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太陽のギルド  作者: 三水 歩
光の欠片
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引っ越し 一

     引っ越し 一


 「まーた大変だったみたいね、アンタ。よく頑張ったじゃない」


 狭い服屋の中、カウンターの向こうで、緑髪のハーフエルフはそんなことを言う。

 

 「いや、俺は何も。頑張ってくれたのはガルドであり、ジャンであり。何より、レリィが一番つらい思いをしているんだ。俺は結局、一人じゃ何もできなかったよ」


 そう言って、俺は俯きがちにセシールにつぶやく。今回の俺は、遅れて登場して危なく家族を失うところだった。それも、ジャンに教えてもらえるまでは自分で動き出そうともしなかった。今回、褒められるようなところは何もない。強いて言うなら、なんとかケルヴィンを殺さずにいたことか。いや、それもレリィの制止がなければどうなっていたか。


 「相変わらずのばかちんね。誰だってそうでしょ? 王様とか町長とか貴族とか、そういうのでさえ周りに人がいないと機能しないんだから、アンタごときが一人で何か成し遂げられるなんて思ってんじゃないわよ」


 あっさりと、俺の愚痴を嘲笑される。そんなやり取りに、思わず自分の卑屈さがバカバカしくなって笑いをこぼす。


 「なんていうか、アレだよな。お前の前じゃ、あらゆる悩みが些細なものに感じられるよ。」

 「すごいでしょ?」

 「あー、すごいすごい」

 「む、適当な返事だなぁ。腹立つわ」

 

 少しむくれながらセシールは何か編み物をしている。これから冬になるため、商品のラインナップを秋物から冬物に変えるんだとか。なんやかんやでこいつも忙しい。


 「それより、ほら……この前の、服の代金。まだ払ってなかっただろ?」

 「いらないわよ。レリィちゃんの服を作れただけで私は満足だもの。もう報酬なんてもらったようなもんよ」

 「そう言わずにもらってくれ。俺の気が済まない」

 「やーだ。貸しにしておくつもりなんだから。代金受け取ったらチャラになっちゃうでしょ」

 「それが嫌だから代金払うって言ってんだよ……」


 まったく、良くわからないところでこいつは貸しを作りたがる。出会って一~二年くらいの時は、色々あって借りを作りまくっていた俺だったが、それがいかに危険なことかを考え、おぞましくなった。今絶賛借りを返し続けているのだが、それでもすべての借りを返すにはどれぐらいの年月が必要なのだろうか。


 命を救われ、心を救われ、道を示され、生活の援助や仕事の斡旋。

 たぶん、一生かけて借りを返さないといけないな。


 「お金はホントにいいわ。どうせ私の手作りだし、大したもんじゃないもの。服にお金充てるくらいなら、さっさと次の奴隷を助けてあげなさい」

 「……そうだったな」


 忘れていたわけではない。かといって、希望があるわけでもない。

 彼女の妹の救出。奴隷にされてる可能性がある、という、ただそれだけ。手がかりは何もない。この帝都で、一人の人間を見つけ出すという、不可能にも思える救出活動。

 彼女には言ってないし、彼女も何も言わないが、俺達はいまだに奴隷市場を確認している。市場に行くたびに、緑髪のハーフエルフを探してはいるが、ここ三年。それらしい情報は一つも入って来ない。


 「で、今回の成果はこんなところかしら? ほかにはなんか面白い話ある?」

 「面白い話……はないけど、近々引っ越そうと思ってる」

 「へえ、どこに?」

 「人通りの多いところだな。治安の悪いところはどうにも」


 その話を聞いて、セシールは目を丸くする。


 「人通りって……大丈夫なの?」

 「完全に克服したわけじゃないけど。今はガルドもレリィもついてるしな。その辺は大丈夫」

 「……なんだ、克服できてないんじゃない」

 「これから克服するんだよ。……ちょっとずつな」

 「そ。応援してるわ」

 「おう、頑張る」


 俺はカウンターから離れて、黒いローブを羽織る。


 「引っ越し先が決まったら、ちゃんと伝えるよ。」

 「当たり前でしょ」

 「ふっ……」


 軽く手を振って、俺は服屋から外に出る。




 「あ、終わりました?」

 「うん、今しがた」


 外には、レリィがガルドと一緒に待ってくれていた。というのも、セシールはレリィを見つけるなり抱き着いて頬ずりする、とやりたい放題だったので、外で待っててもらったのだ。


