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太陽のギルド  作者: 三水 歩
盗賊ギルド
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盗賊ギルド 十六

     十六


 訪れる静寂。集まる大衆の視線。

 それら一切を無視して、俺の目はただクラインにだけ注がれていた。

 「ちょ、ちょっとエッジ。何やって……!」

 セシールが俺の袖を掴むが、俺はそれを振りほどいてクラインに歩み寄る。

 「なんだアンタは!」

 当然、そんな行動に出た俺に、奴隷商人たちは憤慨する。商売の途中に暴漢が現れたのだ。彼らは周囲の警戒をしていた者たちをすぐに呼び集める。

 「止まれ!」

 その声を無視して、俺はクラインの元に行く。

 納得いかない。今すぐぶっ飛ばしてやりたい。

 嘘をついたことを謝らせて、その後に理由を聞いて、もう一回ぶっ飛ばしてやる。

 「……!」

 クラインは、俺を一瞥した瞬間に、傍らにいた奴隷を放って廊下を駆ける。そのまま通路を抜けて、姿を眩まそうとしている。逃がすか!

 俺は周囲の警備を振り切って、即座にクラインを追う。

 「ま、待て! くそ、何してる、追え! 奴隷が盗まれるぞ!」


 「クラインッ! 待て! 待ちやがれ!」

 奴を追って、長い廊下を走り続ける。

 唐突に、クラインが部屋のドアを開けて中に飛び込む。部屋に鍵でも掛ける気か?

 「小賢しい!」

 木製のドアを蹴破り、中に飛び込む。

 しかし部屋の中にクラインの姿は無く、ガラスが割られた窓と、数人の奴隷たちがいただけだった。

 「クソ、外か!」

 俺は急いで窓から外に躍り出ると、夕方の人々の雑踏の中にまぎれていくクラインの姿を確認する。そのまま人ごみを押し分けて走り、奴の後を追う。

 貧民街の狭い路地を駆け抜け、ひたすらにクラインを追い続ける。

 クラインとの距離が、十歩分まで迫る。もう少しで、追いつく。息を切らしながらそんなことを考えていた時だった。


 殺気と共に、すぐ左手の路地からこん棒が横なぎに振るわれて、あわててそれを転がることで回避する。

 そして攻撃してきた謎の人物に目を向ける。

 「は」

 俺は一瞬硬直する。なぜなら、見知った顔がそこにあったからだ。名前は覚えていないが、こいつは同じギルドで、毎日顔を突き合わしていた。

 「チッ、外した! おい、みんな今だ! 掛かれ!」

 そいつがそう叫ぶと、一気に周りから人間がなだれ込んでくる。

 十人や二十人じゃない。ざっと見渡しただけで百人近くいる。

 その全員が、同じギルドの面々だった。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 俺のそんな言葉は届かないまま、全員が俺に飛びかかる。

 反撃しようとして、一瞬ためらった。

 

 俺はこいつらを殺すのか?


 ビハインドエッジは、暗殺術であり、あくまで人殺しに特化した技だ。つまりそれを使うということは、ここにいる、仲間を確実に死に至らしめる。

 仕事でもなければ恨みがあるわけでもない。それなのに、俺はこいつらを殺せるのか?

 そんなふうに考えていたのが、わずかな隙を生んだ。

 後頭部に、鈍い衝撃が走る。

 しまったと、そう思った時にはもう遅かった。

 鈍い痛みと共に俺の意識はゆっくりと闇に沈んだ。











 ゆっくりと目を開けると、俺は盗賊ギルドのアジトに居た。

 いつもの夕食の風景と変わらず、にぎやかに酒を飲みながら、今日の仕事のことを自慢げに語る者や、一発芸で仲間を笑わせている者。どこの娼館の女がいいとか、この前さらった女はどうだったとか、下世話な話も聞こえてくる。

