日常へ 一
日常へ 一
「ガルド、お帰り!」
「お帰りなさい、ガルドさん!」
「……あ、はあ。ただ今帰りました、旦那。それからレリィも」
治療を終えて、我が家にガルドが帰ってきた。それをレリィと二人で出迎えたのだが。
「……なんです、この有り様?」
ガルドが言ったのは、部屋の中の様子の事だろう。所狭しと色紙で作られた花の飾り付けがされている。ピンク、赤、黄色、色とりどりの鮮やかな花で埋め尽くされている。
「何って、パーティーだよパーティー。ガルドの復活祝いだ」
「ソルさんと二人で、頑張って飾り付けました!」
目を爛々と輝かせながらレリィが胸を張る。その右目には痛々しい傷跡が今も残っている。それでも心配かけまいと明るく振舞ってくれている彼女に、どうしても申し訳ないと思ってしまう。
でも、ガルドが来る前に二人で決めたことがある。
この傷については話題に出さないこと。
それから、俺がそのことで変に気を使わないこと。
レリィから出された提案だったが、この決まりごと自体、俺に気を使ってる証拠だ。俺が気にして、暗い気持ちにならないように考えてくれたものだ。つくづく、心配かけてばっかりだと思う。
けど、だからこそ。俺は笑顔でいなくてはいけない。彼女の気遣いを無駄にしてはいけない。頭の片隅でそのことを思い出しながら、俺とレリィは最高の笑顔でガルドを迎えた。
「はあ、そうですか……というか、パーティーやる前にやることあるんじゃないですか、旦那?」
そういうと、ガルドの視線が部屋の中の一角を見据える。俺はちょっとばつが悪くなって頭を掻く。
「うん。まあ、……なんだ。気にするな。ちょっと寒いだけだ」
「いやいや、さすがに壁に穴空いてる家でパーティーってどうなんですか……」
ガルドはため息をつきながらも、部屋の中を見回す。
今部屋には、色紙を折って作った鮮やかな色合いの花が、所狭しと壁を埋め尽くしている。テーブルの上には、俺とレリィで作った料理も乗ってる。と言っても、大したものじゃない。大き目のチキンを丸焼きにして、ありあわせの野菜で作ったスープとパンが並んでいるだけのもの。パーティー、というには少し寂しい。が、結局のところ俺もレリィも、料理など数えるほどしかやったことがないため、この位しかできなかった。
そして今しがたガルドが不満を述べたのが、先日の襲撃を受けて壁やら窓やらが壊れている部分だ。いくら飾り付けしようが、これでは雰囲気も台無しだ。が、これに関しては時間がなかったので直せなかった。
「この飾りつけ、あとで片付けるの大変じゃありませんか? それに、それが終わったらこの壁も修繕しないといけないんですよ? 仕事が増えるじゃありませんか」
「えっと……ごめんなさい」
レリィが怒られたと思ってガルドに謝る。そんな様子を見ながら、俺はため息をつく。全く、どうしてガルドはそんな物言いしかできないのか。
「謝る必要なんてないぞ、レリィ。ああいう風に言ってるけど、ホントはガルドも嬉しいんだよ」
「……そうなんですか?」
レリィが少し嬉しそうにして、ガルドを見る。目を輝かせながら、上目づかいで期待を込めて見上げている。その表情にやられたのか、ガルドは眉間を抑えながら頭を振る。
「……まったく、旦那にはかないませんね。……正直、嬉しいですよ。ありがとうございます。……レリィもな」
そう言って、ガルドは微笑む。
ケルヴィンとの戦いから十日ほど経過して、ようやく我が家に家族が揃った。考えてみれば、こうして誰も死ぬことなく再び集まれたのは奇跡に近い。
ガルドがあの時先行して、ケルヴィンの手下たちをあらかた片づけてくれていなかったら、俺は囲まれてやられていただろうし、たとえ手下をやっつけていたとしても、助け出すのに間に合わず、レリィがひどい目に遭っていたかもしれない。
早めの夕食をとりながら、俺はそのことでガルドに感謝を告げる。
普段はぶっきらぼうなガルドだが、素直に感謝されることには慣れていないらしく、どうもこういう時はそっけない。照れ隠しだとわかっているから俺は気にしないけど、他の人が見たら気分を害することもあるだろうな、なんてことを考える。
「それにしても、……レリィは随分変わったな」
ガルドはスープをすすり、そんなことをつぶやく。
「そ、そうですか?」
「ああ。なんというか、明るくなったな。最初に会ったころとは大違いだ。あの時は借りてきたネコみたいにおとなしくて、……正直何を考えているのかわからなかったが」
レリィは少し言い出しにくそうにしながらそれに答える。
「えっと、それはその……あの時のガルドさん、ちょっと怖かったから……あ、でも!今は全然そんなことないですよ!」
「ハハハ、レリィ、無理するなよ。声が上ずってるよ?」
「そ、そんなことないです! というか、ソルさん、そんなこと言わないでください!」
「ハハハ、悪い悪い」
「……本当に、変わりましたね」
ガルドは感慨深そうにそうつぶやき、パンを齧る。その様子は、どこか嬉しそうにも見える。レリィが明るくなったことがそんなに嬉しいのかな?
