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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
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盗賊ギルド 終章

     終章


 目を覚ますと、俺は夜の平原に寝転んでいた。それと同時に、セシールに殴られて気絶したことを思い出す。


 「……体力落ちてんな、俺……」


 ちょっと前なら、喰らっても平気、とまでは行かなかったかもしれないが、少なくとも気絶するなんてことはなかっただろう。それこそ、攻撃を喰らうなんてことも。


 「あ。目、覚めた?」

 「……セシール」


 非難しようかとも思ったけど、彼女は少し悲しそうに夜空を見上げていたので、そんな気持ちはすぐになくなった。


 「……すこし、歩かない?」

 「……うん」


 彼女と共に、ランタンと星の明かりだけを頼りに街道を少し歩く。夜は魔物が活発になるから、と止めたのだが、彼女は『魔法で遠ざけてるから』と言った。

 魔法って便利だな。


 しばらく歩き、星が良く見える丘の上にたどり着く。そこで俺たちは腰を下ろして、また少し黙り込む。


 「生きる意味、か」

 「……」

 「そんなもの、なくたって生きていけるんだけどなあ。変なとこにばっかりこだわって……このばかちん」

 「……ごめん」

 「謝るんじゃないわよ。もう……」


 俺は、地面の雑草をいじりながら、彼女の話を聞き続ける。


 「どうしても、生きる意味が必要なら、私がその、……あんたの『生きる意味』になってあげてもいい。でも、それをしちゃうと、きっと……エッジの為にならない」

 「……うん」

 「だから、アンタの為にできることないかな、って。いろいろ考えたの。……アンタの側に居て、一生支えてもいいかなとも思った。でも、……違うのよね。それじゃあ、私はアンタと一緒にいるけど、一緒じゃないのよ」

 「……どういうこと?」

 「うん、なんていうのかしら。難しいけど……そうね。一番近いのは、『奴隷』、かしら」

 「奴隷……」

 

 思わず、その言葉に俺は俯く。


 「嫌な表現だけどね。でも、今のあなたに、私がただ『生きて』って命令して、アンタがその通りに生きるだけなら、それは奴隷と何も変わらない。人は自分で考えて行動をしなくなった時点で、きっと人じゃなくなる。だから、私はアンタに生きる意味を与えられない。ううん、与えちゃいけない。それは、アンタの尊厳を踏みにじることだから」