 いつも通りの風景。しかし、俺だけがその輪から外れ、広間の隅で拘束されていた。

 それ以外は何も変わらない。何の変わり映えもしない、いつも通りの風景。

 俺がいなくとも、俺がその輪に入っていなくても、誰も何も感じていないかのように変わらない風景。

 「目を覚ましたか、エッジ」

 聞きなれた、野太い声。床に転がされた姿勢のまま俺は顔をそちらに向ける。

 「クライン……」

 「エッジ、質問してもいいか」

 そう問いかけてはいるものの、クラインの目は、俺からの意見は受け付けないという意思が感じ取れた。

 俺は体をよじって壁を背に座ると、彼を真正面に見据える。

 「なんで、奴隷市場に居やがった?」

 そんな問いかけに、忘れかけていた怒りがこみ上げる。

 「それはこっちのセリフだ、クライン。お前、奴隷売買に関わってるなんて一言も……!」

 そこまで言いかけて、不意にクラインの爪先が鳩尾にめり込む。

 呼吸が止まり、何度もむせかえる中、クラインは俺の髪の毛を引っ張り無理やり正面を向かせる。

 「質問していいのは俺だけだ。何度も同じことを言わせるな」

 「げほっ、ごほっ……人助けだ」

 「……」

 あくまで簡潔に言葉を絞り出す。俺を掴みあげている手が離れ、俺は地面に蹲る。

 「チッ、なんてタイミングだよ……まあ、問題はそんなことじゃなくて、お前さんがあの場所で俺の姿を見ちまったってことなんだがな」

 「……クライン……なんで……」

 俺は言葉を紡ごうとするが、なんといえばいいのか出てこない。

 どうしてあそこにいたのか。

 どうして俺に嘘をついたのか。

 どうして今、俺をこうして拘束しているのか。

 それらが頭の中に浮かんでは、口にしようとするたびに霧散していく。

 聞くのが怖くて。

 真実を知るのが、恐ろしくて。

 「俺がなんであそこにいたか……知りたいか?」

 クラインは、俺を見下ろしながら問いかける。

 俺はそれに小さく頷くという、消極的な肯定しかできなかった。

 「もともと、俺達は奴隷の売買に関わってる。昨日今日の話じゃねえ。お前さんが俺らの仲間になるずっと前から、ずっとだ」

 「なっ……!」

 衝撃だった。予想していたよりも、ずっと。

 俺の想像では、ギルドのメンバーが増えすぎて、金が足りなくて仕方なく加担したとか、そんなところだと思っていたのに。見事に予想が覆された。

 「ずっと、前から……?」

 「おう。あんなに割のいい仕事は無いぜ。人間以下の奴隷を盗まれないようにするために見張ってるだけでいい。そんなことで大金が手に入るんだからよ。」

 俺は思わずクラインに食って掛かろうとする。しかし、両手両足がロープで縛られ、壁に鎖でつながれている状態では何もできる訳がなく、クラインの目の前で俺は静止される。

 「くそ、テメエ、くそ野郎! 取り消せ! 今の言葉を取り消せぇ!」

 「……取り消さねえ。奴隷は何もできないクズばかりだ。その考えは変わらねえよ」

 激しい憎悪と羞恥で顔が熱くなるのを感じる。

 憎い。

 奴隷を見下したその態度と言葉で、俺は狂ったように憎悪をクラインにまき散らす。

 「なあ、エッジよ」

 そんな罵詈雑言を受けながら、クラインは穏やかに俺に話しかける。