 「……私、あの人ちょっと苦手なんですよね……」

 「ははは、セシールも悪い奴ではないんだけどなぁ。どうにも、欲望に忠実な奴だよ、ホント」

 「……動物じゃないんだ。その辺は節度を持って欲しいところですがね」

 「……」


 ガルドの言い方に、少し棘があった。やはり、許せないのかな。


 亜人を。ハーフエルフを。

 誰もが、俺のように抵抗なく亜人を受け入れられるわけじゃない。それは、ジャンから聞いた話でなんとなく察しはついてる。ついてるつもりだった。

 でも、亜人と呼ばれる人たちと戦争中であるこの国の人達には、決して良いようには映らないことだろう。町の中に敵国の人間がいるというのは。


 俺からすれば、肌の色や体の形が違うからって差別するのはバカバカしいことだと思う。そんなくだらないことのせいで、良い奴かもしれない人と仲良くなる機会を自ら捨てているようなものだ。

 でもそれはこの国では少数意見だ。

 今はまだ、それを大声で言うべきじゃない。


 「……さて、とりあえず報告は済んだな。後は引っ越し先を決めるだけか」

 「それが一番の大仕事のような気がしますがね……」

 「む、わかってるさ。慎重に決めるよ」


 といっても、手持ちのゴールドも決して多くはない。

 金貨5千枚。

 大金ではある、というか恐ろしい額の大金なのだが、家を買うとなると少し心もとない。家を買うということは、同時にその土地の権利も買う必要があるわけで、そちらの方の金額が恐ろしいほどに高額だ。 


 何せ、帝都の中の土地は限りがある。決して狭い領土ではないが、かといって空き地が存在するわけでもない。全ての土地に管理者がいて、所有者がいる。その土地を買うとなると、法外な値段を吹っかけられることも少なくない。


 もともと住んでいたあの家も、土地だけ借りてその上に家を建てたものだ。自分の家、なんて言えば聞こえはいいが、要は借りてるだけの家なのだ。それも、知人のつてで激安にしてもらっての事。


 だからこれから手に入れようとしている家は、今ある金だけだと土地代だけで全部持ってかれてしまう可能性もある。というか、土地代も払えるかどうか怪しいものだ。


 「とりあえず、どうでしょう。ジョルジュの奴にでも聞いてみますか?」

 「情報屋か……こういう時頼りになるのは良いんだけど、向こうも情報を商売にしてるからな……高額な情報料取られそうで不安なんだよな」


 腕を組んで思案するガルドと俺。そこにレリィが提案する。


 「えっと……事情を説明してお願いしたら、なんとかならないですか……?」

 「うーん、どうだろうな。正直微妙なラインなんだよ。仕事にはキッチリしたとこあるから、こっちの事情を汲んでくれるかどうか」

 「……しかしまあ、それしか手段がないのも事実ですね。レリィの言うとおり、やはり相談すべきでしょう。あくまで『友人からの相談』という体で」

 

 難しいとは思うが、ここでうんうん唸っていてもどうしようもない。


 ため息を一つ吐いて、俺達はジョルジュの酒場へと足を運んだ。











 「そんなモン、ダメに決まってるだろ」

 「……だよな」


 そんなうまい話があるもんかと、ジョルジュはあきれながらジョッキに酒を注ぐ。

 相変わらずボロくて狭い店内、カウンターを挟んで俺とジョルジュは向かい合う。ガルドとレリィは、後ろのテーブルで待たせている。


 「友人としてのお願いとか、全く舐めるんじゃねえって話だよ。ガキじゃあるまいし、世の中そんなにうまくいくわけねえだろ?」

 「そりゃそうだ。悪かったな、いきなり来てこんな話持ってきて」


 もともとうまくいくとは思っていなかった作戦だ。これ以上粘っても仕方がないだろう。それに、あんまりジョルジュに頼りすぎても申し訳ない。俺はカウンターから離れ、踵を返す。