しばらくの間、俺達は談笑しながら温かい食事をみんなで摂る。
「えーっと……話は変わるんだけどさ、二人に聞いてもらいたいことがあるんだ」
一通り二人の食事が終わったのを見計らって、俺は話を振る。
「何です、改まって?」
「ケルヴィンの件で、結構な報酬を手に入れたんだ。それで、それを資金にして引っ越しをしようと思う。どうだろう?」
さすがにそんな話をされるとは思っていなかったのか、ガルドとレリィは驚く。
「俺は構いませんが……随分と急じゃないですか?」
「まあな。俺たちの潜伏場所が情報屋で出回ってるから、もう少し人気のある場所に引っ越そうと思ってな。スラム街の近くだと、あまり人がいないから前回みたいに襲撃される危険性もある。人目についたほうが、そういった問題は少ないと思うんだ」
「それはそうですが……いや、旦那の決めたことなら俺は問題ありませんが」
「よし、じゃあ決まりだな。それで場所なんだけど……」
「わ、私は……反対です」
レリィが席から立ち上がってそんなことを言い出す。
「おいレリィ、あくまで決めるのは旦那だ。ここの家主なんだから……」
「わかってます。でも……でも、反対です」
「……レリィ?」
彼女は下を向きながら、理由も言わずに頑なに反対だと言い張る。
ガルドはそんな様子を不審に思ったのか、何度もレリィに問い質す。
「反対です反対ですじゃあ、意見は通らないぞレリィ。理由はなんだ?」
「……、それは……」
一瞬、レリィが俺をチラッと見て、再び視線を伏せる。
その様子を見て、俺はなんとなく察しがついた。
「レリィ、俺なら大丈夫だよ」
そう言って、彼女の手を取る。
「レリィが側に居てくれるし、ガルドだってついてる。こんなに心強い家族がいてくれるなら、人ごみだって怖くない。レリィが心配しなくても大丈夫だよ」
そう言って、彼女に座るよう促す。彼女は不安そうにしていたが、俺が笑顔を見せると少し安心したのか、再び席に着く。
レリィは優しい子だ。
こんな俺を心配して、この十日間。どこに行くのもついてきてくれた。
色紙を買いに行くときも、食材を買いに行くときも、俺が外出するときは必ず一緒に手をつないでいてくれた。
こんな小さな子に心配されて、世話をかけて、普通の人だったらいろいろ思うところもあるのかもしれない。生意気な子供だとか思うのが一般的なのかもしれない。
でも俺は、そんな彼女に助けられている。彼女の小さな手から伝わってくる、大きな優しさに包まれていれば、人がいようと街を歩こうと、少しも怖くはなかった。
俺が人の多いところに引っ越すと言い出したのがレリィとしては不安だったのだろう。それが俺の負担になりはしないかと。
でも彼女がいるなら、俺は怖いものなどない。だから、そんな心配は不要だ。
……もっとも、そんなことをこの場で言うつもりはない。なんだか改まって言うのも気恥ずかしい。
「……なるほど、そういうことですか。なんとなくわかりましたよ、色々」
「色々って……何だよ」
「いえいえ、色々は色々ですよ。俺がいなかった間にどんなやり取りがあったのか、とか。旦那がどういう女性が好みなのか、とかね」
「おい、どういう意味だそれ……」
「そ、その話後でこっそり教えてください!」
「そうだな、旦那は小さい女の子が……」
「レリィ聞いちゃだめだ! それからガルドお前もう喋んな!」
くくくっと笑うガルド。
教えてくださいとせがむレリィ。
ロリコン疑惑を必死で否定する俺。
馬鹿なやり取りだけど、なんていうか。
楽しいな、と。
幸せだな、と。
こんな時間がずっと続けばいいな、と。
そう思った。