤くなるって表現もおかしいけど。


 「何よ! ちょっとは怖がったらどうなのよお前は!」

 「いや、幽霊いるって話は聞いてたし……」

 「そうじゃなくて! それでも実物見たら小便ちびりながら命乞いしてビビるでしょう!?」

 「いや、そんな大げさな」

 「お前、呪い殺すわよ!?」

 「……さっき名乗っただろ? お前、じゃなくてソルな。あと、女の子がそんな物騒なこと言うもんじゃないぞ?」

 「ホントなんなのお前!?」


 少女が肩で息をしながら指を突きつけて俺にがなり立てる。

 随分人間味あふれる幽霊だなーと思う。いや、元々が人間なんだから当たり前なのかもしれないけど。


 「いやまあ、落ち着けって。とりあえずそこの椅子にでも座ってさ」

 「なんでお前が会話の主導権を握っているのかしら!? もっと怖がりなさいよ!」

 

 そう叫ぶと少女は右手を乱暴に上に振るう。すると、部屋の椅子や絵画が一斉に空中に浮かぶ。


 「うお、すげえなソレ……」

 「怖がれよ!」


 叫ぶと同時、上げた手を俺に向けて突き出す。空中に浮遊した数々の物体が、勢いよく俺目掛けて飛んでくる。


 「あっぶねえ!」


 とっさに飛んできた物を避け、床を転がる。


 「なんで避けられるのよ!?」

 「そりゃ、物が飛んできたら避けるだろ! つーか危ないからそれやめろ!」

 「うるさい!」


 少女は再び手を上げる。先ほどと同じように、それに呼応して近くの物が宙を浮く。

 あの手を振れば、また家具が飛んでくる。そう思って、俺は少女を止めるべく掴みにかかる。


 少女は驚いたような表情をしていたが、俺はこの時失念していた。


 彼女が幽霊だということを。


 掴める訳がない存在だということを。



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