 「じゃあ、またな。何か別の機会に頼らせてくれ」

 「待て待て待て待てまて!」

 

 ジョルジュがあわてた様子で俺を引き留める。何事かと思って振り返ると、ジョルジュは少しばかり驚いた様子でこちらを見ている。


 「おまえなあ、もう少し食い下がったりとかしろよ。交渉のし甲斐の無い野郎だな」

 「……交渉って言ったって、こっちにはそっちが飛びつくような材料になりそうな話は無いしなあ。どのみち、交渉しても勝ちの目がないから」

 「あほか。お前にしかできないこととかあるだろ。そういうのを引き合いに出せばいいんだよ」

 「……たとえば?」

 「悪人の暗殺、とか。そういうの、お前得意だろ? だからそういうのを引き合いにだせば……」

 「悪いけど。……俺はもう殺しはしない。だから、『唯一の俺の利点』は利用できないぜ。残念だったな」


 ジョルジュの言葉を遮り、そんなことを自嘲気味につぶやく。ジョルジュは少しばつの悪そうな顔で続ける。


 「あ、いや……別にそういうつもりで言ったんじゃねえよ。ただな、そのよ……なんだ」

 「……なんだよ?」

 「だからよ、アレだ。まあ……素直に手を貸すのが照れくさかっただけだ。協力してやるよ」

 「え? なんでだよ。ジョルジュにうま味なんてないだろ、今の話」

 「別に。ただホラ、『友人からの頼み』だしな。無下にするのもよ」

 「……? よくわかんないな、ジョルジュ。まあ、いいや、協力してくれるなら、嬉しいよ。ありがとう」

 「……全くよ、これじゃ俺がとんだお人好しじゃねえか。ガラじゃねえってんだよ」


 ぶつぶつと文句を垂れながら、ジョルジュはカウンターの下から帳簿のようなものを取り出す。茶色の革で装丁されたもので、表面は何度も触ったりしたからか、少しくたびれたような印象を受ける。


 「……何それ?」

 「商売道具だ。今まで聞いた噂とか、情報とかを整理して書いてあるもんだ」

 「マメだなぁ。でも、ソレ盗まれたら情報屋ままならないんじゃないか? いいのかそんなモン客の前で取り出して」

 「バーカ。今俺の目の前にいるのは『客』じゃねえ、『友人』だ。間違えんなバカヤロー」

 「……なんで怒ってんの?」

 「うるせい」


 ジョルジュの怒りを受けながら、俺は彼が本を眺め終わるのを待った。

 しばらくページをめくっていたジョルジュだったが、あるページで手を止めると、俺の方に本を差し出してくる。


 「あったぞ。最高の物件情報がよ」


 差し出されたページを覗き込むと、『異教徒の活動状況』とか、『魔物の活発化』などとタイトルづけられたものが並んでいた。その中で目を引いたのが。


 「……『幽霊屋敷の真実』? ジョルジュ、一体これは……」

 「読めばわかる」

 そう言って、ジョルジュは適当に本をカウンターに置き去りにして、ガルドとレリィの方に飲み物を運びに行ってしまった。仕方ないので、言われた通りその項目を読むことにした。どうやら日記のように書いているみたいで、いまいち情報屋のメモらしくないが、ひとまず目を通す。




 ……最近噂になっている幽霊屋敷。今はもう誰のものでもないと言われているが、国も付近の住民も、一切近づこうとしない。理由は、幽霊がすみついていて、近づく者に祟りがあるからだとか。バカバカしい。今度調査に乗り出して、幽霊の正体を暴いてやる。


 ホントに出やがった!

 半透明な女の子が出やがった!

 幽霊が住み着いてるって噂はどうやら本当だったらしい。でも、分かったことが一つある。どうやら誰かを探しているらしい。俺のことを見て、「ちがうのか」なんてことをつぶやいていた。必死こいて俺は逃げたけど。


 国にも確認を取った。あそこの土地は国のもんじゃない。かつては個人が所有していたが、今では幽霊が出るし誰も欲しがらないしで困ってるみたいだった。

 付近にもあの土地の所有権を主張する者もいないし、幽霊問題さえ解決しちまえばあの土地と屋敷は手に入ったようなもんだぜ。


 やられた。先手を打たれた。

 どうやらあの土地に目を付けた連中がいたらしい。今日確認したら、どうも新しく帝都に来た行商隊の一味のようだ。ちょうど屋敷に入っていくところを目撃した。幽霊退治して住み着こうとしてるようだ。くそ、もっと早く動き出していれば……。


 おかしな噂を聞いた。例の行商隊が戻ってこないらしい。付近住民の話だと、どうも悲鳴が聞こえた後、一切何も聞こえなくなったとか。どうなってるんだ。俺の時はなにもされなかったし、何も起きなかったぞ?