 「……」

 「だから、あなたが自分で決めなきゃいけない。自分で考えなきゃいけない。自分が何をしたいのか。自分に何ができるのか。どこに行きたいのか。どうしたいのか。」

 「俺は……」

 「エッジは、何をしたい?」




 考える。

 いままで考えていたことを考える。

 考えて、考えて、それでも出てこなかった答えを考える。

 正解はない。あるとすれば、それは選んだあとにわかることだ。

 自分は何がしたいのか。

 自分はどこに行きたいのか。


 自分を肯定してくれる人は、自分で考えなさいと言った。そう言ってくれた。

 俺の気持ちの悪い依存を、否定するでも非難するでもなく、肯定するでも賞賛するでもなく、やんわりと道を示してくれた。人間として生きるための道を示してくれた。


 だから、考えなくてはならない。自分が、何を望むのか。


 俺は。


 セシールは、何も言わずに俺の言葉を待つ。待ってくれている。

 こんな俺の、バカな悩みを聞いて、自分で考える時間をくれて、待ってくれている。


 俺はどうしたい。何がしたい。




 俺は今までのことを考える。


 幸せとは絶対に言えない幼少時代。奴隷にされ、知らない男に抱かれ、街の人間に虐げられ、人間に恐怖した。

 ヴァンと出会い、彼に買われ、まともな人間として扱ってもらって、そして彼の殺しの技に惹かれた。

 力をつけ、一人で何かをなさなくてはと家を飛び出し、奴隷だということを隠して、帝都で仕事を探した。

 しかしどこにも雇ってもらえずに、仕方なく俺は盗賊ギルドに入り、そしてやはり殺しの技術だけが必要とされて。

 自分が思い描いた未来とどんどん食い違っていって、次第にギルドにいるのも嫌になっていったのに、やめてもどこも雇ってもらえないと知っていたから、惰性で仕事を続けて。

 セシールに出会って、彼女の妹を助けなくてはと躍起になって、愚かなことに自分の正体を情報屋に売ってまで彼女に肩入れして。

 そして盗賊ギルドの裏の顔を知って、何もかも嫌になって。


 なんとも、冴えない人生だ。暗くない部分が、数えるほどしかない。

 でも、一つだけ分かった。

 後ろ向きでも、ひとつだけ。俺がやりたくないこと、俺がやめたいこと。それを見つけた。




 「セシール、聞いてくれ」

 「なあに?」


 優しい声色で、彼女は問い返す。


 「俺、やりたくないことなら見つかった。そしたら、やりたいことが見つかった」

 「そっか。それ、私にも教えてよ」

 「俺さ」


 馬鹿にされても、荒唐無稽な話でも、笑われても、あきれられても。それでも、きっとこの決意は変わらない。セシールが『そんなことやめなさい』って言っても、おそらくは止めないであろう、俺の一番やりたいこと。ほかの誰でもない俺自身が、一番やりたいこと。




 「俺、奴隷をこの世からなくしたい。全部の奴隷を助けたい。あの時の気持ちを、もう二度と味わいたくない。誰かに体験させたくない。わずかでもいい。奴隷たちが、少しでも未来に向かって、笑って進める道を示したい。奴隷だって、生きてていいんだって。幸せになっていいんだって、そういう風に思ってもらいたい。世界中の奴隷たちに、そういう生き方があるんだって。前を向いて、歩いてもらいたい」


 俺は、そう言って視線を上げる。

 満点の星。町の明かりも届かないここでは、星が良く見える。


 「……険しい道になるわよ? つらいわよ? できないわよ、そんなこと? やめたほうが良いんじゃない?」

 「ううん、これは俺がやりたいことだ。できるできないじゃなくて。俺が、やりたいことなんだ。ほかの誰でもない、俺が。」

 「……ふふん、良い顔するじゃない。決意を固めた男の顔って感じかしらね」

 「そうかな?」

 「そうよ。ま、試すまでもなかったかしら?」

 

 セシールが立ち上がって、俺の方に微笑みかける。


 「アンタならそう言うだろうと思ったしね」

 「そうなの?」

 「アンタと初めて会った時、偉く奴隷商人に対して憎悪をむき出しにしていたしね。少し考えれば、何をしたいかまでは出てこなくても、何がしたくないか、させたくないかくらいは予想できるわよ」

 「……それなら、言ってくれてもよかったんじゃないか?」

 「ばかちん。自分で考えなきゃ意味ないでしょ?」


 にひひとセシールは笑う。俺も、それにつられて少し笑う。


 「奴隷たちの進む未来を照らす、か。まるで太陽みたいね」

 「……太陽、か」

 「アンタが言ってるのは、太陽になりたいって言ってるようなもんよ。それだけ難しくて大変で、みんなから不可能だってバカにされるようなこと。そういう認識は、ちゃんと持ってた方がいいわよ。……ま、私は応援するけどね」

 「ふふ、ありがとうセシール」


 太陽、か。

 ヴァンはどういうつもりで、俺にあの名前を付けてくれたのか。どういう意図があったのか。俺に何を見出したのか。それは彼に聞いてもきっとはぐらかされて、わからないだろう。

