盗賊ギルド 十五
十五
「ここが……奴隷市場なの?」
セシールは、フードを目深にかぶり、人目から耳を隠すようにしている。しかしその瞳には強い意志が映し出されていて、その雰囲気に圧倒されてしまいそうだ。
対してその隣にいる俺は、人目につく場所にいることで内心怯えながら、右手の震えを抑えて必死に立っていた。
「まあ、場所自体は空き家だからな……。それより、中に入ろう。こんなところに突っ立ってたら怪しまれるぜ」
そう言いながらも、早く人目から離れたところに行きたいという気持ちが無いわけでもなかった。正直、今も冷や汗をたっぷり掻いて、口が渇ききっている。
「そうね。行きましょう」
フードで顔を隠している俺の、そんな様子に気づくはずもなく、彼女は屋敷ほどの大きさの建物へと入っていく。
中に入ると、広間のようになっている会場に、木製の台座で作ったような即席のステージが設けられ、その正面には買い手たちが座るための椅子が整然と並べられていた。
「……結構、広いのね」
「そうだな……もしかしたら、大物が出るのかもな」
「大物?」
「ああ。コロシアムの優勝者……まあ、剣奴って奴等とか。あとは絶世の美女とか……エルフとかな」
俺のその言葉に、セシールは息を呑む。もしかしたら、この中に彼女の探している人物がいるかもしれない。そんな期待が、俺達に希望をもたらす。
「とにかく、席に着きましょう。」
セシールは一番後ろから二列目の、真ん中あたりの席に着く。俺はその隣に腰掛けて、腕を組んでその時を待つ。
そして。
「みなさん、長らくお待たせいたしました! これより、奴隷オークションを開催いたします!」
身なりの整えられた商人の声によって、会場でまばらに立ち話をしていた人々が次々に席に着き始める。騒然としていた会場に静かな緊張が走る。
ステージ上の男に、客席にいる人間の視線が集まる。男は人の良さそうな笑顔を浮かべながら司会進行を務めているが、その目だけは笑っているようには見えない。
「ねえ、エッジ。始まったら、どうしたらいいの?」
小声でセシールが俺に聞いてくる。俺は視線だけ彼女の方を向け、手短に説明する。
「自分が出せる金額を大声でいえばいい。金貨百枚から始まったら、それ以上の金額を提示すれば問題ない」
俺は視線を戻して、ステージの方を見る。
「さあ、まず一人目はこちら! かつて没落貴族だった、マリアンちゃんだ! 貴族の作法なんかもしっかり習得してるから、一から教える必要は一切なし! 容姿端麗で教養もあるよ! 屋敷で働かせたい、夜のお供が欲しいという方はお買い得だ! さあ、まずは金貨百五十枚からだ!」
司会の男が言うと、ステージ横の通路から、ある程度整った服装の少女が出てくる。髪や服装などの身なりはしっかりと整えられており、いかにも上品そうな子だ。
しかしその目は泳ぎ、瞳に涙を溜めて狼狽えている。
「金貨百二十!」
「百三十!」
挙手しながら値段を提示する人々。彼らの目に、あの少女はどういう風に映っているのだろうか。いかにも金持ちというような人、ニヤつきながら手を上げる人、どこぞの執事といった風な整った服装の人。
様々な思惑が会場を取り巻く中、結局彼女は金貨二百で落札された。
俺は改めて奴隷制度の恐ろしさを感じていた。
金貨二百枚。それは普通に働けば、一か月の収入くらいのものだ。もしかしたらもっと稼ぐ人もいるかもしれない。
ビハインドエッジの正体という情報でも、金貨三百枚ちょっとの価値だ。
しかし、それよりもはるかに安い価格で、あの少女は買われてしまった。まぎれもなく、人間の命に値段がついてしまった。価値を決められてしまった。
たった二百ゴールドほどの価値。
果たして人間の命はそれほど軽い物なのだろうか。
そう思ったが、ふと自分のことを振り返って、偉そうなことは言えないなと反省する。
何せ、出会った人間を全て屠ってきたのだ。この奴隷商人たちとどれほどの違いがあるのだろうか。もしかしたら、人間の命を軽く見ていたのは俺の方なんじゃ……。
やめよう。考え出したらきりがない。今は、セシールの妹を助けることだけを考えよう。自分を責めるのはその後だ。
少女が執事風の男に連れて行かれたのを見届けて、俺は再びステージに目を向ける。
が。
「えっ……?」
思わず声が出てしまった。セシールがこちらを振り向いたように感じられるが、それどころではない。
なんだ?
なんでだ?
「どうしてここにいる……?」
誰にでもなく、俺はつぶやく。
沸々と怒りがこみ上げる。
アイツは言ったはずだ。奴隷だった俺に対して、大変だったんだなと。
アイツは言ったはずだ。自分自身も元奴隷だったんだと。
アイツは言ったはずだ。俺の仲間だと。
奥歯が砕けるくらいに歯を食いしばる。俺はステージ上のその男を見る。
大柄な、体格のいい男。いつものような身軽な服ではなく、今は整った礼服に身を包むその男。
しかしその背に担いでいる武骨な両手斧には見覚えがあった。アイツが愛用している両手斧。共に何人もの人間を屠ってきた、俺と同じ後ろ暗い過去を持つ、仲間だったはずだ。
「なんでここにいるッ……!」
次の奴隷がステージに上がる。それをその男が、護衛するかのように付きそう。
その顔は、俺が一番嫌いな。
人を見下した、下卑た笑み。
男が、会場を見渡す。
そして俺と目があった。
「クラインッ!!!」
俺は叫び声を上げる。
空気が凍る。
会場の視線が、一気に俺に集まる。
でも、それでも俺は止まらない。
止まれない。
決して人に自慢できるような関係ではないが。
それでも俺は信じてたんだ。
盗賊ギルドのマスター。
クライン=バードがそこにいた。