 なにか襲われる条件でもあるのか、もしくはあの少女以外になにかが潜んでいるのか。どちらにしても、もう一度あそこに入るのは、御免だ。今度は俺が同じ目に遭うかもしれないんだからな。






 「……最っ高だな、おい」


 読み終わった俺は、静かに本を閉じる。

 おいおい、よりによってわけありの物件かよ! 普通紹介するか?

 

 「全く、いい友人を持ったよ、俺は」


 心の底からため息をつき、俺はジョルジュに呼びかける。


 「ジョルジュ! 本気でこんな物件紹介するつもりか? どう考えてもやばい建物だろコレ」


 ガルド達と談笑していたジョルジュは振り返り、こちらに向かってくる。


 「何言ってやがる。幽霊問題以外、何の問題もないぜ?」

 「それが大問題だって言ってるんだよ。こんなの、住めないだろ?」

 「何とかすれば大丈夫だろ?」

 「……どうすればいいんだよ」

 「それは自分で考えろ」


 思わず飛び出す俺の舌打ちに、ニヤっと口角を歪めるジョルジュ。くっそ、こいつよりにもよって最悪な物件を紹介してきやがった。


 「でもよ、考えてもみろ。国も見放してて、付近住民も所有権を主張しない物件だ。所有者ももういないから金を払う必要もない。普通の物件なら周りの人間関係が複雑だし、下手したら買った傍から知らない誰かにかすめ取られるとか、そもそも売る気がなくて金だけ騙しとられるとか、そんなのザラだ。逆に言えば、これだけクリーンな環境もそうそうないんだ。普通は買った後の人間関係で揉めるんだが、この物件ではそれは起きない」

 「でも……これはやばいだろう?」

 「いや、そうでもない」


 ジョルジュは声を潜めてこんなことを言い出す。


 「そこにも書いてたが、実は幽霊と俺は会ってる。俺の方がパニクっちまってアレだったが、普通に会話できる」

 「……ソレ、本当か?」

 「ああ、本当だとも。きっと対話すれば何とかなる。お前、小さい女の子と仲よくなるの得意だろ?」

 「おい、いつ俺がそんな特技を披露したよ」


 またも怪しげな疑惑を掛けられてそれを否定する。ジョルジュはとにかく、と言ってそれを無視しつつ話を続ける。


 「退治しよう、って考えたら多分ヤバい。けど、うまく交渉していけばきっと手に入る物件だ。悪い条件じゃねえ」

 「幽霊屋敷を悪い物件じゃねえって言う奴初めて見た気がするよ。しかもそれを友人に勧めるとか。頼むから普通のヤツ紹介してくれよ」

 「それでもいいが……多分、最低でも2万ゴールドは必要だぞ?」

 「は!?」


 その値段を聞いて、俺は目をひん剥いた。多分すごい顔になってただろう。


 「……一番安いやつでも?」

 「一番安くて条件最悪でも、ってとこだな。多分、こっちの方が色々面倒臭いことになるだろうな」


 ジョルジュのそんな言葉に俺は黙る。

 家を買うってそんなに大変なことだったんだな。

 今住んでるところは、元々ジャンが用意してくれたところだったから問題も少なかったけど、それもきっとアイツが色々手を回してくれたからなんとかなったんだろう。


 「……わかったよ、何とかしてみる」

 「ああ。まあ、気を付けてくれ。多分、お前なら大丈夫だろう」

 「軽いなチクショウ……」

 「へへへ、幸運を祈るぜ」


 その言葉を背中に受けて、俺はガルドとレリィを連れて家に一度戻る。とにかく明日、その幽霊屋敷とやらに行かないとな


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