 でも、どんな意図があったにせよ。

 父親代わりの人にもらった名前だ。

 名前負けしてるとか、考えてる場合じゃないよな。


 「セシール、俺さ」

 「ん?」

 「本名、あるんだ。実は」

 「そうなの? 聞こうじゃない。教えてよ。」

 「『ソル=ブライト』……俺を奴隷から解放してくれた人が、くれた名前なんだ」

 「『太陽の輝き』……ぷふ、あははは!」


 突然笑い出すセシール。特にそのことに怒りは感じない。むしろ、彼女が笑顔になるなら望むところだ。


 「名前負けしてるから、今まで名乗りたくなかったんだ。でも、これからは……俺はこの名前を名乗って行こうと思う。俺がこの名前通りの人間になれるように」

 「ふふ、名前負けなんてとんでもないわ。良いじゃない、ソル。アンタの生き方を表しているようで、なんだかハマってると思うけど?」

 「まだまだ、これからやっと始まるんだ。ソル=ブライトの人生が。今までのことはなかったことにはならないけどさ。目標の為に、この名前通りになれるように、努力する。」

 「いいねいいね、そういうの。努力する男の子はカッコいいよ」


 満面の笑みで、セシールは笑う。

 その顔が、さっきよりもくっきりと見える。

 あたりが、少し明るくなっていた。


 「見て、朝焼け」

 「ホントだ」

 「綺麗ね」

 「うん。きれいだ」

 「……私の事も褒めていいのよ?」

 「? そう? じゃあ……セシールって、すごく良い奴だよな」

 「いや、そうじゃなくて……ふふ、いや、いいやそれで。良い奴よ、私」

 「自分でいうと、なんかダメな人みたいになっちゃうな」

 「こらこら。あんまりひどいこと言うと明日の朝日は拝めないわよ?」

 「怖いこと言ってるようだけど、あと丸一日猶予くれる所は優しさを感じるな」

 「ばーか、そこは優しさでもなんでもないわよ」

 「そうか?」

 「そうよ」


 夜が明けて、朝が来て、太陽が町を照らす。俺達を照らす。

 すごく、太陽を待ち遠しく感じていた。そんな気がする。

 生まれ変わったような、そんな気がする。

 やりたいことが、見つかって。

 やるべきことが、見えてきて。

 大切な人に見てもらえて。


 これからだ。


 ようやく、俺は俺に出会ったんだ。

 今までできる訳ないと諦めてたものと、ようやく向かい合えた。

 今までやりたかったことを、ようやく始められる。その決心がついた。


 これから、始まる。

 これから、始めていく。




 「あ」

 セシールが、突然素っ頓狂な声を上げる。

 見ると、彼女は口を開けて、阿呆みたいに呆けている。


 「どうした?」

 「あ、いや、その」


 彼女はどもりながらこんなことを言う。


 「昨晩、全部終わったらジョルジュのところで飲もうって言ってたの忘れてたわ……」

 「……うわあ……」


 じゃあ、ジョルジュはずっと待ってたんだろうか。昨晩、ずっと俺たちの帰りを。

 哀れ、ジョルジュ……


 「まあ、謝れば許してくれるさ。あの人、人の良さそうな顔してたし。それに、別に今からでもいいんじゃないか?」

 「あー。うーん、まあ、いいか。だいじょぶでしょう、多分」


 セシールがいて、ジャンがいて、ジョルジュがいて。

 ヴァンもきっと帝都のどこかにいて。

 そのみんなが、俺の為にいろいろ心配してくれたり、元気づけてくれたりしてくれたんだ。

 その人たちにも、いつか恩返ししないとな。

 こんなに思ってくれる人が、たくさんいるんだ。


 これからきっと、たくさんの苦難がこの道の先にはあるだろう。でも、その人たちのことを思えば、きっと俺は大丈夫。

 前を向いていける。


 「よし、そしたらジャンを起こして、ジョルジュのところに行きますか。今日は、ソルの誕生日よ。パーっといきましょ!」

 「誕生日か……まともに覚えてないけど、そうだな。今日が俺の誕生日だ」


 ソル=ブライトが生まれた日。ビハインドエッジが生まれ変わった日。そういうことにしておこう。


 セシールが、俺に手を伸ばす。その手を掴んで、俺は立ち上がる。

 今は、大したことはできない。でもいつかきっと、太陽みたいになってやる。

 決意を込めた瞳で、俺は太陽を見る。あまりにまぶしくて、その輪郭はちっとも見えないけれど。




 いつかきっと、太陽みたいに。

 そう信じて、俺は歩き出す。

 自分に何ができるか。

 仲間と一緒にどこまでできるか。

 そんなことを考えながら。


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