 「俺は奴隷はクズだと思っているが、お前さんの力は必要だと思ってる。その人殺しの技術は、闇の中でこそ光るもんだと思ってんだ。お前さんはほかの屑どもとは違う。みじめな人生が決定付けられていた奴隷という立場でありながら、お前さんは自らを活かす力を手に入れて、そして俺たちの仲間になったんだ。お前さんが最初にここに来たとき、俺は嘘を付いちまった。でも、俺は嘘をついてでもお前さんの力が必要だと思ったんだ。買いかぶりとかじゃねえ。本当にそう思った。だからこそ、どうしてもお前さんの力が欲しくて、嘘をついた。……お前さんが今までどんな扱いを受けてきたのかは知らんが、しかし胸を張っていい。お前はもう奴隷なんかじゃねえ。立派な人間だ。自らの望むものを手に入れるために努力して、工夫して、そしてすべてを手に入れる。なかなかできることじゃねえ。それを、お前さんはできる。それだけの力を持ってる。お前さんがいれば、盗賊ギルドも安泰だ。こと、殺しの依頼に関してはお前さんの腕があれば困ることはない。これから一生、俺もお前も遊んで、楽して暮らしていける。その権利が、俺達にはあるんだよ。だからよ、エッジ」

 クラインは、穏やかに笑みを浮かべながら俺の肩に手を置く。

 「今日見たことは忘れてよ、もう一度俺達とやり直さねえか」

 確信めいた自信に満ちた、その笑みを見て、俺は震えが止まらなかった。

 「……本当に、俺を必要としてるのか?」

 「ああ、本当だ。仲直りしようぜ、エッジ」

 俺はその言葉を聞いて、笑った。




 その見え透いたくだらない嘘を、嘲笑した。

 あれだけペラペラしゃべっていながら。アイツは俺に嘘をついたことを一言も。

 たった一言も謝らなかった。


 俺はもう奴隷じゃないだと?

 何言ってやがる、俺は奴隷だ。今でも過去の記憶を癒せないまま、人ごみでブルブル震えてる、あの頃と何も変わらない。


 人より優れてるって?

 違うね、運が良かっただけだ。たまたまヴァンに出会えて、たまたま買ってもらえて、たまたま彼が殺しの技術に長けていただけだ。


 俺の力が必要だと?

 何度も繰り返して言っていたが、お前が必要なのは力であって俺じゃない。俺じゃなくてもいいんだろ? そんな奴に、信頼が生まれると思うか?


 お前が奴隷を見下していると。お前が嘘をついていたと知ってしまった後で、もう一度元の関係に戻れるとでも?

 バカバカしい。ありえない。


 俺は犬歯をむき出しにするような獰猛な笑顔で、クラインに吐き捨てる。

 「お断りだ。俺はもう、お前を信じることなんてできない」

 そう言って、奴の顔面に唾を吐く。

 「……!」

 怒りで真っ赤に染まった顔を歪ませ、怒りをあらわにするクライン。

 そのまま俺の顔面を殴りつけ、袖で唾液を拭う。

 「くそ、汚らしい奴隷風情が! テメエふざけんじゃねえぞ!」

 「……それがお前の本心かよ」

 思い通り過ぎて、笑えてくる。

 俺は、なんでこんなやつを信用していたんだろうな。今となっては、全くわからない。

 「クソが、テメエはミンチにして犬のエサにしてやる!」

 「はは、物語に出てくる小悪党みたいなセリフだな、ソレ」

 そう言えば、今更だけどまだ読んでない本があったな。長編の冒険譚だったんだが。

 ……あれ、結構面白かったんだけどなあ。


 クラインが両手斧を持ってくる。


 俺の人生、ここで終わりか。あっけないもんだな。両手両足がしっかり固定されている上に、壁にまでつながれているんじゃ、どうにも一巻の終わりみたいだ。さすがの俺も、打つ手なしだ。


 両手斧を大きく振りかぶるクライン。


 せめて、最後になそうとした善行くらいは、うまくいってくれるといいんだけどな。

 セシールの奴、ちゃんと妹見つけられたかな。その可能性はだいぶ低いけど。

 奇跡でも起きて、あの姉妹がうまくやっていけたらいいな。


 両手斧が振り下ろされる。


 ……走馬灯でも見えるかと思ったけど、案外そうでもないんだな。そんなことを考えながら、俺は目を瞑った。


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